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Neunzehn.フライハイト本土北方沖海戦6

「……クソッ!」


 悪態を吐き、床を殴り付ける。自分は尊敬する提督からの命令を果たす事が出来なかった。自分達を導き指導してくれた提督に応えられなかったのだ。


「……庶務長、損害は?」

「はい……左舷側、B、C、及びD区画の第七から第十一ブロックが破壊されました。これにより、魔導障壁展開装置が破損し、展開不能。更に魔畜構造部分が一部破壊され、最大蓄積量の十二パーセントにあたる九万六千Gmaの魔力を喪失しました。残りは七十六パーセント、五百九十四Tmaです」


 思ったよりも軽い損害に、ヴァルトラウテが沈む心配はなさそうだと全員が胸を撫で下ろす。弩級戦艦の衝角攻撃を受ければ、即座に轟沈或いは艦体断裂が当たり前の世界である。損傷だけで済んだのは奇跡にも等しかった。


「修理状況は?」

「既に修理班が応急修理を完了させています。航行に支障はありません」

「そう……全艦に通達。厳戒態勢でこの海域から離脱する。進路、ノルデンハーフェン」


 ヴァルトラウテの状況を把握したマンシュタイン少尉がそう指示すると、艦橋が俄かにざわめいた。ヴァルトラウテに損害を与えた敵を逃がしても良いのかという思いと、()()マンシュタインが艦隊を指揮する事への嫌悪感、その他の様々な思考が混ざり合ったのだ。


 即座に命令を復唱しない彼らに、マンシュタイン少尉は苛立つ。人材不足から幕僚や副官といった物を抱えていないカイトが倒れた今、艦隊の指揮権を預かっているのは将来の幕僚候補であり、旗艦の艦長を務めている自分だ。その自分も今すぐに追撃したい思いを抑え、提督ならどうするかを考えて帰港の判断を下したのだ。それに不服な態度を取られる事が、彼女の心を逆撫でした。


「もう一度言うわよ。厳戒態勢でこの海域から離脱する。庶務長、航海長、己の役目を果たしなさい」

「「 りょ、了解…… 」」


 有無を言わさぬ口調で命令されたラムブレヒト少尉とクレンク少尉は、すぐに命じられた行動を開始する。しかしその動作は何処か緩慢で、本当にそれで良いのかという葛藤が滲み出ていた。


 砲術長のアイヒンガー少尉に至っては不機嫌さを隠そうともせず、乱暴な口調で厳戒態勢への移行を命じている。カイトやレーダー大将ならば、内心で未熟だと思いつつ苦笑するだけだっただろう。しかし同じく未熟で気が立っているマンシュタイン少尉は、その態度を見て脳に大量の血を昇らせた。


「ちょっとあんた――」

「オルカーンより通信!」


 目を吊り上げたマンシュタイン少尉の言葉は、クレンク少尉の報告によって掻き消される。それによって冷静さを取り戻したマンシュタイン少尉は、少し深呼吸をしてからクレンク少尉に続きを述べるよう促した。


「航空機の発艦、及び敵艦追撃許可の要請です。今此処で敵艦を逃せば、コンケート本国に情報が渡ってしまい、後々に悪影響が出るとも言っています」

「……許可出来ないわ。夜間発着は危険よ」


 マンシュタイン少尉は表情を苦々しげな物に変えつつ、要請を却下する。本心を言えば今すぐにでも追撃を許可したかったが、それよりも前に航空機の発艦を許可しなかったカイトの意向に従ったのだ。


「それに、もうすぐ嵐になる……例え夜間発着が出来ても、風が吹く中では不可能でしょう」


 視線を向けた窓の外は既に明るさの殆どを失い、暗黒色の分厚い雲が重々しく空を覆っている。更に風も勢いを増し、昼までは凪いでいた海に白波が立ち始めていた。


 言うまでもなく、空母と航空機にとって一番厄介なのが天気だ。風が吹けば航空機は煽られてバランスを崩し、荒くなった波が空母の甲板を激しく上下させる。そんな状況で発艦や着艦を行える者は、天才を通り越した化物だとカイトが常々言っていた事を、マンシュタイン少尉は覚えていた。


「分かりました……」


 それを聞いたクレンク少尉は、無念に眉尻を下げながらオルカーンに要請の却下を通達する。しかしその通信は中々終わらず、クレンク少尉は戸惑ったようなやり取りを暫く続けた後に再び顔をマンシュタイン少尉の方へ向けた。


「あの……夜間及び悪天候中の発着艦が可能な隊員がいるとの事ですが……」


 マンシュタイン少尉は目を丸くした。






---






 弩級戦艦の衝角攻撃は凄まじく強力だ。側面を突けば、同じサイズの戦艦の艦体を容赦なく引き裂き、断裂させるほどの力がある。正面からぶつかっても、艦体を大きく歪ませる程度の衝撃は確実に与える。


 その圧倒的な攻撃力こそが、艦隊突撃ドクトリンを元に生み出された弩級戦艦の最大の持ち味だった。直撃すれば、例えそれが目の前の超大型戦艦であっても、確実に行動不能に陥らせる事が出来るのだから。


 ただ、遠距離から一方的に叩かれていてはその攻撃力も生かせない。だからこそ対抗策として、ダルラン大将は砲撃戦を前提にした超大型戦艦の建造を急かしていた。しかし、艦隊突撃主義に凝り固まった者達も対策を準備していない訳ではなかったのだ。


 それこそがダルラン大将をして『切り札』と言わしめた魔導装置――迷彩障壁展開装置。物理的な防御力を捨てた代わりに、空間を複雑に屈折させる事で外部から姿を見えなくする、所謂光学迷彩とステルスの効果を得る障壁であった。


「ククク……まさか奥の手が此処まで有効だとは、思っていなかったぞ……」


 額から目に流れ込む血を拭いながら、ダルラン大将は唸る。オラージュは艦橋前に砲弾が直撃し、爆発したのを利用して敵に沈んだと思い込ませ、迷彩障壁を展開して隠密行動をしていた。僚艦が次々と沈んで行く中、オラージュは一切の砲撃を受ける事なくその牙を突き立てられる距離まで接近し、攻撃する事が出来たのである。


 その結果に、ダルラン大将は満足していた。いずれ廃れる物ではあるが、それでも慣れ親しみ研究し尽くした艦隊突撃の極地を体感出来た事が、素直に嬉しく思えた。


「此処まで上手く決まると、本当に嬉しいじゃないか……なぁ、大佐」


 その言葉に答える者はいない。生きていたのならば反応していたであろうその人物は、既に事切れている。砲弾の衝撃は、艦橋にいる人間の命を軽々と奪っていったのだ。無事だったのは、クールナン大佐に庇われたダルラン大将ただ一人であった。


「ハッハ、やはり慣れ親しんだ戦法が一番だ。新しい時代を体感せずに引退出来る私は、ある意味幸運なのかもしれんな。そうは思わんかね?」


 それでもダルラン大将は、静かに彼らへと話し掛ける。まるで本当に会話を交わしているかのように、極自然に話し掛けている。


「心配する事はない。既に大分距離を離した上にこの(オラージュ)だ、敵も無理に追撃はすまい。何、見つかっても遠距離から砲弾を当てるのは難しかろう。その間に障壁を展開して舵を切ってしまえば良いのだ」


 操舵輪を握り直したダルラン大将は、吹き荒れる風に流される艦体の向きを修正する。生き延びたとは言え、喫水線より上の部分の損傷は激しい。下手に艦を傾けてしまえば、浸水して沈没してしまう恐れがある。更にダルラン大将は出血が激しく、既に何かに捕まっていなければ体を垂直に保つ事すらも出来ない。


 しかし、執念を燃やすダルラン大将にとって、艦を傾けずに進ませ続けるのは難しい事ではなかった。


 ――このまま逃げ続ければ、本土に帰る事が出来る。あの驚異的な戦闘力を誇る艦隊の情報を届ける事が出来る。死んだ部下達を、本土の墓に埋めてやる事が出来る。


 その思いこそが、今のダルラン大将を突き動かしている。だが、その思いを嘲笑う地獄からの呼び声のような音を、ダルラン大将の耳は確かに捉えていた。


「何の音だ……?」


 爆音に似た、しかし非なる甲高いような、低いような音。嵐の音に混じって朗々と鳴り響くそれは、段々とその音を高くしながら大きくなる。そしてそれはとある時を境にして一気に低くなり、遠ざかって行った。


 ――次の瞬間、真っ暗な夜の海を爆炎が明るく照らす。激しい揺れがダルラン大将の体を床に薙ぎ倒し、オラージュの艦体を大きく傾けさせた。


「グゥ……一体、何が……」


 痛む体に鞭を打って顔を上げたダルラン提督が見上げる空を、炎が不気味な色に染め上げる。そしてその中を雷鳴と共に稲妻が横切り――


 ――人喰い鮫と恐れられた猛将ファブリス・ダルランは、驚愕の声を出す間もないまま爆発の中へと消えた。

用語解説

ma

ma=マギー Gma=ギガマギー Tma=テラマギー

要するに魔力量の単位です。

一般人は10Kma~50Kma、天才で5Mma~10Mma程度の魔力を保有していたり。

ヴァルトラウテの最大魔蓄量は825Tmaくらいで、巡航速度なら一年間連続で航行出来る程度の容量があります。戦闘では障壁や砲撃でその何十倍も使うので、実際は数ヶ月程度が限界ですが。


魔蓄構造

構造材の間に蓄魔性金属を挟んだ構造。電気に例えると、壁や天井、床が電池になってる感じ。

艦の軽量化や小型化に役立つので、世界中のあらゆる艦に採用されている。

但し耐久力には大きく劣るので、装甲部分や重要区画には施されていない。


他にも分からない言葉があれば、感想で是非とも書いてください。解説を載せます。

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