24.商業ギルド~冒険者ギルド
いつもお読みいただきありがとうございます。2024年も宜しくお願い致します。新年早々ではございますが家庭の事情により次回の投稿は6日以降となります。どうぞ宜しくお願い致します。
サームの優しい手がエルを頭を撫でる。
「良かったの。これでまずは第一歩じゃ。」
「・・・はい。」
ロンダリオン王国では奴隷の身分では各職ギルドへの身分登録は出来ない。それは奴隷の管理者が身分保障人であり、農奴や技能奴隷以外の奴隷に関しては個人での資産保有を認められていないからである。つまり、管理者を通り越して奴隷個人で勝手に収入を得てはならないのである。借金・犯罪奴隷は原則奴隷主からの給金での資産保有しか認められていない。なので、ギルドへの身分登録と言うのはその人の信用を示すと言う意味では大きな意味合いを持つ。ランクが上がれば尚の事である。
「エル様。これで商業ギルドへの登録は完了です。ギルドランクはFからとなります。商業ギルドは依頼達成でのランクアップももちろんですが、ご自身の店舗や商会での取引利益によってもランクアップの対象となります。」
「はい。ありがとうございます。」
トワムはサームの向けて笑顔で話しながら、それとなくエルに今後の目標のヒントを与える。
「エル様の当面の目標としてはサーム様の下で錬金術と薬学の修行に励んでいただき、見習いとして物品納品の許可がサーム様とギルドから下りましたらその利益や依頼達成報酬でランクを上げていただくと言う感じでしょうか?」
「そうじゃのぉ。冒険者ギルドか製薬ギルドの素材の採取依頼でと言う形もあるが、なかなか森との頻繁な行き来は大変じゃからの。製薬が出来るようになればいくつか素材を採取しつつ、街に来てみてその納品依頼が出ていれば、かのぉ?。まぁ、依頼が無ければその都度と言う形かのぉ。」
「そうでございますね。依頼が無くとも薬師ギルドや錬金術ギルドに買い取ってもらう事で利益は得られましょう。」
どう始めるにしてもまずは製薬の知識を得てサームの許可がなければ、見習いとしてスタート位置にすら立てない。今は少しづつでも知識を得ていく事が確実に前へ進む方法だ。
「よし。では、次へ行こうかの。トワム殿。手間をかけた。」
「何をおっしゃられます。いつでもお声がけくださいませ。エル様。またごゆっくりお越しください。」
「ありがとうございました。失礼いたします。」
サーム・エル・創竜メンバーを見送るトワムとミレイ。情報が最大の武器である二人をしても探り切れないエルの素性。そうでなくても、これほどのメンバーが揃って後見となるなど異例も異例と言える。彼はいったい何者だったのか。商業ギルドとそこに出入りする商会の手を借りれば多少は輪郭だけでも見えてくるのかもしれない。しかし、それは商業ギルドにとってあまりにもリスクがある。下手に探った事であのメンバーが敵に回るような下手だけは踏めない。どのようにすれば良いか。思案を巡らせるトワムにミレイが問う。
「マスター。一体エル様とはどのような・・・」
「いけません。決して探りは入れないように。機会がくれば必ずあちらから打ち明けてくれるでしょう。それまでは他のギルド員と同じように扱いなさい。良いですね。」
「畏まりました。その旨、徹底させます。」
ミレイの問いのおかげでトワムは図らずもエルに対する今後の対応を決断する事が出来た。『踏み込まず・探らず・現在の位置を保つ』。今はそれで良い。彼が誰であるか、ではなく彼があれだけのメンバーに守られるべき存在であると言う事が重要なのだ。
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「さて、次は冒険者ギルドだけど、エルくん疲れてないかい?」
「大丈夫です!身分証をいただけたのも嬉しいですし、今まで知らなかった事をたくさん教えてもらえて嬉しいです!」
「そうか。じゃぁ、冒険者ギルドはすぐ向かいだからそのまま身分証を作りに行こう。さすがに昨日の今日だから大丈夫だとは思うけど。レオ、頼むぞ?」
「おう!!任せとけ!!何なら担いで連れてってもいいぜ!?」
満面な笑みで答えるレオに呆れ顔のダンとジュリア、恥ずかしそうに「大丈夫だから!」と拒否するエルをあたたかく見守る好々爺たち。そんな雰囲気のまま冒険者ギルドのドアを開けると、一行の雰囲気とは裏腹にギルドホールの雰囲気は俄かに緊張感を増す。
昨日の騒動は冒険者家業の激戦区でもあるワックルトの強者達ですら身の危険を感じたほどだ。何しろ白金ランク冒険者パーティー創竜の翼の中でも温厚で慈愛に満ちた魔導師ジュリアをあそこまで激怒させたのだ。それだけに翌日に創竜の翼が再訪すると言う事でホール内には独特の緊張感があった。
そんなホールの雰囲気に構わず、ダンは自分の身分証を見せながら受付嬢に要件を告げる。
「創竜の翼だ。昨日約束をしたギルマスとの面会に来た。ギルマスはいらっしゃるかな?」
「はい。ようこそお越しくださいました。すぐにご案内致します。」
周りの雰囲気を感じキョロキョロしてしまうエルをジュリアは優しく促し、そのまま二階へと向かう。二階のギルドマスターの部屋へ入ると、ギルドマスターのメルカは既に応接用のソファに座っていた。挨拶を済ませると机を囲むようにしてメリカの向かいにサームとエルが座り、左右の席にオーレルとレオが、サームたちのソファの後ろにジュリアとダンが立って控える。
「サーム殿。昨日は誠に申し訳ない。一行の皆に多大な迷惑を・・・」
「いやいや。私どもはエルの事もあり、先に宿に急ぎましたがその話はダンから問題ない話と聞いております。それに今朝起きてこの子の体調も問題ありませんでしたので、この話はこれで終いと言う事でいかがでしょう?」
「冒険者の男に関しては本日中にワックルトから追放しギルドランクの降格とした。エル殿。初めてお会いする。ワックルト冒険者ギルドのギルドマスター、メルカ・グラジオラスと申します。この度の件、誠に申し訳ない。」
メルカが深々と頭を下げる。ギルドマスターが冒険者の起こした問題行動で他者に直接謝罪をすると言うのは異例である。冒険者同士や冒険者と領民との間で起こった問題に仲裁で入る事はあっても冒険者本人に代わり謝罪をする事はまずない。今回はサームが上級貴族である事はもちろん、白金ランク冒険者の護衛対象しかも未成年への殺意をギルドホール内で向けると言う明確な敵対行為があったからだ。ギルドの管轄する施設内での今回の騒動はギルド自体にも責任がある。それらを全て加味した上でメルカが直接謝罪する形となった。
「いえ!もう大丈夫です!どうか・・・頭は・・・」
「有難うございます。今後、このような事が無きようギルド全体の引き締めと安全の徹底の努めると約束致します。・・・・・さて、エル殿は冒険者ギルドの身分証をご所望とか?宜しければ理由を聞いても良いかな?」
「はい。身寄りの無い私をサーム様と創竜の翼の皆さんが見つけてくれて、サーム様と一緒に暮らせる事になりました。その生活の中でサーム様のお仕事の手伝いを少しでも出来たらと。ご相談させていただいたら見習い登録をして弟子としていただけると。」
「なるほど。素晴らしい。良い縁に巡り合われたようだ。昨日、ダンから話は多少なりと聞いていたが、本人と話をせん事にはいくらサーム殿の後見があると言っても身元調査も無しに身分証の発行は出来ない決まりでな。直接、エル殿と話をしたかったのだよ。」
エルの目の前に座るギルドマスターのメルカ・グラジオラス。見た目は若く、身長もエルよりほんの少し高い女性だ。種族はエルフ族。ただ、エルフの中でも悠久の時を生きると言われるエルダーエルフ族だ。魔力が非常に高くその力を緻密に練り上げる事が出来る。西ドルア大陸全体がまだ国すらも出来ていない原生の時代に生を受けたメルカの半生は西ドルアの歴史と言っても過言でない。エルダーエルフはいわゆる生物の繁殖行為によって子を成すのではなく、突如として生まれ出でる者として人族の中では伝説となっておりメルカ自身も自分が如何にして生まれたのかは覚えていない。
そんなメルカは魔法の修行をしながらエルフ族の里に住み、戦乱の時代も生き抜いてきた。そして絶対王アウロスが大陸統一を目指す時にエルフ族の代表役兼他種族との仲介役として統一軍に参戦した。統一戦役で活躍した後、それが認められたメルカは統一国家アウロス内で要職を担い、エルフ族が他種族との共存を果たせるよう尽力した。しかし、アウロス王崩御の後に再び戦乱に陥った大陸でロンダリオン王国の祖、初代ゼグリア・ロンダリオンに懇願され王国の冒険者として王国内の鎮静化に力を貸す。その後、冒険者ギルドのギルドマスターに就任し現在まで勤めている。ロンダリオン王国建国以後、ミラ州ワックルトの冒険者ギルドだけが唯一ギルドマスターが変わっていない。それはエルダーエルフの長い寿命の賜物でもある。
「サーム殿、エル殿を少し『視せて』もらって構わんかな?」
「もちろんです。」
「ふむ・・・では、エル殿。私の手の上に手のひらを置いてもらえるか?」
「はい。」
メルカはエルの前にそっと両の掌を見せるように差し出す。エルはその手にそっと自分の両手を重ねる。メルカを目を閉じ、ジッと意識を集中させている。エルは緊張した面持ちでそれを見つめる。しばらくすると、メルカは何か小さな声で呟き始める。
「ほぅ・・・開路はまだか・・・しかし、この流れは・・・ふむ・・・いや、しかし・・・」
何か悪い物でもあったのだろうかとエルは気が気でない。しかしメルカは構わずエルを「視」続ける。そして、目を開きエルの手をそっと握った。
「エル殿。ありがとう。問題ない。身分証の発行に移ろう。サーム殿、エル殿はまだ開路を行っていないようだが予定はあるのか?」
「はい。創竜の翼のジュリアに頼もうかと。」
「そうか。ジュリアか。ならば問題ないな。ジュリア頼むぞ?」
ソファの後ろに控えるジュリアに視線を送るメルカは優しく微笑む。ジュリアは少し緊張して「お任せください」と返事をした。
「エル殿。ここの前に商業ギルドでも身分証を作ったであろう?」
「あっ。はい。ここに。」
そう言ってエルは商業ギルドから受け取って銀製のタグのネックレスを首から外してメルカに差し出す。メルカはそれを受け取り軽く笑みを浮かべ確認する。
「まぁ、ギルマスの部屋であるし創竜の翼のメンバーも揃っているから不安は無いが、今後は街中では身分確認の時以外は無暗に人には見せぬようにな。身分確認の際も相手には触れさせないように。良いかな?」
「はい!気を付けます。」
「うむ。宜しい。では、登録の手続きに入ろう。」
そう言うとメルカは先ほどまでと打って変わって、ふんわりとした印象に変わる。商業ギルドの時と同じように後見人の手続きが始まった。冒険者ギルドの身分証も商業ギルドと同じくタグの形だが違いとしてはそのタグの素材だ。冒険者ギルドはタグの素材がその冒険者のランクを表すようになっている。すなわち白金冒険者であれば白金製のタグと言った形だ。
タグが作られるまでの間、メリカはエルが緊張しないよう努めて明るく皆と話をする。サームが街に住まないから良質な薬が足りなくて困っていると愚痴ってみたり、最近は東の都市で魔物の行動が活発化していてもしかすると今後冒険者の要請や薬の流通が増えるかもしれないといった情報まで教えてくれた。
「レオ達は最近忙しくてワックルトにいても顔を出さんし、サーム殿の家やワックルトには来るのに私の所には遊びにも来ないんだよ?どう思う?エル?寂しくないか?」
「メルカ様ともあろうお方が子供のような事を仰られては困ります。エル様が困っているではありませんか!わたくし達も依頼があってワックルトに来ているのですよ?遊びなどではありません。」
「でも、ギルマスの部屋にちょっと挨拶に寄ってくれるぐらいしても良いじゃないか!ホントに白金にもなると昔のようにメルカさんメルカさんと話にも来てくれなくなった。寂しいものだよ。いっその事、ランクを金ぐらいに戻してしまうか?」
そんな冗談話をエルは楽しく聞いていた。お互いにすごく長い付き合いがあるのだろう。ギルマスと言う身分から少し離れて話すメルカにエルは親しみを感じていた。
「メルカ様。白金冒険者になる前の創竜の翼はどんな冒険者だったのですか?」
エルの問いにメルカは目を輝かせる。創竜メンバーは皆がしまったと言う顔をする。好奇心の塊であるエルが興味を持たない訳がない。メルカは少し興奮したように話し始める。
「ふふふ。聞かせてあげよう。白金の竜、彼らの誕生の瞬間を。」
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