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婚約破棄ですね。では議事録を取ります 〜元ベテランPMの悪役令嬢は、破滅フラグをリスク登録簿で管理する〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ


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第23話 リハーサルは本番ではありません

「リハーサルは本番ではありません。本番で失敗しないための失敗です」


その説明をしたのに、儀典準備室担当官の顔色は本番より悪かった。


失敗してよい場に慣れていない人ほど、練習で固まる。


建国祭会場予定地には、まだ客も花もない。


石床の上に赤、青、白の紐が張られ、王族導線、来賓導線、搬入経路、記念灯火の安全区域が色で分けられている。


本番なら美しい絨毯と花台に隠れるものだ。


今は、隠してはいけない。


見えているうちに詰まりを見つける。


それが、今日の仕事だった。


式次第を抱えた儀典官が、儀典準備室担当官とは別に、紐の前で足を止めた。


「リューデンベルク嬢。本番と同じ進行をすべてなぞらないのであれば、何をもって確認済みとするのでしょう」


「危ないところを止められるかです」


「止める、ですか」


「はい。王族、来賓、地方代表の導線。緊急連絡。変更受付。記念灯火の安全確認。先ほどの実施判定記録で残した四点だけ、手順を小さく試します」


「確認済みという印は、今日は押しません」


私は、卓上代わりの長箱に置いた白紙を指で押さえた。


「確認した結果、何が危ないかを記録します。完了ではなく、課題ログです」


「不首尾を残す紙ですか」


儀典準備室担当官の声は細い。


責められる紙に見えるのだろう。


王宮では、失敗の記録は人を罰する材料になりやすい。


私にも、そういう顔をさせてきた記憶がある。


マルタが報告をためらうようになったのは、突然ではない。


「不首尾ではなく、再現条件です」


「さいげん」


「どこで、何をしたら、誰が迷ったか。そこが分かれば、本番前に直せます。名前を責めるためではなく、手順を直すために残します」


騎士団担当者が、腕を組んで頷いた。


「手順が悪いなら、騎士を叱っても導線は広がりませんな」


「その通りです」


「ただ、叱られた騎士は、次から詰まりを報告しなくなる」


低い声が、会場の端から落ちた。


ヴィクトル殿下だった。


本番の見学ではない。


承認者として、条件が守られるかを見に来ている。


グレアム閣下もその少し後ろに立ち、宰相府書記官へ短く合図した。


「責めれば、情報は遅くなる」


ヴィクトル殿下は、儀典準備室担当官を見た。


「今日は遅くなる前に出せ」


「は、はい」


担当官の背筋が伸びる。


上位者の言葉は効く。


だからこそ、今日の言葉は罰ではなく報告を促す方へ使われるべきだった。


私は、床に置かれた木札を見た。


王族役、来賓役、地方代表役、儀典官役、騎士役。


本物を立たせなくても、流れは試せる。


「では、一つ目です。王族代表が宣誓台へ進み、地方代表が献上品披露のため控え位置へ移動するところから始めます」


儀典官が合図を出す。


練習役の小姓たちが、札を首から下げて歩き出した。


赤い紐に沿って王族役が進む。


白い紐に沿って地方代表役が進む。


青い紐の外側には、騎士団担当者が立つ。


最初は、滑らかだった。


滑らかに見えた。


三歩目で、地方代表役の小姓が止まった。


その前を、騎士役の青年が横切る。


「そこは塞がります」


騎士団担当者がすぐ言った。


儀典官は式次第をめくる。


「いえ、地方代表は献上品披露の前に左へ寄る前例です」


「警備計画では、王族の背後を開けるため、左は塞ぎます」


「ですが、右へ寄ると王族の視界に入ります」


「左へ寄ると退避経路が切れます」


会話が、ぴたりと止まった。


どちらも正しい。


だから危ない。


間違っている人がいない衝突は、責めても解けない。


私は白紙に線を引いた。


「課題一つ目です。王族導線と警備導線が交差。影響は入場遅延と安全低下。担当は騎士団と儀典準備室」


「期限は」


宰相府書記官が尋ねる。


「本番前日までに修正導線を確定。ただし、今日中に案を一つ出してください。明日の朝に初めて見ると、また同じ場所で止まります」


儀典官が、苦い顔で頷く。


「本番前に、このような不首尾を記録に残すのですか」


「残します」


私は、できるだけ静かに答えた。


「ここで見つかった失敗は、成功の材料です」


儀典官は何か言いかけ、紙を見て黙った。


二つ目は、緊急連絡だった。


「では、記念灯火の準備中に、魔術具の一つが定位置にないと仮定します」


魔術師団の補佐が、露骨に肩をこわばらせた。


「仮定ですか」


「はい。実際になくしていない方が望ましいです」


「当然です」


「当然でも、連絡先が分からなければ止まります」


私は、練習用の札を一枚、小姓へ渡した。


札には、ただ一文だけ書いてある。


魔術具の一つが定位置にない。


受け取った小姓は、まず魔術師団の補佐を見た。


次に儀典官を見た。


それから騎士団担当者を見た。


最後に、私を見た。


誰も悪くない。


悪くないから、誰も最初の一歩を踏み出せない。


「本番なら、どなたへ走りますか」


私が尋ねると、小姓は顔を青くした。


「魔術師団の補佐様へ、でしょうか。けれど、式次第が止まるなら儀典官様へ。安全の問題なら騎士団様へ。王族の御前なら、宰相府へ先に」


「全部正解に見えます」


マルタが、小さく言った。


本当にその通りだった。


全部正解に見える状態は、現場にとっては不正解だ。


私は、二行目を書いた。


「緊急連絡先が複数。影響は判断遅延。担当は宰相府書記官。期限は本日中。連絡先を一本化し、迷った場合の最初の届け先を会場連絡所にします」


グレアム閣下が、宰相府書記官へ視線を向ける。


「会場連絡所の責任者名を出せ」


「本日中に候補を二名、いえ、一名に絞ります」


書記官は、途中で言い直した。


二名出したら、また迷う。


その気づきは大きい。


「よい言い直しです」


私が言うと、書記官は少し目を丸くした。


褒めるつもりではなかった。


ただ、間違える前に直した行動は記録してよい。


「三つ目です。当日変更受付を試します」


空気が、また重くなった。


変更という言葉は、王宮では希望と圧力を同じ箱に入れて運んでくる。


私は、あらかじめ用意しておいた二枚の伝達札を取り出した。


一枚目は、儀典準備室へ。


二枚目は、宰相府書記官へ。


内容は似ているが、出所が違う。


儀典準備室へ届く札には、第二王子付き書記の名が添えられている。


宰相府へ届く札には、仮の差出人として地方代表対応官吏の名を置き、保護表明の口上に若い令嬢の境遇を一言加える案が書かれている。


どちらも、善意に見える。


どちらも、条件の外へ出る危険がある。


儀典準備室担当官は、一枚目を読んで青ざめた。


「第二王子殿下の発言位置について、当日の判断に委ねたい、と」


「その札は古い伝達の写しとして扱います。確認印後の追加変更なら、アルフォンス殿下の確認を通します」


「ですが、第二王子付き書記の名が」


「アルフォンス殿下の確認を通します」


私は同じ言葉を、少しだけゆっくり繰り返した。


「付き書記の名、周囲の配慮、アルフォンス殿下の発言を分けると決めました。混ざったものは、変更受付へ戻します」


宰相府書記官が、二枚目を読む。


「こちらは、支援対象例の口上追加です。名は出していません」


「匿名でも、リリア様を連想させるなら、リリア様の同意範囲を確認します」


「善意の配慮として出されても、ですか」


「善意でも、リリア様の負担は増えます」


私は、リリア様の顔を思い出した。


怯えながらも、自分の言葉を選ぼうとしていた人。


彼女を守ると言いながら、当日の華やかな口上に溶かしてしまうなら、それはまた利用になる。


私が以前やったことと、形が違うだけで同じだ。


「同意条件表へ戻します。リリア様の同意範囲外の利用は禁止です」


儀典準備室担当官が、二枚の札を見比べる。


「では、これは二件の変更要求として」


「いいえ」


私は首を振った。


「同じ受付に集めてから、出所、影響、判断者、状態を分けます。別々の窓口で受けると、同じ変更が二つの道から通ります」


騎士団担当者が、低く笑った。


「門が二つあれば、片方が閉じてももう片方から入る」


「はい。ですから門番を一人にします」


私は、三行目として記録候補を置いた。


「当日変更受付が重複。影響は未承認変更の混入。担当は儀典準備室。期限は本日中。受付窓口を会場連絡所に明示」


「会場連絡所へ持ち込まれた変更は、誰が止める」


ヴィクトル殿下が問う。


私は、すぐには答えなかった。


止める人を一人にすると、その人に圧力が集まる。


止める権限と、上へ渡す経路が要る。


「会場連絡所の受付担当は記録します。採否はしません。条件外なら差し戻し、王族判断が必要なら、判断材料だけを王太子殿下へ上げます」


「俺に全部を持ってくるな」


「もちろんです。王太子殿下へ上げるのは、承認条件に触れるものだけです」


「よい」


短い一言で、会場連絡所の背骨が入った。


四つ目は、記念灯火だった。


魔術師団の補佐は、床の黄色い粉で描かれた円を指した。


「安全区域はここです。灯火そのものは上へ立ち上がりますが、起動前の魔術陣に人を入れられません」


儀典官が式次第をめくる。


「建国王の誓約文朗読の後、王族代表が宣誓台から二歩下がり、地方代表が半歩前へ出ます」


「その半歩が、安全区域に入ります」


魔術師団の補佐が言う。


儀典官は、すぐ反論しなかった。


床を見たからだ。


黄色い円の端と、白い紐の曲がり角が重なっている。


本番なら、花台が置かれる位置だ。


誰も、花台の下に危険を見ない。


「花台を動かせば」


儀典官が言いかける。


商会側窓口の代理として来ていた若い職人が、慌てて首を振った。


「花台は下の固定具と合わせています。今から大きく動かすと、倒れやすくなります」


「では、魔術陣を」


「陣は方角が要ります」


魔術師団の補佐が、今度は首を振った。


正しい理由が、また並ぶ。


どれも嘘ではない。


だから、紙が要る。


「課題四つ目です。記念灯火の安全確認と式次第が干渉。影響は進行遅延と安全低下。担当は魔術師団と儀典準備室。期限は翌朝」


「翌朝」


儀典官が唇を噛む。


「本番前日では遅いです。安全区域と停止位置は、先に決めないと導線修正にも影響します」


魔術師団の補佐が、深く息を吐いた。


「翌朝までに、安全区域を保ったまま停止位置をずらす案を出します」


「儀典側は、前例から外れる説明文を用意します」


儀典官が続けた。


その言葉に、私は少しだけ肩の力を抜いた。


責め合いではなく、分担に変わった。


まだ解決していない。


でも、解決できる形になった。


「まとめます」


私は、課題ログの紙を長箱の上へ置いた。


宰相府書記官が清書できるよう、声に出して読む。


◆ リハーサル課題ログ

項目    :リハーサル課題ログ RH-023-001

RH-023-01 :王族導線と警備導線が交差。担当は騎士団、儀典準備室。期限は本番前日。

RH-023-02 :緊急連絡先が複数。担当は宰相府書記官。期限は本日中。

RH-023-03 :当日変更受付が重複。担当は儀典準備室。期限は本日中。

RH-023-04 :記念灯火の安全確認と式次第が干渉。担当は魔術師団、儀典準備室。期限は翌朝。

次アクション:対応方針を更新し、本番当日は課題ログを会場連絡所へ置く


読み終えると、会場予定地は静かになった。


失敗を読み上げた直後の沈黙は、気まずい。


でも、悪い沈黙ではない。


誰かが吊るされるのを待つ沈黙ではなく、次に自分が何をするかを探す沈黙だった。


マルタが、私の少し後ろからそっと言う。


「お嬢様」


「はい」


「少し、嬉しそうです」


「そんなことは」


ない、と言い切る前に、ヴィクトル殿下がこちらを見た。


「嬉しいのか」


なぜ拾うのですか。


私は、咳払いで時間を稼いだ。


「課題が見つかったことは、喜ばしいです」


「失敗が喜ばしいと」


「本番前なら、です」


ヴィクトル殿下の口元が、ほんのわずか動いた。


笑った、のかもしれない。


グレアム閣下は表情を変えず、しかし書記官へ向ける声を少し柔らかくした。


「今日出た課題を、処罰名簿に変えるな。対応方針と期限を残せ」


「承知しました」


「報告した者の名は、必要な範囲に留める」


その一言で、会場の緊張がさらにほどけた。


王宮の紙は、人を縛る。


同時に、人を守ることもできる。


どちらに使うかを、いま決めなければならない。


儀典準備室担当官が、手元の式次第に細い紙片を挟んだ。


「リューデンベルク嬢」


「はい」


「本番では、今日のように止められません」


「はい。だから本番では、止めずに戻せる経路を使います」


「止めずに、戻す」


「人の流れは予備導線へ戻します。連絡は会場連絡所へ」


「変更は会場連絡所の受付へ。リリア様の同意に触れるものは、同意条件表へ戻します」


「王族判断が必要なものだけ、材料を絞って上位者へ上げます」


儀典官は、式次第の紙端を撫でた。


「華やかさからは遠い紙ですね」


「華やかさを守る紙です」


言ってから、私は会場を見た。


赤い紐。


青い紐。


白い紐。


黄色い安全区域。


花も灯火もない会場は、まだ美しくない。


けれど、きっと本番では美しく見える。


その美しさの下で、今日の紙が動いてくれればいい。


小姓が、最後の練習札を片づけようとして、床の端で止まった。


「あの」


声が小さい。


けれど、消えなかった。


「地方代表の控え位置ですが、雨天時は内回廊へ移すと聞きました。今日の紐は、晴天時だけですか」


会場の全員が、床を見た。


赤、青、白、黄色。


そこに、雨天時の紐はない。


儀典官が息を呑む。


騎士団担当者が天井を見上げる。


魔術師団の補佐が、魔術陣の方角を見直す。


私は、白紙の下にもう一枚紙を差し込んだ。


「ありがとうございます」


小姓は、叱られると思っていた顔のまま固まった。


「今、見つかってよかったです」


私は、新しい行の先頭に番号を書いた。


「RH-023-05。雨天時の控え位置が未確認。影響は導線再衝突、連絡遅延、安全区域の再確認。担当は儀典準備室、騎士団、魔術師団。期限は翌朝」


想定外ではない。


まだ想定に入れていなかっただけだ。


雨なら、控え位置だけでなく、退避経路も記念灯火の安全区域も変わる。


本番までに増える紙は、もう一枚で済むだろうか。


その保証だけは、誰にも押印できなかった。


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