02-30.ポーリーの就職先
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玉座にあるは常に儼乎たる王である。しかし、こと今日にいたってはその表情は混迷の色を漂わせていた。自身唯一の兄弟であり信頼をおく弟から齎された新たな一報の調査結果によって王政を司る全ての臣達も戸惑いを隠せない。
ある臣は自身の家の者に使いを出し事の真相を探ろうとし、ある臣は王の決断をひたすらに待つ道を選んだ。弟君がこの王都へ戻った理由は我が国の隣国での統一法違反の疑いを精査したいとの要望であったはずだ。しかし、その弟君が数日後に臣達を退席させた上での王との謁見で語った言葉は、半年の時間を要して全てが明らかとなった今、事の次第を耳にした忠臣達の心を揺るがすに足るだけの衝撃を持って告げられた。
王は弟からの報告にすぐに状況を整理し秘密裏に調査を開始していた。事態は急を要するがそれによって事実が周りに漏れるような事になってはいけない。慎重に慎重を重ねて調査は行われた。
そして半年の後、自身の持つ調査部隊から齎された一方は・・・
『オーレル・ロンダルキア卿の報告調査の結果、胡乱の言と言える確証なし。また、事実審らかとなるだけの証拠も入手。』
王の前で臣下の礼を取る弟オーレル・ロンダルキアは王の足元に目線を置いたまま、低く重みのある声で王に発言の許可を得る。そしてオーレル卿は王へと最終告知とも取れるような発言をする。
「王よ。どうか、ご決断を。」
静まり返った謁見の場は更に張り詰めた雰囲気を落とし始めた。
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馬車が街道を行く音が草原に流れていく。ワックルトよりの帰り道。今回の遠征を終えた一行はいつもと変わらない街道をレミト村へ向け順調に馬車を進める。
今回の御者台はジュリアだ。ダンはギルドの依頼でワックルトに留まる事になった。長く休んでいた依頼に復帰する事になったようだ。しばらくはダンが抜ける形となるが、ワックルトへの遠征は今までと変わりなく行けるようにしているとレオが話す。
レミト村の孤児院に着くと一行はリックとルチアも連れだってシスター・エミルとの話し合いをする事になった。その席にエル達3人が同席すると言う事は何かしらエル達にも関わりある話なのだろう。孤児院の広間のスペースには既にシスターとなぜかポーリーが座っていた。
会話の口火を切ったのはジュリアだった。
「シスターお時間を作っていただきありがとうございます。以前にお話しさせていただいた件である程度の目途が立ちましたのでご相談に伺いました。」
「はい。ポーリーの事ですね。」
シスターの隣に座るポーリーは緊張しながら話を聞いている。ジュリアはポーリーが不安にならないよう笑顔で話を続ける。
「以前にダンからお話があったと思いますが、ポーリーさんの勤め先で良い条件の場所が見つかりましたので、ポーリーさんとシスターにご相談に伺いました。」
創竜の翼として調査した中で三件の働き口を候補として挙げた。
まずは商業ギルド、これはシスターとの話の中でも出ていた事でポーリーのスキルを考えればまず間違いなく働けるであろうとの事。まず個人店に雇われるよりは安定して働けると言う強みがある。しかし、王国内に支部を持つギルドには当然他の支部への異動がある。それによってワックルトはもちろんミラ州からも離れる可能性は大いにある。
次に森狸の寝床、ここなら創竜の翼が常に傍にいるので安心ではあるが、ポーリーのスキルを活かすと言う意味では少し物足りないのかもしれない。しかし、一人立ちしていく為の生活力は間違いなく働きながら身に付く職場ではある。
最後が草原の風、言わずと知れたエルボアの店である。スキル以外に手に職を付けると言う意味ではここ以上の働き口はワックルトには無いだろう。薬師は引く手数多であり生涯長く働ける職業でもある。エルボアは厳しい性格ではあるが、真面目に働ける環境だと言える。
三件の候補を聞きシスターはポーリーにどこか良いかを聞く。すると意外にもポーリーは草原の風を選んだ。話を聞くとやはりポーリーもリック達と同じように将来的には一人立ちしたとしてもレミト村に居を構えたいと思っているようで、その時に薬屋や道具屋を営めるだけの技術と経験を積みたいと話した。
そこまでポーリーの中で将来の青写真があるのならばと、ジュリアはエルボアと一度会ってみる事を提案する。エルボアには孤児院の子供で適性がある子がいれば預かっても構わないとの言質は得ている。エルボアにも実際にポーリーに会ってもらい人となりを判断してもらう。働けるとなれば早い方が良い。
ポーリーは了承し、シスターもポーリーが望むのなら問題ないとなった。リック達をここへ同席させたのは今後このような話し合いが何度も行われる事がある。リック達も子供達を見ていて、この子ならと思う子がいればシスターと話し合ってほしいと言う事だったらしい。
「では、そう言う事で次回の遠征時にポーリーさんも一緒にワックルトに向かうと言う事で宜しいですか?シスター。」
「宜しくお願い致します。良いですね?ポーリー。」
「はい!お願いします。」
元気な返事で応えるポーリー。ここで子供達の同席は終了だ。皆は元気に広場へと駆けて行った。子供達がいなくなるとジュリアは厳しい表情でシスターと向かい合う。シスターも表情は険しい。
「いかがですか?」
「今月も少し減らされていました。正直な所、助成金だけでは完全に立ち行かなくなっているのは数か月前からです。創竜の翼の皆さんの援助や冒険者の皆さん、街の皆さんの寄付が無ければとっくに孤児院は維持できなくなっています。」
「やはりそうですか。支援の方は足りていますか?」
「それはもう十分すぎるほどに。」
ジュリアも孤児院の生活水準が上がってきている事は確認できている。食事が充実した事で支援を始めて一年経っていないとは言え、子供達は全体的に痩せていた体格だったのがしっかりと成長してきている。そして着ている服なども縫い直していたような継接ぎの服ではなく、程度の良い服へと変わり衛生的にもなった。なにより子供達を優先して一番食事を控えていたシスターが健康そうな顔立ちになったのが一番の変化なのかも知れない。
「食事も自分達で裏に畑を作って来年からは少し野菜なども取れそうです。お肉などは変わらず冒険者さんが差し入れしてくれていますので食事面は一切自分達で買ったりする事が無くなったのが逆に申し訳ないくらいです。」
「良いんです。私達の支援は変わらず続きますが、冒険者や街からの援助は国の状況や州の状況によっては出来なくなる可能性も出てきますから。孤児院としては貯め込める時に貯め込んでおいて欲しいと言うのが私達とサーム様の希望ではあります。」
「心得ております。サーム様。心より感謝を。」
「よいよい。リック達にこれほどまでにワシも世話になり癒してもらい、返せる事がこれくらいで申し訳ないくらいじゃ。シスター、遠慮はいらんからの?困った事はすぐに相談してほしい。」
「重ね重ね、感謝いたします。」
話が終わりサーム達とシスターは孤児院を出て広場と村を見て回る。
広場では初めて孤児院に連れて来たノエルに皆夢中だ。最初は怖がる子供もいたが、本当に優しい性格だと分かると我先にとノエルに触れようとしていた。こんなにたくさんの子供に周りを囲まれてノエルが怯えないかと心配だったが、ノエルはサームやエルには子供のように甘えるのに、子供達にはまるで母親のように優しく相手をしていて一人一人に頭を摺り寄せて敵意の無い事を教えて仲良くしようとしている。それを横目に見ながらサーム達は街の方へと歩いていく。エルがそれに気づき付いて行こうとするがサーム達はそれを制して大人組で街を歩く。シスターも同行している。
街の中は以前より少し人が増えたように感じる。貸し馬車屋が出来た事もあり、冒険者がワックルトからやってくる頻度が少し増えた事も関係あるのかも知れない。しかしやはり森の近くにありながら簡易な丸太の柵だけの防衛はこの辺境州では無いに等しい防衛方法だ。
「さすがに儂達の支援で街の事にまで手を出す訳にはいかんからのぉ。こればっかりはワックルトの地方領主がなんとかするかミラ州を束ねているアルシェード卿に何とかしてもらうしかないのだが、地方都市のさらに田舎の村が要望を出した所で通るとは思えんのぉ。」
「私達の孤児院は何とかなりました。そして、宿に宿泊客が増えて馬車屋のおかげでレミト村から納めている税金は少し増えているように思いますが、それを領主様がレミト村に使っていただけなければ村は何も変わりません。やはりレミト村は領主様の中ではあまり重要視されていらっしゃらないようで。」
シスターは落ち着いてゆったりと話しているが、その言葉からは静かな憤りのような物を感じる。教会と言う組織から離れ、神を信じながらも孤児たちを助け生きる道を選んだエミル。そのエミルにとって己の利益と権力に捉われて弱きものの助力と導きを怠っている教会、そしてそこに目を向ける事をしない権力者(この場合はワックルト地方領主)に苛立ちと怒りを覚えるのは当たり前の事だ。
「このままではいかんのぉ。これだけ村人たちが村の発展の為に知恵を絞っておると言うのに。」
「領地経営と言う物は私達のような一村民には分かりかねます。しかし、皆が何とか村の助けになればと始めた事もいくつかあります。それが根付けば今よりは暮らしやすい村になると思うのです。しかし、たった一度のスタンピートで全ては無と消えます。何とかしたい思いはあるのですが。」
「領民が努力をしておるにその領主が向き合わんようでは報われんの。これだから貴族は、と言われてしまう理由がこの村に来ればまさに体現されておるわ。」
そんな中でリック達やポーリーのように一人立ちをしてもレミト村に留まり、村の発展に寄与しようとする者もいる。親も無く、中にはワックルトの教会・孤児院から理由なく追放された子供達もいる。そんな子達が自分達を育ててくれたレミト村の役に立ちたいと努力を続けている。
それを見ている大人達が動かない訳にはいかない。サーム達も自分達のやれる範囲でレミト村の助けを続けてきた。しかし、それも限界を迎えつつあるのかもしれない。孤児院だけが助かれば良い訳ではない。村全体が発展しなければ遅かれ早かれ孤児院も衰退の波にのまれてしまう。
「リック達はほぼ孤児院に戻らない生活になった。ポーリーも今後恐らくワックルトで住み込みで働く事となるじゃろう。シスター・エミル殿、孤児院の運営を子供ながらに支えた3人がいなくなっては運営もきつくなるのではないかな?」
「そうならないよう努めるのが私の役割だと思っております。しかも3人は他の子供達に先駆けて皆さまからの援助と支援を受けて、普通に孤児院にいては歩めない一人立ちの道を歩ませてもらっています。その流れを私の不手際で止める訳には参りません。」
「そうか。苦労は続くじゃろうが、そう長くはない。とだけ伝えておこう。その時まであとしばらくこの状況に耐えてもらいたい。」
「いえ、今までに比べれば苦しみにもなりません。毎日が本当に幸せですので。」
「ふむ。儂達も励まねばならぬの。子供達に負けてはおれん。」
街の通りは夕食を準備し始めた家々から漏れ出る香りで胃を刺激される。そろそろ孤児院でも夕食の準備を始めなければならない。ジュリアとシスターは準備の為に孤児院に引き返す。レオとサームはまだ街を歩く事にする。
確かに最初にレミト村を訪れた時から比べると村は少し活気が出ているようにも感じた。この活気を何とか村の発展にまで繋げなくてはならない。その為には領主が動かなければどうしようもないのだ。
無言で歩く二人の横にいつの間にか一人加わっていた。サームがその人物へと顔を向けると外套を被った人物が深々とサームに挨拶する。レオが代わりに紹介する。
「牙のメンバーでヒマリと言います。これからダンが抜ける穴を埋めるメンバーです。姫、挨拶を。」
「ヒマリ・テンリューと申します。外套を被ったままで申し訳ありません。ダン隊長ほどの働きは出来ないかも知れませんが、懸命に努めます。宜しくお願い致します。」
「ふむ。サームじゃ。宜しくの。外套を取れぬ理由を聞いても良いか?」
レオが代わりに応える。
「ヒマリはドラゴニアハーフです。少し肌に鱗皮が出ておりますので、昼間は外套を被っております。」
「なんと!・・・ドラゴニア。まさか生きている内に会えるとは思っておらなんだ。それは済まぬ事を聞いたの。ヒマリ殿、すまぬ。」
「いえっ!そんな・・・」
「ヒマリは雷属性の使い手でもあります。エルの指導もしてもらうつもりです。」
「そうか。それは有難い。ヒマリ殿、エルを頼めるか?」
「お任せください。エルさんの為なら私は何だって致します。」
「会うた事があるのか?」
「はい。一度。私を私として、何の偏見も無く接してくれた数少ない方でした。だから、彼が助けを望むならば私は喜んで手を貸します。」
「そうか。そのあたりもまたゆっくり聞かせてもらうとしよう。では、戻ろうか。」
3人は孤児院へ向けてゆっくりと向きを変えた。
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