森に住む者④
木々の間をひたすら走り、村が近づくにつれて音は大きくなっていく。
破裂音、爆発音。
怒号、悲鳴。
不安ばかりが大きくなっていく。
不意に、先頭を走っていたミモザが手を挙げた。
狩りを行う際の意思疎通に使う『止まれ』の合図だ。
それぞれ別の木の幹に体を寄せる。
木々の隙間からミモザは村の様子を伺っているようだ。
アカシアは息を整えながら、ミモザからの指示を待つことにした。
下手に動いて姿を見られるよりも、ミモザの判断を待った方が確実だと判断した。
村から聞こえる音は徐々に少なくなっていた。
つまり、戦いが終わりつつある。
正体のわからない敵か、エルフか。
どちらかが勝ち、どちらかは……。
ミモザが動きを見せた。
『ここで待て』の指示だった。
そして、アカシアに一瞬だけ顔を向けた。
そして、すぐにミモザは村へ駆け出した。
アカシアには、ミモザの考えがすぐにわかった。
ここに居れば、ひとまず安全であること。
戦いが全て終わった後で村に来れば危険は少ない。
そして、ミモザは自らの身を省みずに行動するということ。
カエデには、そこまでわからなかったのだろう。
弓を持ち、いつでも戦えるように構えている。
カエデにとっては、今、目の前で家族が住む村が襲われているのだ。
本当は今すぐにでも飛び出して、戦いに加わりたいはずだ。
判断はアカシアに委ねられている。
ミモザを助けにいく。例えできることが無かったとしても。
その判断に迷いはなかった。
今戦わなければ、絶対に後悔する。
アカシアは立ち上がり、木々の隙間から村の様子を伺う為に前に進んだ。
恐怖はあった。
破裂音が響くたびに身がすくみ、叫び声が聞こえるたびに嫌な想像が頭をよぎる。
指先が冷たく、背中に嫌な汗をかいているのがわかる。
「行くの……?」
カエデの、不安そうな声が聞こえた。
アカシアは少し悩み、ああ、とだけ小さな声で答えた。
カエデは少し悩み、アカシアについていくことを決めたようだった。
木々の間を抜けると、村の様子が少しだけ伺えた。
村、とはいっても見ただけでは家と呼べるようなものは見当たらない。
生えている木が少し太いくらいで、知らないものが見てもただの森にしか見えない。
アカシアの家と同じく、植物を操作する魔法があってようやく中に入ることができるのだ。
その木々の間にエルフたちが戦っている敵が見えた。
それはエルフ同士が戦っている、とアカシアが一瞬錯覚してしまうほど、エルフに姿が似ていた。
しかし、その装備や手に持った武器は異彩を放っている。
見た事もない材質でできた装備。
山の向こうから聞こえていた音の鳴る筒。
光沢を帯びた金属でできた剣。
それはアカシアが見た事もないものだった。
敵が叫ぶ言葉は、アカシアには全く理解できなかった。
地面には幾つもの死体が転がっている。
敵のものが多いが、中にはエルフも。
アカシアは一瞬、状況が理解できず立ち止まり、事態を把握しようとした。
が、すぐにやめた。
考えてもわからないし、全てが終わった後で聞くべき事だ。
そう思い、すぐに頭を切り替えた。
急いで周囲を見渡す。
ミモザの姿は見えなかった。
今は生き残る事を最優先に、とにかく敵を倒す。
アカシアは手に持った弓を構え、とにかく撃つ。
放たれた矢は真っ直ぐ敵に向かって飛び、身体を貫く。
樹上や木の陰など、至る場所から飛んでくるエルフの矢によって、敵は倒れていく。
しかし、敵の数が多すぎた。
敵は樹上にいるエルフに向けて手に持った筒を向けている。
筒からは音と共に何かが出ているのだろうか。
それに当たり、木から落ちたエルフを助けようと地上に降り、敵に斬りかかられるエルフが視界の隅に映った。
敵は筒を手に持ち、敵に向けて構える。筒から放たれた何かが前に飛び、相手を倒す。
何かに似ている、とアカシアの脳裏に浮かんだものは、馴染みのありすぎるものだった。
あれは弓だ。
形も、音が出る事も違いはあるが、あれは弓と同じような武器だ。
アカシアはそれを理解し、弓もどきを構える敵に矢を放つ。
突然、視界の端から飛び出したカエデが敵に向かって走り出した。
アカシアが気付いた時には、カエデは既に手の届かない距離にいた。
カエデが向かう先には敵と、その足元にはエルフが倒れている。
嫌な予感がした。
敵はカエデに向けて筒を向けている。
アカシアは急いで弓を構える。
しかし、間に合わない。
筒の中から白い光が見えた。
アカシアの中に最悪の結末が頭をよぎった。
同時に、カエデに黒い何かが飛びかかり、一緒に倒れた。
遅れて、アカシアの手から放たれた矢が敵を貫く。
敵が倒れた事を見届けて、カエデに駆け寄る。
飛びかかった正体はミモザだった。
カエデの上に覆い被さり、倒れている。
嫌な予感は消えなかった。
「大丈夫か、ミモザ……」
声が震える。
地面には赤いシミがゆっくりと広がっていく。
カエデが体を起こし、ミモザの体が動いた。
ミモザの右肩から大量の血が流れている。
「嘘……なんで……」
カエデの呟きと、他のエルフの声が聞こえる。
『敵はもう居ない!俺たちの勝ちだ!』
ミモザは肩を抑えながら、痛みを堪えて声を絞り出した。
「アタシは大丈夫……。だから、あっちの様子を……」
ミモザが示す先には数名のエルフが倒れている。
カエデはごめんなさい、と言い残し、そちらへ走った。
「アカシア、アンタも行きな。アタシより、カエデが心配だ」
ミモザはそう言いながら、木に背中を預けて怪我の応急処置を手早く進めていた。
筒から放たれた何かは右肩を貫通しているようだった。
出血は酷いが、致命傷ではない。
ここにいても手伝える事は無さそうだった。
アカシアも薬草で作った傷薬を幾つか携帯している。
「わかった。でも、すぐに戻ってくる」
アカシアはそう言い残し、カエデを追った。




