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錬金術の森~未成年孤児エルの半生~  作者: 一仙
第二章 冒険者、エル
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02-17.最初の目的地

いつもお読みいただきありがとうございます。

 「エルがこの先も調薬を勉強していくとして、将来はどんな薬師を今後目指していくのか。誰を目標にとか、誰に憧れてじゃなくて、どんな薬師になりたいのか教えてくれないかい?」


 普段一緒に生活をしている中で薬師や錬金術師として指導してくれているサーム、店を営みながら同じく自分に指導してくれているエルボア。二人の昔の活躍などを聞いたりもして憧れは更に強くなった。しかし、その二人をどう言う薬師なのか、どういう活動をしているのか説明出来ない。

 ましてや自分がどういった薬師になりたいのか、いや、自分がこの先どうなっていきたいのか。それが今のエルにはまだ決め切れていない。薬師になりたいのか錬金術師なのか、それとも冒険者として成功したいのか。


 「エルの人生はエルだけの物だ。だからたくさんの可能性を追い求めればいい。あたしはエルが薬師の道を求め続ける限りは先生として指導は続けるからね。でもね、それを続けるも別の道を歩むのも正解かどうかなんてのは死ぬその瞬間にしか分からないんだ。だから、エルは今の選択に後悔だけないようにたくさん悩めばいいよ。」

 「・・・はい。先生。」

 「エルの事はサムやダンからも手紙なんかでちょくちょく知らせてもらってる。ありがたい事だよ。皆、あんたの事を心配してる。それはエル自身も分かっているね?」

 「・・はい。もちろんです。」

 「まだサムと暮らし始めて一年も経っていない。だから急ぐ必要は無いと言う考え方がサムだ。でもね、あたしは誰かと一緒にいるからこそエル自身の歩み方を周りの皆に知ってもらう必要があると思ってるのさ。それが定まっていれば周りも動き様があるからね。」

 「・・・・・・」

 「エル?勘違いしてはいけないよ?歩み方を決めるって事は何かを諦めて一つに絞れって言ってるのとは違うよ?」

 「えっ?・・・違うんですか?」


 驚いてるエルを見て、エルボアははぁっとため息を吐く。そして優しくエルの頭を撫でる。


 「まったく・・・エルの様子を見ててもしかしたらって思ったが、やっぱりそうだったかい。エル、この世で生きている全ての者がたった一つの目標だけを掲げて生きてるなんて事がある訳がないじゃないか。それにね、あたしが言ってるのは、エルの『最終到達点』を教えてくれって言ってるんじゃない。『最初の目的地』はどこだい?って気楽に聞いてるつもりだよ?」

 「それはどういう事なんでしょう?最近、自分でも考えるんです。薬師や錬金術の勉強、魔導学や剣術の稽古、そして冒険者としての活動。僕はすごく今中途半端に何もかもをやっているんじゃないかって。それって教えてくださっている皆さんにすごく失礼な事なんじゃないかって。」

 「ホントにまだ一緒に暮らし始めて間もないってのに、いつの間にサムに似た馬鹿真面目なとこを受け継いじまったんだか・・・良いかい?今、エルが言った事が全てを物語ってるじゃないか。いくつもの事を同時進行してる事が中途半端になってる気がしてるんだろ?なら、その中で今は何に集中していくのかを決めておくと自分に分岐点が訪れた時に迷わずに済むかもしれない。冒険者に集中するならそれも良い。薬師に集中するなら冒険者ギルドで受ける依頼をその方向の物中心にするとか、エルの今後の活動の方向性が分かりやすくなるだろう?あたしが言ってんのはそう言う事だよ。」

 「僕はまだ知らない事が多くて。自分がどの道に向いてるのかも分からなくて。」

 「そうだね。自分が何に向いてるのかなんて、あたしも他の皆も分からないと思うけどね。」


 エルは驚いたようにジュリアの方を向くとジュリアもエルボアの言葉に同意するかのように優しくエルに向かって頷く。


 「自分自身にとって何が正解で何が向いているか、それは恐らくサーム様やエルボア様でも迷われながら今現在も歩まれておられると私は思っております。それはもちろん私やレオ達も同じです。冒険者として活動していく中で何度となく迷い選択を迫られながら必死に歩むべき道を探しています。」

 「ジュリアさん達も?」

 「えぇ。あの日、学園への配属を断り実家を飛び出した事が本当に自分にとって良い判断だったのかは今でも分かりません。しかし、良い判断かどうかは分かりませんが、その判断に後悔はありません。冒険者として成長出来た事はもちろん、人としての成長も日々感じています。」

 「ほらね?ジュリア嬢だってこうなんだ。エルが自分の事を完璧に理解して先の事を決めるなんて難しすぎる話だよ。だからこそ今の時点での一番近い目的地を決めちゃどうだい?って言ってんのさ。」


 次回のワックルトへの遠征の時にまた目標について話そうとなった。話が大きく逸れていたが低級ポーションと低級キュアポーションの結果をエルボアは伝える。


 「結果から言えば今回の物は『3本とも』合格だよ。」

 「ありがとうございます。」

 「低級キュアポーションに関してはもう少し経験を積めば店に出しても構わないレベルにはなるはずだ。そして低級ポーションだが、【効率化】によって作られた物は手作業の物よりも少し品質としては落ちるねぇ。これはサムもあたしもスキルの話を聞いた時から少し予想は出来てた事だから、まぁ、予想通りと言えばそうなんだが。」


 その事はエル自身も自分の万物鑑定のスキルで鑑定した際に知っていた。万物鑑定のスキルは今日までほぼ毎日のように常時発動しているので少しづつ熟練度が上がっているのか、初めて発動当初よりも鑑定内容に違いが出始めていた。その中で採取した素材や店で売っている物の品質が数字化して表示されるようになった。


 「手作業のポーションに関してははっきり言ってあたしの店に置いても構わないと判断出来る品だね。丁寧に作業されてるのが分かるよ。エル、この丁寧さは失ってはいけないよ?」

 「はい!先生。」

 「スキルで作られた物に関しては少し品質的には落ちるねぇ。でも、他の薬屋で売られている品質落ちの低級ポーションよりは品質的には良いね。売ろうと思えば引き取り手はあるだろうが、うちでは出来ないねぇ。」

 「ありがとうございます。先生のお店で取り扱えない物は他で売るつもりはありませんし、まだそう言った許可も下りていませんから。」

 「そうだったね。・・・全く。薬師ギルドの馬鹿どもにもうんざりだね。サムをそこまで毛嫌いする理由があたしには分からないよ。まぁ、サムとあたしの納品が無くなれば薬師ギルドは商人ギルドと冒険者ギルドも敵に回す事になるから表立っては行動は起こせないだろうけどね。」

 「先生。なぜお師匠様は薬師ギルドから嫌がらせを受けるような事になっているのでしょう?薬師ギルドの職員さんはお師匠様の事を本当に心配されているようでした。薬師として街に貢献しているはずのお師匠様がなぜこのような事になっているのでしょう?」


 エルは薬師ギルドの恐らく上層部の誰かがサームに対して良くない感情を持っているのだろうと思っているが、それだとしてもこれだけ街に対して貢献している自分の師匠が不遇の扱いを受けている事に憤りを感じていた。


 「まぁ、落ち着きな。ジュリア。すまないが奥を勝手に使って良いからお茶を人数分頼めるかい?」

 「畏まりました。では、お借りします。」


 エルボアはカウンター横の小さな棚から煙管を取り出し火を点ける。何かを考えるように目を閉じながら煙管を咥え、天井に向けてふぅっと煙を吐く。


 「まぁ、こうなってしまった原因ってのはちゃんとサムと向き合って教えてもらうのが筋だろうね。何しろそれでエルは薬師になる道を遠回りさせられてるんだ。あたしからしたらまだ話してないサムに一言言ってやりたいぐらいさ。」

 「・・・サーム様の中でも迷いがあるのではないでしょうか?」


 ジュリアがそう言いながらお茶をカウンターの上に置いていく。それぞれに口を付けため息を吐く。


 「まぁ、詳しい所に関してはサーム本人から聞きな。ちゃんと向き合って聞けば応えてくれるさ。エルも自分の知らない所で自分の将来の道が狭められてるのは嫌だろ?」

 「・・・」

 「ただね、サムは他人の為に自分の持っている物を全て投げ捨てようとした。あのまま王都で生活していれば何もかも召使いが用意してくれて、望めば欲しい物は向こうから持ってくるような生活が出来たはずだ。でもね、サムはそれを全て捨ててでも仲間を、自分の周りの人を守ろうとした。だからこそ、サムの周りには今でも人が集まる。それは貴族だからではなくサムがサムであり続けようとしているからなんだよ。」


 エルボアがサームを語るその顔はエルは苦しそうに見えた。隣に座るジュリアも何かを思い起こすような顔だが表情は硬い。


 「そんなサムを疎ましく思う貴族がいるって事さ。どんなに人の事を想ってもその相手が自分を想ってくれるとは限らないって事さね。いくら周りが言っても損な役回りばかり選ぶんだから世話ないよ。」


 突き放すような言い方をしていてもエルボアの表情は柔らかい。


 「まぁ、そんな状況だからエルの作る薬を店舗に持ち込んだり販売する事は出来ない。でも、作り続けて技術と経験を磨く事は自由だからね。焦らずやる事だよ?」

 「はい・・・頑張ります。」

 「とまぁ、そんな訳だから今はサムに教わりながら基本を磨き続けな。エルも何年も勉強してれば分かるだろうが、どんなに沢山の知識を得て薬を作れるようになってもその工程は全て1~2年目の見習いの頃に習った技術の応用でしかない。だから、今やっている作業は一生磨いていくモノだと思って続けなきゃいけないよ?」


 今回のエルボアからの試験は無事に合格となった。この先は今の技術を更に磨いていく勉強が続いていく。その先はいつになるかは分からないが、見習いの許可が薬師ギルドから下りてからと言う事になる。


 その後は冒険者ギルドで受けた依頼の作業を行う事になった。商品の棚の位置を説明してもらい、足りない物は補充しながら店内を掃除する。と言っても、掃除はほとんど必要ないくらい綺麗でする事は商品補充だけだった。何人かのお客さんも来たがやはり専門的な話になる事が多いので接客はエルボアにお願いするしかなかった。

 それでもエルボアは手伝ってもらえて嬉しそうにしていた。1日、いや半日手伝って感じたがエルボア1人では絶対に調薬と店の管理は難しいのではないかと感じた。

 するとエルボアは


 「調薬する日は店は閉めてるからね。調薬する日と店を開ける日を分けてるんだよ。それでもギルドから調薬の依頼が入れば店を開ける日が少なくなっちまうからね。余程の常連なら裏口から売ってくれって入って来るけど、一般の客には申し訳ない事になってるよ。従業員を構える事も考えたんだが、何分扱ってる商品が商品だからね。誰にでも任せられるもんじゃないんだよ。」


 それはそうだろう。薬と言う専門な商品を扱っているのだ。それなりの知識も必要だろうし、扱い方に気を配れる者でなければ店は任せられない。だからと言って必要とされている薬を作らない訳にもいかない。エルボアの中でも苦渋の決断の中での現状となっている。


 その時、エルはふと思いついた事があった。しかし、自分でどうにか出来る問題ではない為、夜にでもジュリアかダンに相談してみようと考えを切り替え補充を続ける。


 夕方まで補充をしながら、時には知らない薬の説明をエルボアから教わりながら時間を過ごした。本当にこんな恵まれた内容で達成報酬を貰って良いのかと思いながら、依頼完了のサインを貰う。

 今後も機会があれば手伝いの依頼はギルドに出すとの事で、お店での販売などの事を学びながらサームとはまた違った視点での指導の時間として来ればいいと言われる。ジュリアに聞いてもギルドに依頼を出して、実際何の作業をさせるかは依頼主の裁量に任されているらしく、法に触れなければギルドも口を挟む事は少ないのだそうだ。有難さを感じながら本日の依頼は終了となった。


 帰る際にエルボアはエルの頭を撫でながら呟く。


 「どんな道を歩んでも構わない。誰にどう思われても構わない。エルが後悔しない、遠慮しないで済む道を選びな。」

 「はい。ありがとうございます。」


 ギルドへ戻っていく二人の背中を見ながらエルボアは笑顔を浮かべる。


 (あの子の存在がサムの心を支えてくれてるんだね。良い師弟関係じゃないか。)


 エルがサームを慕い続ける中で、サームもまたエルの存在に救われている。お互いの存在がお互いを支える。エルボアは偶然の出会いに感謝しつつ、ゆっくりと店のドアを閉めた。

誤字脱字ありましたらご報告いただけると幸いです。

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