36話 愛の形
羅喉そして「マガツ」との戦いから一夜が明けた。
ゆっくり休んで疲れを癒した真白家の面々は、一日遅れのクリスマスパーティーの準備をしている。
「ホールケーキ、ちょうどいい大きさのがなかったから、色々な種類のケーキ買ってきちゃった」
上機嫌な様子の莉沙が、二つ並べたローテーブルの上に色とりどりのケーキを並べている。
「ずいぶん買ってきたねぇ」
ケーキの他に、デパートで買ってきた豪華なオードブルなどが所狭しと並んだテーブルを見て、譲はくすりと笑った。
「そう? あ、ユズ兄が好きなモンブランとガトーショコラ、苺タルトもあるよ」
「オールスター戦だね。これは迷うな」
昨夜の緊張感が嘘のような、「いつもの空気」だ。
しかし、これは皆で危機を乗り越えたからこそ得られたものなのだと、譲は「いつもの空気」を噛み締めた。
「宅配のピザ、届いたよ~」
「飲み物は、ここに置いときますね」
ピザの入ったビニール袋を手にした撫子と、飲み物を入れたケースを抱えた黒縁が姿を現した。
「それにしても、昨日は冷や冷やしながら留守番してたんだよ」
「ついていったところで、我々は戦闘向きではないから足手まといになったでしょうけどね」
二人の言葉に、譲は微笑んで答えた。
「きみたちが家を守ってくれていたから、僕たちは何も心配せず出かけられたんだよ」
「まぁ、そういうことにしとこうかな」
片目をつぶりながら、撫子が言った。
「ところで、あの蒼梧と木賊は戻ってきていませんが、『綺羅星の里』に帰ったのですか?」
黒縁が、譲に問いかけた。
「彼らなら、妖狐の織江さんにモデルとしてスカウトされて、彼女についていったよ」
「ムジナさんたちにも『ホストにならないか』って声をかけられてたけど、お客さんの相手をできる気がしないって、そっちは断ったみたいね」
譲と莉沙が説明すると、黒縁と撫子は笑った。
「なるほど、あの二人、顔はいいですからね」
「そのうちデビューするのかな。そしたら、応援してあげようかな」
そうこうしているうちに、和室の広間にはローストチキンを運ぶ綿雪や、絢斗もやってきた。
ハリネズミたちは、ちいちいと鳴きながら行儀よく並んで、料理を取り分けてもらえるのを待っている。
「今日は、すごい御馳走だな!」
「最近の人間がやってる、『くりすます』ってやつだな」
家鳴りたちも勢揃いして、テーブルの上を覗きながら目を輝かせている。
「大兄とハク兄を見送ってきたら遅くなってしまった……手伝えなくて、すまない」
並んだ料理を見て、絢斗が首を竦めた。
「気にしなくていいさ。『闇狩り』の人たちも、怪我がなくてよかったね」
「ああ、人間だけだったら『マガツ』を退けることはできなかっただろうと、兄たちも言っていた」
譲の言葉に、絢斗は安堵の表情を浮かべた。
「それじゃあ、ローストチキンを切り分けますね」
慣れた様子でナイフを振るい始めた綿雪を見て、家鳴りたちが歓声をあげた。
一同がクリスマス向けのテレビ番組を眺めながら御馳走に舌鼓を打っていると、番組がニュースへと切り替わった。
「――では、次のニュースです。昨夜、日本上空全域に謎の発光現象が起きていたことが、衛星写真から明らかになりました」
アナウンサーの言葉と共に表示された衛星写真には、たしかに日本列島全体が様々な色の光に包まれている様が映し出されていた。
「発光現象は数時間で収まったということですが、原因については全く不明であり、気象や天文学などの専門家たちが調査中とのことです」
「ねぇ、これって、もしかして……」
テレビの画面を見つめていた莉沙が呟いた。
「昨日の戦いが原因では?」
ケーキを頬張っていた絢斗は、悪戯を見つかった子供のような顔をしている。
「化け狸や妖狐、それと彼らへ協力していた妖たちは、リレーのように思念を繋いで人間たちに夢を見せていたと聞きましたが」
「こんな広範囲から人間の『心の光』を集めていたのか……彼らは、僕が考えていたよりも、はるかに頑張っていたんだね」
綿雪と顔を見合わせ、譲は感嘆した。
と、傍に置いておいた譲のスマートフォンが着信音を鳴らした。画面には、あの太刀川の名が表示されている。
「ごめん、ちょっと電話に出てくる」
譲はスマートフォンを手にして、廊下へ出た。
「もしもし、どうしたの?」
「いや、大したことじゃないんだが」
電話の向こうで、太刀川は一瞬沈黙してから、再び口を開いた。
「さっき、ニュースで謎の発光現象があったって言ってたんだが……もしかして、妖関連で何かあったのか?」
「ふふ、分かってしまうものだね」
譲は、苦笑いした。
「もう解決したから、なにも心配いらないよ」
「そうか……実は、俺にも少し不思議なことがあったからさ」
「不思議なこと?」
「昨夜、夢を見たんだ。息子たちが小さい頃の夢だったが、妙にリアルでな。目覚めた時、涙が出るほど胸の中が温かい感じがして……そうしたら、カミさんも似た夢を見たって。かと思えば、家を出てから滅多に連絡してこなかった息子たちが、今回の年末年始は帰省するって連絡してきたんだよ」
「それは、よかったじゃないか」
「俺たちの知らない間に何か起きていて、あんたが守ってくれていたんだろう?」
「僕だけでなく、たくさんの妖や人間たちの協力があってのことだよ」
電話を切ってから、譲は人間の世界で知り合った者たちに思いを馳せた。
――彼らとの縁があってこそ、僕は、この世界を守ろうと思うのだろうな。
そんなことを考えながら、彼は宴の場へと戻った。
さらに数日が過ぎ、いよいよ年越しも間近になったある日、譲は莉沙と共に、人々で賑わうK駅の周辺で買い物をしていた。
彼は、相変わらず黒いコートに黒のスラックスという黒づくめな格好だが、普段と異なるのは、首元に深紅のマフラーが巻かれている点だ。
すれ違う通行人の多くが、譲の姿を見て振り返っている。
「少し派手かな」
巻いてあるマフラーに触れながら、譲は言った。
「よく似合ってるよ。さっきのお店の人も、絶賛してたでしょ」
莉沙が、無邪気に笑った。
「莉沙からのプレゼントだ。大切にするよ。ところで……」
「なに?」
「指輪でも、見に行かない? お揃いのやつ」
譲の言葉に、莉沙は一瞬きょとんとしてから、頬を染めた。
「え……それって」
「今すぐ買わなくてもいいけど、ちょっと先のことを考えるのも楽しいと思ってさ」
言ってから、譲も少し恥ずかしくなって頭を掻いた。
「人間の世界では、『形』も大事にするものだからね」
「うん、人間のそういうところ、いいと思う」
満面の笑みと共に、莉沙は譲の腕に自分の腕を絡ませた。
寄り添って歩く二人は、もう兄妹などではなく、誰が見ても仲睦まじい恋人同士だった。
【了】




