失踪事件
事件は12月24日の夜に起こった。
斎木梛 鼎が友人三人とのクリスマス会の後片づけをしていると、忘れられた携帯電話に見つけた。屋敷の外まで送ったのはついさっきなので、きっとまだ山を下る坂道を歩いていると思い、母親の了承を得て自転車に乗って追いかけた。このとき22時半。すぐ戻ると決めていたらしく、財布と携帯電話は自室に置いたままだった。
22時37分、麓までの坂道を下る途中の友人たちと斎木梛 鼎が合流。そのまま話しながら坂を下り、麓の市営バス停留所に着くまで続いた。
23時11分、日置南駅行き最終バスが停留所を着発。降車客はなし。友人三人、複数の乗客が斎木梛 鼎の姿を目撃しており、バス運転手も、坂道に続く曲がり角に消える姿をバックミラー越しに認めた。
23時40分、斎木梛 文武の乗る乗用車が屋敷へと続く坂道に倒れている無人の自転車を発見。ほぼ同時刻、鼎の戻りが遅いのを心配した斎木梛 周も失踪場所と思われる現場に到着。坂の上下周囲に不審な人物、車両は一切見当たらなかった。
23時43分、文武の携帯電話からK県警察本部長に直接通報。直後に県警本部から日置南市警察署に略取誘拐事件の捜査準備が指示され、市内全ての交番と車両に、巡回を即時強化する緊急連絡と斎木梛 鼎の特徴が警察無線で発せられる。
23時52分、K県警のパトカーが現場着。直ちに現場を保存。山を通る公道及び登山道も全面封鎖される。
明7時23分、抜き打ちの救難活動演習の名目でK県警察が山中捜索を開始。
年の瀬という時期を考えるなら、強行とも言える勢いで初動態勢が整ったのに、事件発生から三ヶ月経過した今も斎木梛 鼎の消息は明らかでない。目撃情報は発生当時のバス車内からのものを最後に途絶え、公共交通機関、駅構内、コンビニの防犯カメラにもその姿は映されていなかった。また、身代金の要求などもないため、1月4日付けで公開捜査となるも3月24日現在なおも有力情報は得られていない。
ところが、斎木梛 鼎の一部は12月29日の時点で斎木梛屋敷に戻ってきていたのです。それは、よく霊魂と呼ばれるものでした。




