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婚約破棄ですね。では議事録を取ります 〜元ベテランPMの悪役令嬢は、破滅フラグをリスク登録簿で管理する〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ


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第37話 ふりかえりは、犯人探しではありません

荷車が空になって戻ってきた。


薬草箱を三つ載せて坂を上った荷車だ。


救貧院まで運んで、夕方に門の内へ帰ってきた。


土間に、もう箱はない。


五日ぶりに門を出て、その日のうちに配り終えた。


私は机の上の控えを見た。


支払い確認表の控えと、進捗確認表が並んでいる。


薬草箱の行に引いた、動いたという印の線。


その線をもう一度指でなぞった。


動いた。


止まっていた箱が、確かに門を出た。


ここは良かった所だ。


良かった所は見ていて気持ちがいい。


机の上の控えを束ねて片付ければ、今日は成功で閉じる。


けれど、成功で閉じた紙ほど困った所を一緒に畳み込む。


支払いの確かめ先は埋まった。


けれど、いくら払うのかはまだ誰も数えていない。


立て替えた飼葉と置き場の数は、後でまとめての中で均されたままだ。


成功の線で束ねれば、その均された数も束の下へ入る。


入ってしまえば、次の冬まで誰も開かない。


私は束ねかけた手を止めた。


良かった所だけを書いた紙は、だいたい次の困った所を隠す。


「マルタ」


私は戸口の侍女を呼んだ。


「書記と倉庫の係と運送の人を、奥の板間へ呼んでください」


「叱る話でございますか」


マルタが聞いた。


責めるのでも案じるのでもない。


私がどちらへ転ぶかを見る、いつもの目だ。


「叱りません。良くなった所と困った所を、一度に並べ直します」


奥の小さな板間に、四人が集まった。


現場書記が紙束を抱えて壁際に立つ。


倉庫係はその隣で、土間の方を気にしている。


運送人は戸口で、いつもの革帯を握っていた。


私は机の中央へ白紙を一枚置いた。


「今日は、薬草箱の一件をふりかえります」


板間の空気が、そこで固くなった。


書記の指が紙束の縁を握る。


倉庫係の目が土間の隅へ逃げた。


ふりかえると言った途端に四人のうち三人が身を低くした。


止まった話をすると言われれば、止めた者を捜す話だと聞こえる。


前の冬、この家で止まった話をした者がどうなったか、現場は覚えている。


人前で叱られ、洗い場の奥へ回された娘がいた。


報せに来た娘を私が犯人にした。


その朝から、止まった話は誰の口からも出なくなった。


止まった話をすれば、自分が止めた者にされる。


その怖さは、紙を一枚通しただけでは消えない。


「ふりかえりは、犯人探しではありません」


私は白紙の上で筆を止めた。


「誰が止めたかは、もう捜しません。今日捜すのは、次にどこを直すかです」


書記の指は、まだ緩まない。


「止まった所を申し上げると」


書記が、紙束を抱え直した。


「後で、誰が止めたと数えられはしませんか」


板間の三人が同じことを案じている顔だ。


「数えません」


私は白紙の上の余白を指で叩いた。


「数えるのは、止まった場所です。止めた人ではありません」


「場所と、人は」


「違います。場所は直せます。人を数えても、来年また同じ所で止まります」


書記の指が紙束の縁から少しだけ離れた。


前世で終わった工程の紙を前に、何が悪かったと人を順に指す会を見た。


指された席は、次から口を閉じた。


悪い知らせを間に合わなくなるまで抱えるようになった。


ふりかえりが犯人を捜し始めると、次のふりかえりに出す物がなくなる。


だから捜さない。


「良かった所を先に書きます」


私は白紙の一番上へ、良かった所と縦に書いた。


困った所より、先に。


「薬草箱の一番下の箱は、積む前に留め金の外れが見つかりました」


私は倉庫係を見た。


「あれは、誰が見つけましたか」


倉庫係が土間の隅から目を戻した。


「使用人の若いのが、書記に報せました」


「叱られると思って、黙ってはいませんでした」


「黙れば、道の揺れで蓋が開きます。坂の途中で薬草を落とせば、拾い直しでもう一日」


書記が、抱えた紙束から一枚を引いた。


留め金の外れを受けた、受領印の控えだ。


報せた者の名は、そこに書いていない。


受けた事実と、受けた印だけが残っている。


「報せた者の名は、書いていませんね」


私はその控えを指した。


「名を書けば、次は処罰の話になります。だから受けた印だけ残しました」


「印だけで、よろしいので」


書記が聞いた。


「よろしいのです。報せが一つ戻れば、止まりが一つ早く見つかります」


書記が受領印の控えをそっと撫でた。


「前は、こういう報せは私の所まで参りませんでした」


「届く前に、止まっていましたか」


「左様で。叱られると思えば、誰も口にいたしません。気づいた時には、荷が坂で開いておりました」


坂で開いてから気づくのと、土間で気づくのとは違う。


留め金は、積む前に見つかった。


積んだ後の坂の上ではなく、土間の荷車の上で。


縄の傷みも、倉庫係が聞かれる前に見つけて替えた。


止まりを早く見つける手順が、薬草箱の一件では動いた。


私は良かった所の欄へ二つ書いた。


報せが一枚戻ったこと。


受けた印が残ったこと。


「これは、良くなった所です」


私は言った。


「小さいですが、消しません」


「次に、困った所です」


私は白紙の真ん中へ、困った所、と書いた。


板間がまた僅かに固くなる。


「困った所は、誰の手落ちかではありません。次に直す材料です」


私は箱が門を出るまでの日を指で数えた。


「箱は、五日かかって門を出ました」


裁可待ちで三日。


支払いの確かめ先が埋まるまで、さらに二日。


留め金も縄も早く見つかったのに、箱そのものは五日止まった。


「止まったのは、現場の手ではありません」


私は確認先の欄を指した。


「裁可を誰が出すかと、運び賃を誰が払うか。その二つが、初めの紙に書いてありませんでした」


「初めの紙に、でございますか」


書記が聞いた。


「留め金の外れは、初めの報せに書けました。けれど、運び賃を誰が払うかは、初めの報せに欄がありませんでした」


留め金は物だから、見れば書ける。


支払いの確かめ先は、見ても書けない。


欄がなければ、初めの報せには載らない。


載らなければ、箱が積み終わってから、誰が払うのかと止まる。


倉庫係が、土間の隅から半歩だけ前へ出た。


「お嬢様。困った所、でしたら」


声が、小さい。


「替えた縄は、置き場の最後の一本でございました。次に傷んだ縄が出ても、もう替えがございません」


聞かれる前に自分から困った所を出した。


止めた者を捜す紙だと思えば、出てこない言葉だ。


「それも、困った所です」


私は倉庫係を見た。


「叱る所ではありません。次に縄を頼んでおく所です」


「叱る、所では」


「ありません。縄が一本減ったと分かったのは、良いことです。空になってから分かるより、ずっと」


倉庫係の肩が僅かに下りた。


止まりを一つ、自分の口から出した肩だ。


「次に試すことは、一つです」


私は次に試す所、と三つめの欄を書いた。


「初めに止まりを報せる時、運び賃を誰に確かめるかも、同じ紙に書きます」


留め金と一緒に、支払いの確かめ先も。


物の詰まりと、金の詰まりを、同じ初めの報せに載せる。


そうすれば、積み終わってからの二日を、先に潰せる。


「運送の人に、伺います」


私は戸口の男を見た。


「初めの報せに支払いの確かめ先を書く欄があれば、あなたは助かりますか」


運送人の手が、革帯の上で止まった。


「助かります。賃の話を、荷を積む前に出せます」


「積んだ後ではなく」


「積んだ後では、出した手前、揉めにくうございます。先に欄があれば、私から言えます」


先に欄があれば、運送人から言える。


後でまとめての前に、誰が払うかを置ける。


私は次に試す所の欄に、その一行を写した。


筆を進めて、私は白紙の表題へ帳票の名を書いた。


◆ ふりかえり記録

対象    :薬草箱搬出確認の改善実験

よかったこと:報告札と受領印で、停止箇所が早く分かった

困ったこと :支払い確認と裁可待ちが残った

次に試すこと:初回報告時に支払い確認先も同時に記録する

未完了   :横展開、正式裁可、現場の報告不安


書き終えて、私は未完了の欄を見た。


横展開。


薪や穀物へ、同じ手順を広げること。


正式な裁可。


家政が後払いを正式に通すこと。


現場の報告不安。


報せても損をしないと、現場がまだ信じきれていないこと。


三つとも、今日は終わらない。


終わらないことを終わったように書かない。


良くなった所の隣に、終わっていない所を並べて置く。


混ぜないために、欄を分ける。


門の内側には、まだ薪が南門側に積まれている。


穀物は麻袋のまま、布を待っている。


薬草箱の手順が動いたといっても、動いたのは薬草箱だけだ。


同じ手順を薪や穀物へ広げるのは、まだこれからだ。


横展開を、今日できたことの欄には書かない。


一つ動いた手順を、三つに広げて初めて書く所だ。


「終わっていない所も、お書きになるのですね」


書記が未完了の欄を見た。


「書きます。書かなければ、終わったことになります」


「終わったことに」


「して、来年また同じ所で止まります。終わっていないと書いた方が、次に拾えます」


「お嬢様」


マルタが書き終えた紙を見た。


「良くなった所と、終わっていない所が、同じ紙にございますね」


「同じ紙です。良くなったから終わった、とはしません」


私は未完了の、現場の報告不安、の一行を指した。


「報せが一枚戻りました。けれど、戻ってきたのは留め金の話だけです」


倉庫係も、運送人も、まだ私の顔を見ない。


報せは書記へ渡る。


私の前を通って、書記へ。


私には、まだ渡されない。


「箱は動きました。現場は、まだ動いていません」


マルタが、低く言った。


責めるのでも、慰めるのでもない。


並んでいる二つの欄を、そのまま読み上げる声だ。


「動いていません」


私は繰り返した。


「箱が出たから、前の冬が消えるわけではありません」


洗い場の奥へ回した娘は、あれから一度も報せに来ない。


留め金を報せる手順が動いても、あの娘の口は、私が閉じさせたままだ。


手順は、閉じた口を開かせない。


「できたから終わった、とは書きません」


私は未完了の欄をもう一度指した。


「良くなった所と終わっていない所は、同じ欄に入れません」


マルタが、わずかに頷いた。


それ以上は、何も言わなかった。


ただ、二つに分かれた欄を、目で確かめていた。


この進め方なら、見ていられる。


そういう目だった。


板間を片付けかけた時だ。


戸口の外で、小さな足音が止まった。


若い使用人が一人、戸の陰に立っている。


私の顔は、やはり見ない。


代わりに、書記の方へ口を開いた。


「あの、穀物の、雨除けの布が届きました」


書記が紙束を置いて戸口へ寄った。


「届いた。では、包めるか」


「一枚、足りません。麻袋の数より、布が一枚少のうございます」


「足りない」


「今ならまだ、濡れておりません。けれど雨が来れば、包めぬ一袋から底が傷みます」


足りない布は、一枚。


包めない麻袋は、一つ。


まだ濡れていない。


雨は、まだ来ていない。


止まる前に、報せが来た。


私は書記を見た。


「今、書きましたか」


「受けました。布が一枚足りない、と」


書記が受領印を一つ押した。


報せた者の名は、書かない。


受けた印だけを残す。


前なら、この報せは届かなかった。


布が一枚足りないと分かるのは、雨の降った朝だった。


濡れた麻袋の底を見て、初めて誰かが気づく。


気づいた時には、穀物の底が傷んでいる。


今日は、雨の前に届いた。


止まる前の報せだ。


「布の足りない話は、明日です」


私は言った。


「今日は、受けた印だけで足ります」


布を一枚どこから足すかは、明日の朝に開く戸だ。


けれど、その戸を叩くより先に、現場の方から報せが来た。


止まってからではなく、止まる前に。


私はふりかえり記録の、現場の報告不安、の一行を見た。


まだ、終わっていない。


倉庫係も運送人も、私の顔を見ない。


若い使用人は、戸の陰から出てこない。


報せは、私ではなく書記へ渡る。


それでも、報せは来た。


良かった所の欄には、まだ書かない。


明日、布が一枚埋まって、初めて書ける所だ。


私は受領印の控えを、ふりかえり記録の隣へ置いた。


良くなった所と、終わっていない所。


その二枚の間に、止まる前に届いた報せが一枚、増えた。


机の上に、紙が三枚になった。


良くなった所の記録。


終わっていない所の記録。


そして、止まる前に届いた一枚。


三枚目は、まだどちらの束にも入れない。


明日、布が一枚埋まれば、良くなった所へ移す。


埋まらなければ、終わっていない所へ残す。


どちらになるかは、今日は決めない。


決めるのは、布を一枚どこから足すかを確かめてからだ。


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