第12悔 『俺の若草物語』
絶体絶命のシルレールは、もはや汗でびしょ濡れの山脈覆いの事などを気にしている余裕もなかった。
十字柱上で磔にされたまま、何とか自分の手足を縛る縄を解こうと激しく身を捩じらせた。
少女のあまりに艶めかしい身体の動きに、見物客の中年男どもの天幕の頂部付近が、雨でも降ったかのようにじんわりと潤いを帯びだす。
シルレールの必死の抵抗を黙って見ていたタイタスも、それは同じだった。
ところが、彼女にとってはこれが良くなかった。
中年男どもが、シルレールの躍動に対して「いいぞ! もっとだ!」、「上下だけじゃなく前後にも揺らすんだ!」などと声に出して応援してしまったがため、更に熱心に身を捩じらせたシルレールの奥飛騨覆いの紐が、動きに耐えきれず解けてしまったのだ。
〈ハラリ〉と地面に落ちる白い布――。
彼女は秘境を隠すため、足を組もうと前傾姿勢になったが、逆に白く丸い肉桃を突き出す形となり――もうそれ以上の抵抗を諦めたかのようだった。
見物客も一斉に前傾した。
一番近くにいたタイタスには、一瞬、彼女の“若草”が見えた。
あの草は……刈らねばならん!
その時、彼の身体の一部に閃きが走った。
ふと目の端に入った自動馬――庭先に停めてある、はるばるルームから乗ってきた愛馬――を走らせながら十字柱上、約二メートルの高さにあるシルレールの若草に向かって自動馬から飛び上がり、処刑と称して己自身の“レイピア”をもって彼女の秘境に潜入したら……
「どんなに素敵なことだろう!」と。
だが、そんな酷いことが俺に出来るのか?
という自分自身に対する不信感は、局部の天幕がすぐに払拭してくれた。すでに彼の“レイピア”が、ズボンの股間開閉部分のボタンを弾けさせていた。
タイタスが右手の三銃士専用レイピアを天高く掲げながら「思い立ったが吉日よ!」と叫ぶ。
見物客がその剣の切先に注目する隙を突いて、左手では三銃士の前掛けの下で二本目の“レイピア”を巧妙に露出させていた。
よし、上手くいった! 誰も気づくまい!
そうすると今度は、何らかの透明な分泌液に塗れた左手で、大袈裟に愛馬を指さし示した。
見物客が騒然とする中、〈クォーン〉という音を立て目を覚ました愛馬に、大きく脚をあげて跨ろうとしたタイタスだったが、そんな事をしては見物客に自身の“レイピア”が見えてしまう、と瞬時に気づき――まるで淑女のように、尻から自動馬の背に腰掛けた。
フフフ! 俺の“レイピア”は、観客にとってはあくまでこの処刑劇のクライマックスのお楽しみよ! ここで見えては興が冷める!
それは、小劇団の主宰のサガと言えたのだろう。昂奮の中にあっても、どこか自分を客観視している団長の姿が、そこにはあった。
この展開に熱狂する中年男どもは、タイタスのそんな所作にも「さすが、銃士さまだ! こんな時ですら上品でいらっしゃる」、「まるであの伝説の貴婦人、レディ・リンツみたいな乗馬姿だ!」などと声にして誉めそやした。
それを聞いたタイタスは気を良くし、ファンサービスとしてのアドリブを思いついた。
そうだ! 俺の“レイピア”でシルレールの“若草”を刈る前に、この五千人はいようかという観客どもに彼女の山脈を解放してやろう! きっと、会場は蜂の巣をつついたような騒ぎになるだろうな! そののち、いよいよ主役の登場ってワケだ!
「そうと決まれば、話は早い! まずは、あの山脈覆いをレイピアで剥ぎ取る!」と言いながらタイタスは、いよいよ自動馬を突進させた。
唸りをあげる機械仕掛けの馬と、大観衆の中年男ども。
覚悟を決めたのか顔を伏せ目を閉じ、「兄さん、ごめんなさい。わたしも今、そちらに――」と祈りの言葉を唱えだすシルレールに、目前まで迫るタイタスが無慈悲な言葉を投げつける。
「念仏など唱えても無駄よ! この場所この瞬間! 今、最も神に近い者は――この俺なのだ!」
しかし、シルレールの覆いをレイピアが剥ぎ取ろうとしたその時! 処刑台のその先に――タイタスの視界に信じられないものが飛び込んで来た!
「お前!」タイタスが叫ぶ!
ジャックが見物客の中にいたのだ!
タイタスは慌てて愛馬を急転回させ、もろとも転倒した。
「(ジャック、)お前! そこで何をしている!」
泥にまみれたタイタスが上半身を起こし観客席の中に視線を投げると、見物客の中年男どもも、一斉にジャックの方に顔を向けた。
そして、誰もが絶句した。
ジャックは一糸まとわぬ姿で、シルレールを見ながら自己慰労会を開催していたのだ!
第12悔 『俺の若草物語』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆