第82話「最初に手を挙げたのは」
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しばらく、誰も何も言わなかった。
レイが壁から目を戻した。カイが手を下ろした。ナナが腕を組んだ。ミオが足元から顔を上げた。
「……」
テルが天井から目を戻して、ソウを見た。
「俺、やってみようかな」
全員が止めた。
同時だった。
「待って」とナナが言った。
「急ぎすぎです」とレイが言った。
「昨日聞いたばかりですよ」とソウが言った。
「カイさんも——」とカイが言った。「えっと、なんか言わないといけない気がして」
「言えてないですけど」とナナが言った。
「言えてないです」
テルが「なんで全員止めるんだ」と言った。
「大事なことだからです」とソウが答えた。「軽く決めることじゃない」
「軽く決めてるわけじゃないよ」
「でも昨日話を聞いたばかりです。もう少し時間を」
「時間があれば決まるのか?」
ソウは少し黙った。
「……時間があっても、決まらないかもしれません。でも——」
「でも?」
「テルさんの気持ちを、もう少し聞きたいです」
「俺が一番しょぼい能力だろ」とテルが言った。
「テルさん」
「いや、本当に。時間を止める、重力を変える、壁をすり抜ける、千年分の記憶——全部すごいだろ。俺のは確率操作だ。じゃんけんに勝てます、それだけだ。影響が一番少ない」
「少なくないですよ」とソウが言った。
「富山の信号は俺のせいだった。一秒の確率操作で」
「そうですね」
「でも、一番効果が薄いのも俺だろ。だったら俺が先にやってみればいい。うまくいったら、みんなの参考になる。うまくいかなくても、一番損害が小さい」
誰も笑わなかった。
テルが笑いを待っていた節があった。普通ならここで「そんなことないですよ」とか「じゃあ確かに」とか、何か軽い言葉が返ってきて、笑いになる。
でも今日は、誰も笑わなかった。
ミオが「テルさん」と言った。
「なに」
「あなたの能力は、しょぼくないです」
「そういう慰めは」
「慰めじゃないです」とミオが静かに言った。「世界の確率系は、とても繊細なものです。あなたが操作してきたのは、本当は——とても大きなものです」
テルが少し、黙った。
「まあ」とテルが言った。「なるようになる」
今日の「なるようになる」は——少し、違った。
いつもより声が小さかった。少し、震えていた気がした。
昼のテレビが速報を出した。
〈関東・中部・東海の広い範囲で、複数の鳥の群れが同時に飛行方向を誤るという現象が相次いで報告されている。磁場の乱れとの関連が指摘されているが、原因は不明〉
ソウは「鳥の方向感覚——磁場乱れの影響」とメモに書いた。副作用が生物にまで影響し始めていた。
「俺は」とテルが続けた。「みんなと一緒に決めたい。でも——みんながなかなか決められないなら、俺が先に行くのが一番だろ」
「テルさん」とソウが言った。
「なに」
「それは、みんなのために犠牲になろうとしてますか」
テルが少し間を置いた。
「……そんな大げさなもんじゃない」
「どんなもんですか」
「まあ——」
テルがソウを見た。
何かを言いかけた。
でも言わなかった。口を閉じて、窓の外を見た。
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