第九話:真犯人を探す
突然、大きな影があたしを覆った。肩を掴まれて、フワッとあたしの体が浮かぶ。そのまま、遥か高くへ飛んで行く。何事かと上を見ると、あっ! 鷲さんだ。冒険者の連中があわてて追いかけているが、連中の姿はあっという間に小さくなった。
鷲さんはあたしの両肩を掴んで、空高く飛んで行き、近くの山の頂上に降りた。ここなら、当分、あの冒険者の連中も追ってはこれまい。ところで、この鷲さん、この前のカクムール王国に連れて行ってくれた鷲さんかな。いや、違うぞ。なぜか首に鞄をぶら下げている。若くないかな?
「あれ、もしかして、この前、ナロードリア王国の山の高い場所で会ったヒヨコちゃんですか?」
「そうですよ、お嬢さん」
鳥って成長が早いのね。大蛇から助けたあの時から、まだ、半年くらいしか経ってないけど、もう立派になっている。大人の人間の二倍はある。
「もしかして、この前、大蛇から助けたお礼かしら」
「そうですよ、その節はありがとうございました」と頭を下げられた。
全く、人より鳥の方がよっぽど恩義を知っているぞ、信用できるではないか。
しかし、これじゃあ、どこに行っても警察とか賞金目当ての冒険者とかに追いかけられるし、どうしようかなと、若い鷲さんに事情を話すと、「真犯人を捕まえればいいのではないですか」と言われて、その通りだと思った。それにしても、誰がマリア先生を殺したんだろう? うるさい人だったけど、憎まれてはいなかったなあ。
あたしのお父さんは、「ヒーローはいざとなったら一人で戦うもんさ、笑顔でな」が口癖だった。それに影響を受けてあたしも、「ヒーローは一人で戦うもんよ!」とやたらイキがっていたけど、さすがに疲れたよ。お父さんは、「信頼できる仲間を作れ、仲間のためなら命をかけろ、大切にしろ」とも言ってたな。信頼できる仲間がほしい。「ヒヨコちゃん、じゃなくて、若い鷲さん、仲間になってくれませんか」と頼むと、「いいですよ」と返事があった。
「若い鷲さん、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。私のことは、ユリウスと呼んでください」
ユリウス。
何となくカッコいい名前だな。
「あたしはエイミーです」とりあえず、あたしとユリウスは仲間になった。
さて、一旦、ナロードリア王国に戻ることにしたのだが、鷲のユリウスが仲間になってくれたことは嬉しいけど、ちょっと大きいなあ。目立ちすぎだ。もう少し仲間がほしいと頭に浮かんだのが、あの二人。とりあえず、アレックスとクリスのとこへ行くことにした。
ユリウスが、「私の首にぶら下げている鞄に耐寒帽子付きの防風眼鏡が入ってますよ」とくちばしで取り出してくれた。それを見ると、おお、これは例のグライダーで飛んでいた人たちが使っていたものと同じ帽子だ。眼鏡はあたしの顔の半分近くを隠しちゃうけど。気に入ったのでいただくことにした。「ところで、なんで、こんなものを持っているの」とユリウスに聞いたら、カクムール王国を飛んでいたら、大きいグライダーが空中で分解して真っ逆さまに墜落寸前の人を発見したんで助けたら、「もう、グライダーはこりごりだ」って、鞄ごとくれたそうだ。
耐寒帽子付きの防風眼鏡を付けて、ユリウスの背中に乗って空高く舞う。前に、お父さん鷲に教えてもらったように下を見ずに遠くを見る。あたしも度胸がついてきたのか、気持ちがいい。スイーっと気分良く飛んで、雲の上まで飛ぶ。まるで白い絨毯の上を飛んでいるようだ。アレックスとクリスの掘っ立て小屋を目指す。そろそろかなと、ユリウスに下降してもらうと、おや! あの凸凹コンビの二人が川で渓流釣りをしているのを見つけた。あたしとユリウスは川の中州に派手に着陸する。突然、巨大な鷲が現れたんで、二人は仰天して、腰を抜かしている。あたしはカッコつけて、サッとユリウスから降りる。魔法銃を二人に向けて、「おい、そこの二人、手を挙げろ!」と叫ぶ。二人はビビって、両手を上にあげた。もう弾はないけどね。意味もなく魔法銃をクルクルと回してみせて、腰のホルスターに差した。
帽子と眼鏡を外すと、「エイミーじゃないか、元気だったのか!」とアレックスとクリスが驚いている。あと、「そのバカでかい鳥は何だ!」と二人に聞かれたんで、今まであったことを話すと、アレックスが、「情けは人の為ならずではなく、情けは鳥の為ならずだな」となんだかわかったようにうなずいている。意味がよくわからんな。
クリスからは、「お前のかぶっているその帽子付き眼鏡カッコいいな」と言われた。どうやら、自分も欲しいらしい。ユリウスにもう一つないかと聞いたら、もうありませんとのこと。クリスはがっかりしている感じだ。そう言えば、マルセル孤児院から逃げ出した途中で靴を失くしたけど、クリスが代わりのをくれたなあ。そのお礼をまだしていなかった。けど、この耐寒帽子付きの防風眼鏡はあたしも気に入っているから、これはあげられないなあ。つねに首にかけて、普段は背中に回しておこうと思っている。それを察したのか、クリスが、「いいよ、お金を貯めて買うよ、どっかで売ってるだろう」ってことで落ち着いた。「カクムール王国に行けば売っていると思う、グライダー用だよ」と教えてあげたら、「グライダーってなんだ」と聞かれたんで、「でっかい紙飛行機!」と答えたんだけど、二人ともいまいち理解できなかったみたい。
それはともかく、二人に、「マリア先生を殺した真犯人を見つけるのを手伝って、お願い」と頼むと、「お前は俺たちの仲間だろ、協力するのは当たり前だ」と承知してくれた。ありがたい。持つべきものは仲間だな。
ユリウスから、「エイミーとアレックス、クリスの三人が私の背中に乗るより、ゴンドラみたいなものはありませんか」と聞かれたんで、思い出したのが以前作った気球のゴンドラ。掘っ立て小屋の家の側に、放ったらかしになっていた。それに、アレックスたちが木の上に作ったハンモックをはずして、全体を包み込んで上から吊れるようにする。そこに乗り込んで、ユリウスに上の方を掴んでもらう。「いざ、出発!」とユリウスが羽ばたいて、遥か上空へ飛んで行く。急上昇して、眼下の掘っ立て小屋は、みるみる小さくなった。あたしは、だいぶ空を飛ぶのに慣れたけど、アレックとクリスは怖がっているので、ちょっとイタズラしてやろうとゴンドラを揺らしておどかしたら、「エイミー、危ないですよ」とユリウスに怒られちゃった。
そのままゴンドラで飛んで、マルセル孤児院から見えないくらいの場所に、一旦、降りる。ユリウスはデカいから近くの大木の陰に隠れてもらうことにした。今は昼だ。誰にも見つからないようそっと建物に近づくと、運動場で児童のみんなが遊んでいる。あたしがいた大部屋の隣の部屋のリーダー、スザンナがいるのに気づいたあたしは、こっそり呼ぶと、びっくりして飛んできた。「エイミー、生きてたの」と驚いている。スザンナは半年でずいぶん大きくなったなあ、もともと大きかったけど。まだ、十二歳のはずなんだけどな。
「こっちの孤児院は変わりはない?」と聞くと、例のエベレス変態院長が戻って来たらしい。けど、車椅子を使っているそうで、戻って来たその日にマリア先生が殺されたってことだ。あと、昨日、年長組からユリアーナともう一人が養子で引き取られたそうだ。二人とも幸せになってほしいな。それから、マリア先生が殺された日以降、毎日一回、警官が見回りに来るようになったようだ。
ところで、車椅子というと、思い出したぞ、カクムール王国の宿屋で割引サービス詐欺をやっていた奴を。変態ロリコン院長も歩けないふりをしているんじゃないか。多分、また、ユリアーナにイタズラしようとして、マリア先生に見つかったから、殺したんだ。そうに違いない、よし、変態ロリコン院長を成敗してやるぞ!
あたしとアレックスとクリスの三人組は、忍び足で孤児院の壁際を歩く。窓から、エベレス院長の部屋を覗くと、院長が車椅子に座っているのが見えた。あたしたちは、窓をぶち破って乱入し、びっくりしている変態院長をタコ殴りにした。「お前がマリア先生を殺したんだろ、白状しろ、この変態ロリコン野郎! ホントは歩けるんだろ!」とボコボコにする。変態院長は、「私はそんな事していない!」とわめいているが、「ウソつくな、この変態!」とさらに殴ったら、院長はぐったりと床に横たわった。しかし、よく見ると足が細いな。アレックスが、「この人、本当に立てないよ」と焦っている。あたしたちは、あわてて、入ってきた窓から逃げ出した。そうか、もしかしたら、二度と立てないのか。変態ロリコンとは言え、車椅子生活の人を殴る蹴るして袋叩きにしたのは、ちょっと悪い気がしてきた。
あたしたちが、一旦、森の中に逃げ戻って誰が犯人なんだろうと、いろいろと、変態ロリコン院長がケガしたときのこともしゃべったり話し合っていると、それを聞いていたユリウスが、少し話してよろしいですかと自分の考えを披露した。
「確か、院長が二階から一階に転げ落ちた時は、みなさん、夜中に廊下に出てきて大騒ぎだったんですよね。階段はすごく急だったそうですが。けど、マリア先生のときは、朝まで誰も気づかなかったんですよね。なぜでしょう。二階から転げ落ちたのなら、大きな音がしたはずですよ」
おお、そんなことに気づかなかった。体中、傷だらけとは、もしかして階段から落ちたわけではないんだな。殴られた痕じゃないのか。フォークも死んだあとから、首に刺されたんじゃないのか。警察なんていいかげんだ。じゃあ、一階で殺されたのかって、そんなわけはないだろう。一階だったらもっと大騒ぎだ。だったら、地下室で殺されて一階に運ばれたんだろうか。地下にあるのは清掃道具の倉庫。フィリップ爺さんが犯人? 老いらくの恋のもつれとか。まさか、そんなことありえんか。とにかく、「よし、地下室に行って、調べよう!」と再度、あたしたちは孤児院に突撃する。
おっと、警官が一人、孤児院にやって来た。ちょうど見回りに来たらしい。仕方がないので、ユリウスを呼んで、羽ばたきで強風を起こして、吹っ飛ばした。警官は木に激突して気絶しちゃった。ユリウスには地上で待ってもらって、その間に、地下の小さいスペースへ下りた。
あたしが放り込まれた清掃道具用倉庫がある。思い出したぞ。たしか、壁を叩いたら、隣に空間があった気がしたんだっけ。この小さいスペースは、右に清掃道具倉庫の扉、左には一階の裏口につながる扉がある。そうすると、正面に飾ってあるヘンテコな絵の裏に、なにかあるんじゃないかと外してみる。木の板の壁があるだけだった。なんだ、見当違いかと思ったら、よく調べるとなんだか剥がせそうだ。ひっぱがすと、鉄の扉があらわれた。鍵がかかっているけど、クリスが針金を使って、簡単に開ける。
中に入ると、机の上に薄暗いランプが灯っていて、手術室みたいな部屋があった。手術用ベッドみたいなのが置いてある。ゲッ! 女の子の死体が寝かされてるぞ。この子、年長組の子だ。さっき、スザンナが養子に引き取られたって言ってた子だ。腹が裂かれている。端っこにまた小さい部屋があった。部屋の中から、なにかうめくような声と物音が聞こえてきた。そこで、また、クリスが得意の針金で使って鍵を開けたら、縄で縛られて、猿ぐつわをされたユリアーナがいた。びっくりして、部屋から助けてやった。
「養子に引き取られたんじゃないの、ユリアーナ」
「違うの、マルセル事務長に連れて来られて、閉じ込められたの」
何だって、マルセル事務長もロリコン変態かよ。いや、変態つーか、殺人鬼じゃん。
どうなってんの?




