「act10 色欲」
「——なんだったんだ、今の……」
自分達に足りないことをあーでもないこーでもないと話をしていたガイナとキールは吹き飛ばされて未だ立ち上がれずにいた。
会話を聞いていたウリエルの蜃気楼も既にここにはいない。二割とはいえあのウリエルが一瞬で消え失せた、その事実は二人を唖然とさせるには充分すぎるものだった。
「う、ウリエルが俺様達を吹き飛ばしてくれた……。でなければ今の一撃で全滅だ」
誰がこんな超常を起こしたのかなどガイナには考えるまでもなかった。
しかし周りのことを考えず破壊力に徹した魔法を放つような人間ではないことを知っている。魔力が制御できる状態になくとも自分が傷付こうとも被害を最小限にまで抑える人間だと知っている。考えられる可能性はいくつかあるがこの状況で最も高い可能性は。
「魔法の暴走。火属性魔法を使ったのか!?」
「げ、ガブリエルって火属性もあんな火力で使えるのかよ!? 正真正銘の化け物じゃねぇか……」
「話を聞いたことがあるだけで使ったとこ見たのは一度、それもかなり小火力だった。昔火属性魔法を使って暴走させて家族を怪我させたとは聞いてたがここまでか!」
「止めるにしてもとりあえず行こう。もしかしたらウリエルが危ないか——」
「その心配はないんじゃないかしら?」
後ろを振り向くと見知らぬ女性が意味ありげに微笑んでいた。その女性の雰囲気は嫌になるほど妖艶で不快感すら覚えるのに、こんな状況でも目を離すことができなくなるほど可憐だった。歳自体は少し上くらいに見えるが……。
「あんたは誰だ?」
「あら、可愛い子。食べちゃいたいくらい」
「……っ。し、質問に応えろ!」
全身の毛が逆立つかと思うほどの不快感、プレッシャー。今すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたいというのに視線が離せない。それはキールの同じようで後ろに半歩だけ下がる。
「ふふっ」
「応えないなら……」
「わかってるわよ。すこーし意地悪しただけじゃないの。そんなに警戒心丸出しにしてると私、愛おしくなっちゃう」
「や、やめろ!」
「ふふっ、可愛い。まあ、意地悪するのもここまでにしておきましょう。まずは自己紹介から」
女が一歩踏み出すと半歩後ろに。その様子をみてそれすらも楽しんでいる女、その手のひらの上で転がされていると思うと嫌になるのと同時に嬉しさも少し持ってしまっていた。
「ラスティーナ・パンジーよ。これからヨロシク」
これからヨロシク、の意図がわからないガイナに対して先に気付いたのはキール。
「あの不可解な蘇生魔法の使用者ってあんただったのか?」
「ふふっ、惜しいけどご名答」
「なんでわかった?」
「死んだと思った時嫌なほどの不快感に叩き起こされたと思ったら普通に生きてたんだ。この人を目の前にしてまさかな、とは思ったけどよ」
「あの人は貴方達に私を極力合わせたくはなかったみたいだけれど、生憎私に課せられた仕事は一ヶ月人類の希望となりえる者達を守ること。契約内容に姿を現すなとは書いてないから全然セーフね」
言っていることの意味は所々わからなかったが少なくともこの修業期間中は一緒にいるということなのだろうか。
「私の好きな食べ物は牛肉。あのお肉を食べてるって感じが好きなのよね。逆に嫌いな食べ物はトマトよ。ぐちゅぐちゅした感じがダメなのよねぇ……」
べー、と本当に苦手そうに舌を出すラスティーナは少しだけ可愛らしく意外と悪い人ではないのかもしれないと思い始めてきた。
「あんたは——」
「私の名前はあんた、じゃないわよ」
「……ラスティーナ、さんは厄災戦に参加しないのか?」
「あら、良い質問ね。答えはイエス、参加しません。私、あんな愛も知らなそうな獣に有効な攻撃手段なんて持ってないから」
「でもラスティーナさんの魔法なら味方を助けることくらいはできるんじゃねぇのか?」
「残念だけれどそれは無理だわ。何故なら——」
刹那山の裏、ウリエルがいると思われるところから先程山を焼いたような不安定なものではなく非常に整いすぎている爆発的な魔力反応があったと思えばそれも数秒で何事も無かったかのように消滅してしまった。
そうだ、突然現れたラスティーナに気を取られて忘れてしまっていたがあちらの様子を見に行こうと思っていたのではなかったか。
「あらあら、派手にやっちゃったわねぇ。私もいないのに」
私もいないのに。
この発言の意図はすぐにわかった。あそこにいる二人は彼女の蘇生魔法の恩恵を受けていない、そういう意味なのだろうと。
「急ぐぞガイナ!」
「言われなくても!」
二人の少年達は我先にと走り去ってしまう。そんなに必死になる理由もなければそんな体力もなく手段もないラスティーナとしてはもう少し足並みを揃えて欲しかったところだ。
「全部終わってるのに今から急いでも意味ないわ、って言ったところで通じはしないでしょうけれどね。ふふっ、若いっていいわね」
そういう自分だってまだまだ二十歳、充分若い部類には入るのだろうが。
「ああいう子、愛したくなる」




