02-29.ライバル
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無事に打ち合わせを終えた次の日、エルは朝から冒険者ギルドの訓練場にいた。冒険者ギルドでは訓練会が行われていない日は基本的に冒険者に無料で訓練場が開放されており、希望すれば指導官のいる日は指導もしてもらえるとクレリノから聞き、リックとルチアは昨日の時点で依頼を受けるつもりでいたので一人で、いやレオと共に来たのだが・・・
失敗だったかも知れないとエルは少し後悔していた。普段から生活を共にしていて忘れていたが、いや忘れてはいないのだがレオが白金冒険者である事を思い知らされる形になってしまった。エルはせっかく木剣が2本になり今度からは双剣での訓練が始まるので、一人で木人に打ち込みでも出来ればと思いここに来たのだが周りから見れば『あの白金冒険者レオが連れて来た鉄ランク冒険者』と言う構図になってしまっている。それを見つめている視線の中にはエドガー達もいた。
エルは2本の木剣を構える。以前に森での稽古の中で『相手が双剣だった場合の対処の仕方』を習っていたので、それを思い出しながら自分が双剣を使うなら、相手が習ったように対応してくるのならどう動くかと言う事を考えながら木人へ打ち込んでいく。レオはしばらく何も言わずジッと見ていたが、厳しい表情で近付いてきた。
「エル!!構えろ!!」
急なレオの大声にエルは急いで構える。周りの視線が一気にこちらに集まるのを感じる。これは森で稽古をつけてくれている時のレオだ。普段ワックルトで隣を歩いてくれている時のような優しさや笑顔は絶対にない。命の奪い合いを想定した稽古をつけているのだ。レオも当然厳しくなる。
エルはレオに正対した形で2本の木剣を構えるが、レオは壁に立てかけてあった長剣を想定した木剣で2本諸共弾く。構えが解かれたエルは1本を手から離してしまう。
「構えたら離すな!!命が惜しくないのか!!」
「はい!!」
すぐに取りに行き、また構える。先ほどまでざわついていた訓練場が一気に静かになる。
レオも長剣の切っ先をエルに向けて構えジッと見つめてくる。エルはジリッジリッと右へ左へ少し動きながらレオの切っ先の中心を自分から外そうとする。が、レオは完全にエルの動きを読み切っており、一切外れない。
「エル、ただ漫然と構えるな。お前の長所は何だ。俺との差は何だ。それを埋める為には何をしなければならない。ただ惰性で木人を打つな。考えろ。お前が一番双剣を操れる構えを、振りを、動きを。俺を上回る為の策を。」
エルは必死に頭の中で考える。レオに力押しは通じない。それは最悪の策だ。ならば速さでかく乱するしかないが、その策は間違いなくレオも分かっている。その中でやれる事をやる。
エルは体勢を低くし右足を後ろに引く。半身の状態で左の剣をレオに向けて斜に構える。右の剣は腰から構える。するとレオの構えに少し力が入るのを感じる。よし!方向性は良いようだ。
その後はエルの攻撃をひたすらにレオが弾き続ける時間だ。当たる気配は一切ない。しかし、それで心を折る暇は無い。左の牽制でいかに右から攻撃する場合の木剣の範囲からレオの剣を外す事が出来るかを考えながら攻め続ける。
時にはレオも剣を振るう。それは森の稽古でもある事だが、レオが剣を振るう時はそれが自分の致命的な隙が出来ていると言う合図だ。必死に受け流そうとするが、時にはしこたまに木剣が体にめり込む事もある。訓練場を転がり、起き上がり、立ち向かい、また転がる。
敵わない。分かっている事だ。相手は冒険者の極みに立つ人だ。ついこの間から木剣を持ち始めた小僧が勝負になどなるはずがないのだ。くぐった修羅場も経験も違う。
しかし、エルは悔しかったのだ。なぜかなど分からない。その感情が込み上げる自分に驚きもしていた。自分にこんな負けん気があったなんて。
だが、状況は好転する事無くひたすらに打ち込まれ続け、転がり続けている。
しばらく続けているとレオの後ろから声がかかる。
「おい、さすがにメシにしたらどうだ?そいつが壊れるぞ。」
その声にレオは木剣を体の前で真横に構えて終わりの合図を出す。その瞬間エルは膝から崩れ落ちる。それでも稽古を始めた頃に比べれば『もつ』ようになった。何とか稽古が終わるまでは立っていられる。
息も絶え絶えに声のした方向を見ると立っていたのはザックと見た事のない冒険者だった。背格好からするとレオやザックよりも若く見える。装備から見るに後衛職、おそらく魔法を使う職だろうか。
「なんだ。ザック、ムーアじゃないか。戻ったのか。」
「えぇ、昨日。なかなか厳しく稽古を付けてるんですね。」
ムーアと呼ばれた冒険者が答える。レオは二人と立ち話をし始める。エルも早く立ち上がって挨拶に行かなければと立ち上がろうとするのだが膝が震えて思うように立てない。
すると横から脇に手が入り、立ち上がるのを助けてくれる人がいた。顔を見るとエドガーだった。エドガーの後ろにはティルダとヴィオラもいた。心配そうにこちらを見ている。
立つのを手伝いながらエドガーは小声で話す。
「強いな。いや、心が折れない。凄いよ。俺たちが訓練会で合格が貰えない理由が少し分かった気がする。エル、尊敬するよ。」
「全然なんだ。まだまだなんだ。僕らは恵まれてるんだ。だからその環境に胡坐をかいてる暇は無いんだよ。あれだけの環境なんだから強くなって当たり前と思われないと。」
「そうか。やはり・・・強いな。」
エドガーの手を借りながらレオの元へ辿り着く。「ありがとうございました。」と稽古終わりの礼を言うとレオの顔はいつもの優しい顔に戻っていた。
「今日の創意工夫は良かったな。後はいかに左と右を本当に狙いに来ていると見せかける技術を身に付けるかだ。まぁ、そこはまだまだ時間がかかる。ゆっくりやっていこう。・・で?隣と後ろは誰だ?」
エルはエドガー達を紹介する。レオはあのギルドでの騒動の時にはワックルトにはいなかったのでヴィオラの顔を見ていなかった。紹介されると無事にパーティーを組める相手を見つけられた事に安心している様子だった。そしてエドガーにエルを支えてくれている礼を言う。
「まだ冒険者登録したばかりのエドガーです。お会い出来て光栄です。」
「ははは!そんな畏まる相手じゃねぇよぉ!エドガー、それにティルダもヴィオラもエル達と仲良くしてやってくれ。パーティー登録は受理されたのか?」
握手を求められたエドガーは興奮を何とか隠しながら両手で応えるが、レオからの質問に3人揃って表情が曇る。それを見たレオは苦笑いしながらザックに軽口をたたく。
「おいおい!指導官の腕が悪いんじゃないか?ちゃんと指導してるのかよぉ。」
「デカい声で叫ぶな。俺の仕事を奪う気か。エドガー達はまだヴィオラの活かし方を見いだせてない。今のままならヴィオラは恰好の的になりかねない。今はそこを工夫して失敗してを繰り返してる所だ。」
恐らく訓練会でも同じ事を言われているのだろう。3人の表情は暗いままだ。そんな時に後ろにいたムーアがザックに声をかける。
「その後衛の女の子はどういった職を目指しているんです?」
「今の所は生産職を目指しながら、戦闘は後衛職で少しだが風魔法が使える。」
「生産職?」
「そうだ。実家が裁縫を生業にしててな。だから幼い頃から手伝っていたらしい。なので革加工師か裁縫師か。武器は弓も考えたんだが、少し筋力がまだ追い付いて無くてな。」
「なるほど。ザックさん、今度この子達が訓練会を受ける時が事前に分かるなら声を掛けてくれませんか。僕も風魔法は使えるし、生産職は僕らのクランにもいるので。」
ムーアの提案に3人は驚き慌てた。聞けばムーアはワックルトの金ランク冒険者筆頭。クラン『安寧の水辺』の副クラン長を務めているのだそうだ。ヴィオラが恐る恐るムーアに質問する。
「良いんですか?私達みたいな駆け出しにお時間もらって・・」
「構わないさ。君達が成長しランクを上げてくれればそれだけ有事の際にワックルトはより安全になる。それに自分も若い頃に散々痛めつけられて育ててもらったから。ね?レオさん。」
「こぉ~んなに立派に育ってくれてザック共々喜んでるさ。」
そんな冗談に笑いが起こる。
「まぁ、とは言っても僕達はエル君達のように付きっ切りで指導して貰えた訳ではないからね。僕らももう金ランクだ。前からザックさんにもそろそろ新米の指導にも目を向けろって言われてたから。良いタイミングかも知れない。」
「そうか。エドガー、どうだ?と言っても指導のメインはヴィオラになりそうだが?」
「お願いします!!私、二人の力になりたいんです!」
「分かった。もし受けたい時は訓練会を申し込む時に安寧の水辺のムーアから指導許可を貰っていると職員に伝えてくれ。僕たちのクランはしばらくはワックルトに留まるからその間は僕が君たちの指導をしよう。」
その言葉に3人は飛び跳ねて喜ぶ。しかし、ムーアはしっかりと釘を刺す事を忘れない。
「喜んでるところ、悪いけど僕はあの二人のクランに指導されたんだからね?さっきのレオさんの稽古は見てたろ?それなりに覚悟して来てくれよ?」
途端に3人の顔が緊張で青ざめる。しかし、エルはエドガーに伝える。
「覚悟と代償なしに強くはなれないよ。これは創竜の翼のダンさんから言われた言葉なんだ。僕の中で本当に大事な言葉。時間や体力、自信や驕り、そんなちっぽけなモノを全部壊されて無くなって初めて自分自身が見えてくる。だから、どんなに辛くても続けるべきだ。パーティー登録、したいんだよね?」
エルの真剣な眼差しにエドガーは同じく刺すような視線で応える。
「当たり前だ!負けないぞ。俺は。お前にも、リックにも。」
「もちろんだよ。」
二人の会話に先輩たちは温かく見守る。レオは今日はこれで終わりと告げてエドガー達をザックに頼みエルと共に訓練場を出る。
「良いライバルが出来たな。」
「うん。負けられないよ。」
「大切にしろ。同期、貴重だぞ?」
「レオにも同期はいるの?」
「・・・何言ってんだ?ザック達だよ。」
「えっ!?そうなの?」
聞くとワックルトに来る前にいた大きな街で出会いお互いに銅ランクではあったが、依頼をこなしている内に同じ時期に冒険者になった事が分かり、それから急激に仲良くなったそうだ。時には難しい依頼に共闘で挑むなどしていつかはお互いに白金ランクになろうと誓い合っていた。
「ザックさん達は白銀ランクだったよね。もうすぐ約束に手が届くね。」
「いや、紅蓮は白金ランクは目指していない。」
驚くエルにレオが理由を説明する。それはザックがワックルトの冒険者のまとめ役をやっている理由にも繋がる話だった。このワックルトは辺境都市として幻霧の森に最も近い街だ。なので防衛拠点としても栄えてきた。それは常に魔物の異常繁殖の危険と隣り合わせであると言う事だ。
一度スタンピートが起これば被害が皆無等と言う事はあり得ない。小さな村やワックルトでも被害がある事もしばしば。スタンピート自体は10年に1~2度ほど起きているがその度に多くの冒険者や国民が犠牲となっている。その状況に少しでも力になれたらとザックは白銀ランクに留まる事を決めた。
白金ランクとなれば『国からの指名依頼』が来るようになる。本当は名誉な事なのだが、そうなればワックルトを何か月も離れる事になるのだ。自分を一人前の冒険者に育ててくれたワックルトの街を守りたいと紅蓮のメンバーにも告げ、クラン解体も考えた。しかし、今クランに残るメンバーはその想いに賛同し高みを目指すメンバーを別のクランに紹介して自分達はワックルトに留まった。
そしてこの4年間、ワックルトの冒険者は間違いなく実力・冒険者としての振る舞い共に以前より改善された。それをザックは誇りに思っているし、レオ達も感謝をしていた。
その話を聞き、エルは浅はかな自分の考えが恥ずかしかった。しかし、レオは「良いんだよ。それぞれの生き方だ。」と軽くあしらう。
エル達にも近しい未来で必ず訪れる自分達の方向を決める時。自分が『誰なのか』を知りたいと思い続けた奴隷時代。『何か』になりたいと思い、サームとエルボアに師事し冒険者となった。
果たして自分は『何者』なのか。いや、何になれるのか。サームに、エルボアに、レオ達に、そしてリック達に、その未来の選択肢を選ぶ権利を、増やす権利を与えてもらった。今はただひたすらに目の前にある物にただただ必死に喰らい付いていくだけだ。
自分は冒険者になるのか。サーム達のように生産を生業とするのか。それとも他の道が見えてくるのだろうか。
まだ長い長い道の半ば。自分の可能性の片鱗すら見えていない。
未来を掴むのだ。もう遠慮はしていられない。
誤字脱字ありましたら教えていただけると助かります。また、感想・評価・アドバイスもお待ちしております。今後ともよろしくお願いいたします。




