第4悔 『大後悔宣言』
「フェルディナンド! 降りて来いよ!」
クリストフが爽やかすぎる笑顔を振りまき、親友を呼び込む。
どうやら話が付いたらしく、広場の警備責任者と思われる男がやって来た。
「この方が特等席まで案内してくださるそうだ」
クリストフがそう言うと、いかにも兵士あがりといった警備責任者の男は無言でうなずき、無駄のない動きで歩を進めた。ボボンも二人のあとを訳も分からずついて行った。
関係者専用の裏道を抜け出た所は会場の最前列付近。中央にある演説台とは目と鼻の先の位置だった。
周りの観衆も偉そうにいきなり割り込んで来た二人の男に、罵声を浴びせようとしたが、その内の一人が国民的な人気者、ファッション・リーダーのクリストフと気付き逆に歓声を上げた。
「うおー! クリストフさん! やっぱりあんたもエンリケ皇子の“提案”に賛成なのかい!?」
提案? 発表することは提案なのか? 民衆に何かをさせるのか?
ボボンがそう考え始めるや否や、彼の背後、広場全体から地を揺らす津波のような、音楽隊のファンファーレの音もあっさりかき消されるほどの大歓声が襲って来た。
遂にエンリケ皇子が舞台上手から姿を現したのだ。
そのすぐ後ろには、インペリアル・ガードが二人とエンリケの家庭教師で『盲目の賢人』ことトスカネリも付き従っていた。
リゴッド皇国の歴史を変える大演説が今、正に始まろうとしていた。
「リーゴッドッ! リーゴッドッ! リーゴッドッ!」
観衆が一体となる中、皇子エンリケは悠然と演説台に登壇した。
付き従う家庭教師トスカネリが皇子の右前方に一歩踏み出し、声援を制するように右手を掲げると、観衆は一斉に押し黙った。
エンリケがトスカネリに向ってうなずく。それを気配で察したトスカネリも頭を垂れ引き下がると観衆はいよいよ固唾を飲んで見守った。
「対ウィンド戦勝周年の今日という良き日に! 私は諸君らに問いたい!」
エンリケが開口一番高らかに叫んだ。その甲高い声は会場の隅々まで響き渡った。
五万は居ようかという観衆がざわめいた。やはり噂どおり何らかの問題提起をするのだろうか? エンリケは続ける。
「およそ三十年前にウィンド王国の侵略から国土を守り抜き、勝利を得た我がリゴッドだが、未だに逆賊たるウィンドの手の者や、それらに協力しようという不届きな不満分子らが至る所で暴動等の騒ぎを起こし、皇国の発展と繁栄を妨げようとしている!」
早くも熱を帯びて来たエンリケに、観衆も手に汗を握り始めた。
戦勝記念式典で不満分子について言及したのは今年のエンリケが初めてである。
「何故なのか?! パックス・リゴッデーナ! このリゴッドによる完全なる平和が訪れて一体何の不満があろうか!? 何故、人は真の平和の到来に恐怖を抱くのか!? これはリゴッドの民が未だ成熟してない証拠である! いや、人類全体がだ!! だから私は今日、堂々と宣言する!」
観衆はその迫力に気圧され、エンリケは演説台を拳で叩きながらさらに前に歩み出た。
「時は来た! 人類が誕生して今まで、何の進歩も見られなかった! 精神面においてだ! だからこそ、争いのない完璧なる世界を作るために! 今こそ人類は革新すべく“後悔”しまくるべきなのだ!!」
……後悔……?
絶句する観衆を顧みることなく、エンリケが続ける。
「後悔して、後悔して、後悔しまくって! 精神的人類革新に向っての糧とすべきなのだ!!」
観衆もいよいよ、どよめき始めた。話を理解する者もしない者もエンリケのその真摯な思いに心を奪われつつあった。
「さぁ、行くが良い! リゴッドの民よ!! “後悔”することを皇国第二皇子改め“後悔皇子”エンリケが奨励する!! 大後悔時代の幕開けだ!!」
エンリケが右腕を大きく振り見栄を切ってみせると、大観衆は興奮のるつぼとなった。
人々は口々に「後悔するぞ!」「よし、後悔だ!!」などと言ってお互いを鼓舞し合った。
地球暦一一六九年四月三十日――
この日、後悔皇子エンリケが“後悔”することの大切さ、素晴らしさを説き奨励したこの宣言を、後世の歴史家は二つの意味から『大後悔宣言』と呼ぶこととなる。
第4悔 『大後悔宣言』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆




