30.レミト村へ
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薬師ギルドでの登録が出来ないとなった一行はそのままレミト村へと向かうべく走竜のテッドとシューを預り所から引き取り出発の準備を整える。数日間の滞在で相当の買い物をしたはずなのだが、創竜の翼の各メンバーの持つマジックポーチのおかげで各自の装備品と緊急時に必要な物以外は手荷物は何もなく身軽なものだ。エルは変わらずダンの横、御者席に腰を下ろす。
竜車が門に差し掛かる。衛兵たちが御者席のダンに声をかける。
「ダン殿!今回はお早いご出立ですね!」
「サーム様をお送りするんだ。まぁ、これからはちょくちょく顔出せるようになると思うから。」
「そうですか。ここは辺境都市。いつスタンピートが起こっても可笑しくない場所です。最近は魔力溜まりの報告はありませんがそれでも警戒はしておりますので、白金冒険者である創竜の翼の皆さんが滞在してくださるのは心強いのです。」
「少しの間、出かけるが3日ほどでオーレルは戻るから。それにスタンピートの起こる森の中に僕たちはいるからね。街にいるよりも対処は早く出来るはずだ。まぁ、お互い気を抜かず行こう。」
「お気遣いありがとうございます。良き旅を。」
「あぁ。では。」
ワックルトの街が少しづつ離れていく。ここへ来た時の街道を戻る形で竜車は進む。今日は暖かい天気で走竜が走る時のリズムが心地良い。エルは先ほどのダンと門兵との会話で気になった事をダンに質問してみた。
「ダンさん。スタンピートって何ですか。」
「あぁ、それはね。幻霧の森や洞窟、後は廃墟とか地下迷宮とか魔素が留まりやすいような場所で一定以上の魔素が溜まってしまう状態だよ。まだ初期段階の魔素溜まりなら対処は出来るんだけど、それが発達しすぎるとその魔素溜まりから魔物が生まれる事があるんだ。後は普通にいる動物たちを魔物に変える、いわゆる『魔素に中てられる』範囲がかなり広くなってしまうんだ。そうなると魔物同士での勢力争いなんかが起こったりして魔石を喰った魔物がさらに上位種の魔物に成長してしまうなんて言う最悪のパターンもあったりするんだよ。」
「その上位種の魔物の事をスタンピートと言うんですか?」
「いやいや、スタンピートとはその魔素溜まりによって魔物が過剰繁殖して氾濫してしまう事を言うんだ。魔物同士で争ってくれてる分には数も減るし助かるんだけど、その矛先が村や街に向いた時には恐ろしい事になりかねないからね。」
「なるほど・・・」
「まぁ、こればかりはこまめに魔素溜まりの発生しそうな場所を冒険者や兵士たちで定期的に見回るくらいしか手がないんだよ。」
「魔素溜まりを発見したとしてどうすればそれを消す事が出来るんですか?」
「そうだね。その魔素溜まりの近くにいる魔物を狩り続けるってのも手だし、一番手っ取り早いのは魔素溜まりの近くに魔力が空になった魔石をいくつも置いておくってのが良いかな。」
「空の魔石・・・」
「魔物から取り出した魔石が魔道具の動力源として利用されていたりするけど、その魔石に籠められている魔力自体は使い続ける事でだんだんと少なくなっていく。空っぽになると半透明の石みたいになっちゃうんだよ。」
「そうなんですね。では、その半透明状の石を魔素溜まりの近くに置いておくって事なんですね。」
「そうだね。そうする事で空の魔石はだんだんと魔素溜まりから魔力を吸い取って元の魔石に戻ろうとするんだよ。かなりゆっくりではあるけどね。」
「なるほど。他の方法はないのですか?その方法だと小さな町や村では厳しいんじゃないでしょうか?」
「どういう事だい?」
「空の魔石と言う事は魔石の魔素を使うために魔道具が必要です。でも、魔道具は高価だとお師匠様に教わりました。小さな町や村では購入は難しく空の魔石を作るのも難しいのではないかと。」
「そうだね。そう言ったケースの場合は近くの大きな街などに依頼を送り、空の魔石を持った兵士や冒険者の到着を待つしかないって言うのが現状だね。」
「かなり時間がかかってしまいますね。」
「そうだね・・・それによって魔素溜まりが発達してしまったと言う事も何度もあるよ・・・」
ダンの表情は悔しさが滲み出ていた。今までに何度となくスタンピート鎮圧戦に参加した。その度に多大な犠牲を払い、その犠牲の中には共に冒険者としての成功を夢見た者もいた。そう言った犠牲の上に成り立つ白金と言う高み。しかし、今以上の効率的なスタンピート兆候の発見方法や解消法は見つかっていない。
「魔道具によって魔石の魔力を使いきれるのなら、空の魔石に魔力を入れ込む魔道具は無いのですか?」
「それは僕より詳しい専門家にお聞きしようか?」
「あっ!・・・お師匠様!いかがなのでしょうか?」
エルは振り向き幌の中で会話を聞いていたサームに問う。サームは何といっても錬金術の専門家だ。魔道具の創作にも知識・実力共に長けている。サームは御者側に体を乗り出し会話に参加してくれた。
「残念ながら長年様々な錬金術師が魔道具の制作を試みたが成功しておらん。これにはまず魔道具の中に組み込む魔法陣の改良から手を付けなければならず、そこで手詰まりになってしまったんじゃ。」
「魔法陣の改良。」
「左様。魔法陣はその模様の中に様々な意味のある線を組み合わせて、それに魔力を流す事によって効果を得るものじゃ。じゃから本来、『魔力によって効果を発動』する為の魔法陣であって『発動する事により魔力を吸い取る』と言う事は正反対の魔法陣を組まなければならない。分かるか?」
「はい。」
魔力を外に発動する事で効果を発する魔法陣において、魔力を外に発動しながらその魔力を吸い込むと言う構造はかなり複雑な上にそのような意味合いを持つ陣の組み方を見つけられていない。これまでに長い長い年月をかけて研究されてきたが、問題解決の入り口にすら辿り着いていない。
「魔力を吸い取る効果を発動するために魔力が必要であるならば、元より魔法陣など使わずに空の魔石を魔素溜まりに放り込んでしまった方が楽、となってしまった訳じゃ。ある意味、研究と発展を諦めたんじゃな。」
その時だった。エルの様子が激変する。
エルは焦点の定まっていないような眼でジッと自分の膝辺りを見つめながらぶつぶつと呟き始める。右手の人差し指で自分の膝をずトンットンッと一定のリズムで叩き続けている。今までに見た事のないエルの様子にダンも竜車を止めて声をかけようとする。しかし、それをサームが止めた。
「発動する為の魔力・・・ランタン・・・道具から外へ・・・・外から・・・空の魔石・・・発動の魔法陣・・・であるなら・・・」
幌の中にいたメンバーも何事かと外へ顔を出す。
「サム爺!良いのかよ!エルがおかしくなっちまったんじゃねぇか!?」
「黙ってみておれ。エルに危険が見られない限りはここまま見守るのじゃ。もしかするとエルの何かに繋がる状態なのかも知れん。」
「今は・・・魔素の逆流を・・・まだ足りない・・・」
すると、エルは御者席にぱたりと倒れる。慌ててジュリアが様子を見るとエルは眠っていた。
「苦しそうでもありませんし、いつもの寝顔のように見えます・・・」
「ふむ。とりあえずこちらに移そう。狭くなってすまぬが横にしておいてくれるか。」
エルはうなされるとか苦しそうなどと言う表情ではなく、ジュリアがこの数日ワックルトの宿屋『森狸の寝床』で見ていた落ち着いた寝顔だった。しかし、何かの変化があってはいけないと目は離せない。エルの先ほどの反応はなんだったのか。
「大丈夫そうだな。」
「そうね。でも、何だったのかしら。急に別人のように・・・」
「儂には何か頭の中で様々な物事を一気に考えておるようにも見えたが。」
「何がきっかけだったんだ・・・魔法陣?魔道具?」
「とりあえずはワシらでは答えは出せんと言う事じゃ。まずはレミト村へ向かい、エルが気が付けば聞いてみる事が一番早そうじゃの。」
「ですね。では、動かします。」
そう言ってダンは手綱を取る。二頭の走竜を操りながらも頭の中で先ほどの出来事を細かく思い出し、見落としている事は無いか、気付いていない事は無いかを必死に考え続ける。この先の行動はサームの許可なくしては取れないが、必要によっては各方面に助けを求めなければならないかも知れない。
一番に相談すべきはワックルト冒険者ギルドのメルカだ。この大陸唯一のエルダーエルフであり、その知識は悠久の時の中で蓄えられたまさに泉だ。なにかしらのヒントは得られるかも知れない。他にも数人は思い当たるが、その人物たちに相談するにはエルとの出会いから説明が必要で、場合によっては今よりも秘匿する事が増えて事態が複雑化しそうな可能性もある。
今はまずレミト村で状況の整理とエルの無事を確認する事が優先だ。ワックルトからレミト村へは走竜ならば半日と掛からず辿り着ける。竜車の中で走りながら携帯食で昼食を済ませた。今は時間が惜しい。
するとレミト村の石垣が見えてくる。竜車はそのまま村へ入り、宿屋らしき建物の前で止まる。中から若い男性が出て来てダンに話しかける。
「お泊りですか?」
「今日の泊り客はどうなってる?」
「今日はいませんよ。冒険者が依頼完了の報告で出払っちゃって。暇ったらないですよ。」
「そうか。部屋は何部屋で一部屋何人泊まれる?」
「三部屋ございます。一部屋に三人泊まれる部屋が1部屋、二人部屋が2部屋です。いかがなさいますか?」
ダンは振り返りサームを見る。サームはダンに頷き、ダンは再び宿屋の男性に向き直る。
「今日から二日間、この宿を貸し切りたい。一泊いくらだ?」
「えっ!?貸し切りですか?一泊は朝だけの食事でお一人銅貨20枚です。」
「分かった。一人銅貨50枚で構わないから夜も食事を付けてほしい。昼はこちらで適当に済ませるから。人数はおとな五名と子供一名だが、大人六名分で取ってくれて構わない。」
「良いんですか!?大変だぁ!!かぁちゃぁ~~ん!!!上客だぁぁぁ~~!!!」
そう言いながら男性は宿の中に走っていった。それを見てダンもサームも苦笑する。ダンはゆっくり御者席から下りてテッドとシューの手綱を店前にある繋ぎ木へと結ぶ。一行が建物の中へ入っていくと正面にあるカウンターに人族の女性が立っていた。見た感じ、さっき男性が母ちゃんと呼んでいたのはこの女性のようだ。
「いらっしゃいませぇ!こんな田舎に大人数で嬉しいですねぇ。私みたいなもんが作る料理でも大丈夫ですかねぇ?」
柔らかいほんわりとした雰囲気と話し方の女性でこの田舎の村の宿には合っている。女性に負けない笑顔でレオが答える。
「何言ってんの。俺らみたいな旅のもんが一番恋しいのは手料理なんだから!期待してるよ女将さん!」
「嬉しい事言ってくれますねぇ。じゃあ、これ鍵ね。あと代表の方かギルドの身分証ある方が代表でサインもらえるかねぇ。」
「はいはい。お安い御用だよ。ここで良いかい?はい、これ身分証ね。」
「えっ!?これ白銀?いいや、白金かい??初めて見たよぉ!!おたくら凄いんだねぇ!」
「ははは!女将さんみたいに俺らの旅を支えてくれる人たちのおかげさ。俺らは全然凄くないの。じゃあ、部屋見せてもらうよ。」
「はいはい!夕食になったら声かけるからそれまではご自由にどうぞ!湯が必要な時は声かけてくださいな。」
一行は一階奥にある三部屋へと続く廊下を進む。エルはオーレルが抱え、三部屋の中の真ん中の部屋に入り二つあるうちの窓側のベッドへとそっと寝かせる。ジュリアがそのまま様子見に部屋に残り、他のメンバーは全員が一番奥の三人部屋へと集まった。
「とりあえず俺は今から孤児院の様子を見てきます。話が出来るならシスター・エミルとも会ってこようと思います。」
「レオ、頼めるか。」
「もちろんです。提案したのは俺ですから。」
レオは立ち上がり部屋を出ていった。残されたダンとオーレルとサームは無言のまま各々が思考の海に潜る。しばらくの沈黙の後に口を開いたのはオーレルだった。
「エルの事でワシは、、、少し調べてみたい事がある。エルのスキルの恩恵と開路の儀が終わってそなたらを森の入り口まで送ったら、動いてみるつもりじゃ。構わぬか?」
「調べたい事ですか?」
「もちろんエルの素性じゃ。何歳でエルが囚われの身になっていたとしても親がおったはずじゃ。でなければ、さすがに長い間、牢に入れていても客は他の奴隷も含めて奴隷商の店に直接見に来ていたはず。エルの傍に親がおらねば不審に思うと思わぬか。客が来ている間は隠すとか牢までは客を入れなかったとか言う可能性も無きにしも非ずじゃが、エルと今日まで話していても全く親の記憶がないと言うのも不思議でな。」
「なるほどのぉ。確かに。まだ幼いからこそ親の記憶が残っていても可笑しくないとは思うのぉ。」
「これからエル殿との生活が長くなります。どこかのタイミングできっとエル殿の過去に触れる事になると思います。いえ、触れねばならない時が来る。それまでに少しでも可能性を探っておかなくてはいけません。牙のメンバーもあと一週間もすれば帝国側へ渡れると思います。情報が集まればご報告も出来るかと。」
全ての事実を掴むと言うならば、本当にエルが帝国の奴隷商の元にいたのかと言う事も事実なのかどうか確かめなくてはならない。彼を疑う等と言う事はしたくはないが、それをしっかりと事実と確認出来る事で見えてくるモノがあるのかも知れない。
少し目をそらし始めていたものに全員の意識が向き始めた。
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