シュヴェーアトヴァール・作戦完遂
ラバンデ沿岸要塞を抱える湾港都市ラバンデから北東、おおよそ十キロの距離にある丘で、コンケート国軍第三軍第八七砲兵大隊の兵が防御陣地の構築を進めていた。既に丘の裏側には整然と迫撃砲が並び、前面には塹壕と、敵兵を蹂躙する為の機銃座が設けられ始めている。
現状、ラバンデ均衡に駐屯する部隊の中で、組織的な行動を行えているのはこの大隊のみだ。彼らを統括すべき師団長であるド・ゴール少将が座する沿岸要塞は、空から降る数百の綿毛によって沈黙し、指揮系統は混乱の極みに陥っている。
皮肉と言うべきか、百数年前にコンケートに併合された国家であるパラシオの土地から集められた義勇兵で構成されたこの大隊は、似たような状況に慣れていたお蔭で適切な行動を採れている。即座に戦闘態勢へ移行し、重要拠点の防御準備を開始している。
彼らが守っているのは、この丘の地下に集約されている軍事通信設備だ。各都市間という遠距離でも会話を可能とする魔導通信ケーブルは、ラバンデ周辺の最優先防衛目標となっている。
しかし――
「怪しいな」
――この大隊を率いるエリゼ・ピション大佐は、離れた場所から防御陣地を見てそう呟いた。
決してこの陣地が脆弱という訳ではない。寧ろ即席の陣地としては、かなり高い防御力を誇っていると言えるだろう。例え精鋭部隊であろうとも、突破するにはかなりの戦力を注がなければならない事は間違いない。それはピション大佐も認めている。
ならば何故、怪しいと言う評定を下すのか――その理由は、先程からラバンデの上空を飛び回る、鳥のような、ドラゴンのような影にあった。
今も尚重低音を響かせながら旋回する五匹の影は、ラバンデ沿岸要塞が陥落する直前に飛来し、そして今に至るまで留まり続けている。その様子からして、あの影達は眼下に広がる街の動きを監視しているように思えてならない。いや、そうとしか考えられない。
仮にそれが事実だとすれば、我々は常に動向を把握されている事になる。陣地設営の動きなど、空から見れば筒抜けになっているだろう。当然、兵器の内訳や弱点も把握されているだろう。
それだけならまだ良い。空の彼方から地上へ連絡を取る手段など限られている。精々が光信号や手信号で、この陣地の正確な位置や弱点を伝える事など出来ないのだ。神経質になる必要は無い。
「そう何度も、言い聞かせている筈なんだがな……」
「どうなさいましたか、大佐?」
ぼそりと呟いたいた独り言に、陣地敷設の陣頭指揮を執っていた副官が声を掛ける。それに対して「いや」と首を振ったピション大佐は、脳裏にこびり付いて離れない嫌な予感を極力意識しないようにしつつ、副官に問い掛けた。
「本国は何と言って来ている」
「はい。遅滞戦術を行いながらサルビアまで後退し、そこで援軍と合流せよとの事です」
サルビアは、ラバンデから内陸方向へ二十キロほど移動した場所にある街だ。ラバンデの防衛線が突破された際は、この街に第二防衛線を築く事になっている。
「ラバンデは放棄か」
サルビアまで後退するという事は、水際防衛を諦めてフライハイトにラバンデを明け渡すという事だ。沿岸都市の中では最も堅牢な街を明け渡すのは大きな痛手だが、肝心の沿岸要塞が堕ちては防衛も困難だ。本国の対応は正しいと言えるだろう。
「やけに判断が早いな」
不自然なのは、まだ本格的な上陸が始まっておらず、沿岸要塞が沈黙させられただけの段階で撤退の決断が下された事だ。基本的に優柔不断な本国の制服組が、その程度で撤退を指示するとは考え難い。
可能性としては、事前に情報を入手していて撤退を決定していたか、突然戦略的な才能が開花したか……或いは、撤退を決断させるくらいに過剰な報告をしたか。
ピション大佐が目を細めて副官を見れば、曖昧な笑みが返って来た。それはつまり、そういう事なのだ。
「……まぁ良い。この場所を拠点にして撤退の時間を稼ぐ。ド・ゴール司令や旅団長も、すぐこの場所に来るだろう」
「了解しました。一先ず集合の花火を上げ、部隊の編成と撤退準備を急がせます」
敬礼をして離れて行く副官を見送り、ピション大佐は目覚めの時間を迎えたラバンデの街を見下ろす。心なしか慌ただしくなっていると思うのは、決して気の所為ではないだろう。あの影の轟音は、人々の目を覚まして不安を煽るには十分なのだ。
街中を駆けている複数の影は軍人だろうか。大方、敵襲に気付いた者が住民達に警告して回っているのだろう。本来鳴らさなければならない鐘は、沿岸要塞の中にあるのだ。それが鳴らせない以上、人の声で警告をするしかない。
「……その中に、何人のコンケート軍人がいるのだろうな……ッ!?」
自嘲気味にそう言った直後、鼓膜を突き破る爆裂音と共にピション大佐の視界が歪む。上下の区別も付かぬほどに振り回され、体中を打ち付けて感覚すらも失い、止めとばかりに巨大な衝撃を受けて――
――それが漸く収まった頃、ピション大佐は自分がうつ伏せになって倒れている事に気付いた。すぐに起き上がろうとして、至る所の骨が折れている事にも気付く。そして、周辺の光景が一変している事にも気付いた。
先程まで自分の前で設営されていた陣地は、跡形もなく消滅していた。代わりにあったのは、吹き飛ばされて原型すらもなくした丘の名残と、砲だった物の残骸。その中に埋もれる兵士であったモノ。
「な、何が」
思わず呟いた瞬間、再びの轟音と衝撃がピション大佐を襲う。先の衝撃よりもかなり弱い物とはいえ、その威力は人の命を奪うにはあまりにも容易い。礫が辺りを飛び交い、辛うじて生き残っていた者達を容赦なく刈り取って行く――
――死の嵐が漸く収まった頃、周辺は惨憺たる情景へと変貌していた。
「ゴッホゴホ……ッ、ハァ、ハァ」
一体幾つの幸運が重なったのか。爆発に吹き飛ばされる事も、礫に体を食い破られる事もなく、ピション大佐は確かな生の感覚を味わう。それも激しい痛みと噎せ返るような苦しさというありがたくない物だが、目の前の惨状を見れば、それすらも感謝の対象になる。
防御陣地はおろか、丘すらも消えたその場所には、巨大な爆発が複数回に渡って起きたかのようにクレーターが口を開けている。否、そこで確かに爆発は起きたのだろう。破れて痛む鼓膜が、それを事実だと認めている。
その爆発を引き起こす物が、一体何処から来たのか、それは分からない。しかし、這い蹲るピション大佐を嘲笑うように空を飛ぶあの影が関係している事は明らかだ。爆弾を落としたのか、砲兵や艦船に通信を送ったのかは分からないが、あれがいたからこそこの場所が攻撃されたのだ。
「ハァ、ハァ……報告、しなければ……」
歯を食い縛って骨折の痛みに耐えつつ、ピション大佐は這いずるように移動を開始する。上空を飛ぶ竜の影の脅威を伝える為に。既に上陸を始めているであろう敵から逃げる為に。彼に、逃げる以外の選択肢はない。
「グゥッ……! おのれフライハイトの雑種共……覚えておけェ……ッ!」
ピション大佐が捨て台詞を吐いた八時間後、コンケート軍は各所から駆逐され、ラバンデはフライハイトに占領された。
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黄昏歴1675年 06月10日 05時28分
海上からの砲撃により、コンケート国軍第三軍第二七歩兵師団付砲兵旅団第八七砲兵大隊を殲滅。
同年同月 13時35分
フライハイト国防軍、『シュヴェーアトヴァール』の完遂を宣言。同時に『ラプターパラーデ』第二段階、『レーヴェ』『ゲパルト』を開始。
また暫く書き溜めます
お次は『ゲパルト』を予定しています




