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ファンティーゴ!  作者: 悠季 弓仏(ゆうき ひいろ)
第一章 大後悔宣言
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第4悔 『冬の小鹿』



 地球暦1089年、冬――



 リゴッド皇国が、北の大地にあった小国ウィンド王国を植民地化してから六十年あまり。

 いよいよリゴッド皇国陸軍による旧ウィンド王国勢の大規模な殲滅(せんめつ)作戦が始まった。


 地道な地下活動により支援者を確実に増やし続けた旧ウィンド王国の末裔(まつえい)たちが、一万の兵士を確保し、反抗の狼煙(のろし)をあげたためだ。


 旧ウィンド勢の反抗の中心となったのは、六十年前のリゴッドによる電撃的侵攻作戦に敗れた当時の王国の若き兵士たち……つまり老人たちだ。

 そして、その子供と孫たちが実戦部隊の主力となった。彼らは緒戦となる『バルブロの夜』作戦で、リゴッド皇国陸軍の御株を奪うような電撃戦を仕掛け勝利した。

 

 しかし、それがリゴッド大皇(たいこう)を本気にさせてしまった。今や皇国の軍勢は、陸海空合わせ一五〇万に達していた。


 そのため旧ウィンド勢のゲリラ的抵抗活動を優勢に抑え込んでいたが、殲滅作戦開始から半年が経った『チヨノイ会戦』で思わぬ危機を迎えてしまう。


 旧ウィンド勢にとって聖地であったチヨノイ山で、作戦行動中の三万からなる皇国陸軍北部方面隊と、それを指揮する皇国陸軍特殊部隊『ダムストリア』の一部隊が、地の利を得ている旧ウィンドの精鋭部隊二〇〇〇名にまんまと包囲されてしまったのだ。


 チヨノイ山にはウィンドにとっての精神的支柱である神剣『エメラム』がいまだに手付かずで保管されており、また、アジトも存在するという偽情報を掴まされた皇国陸軍情報部の失態によるものだった。


 命からがら山頂付近の山小屋がある少し開けた場所に逃げ込み、陣を立て直そうとした皇国陸軍の面々であったが、慣れない冬山の戦いで剣は折れ矢も尽き、人員も三〇〇〇名まで激減し、あとは死を待つだけの烏合(うごう)の衆となっていた。


 最悪の展開だったのは、この時、エリート部隊『ダムストリア』の一部隊の指揮を執っていたのが、後の大皇ジョアンこと当時の皇太子ジョアン・パルスティンその人だったことだ。


 山の麓に残る『ダムストリア』本隊から、皇民の負託(ふたく)に応えねばと(こう)を焦った副隊長のジョアンが名乗り出て別動隊を率い、神剣と敵のアジトを捜索中だったのだ。

 作戦の失敗と人的損害の責任もさることながら、もしこの局地戦で皇太子が戦死したとなれば、それはもうリゴッド皇国の敗北を意味した。


 この、皇国にとっても皇族にとっても絶体絶命の窮地――を救ったのが『ダムストリア』のエリクソン・シンバルディである。


 幼い頃から祖父と父に軍人の軍人たる英才教育を施された未だ十代後半の彼は、新兵として従軍していた。

 そんな彼が発案した画期的な作戦により戦況は一変する。


 後に『冬の子鹿』と命名されたその作戦の概要はこうだ。


 場所は冬のチヨノイ山である。

 標高二〇〇〇メートルの山は雪に覆われている。

 この豊富にある雪を使って何か出来ないものか、と考えたエリクソンはすぐに雪玉を転がす事を思いついた。

 雪玉を転がし旧ウィンド勢を打破(だは)しようというだけではない。

 転がり落ちる数多の雪玉に紛れ、皇国陸軍兵士ひとりひとりが雪玉となって敵包囲網を突破しようというのだ。

 一聞、無茶に思えるこの作戦に当然ながら異を(とな)える者もいた。

 ジョアンである。

 「かような無様な作戦、麓で待つ隊長殿に見せられるものか!」


 が、「どうせこのまま立てこもっていても死ぬのです、ジョアン様」というエリクソンの説得があっさりと聞き入れられ、彼らに奇跡を起こさせた。


 真夜中過ぎ。山頂の三〇〇〇名の兵士たちは、それぞれ抱えられる大きさの雪玉を作り、それを抱いたまま一斉に斜面を勢い良く転がり始めた。 

 中には岩や木に衝突し無惨(むざん)に絶命する者もいた。

 

 この異様な光景を見て、呆気(あっけ)にとられながらも冷静に対処しようとした旧ウィンド勢二〇〇〇名であったが、激減したとはいえそれでもまだ数的優位を誇る皇国陸軍をシラミツブシには出来なかった。


 チヨノイ山麓に残る『ダムストリア』の隊長ヴァイバイブルーは、神剣捜索隊の必死さを哀れに思い、三十名の部下たちに特殊陣形構築を命じ、転がる雪玉、いや人玉を受け止めさせた。


 かくして、何とか下山出来た皇国陸軍神剣捜索隊は五〇〇名にも満たないという悲惨な結果に終わったが、直に目の前で見ていたヴァイバイブルー率いる『ダムストリア』と、この奮戦を聞きつけた全国の皇国陸軍兵士の闘志に火をつけ、以後の苛烈(かれつ)すぎる殲滅作戦に拍車をかける切っ掛けとなった。


 この脱出作戦を成功させ皇国陸軍首脳部と皇族に称えられたエリクソン・シンバルディは、弱冠二十歳にして皇国陸軍を背負って立つ存在となり、翌年から始まる徹底的な殲滅戦の作戦指揮を執る事となった。


 ちなみに雪玉作戦が後に『冬の子鹿』と命名されたのは、山の麓まで辿(たど)り着いた雪玉の中に何故か一匹、子鹿が(まぎ)れ込んでいた事に由来する。

 



 第4悔 『冬の小鹿』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆



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