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ホワイトアウト・シティ  作者: 芦田直人(あしだ)
第4章 ブリザード
22/46

4 敵と味方と

 〈ブリザード〉の到来を告げる最初のサイレンが街中に響き渡ったその時、アシュレーとミハルは旧市街のマーケットエリアにほど近い場所にいた。

 廃墟の保全区域で他殺体が発見されたこと、アシュレーらが何者かに襲撃されたこと、これらは彼らが追う試作被検体達がこの街に潜伏している事の何よりの証左ではあった。がしかし、その彼らが具体的にどこに潜伏しているのかまではこれと言った手がかりもなく、効率的ではないと思いながらもあてどもなく街を歩き回ることで、彼らを捜索しつつその実は彼らからの接触を待っていたのだった。

 そんな矢先の〈ブリザード〉だった。エッシャー大尉から事前に聞かされていたとはいえ、いざサイレンが鳴り響くと、街の人々は慌ただしく帰途を急ぎ、やがて往来にアシュレー達だけが取り残されようとしていた。

「ここから宿舎まで、どれほどもありません。私たちもいったん宿舎に戻りましょう」

「……そうだな」

 ミハルに促され、宿舎への帰路を急ぐ。住民たちが血相を変えて逃げ出したのを見やれば、〈ブリザード〉が彼らにとっては大ごとであろうとは察しが付く。だが運ばれてくる結晶体が普通の人間であれば生死にかかわるものであったとしても、ミハルは元よりアシュレーも〈不死人〉であるから、彼らの行動をどの程度妨げるものなのかは想像がつかなかった。

 だからと言ってのんびりと構えているわけにも行かず、取り急ぎ宿舎に帰り着いたところで、意外な人物たちが建物の前で二人を待ち構えていたのだった。

「アシュレー、見て下さい。あの二人組……」

「ああ、分かってる」

 ミハルが指し示した、路地の向こうでこちらをじっと見ている二人連れ……そう、それはまさにアシュレー達が探していた人物だった。

 先だって彼らががBEEに襲撃される直前にすれ違った、母子のような二人――試作被検体〈アイボリー〉および〈ライナ〉と目される二人組だった。

 アシュレー達が宿舎を前にして足を止めると、相手も待ち人がようやく戻ってきた事を知って、こちらを振り向くのだった。

 子供――ライナの方が怯えた表情を向けるが、アイボリーと目される女性は特に慌てる風でもなく、まっすぐにアシュレーを見やるのだった。

 その二人組に、アシュレーの方から声をかけた。

「初めましてというべきか、また会ったというべきか……君は〈アイボリー〉で間違いないのかな?」

 彼がその名を口にすると、彼女は途端に険しい表情になった。

「……私の名前を知っているのね」

「あんただけじゃない。そっちのお嬢さんが、〈ライナ〉だな?」

 名を呼ばれて、少女はことさら怯えた表情になって女の背に隠れる。それを見て、アシュレーは慌てて両手をひらひらと振ってみせたのだった。

「おっと、脅かすつもりはなかった。……ま、そっちが今からやり合うつもりなら、話は別だが」

「あなた達こそ、問答無用で、という話なら私達も望むところではあるけど……その前に一つ教えて。このサイレンは一体何? 私達はそんな事をしている場合なのかしら……?」

 その問いに、アシュレーはミハルと思わず顔を見合わせた。

「……知らないのかな?」

「我々もエッシャー大尉から簡単に説明を受けただけですから。彼らの潜伏を誰か現地の人間が支援しているのでなければ、知らなくても無理はないかと」

 ミハルのその発言を受けて、アシュレーはごく簡素に説明の弁を述べた。

「〈ブリザード〉が来るんだそうだ。この先の自由国境地帯から季節風に乗って汚染物質がこの街に降り注ぐ、そんな気象現象だそうだ」

「それは私達にとっても有害なの……?」

「さて、それは何とも」

 アシュレーは肩をすくめた。

「サイレンが鳴ったらとにかく屋内に避難しろと言われている。君らはどうする? 今からここでやり合うなら別だが、隠れ家までは遠いのか?」

 アシュレーの言葉に、アイボリーに寄り添っていた幼いライナが不安げな表情を見せる。いざ戦いとなればあのBEEをけしかける事で簡単にアシュレーらを圧倒するだろうが、こうしている分には普通の幼子と何ら変わりがないように見えた。

「……仕掛けてきたのはそっちだ。俺たちがどうするかは、そっちの出方次第だ。君らがここで退散するというなら、俺たちも宿舎に避難して、今日はそれで終わりにする」

 アシュレーはそう言って、アイボリーの出方をじっと窺った。

 彼女もまた、アシュレーの、そしてミハルの動向を無言のままじっと観察する。

「……あなたは〈不死人〉なのね?」

「そうだ」

「だったら、BEEの襲撃を受けて無事でいられたのも納得ね。あなたには少し聞きたい話もあったし、あらためて出直すわ」

「話だけなら、俺たちだって色々聞きたい事はある。……どのみちお互い、どこかに避難しないといけないのなら、ここは一つ穏便に話し合いの場を持つというのはどうだ?」

「どういうこと?」

「ここは遺跡の調査団の宿舎だ。その調査団は今は留守だから、部屋はいくらでもある。避難という話なら管理人にも話は通せるだろう」

 アシュレーの言葉に、アイボリーは露骨に警戒の色を見せた。彼の申し出を何かの罠だと疑っているようだった。

「言っておくが、ここで俺たちを待ち伏せていたのはそっちのはずだぞ?」

「……それもそうね」

 そういう話なら、とアイボリーはやむなくアシュレーの招待に応じるのだった。

 見た目はいかにも年若い母子に見えたから、〈ブリサード〉で家に帰れなくなったと説明すれば、宿舎の管理人は何も疑う素振りは見せなかった。人気のない古びた建物は薄暗く、ライナが不安そうな表情を見せるので、アイボリーが優しげな声をかけてなだめるのだった。

 そうやって寄り添う姿を見れば、彼女らが試作被検体、人為的に作られた攻性生物だと言って信じるものはいなかったかも知れない。

 だが、見ればそのライナの手首には、普通子供がつけないような黒い大きな輪っかがはめられていた。ブレスレッドのような装飾品というよりは、どちらかというと手枷のように見えたかも知れない。〈王都〉から送られてきた資料の記述を思い起こせば、その装置は彼女が操るBEEたちを生成するための、ナノマシン装置とのことだった。その気になれば、彼女はあの羽虫たちをこの場で瞬時に出現させ、アシュレーたちにけしかける事が出来るのだ。

 二人に聞こえないように、ミハルが小声で耳打ちする。

「彼女らを招き入れたのは少し軽率だったのでは……?」

「せっかく向こうから接触しに来てくれたんだ。これを逃す手はない」

「危険ではないでしょうか」

「危険だろうさ。だがそれも承知の上だ」

 警戒したミハルの方がきっとこの場では正しいのだろう。だが相手の出方を窺わなければ話が先に進まない。

 もしかしたら常人離れした聴覚でもって、そのような内緒話も二人には筒抜けだったのかも知れない。だがアイボリーもライナも、やや硬い表情のまま、急に態度を翻すようなそぶりは見せなかった。

 窓の外では風がごうと唸りをあげ始めていた。窓の向こう側で、白いものがちらつき始めているのが見えた。

「こうして見ている分には、綺麗なのにね」

 アイボリーは涼しげにそんな所見をもらしたが、ライナは終始不安げだった。彼らが宿舎の建物に入った時点で、管理人はすぐさま戸口の鎧戸を落とし、厳重に鍵をかけたりもしていたから、幼子を怯えさせるには充分すぎる物々しさだったかも知れない。

 それでも、おそらくはずっとアシュレー達の帰りを建物の前で待っていたせいだろう。疲れが出たのか、ライナは部屋に入るなり、ソファに横になってすぐに寝入ってしまった。

 そんな少女に向かうアイボリーの姿は、優しい母親そのものだった。逃走被験体同士が最果ての街で慎ましく隠遁生活を送っている……それだけを見れば平和そのものの光景に思えた。

 だが、あくまでも彼らは殺伐とした世界の側の住人だった。ライナが寝付いたのを見計らって、アイボリーの方から話を切り出してきた。

「この間から旧市街の方が色々と騒がしいみたいね。駐留軍の兵隊があんなに沢山うろついて」

「……廃墟の閉鎖区画から、死体がいくつか見つかったそうだ」

 駐留部隊の任務は警察業務ではないから、大きな事件や事故があったからと言って広く報じる義務はなかったが、閉鎖区画での出来事は住民の噂話としてすでに広まっていたから、アイボリーも全く知らなかったわけではないだろう。何より彼女らこそがその事件の当事者であるはずだから、アシュレーも振られた話題をはぐらかす事はなかった。

「まるで他人事みたいな言い草ね。あなた達も現場を見てきたんじゃないの?」

「まぁ、相当ひどい有様ではあった。……他人事というなら、君らはどうなんだ。あれは君たちの仕業じゃないのか?」

「想像に任せるわ……と言いたいところだけど、別にここで認めてしまっても一緒よね」

 アシュレーの言葉を、彼女はことさら否定しようともしなかった。

「彼らは、ライナを追ってきた追跡者たちよ」

 彼女の脳裏に何が去来していたのか……その言葉を吐き出したアイボリーの表情が、一瞬険しいものに見えた。

「子供一人を相手にするには、人数も装備もやけに物々しかったな」

「連中は過去に二度私たちに接触して、二度ともBEEに阻まれて返り討ちに遭っていたから」

「……狙われているのは〈ライナ〉だけじゃないはずだ。追われる身なのは君だって同じはずだ。誰か、君を追ってくるものはいなかったのか?」

「その連中なら、屑鉄平原のどこかに埋もれているわね。いつか廃材と一緒に拾われる事もあるかもしれないけど」

 まるで世間話のように何食わぬ口調で、アイボリーはそのように言い放った。

 何でもないかのような口ぶりだが、彼女を追っていたという追跡チームが閉鎖区画の死体と同じくらいの頭数だったとすれば、それが屑鉄平原のどこかで無念の最後を遂げたという事実をエッシャー大尉あたりが知ったなら、恐ろしい大量殺戮として震え上がっただろう。

「君やライナや、〈サラエサラス〉が共謀して反撃に出た、というわけか?」

 この場には居ないもう一人の試作被験体の名前を、アシュレーは彼女の反応を試すように、敢えて口に出してみた。

 彼女は一瞬だけ、強い警戒の色を示したかと思うと……すぐに観念したかのように、一つ大きくため息をついたのだった。

「どうやら私たちの事をすっかり知っているようね。私たちの名前をどこで知ったの? そもそも、あなたは一体〈だれ〉を狩りに来たというの……?」

 彼女が何を気にかけているのかは分かる。そもそも被験体の逃走事件はそれ自体が機密事項であり、追跡者たちは各々が自分の追跡対象以外についての、余計な情報をほとんど知らされていないのだ。正規の捜査官や軍人ではなく、アシュレーのような同じ被験者であったり、素性の知れない雇われ者を使っているのも、いざという時に使い捨てて機密を守るためなのだろう。

 だがアシュレーは、この街にいる逃亡被験体の名前を三つまで知っていた。その事情を、アイボリーが知りたがるのも無理はなかったかも知れない。

「……俺たちは、〈イゼルキュロス〉を追ってこの街にやってきた」

 アシュレーは淡々とした口調で、四つ目の名前を口にした。それを聞いて、アイボリーは息を呑み、思わず目を閉じる。

「では、私達の事を知っていたのは、どうして?」

 彼女もまた、慎重に言葉を選んでアシュレーの出方を注意深く窺っているさまが見て取れた。

 そんなアイボリーの問いに対し、ここは敢えてうそを付く必要があった。

「俺は一度君たちに襲われているからな。襲撃者がイゼルキュロスではないのは明白だったから、念のため〈王都〉に照会したら、他にも被験体が潜伏している可能性があると回答が返ってきた」

「……やけに簡単に情報を得られたのね」

「俺も意外には思ったが、この最果ての土地で他のチームの消息も途絶えているような状況であれば、警告として必要だろうと〈王都〉の方で判断したという事じゃないのかな」

 アシュレーの言葉に、アイボリーはしばし疑わしい視線で彼をじっと観察するのだった。彼の弁明を真に受けるべきかどうか、彼女にも迷いがあったのかも知れない。

「それで、その私達についてはどうしろと命令を受けたの?」

「特に指示はなかった。単に資料が送られてきただけだった」

 これも厳密に言えば状況を調査しろというのがミハルと合流した時点での命令だったから正確な説明ではなかったが、処分や保護を命じられたわけでもないのは確かなので、あえて告げるべきことでも無かっただろう。

「……だとしたら、あなたの立場としては本来は〈イゼルキュロス〉以外の被験体と敢えて関わりを持つ必要はない、という事なのね?」

 彼女はそう念押しした上で、こう続けた。

「だとしたら、私達が〈イゼルキュロス〉の情報を教えれば、私達とはこれ以上何の関わり合いも持たずにいてくれる? 出来れば、このまま手を引いてこの街を去ってくれると助かるのだけれど」

「どういう事だ?」

「あなたにしても、〈不死人〉である以上は、所詮は私達と同じ立場のはず。追跡者にならなかったら、逃亡を強いられていたのはあなたの方だったはずじゃないかしら?」

「……」

 アイボリーはおのれの言葉にアシュレーがどんな反応を示すのかをまじまじと観察するようにじっと彼を見つめる。そしてふと視線を逸らすと、遠くを見たまま述懐するように言った。

「結束して反撃しようと、最初に言い出したのはサラエサラスだったの」

「サラエサラス」

「そう。そもそもは、追われる身だった私を助けてくれたのが、サラエサラスだった。その後二人で、やっぱり追われる身だったこのライナを助けて……。それで、三人でこの街に流れついたというわけ」

 アイボリーはそういって、肩をすくめる。

「あなた達にしてみたら言い訳に聞こえるかも知れないけど、今まで相手にしてきた連中は、こんな小さなライナにも問答無用で銃を向けてくるような容赦のない連中だった。ここハイシティはあなたが言うようにまさに最果ての土地、ここを追われたらもう私達に行くところなどどこにもないわ。だから私達はここをどうあっても死守しなくちゃならない。こんな土地にくらい、私達の居場所があってもいいはずでしょう?」

 アイボリーの言葉に、アシュレーは反論の言葉を持たなかった。別に彼は何かの主義主張に基づいて、攻性生物や試作実験体達を否定したくて追跡任務に志願したわけではない。立場上やむなく、任務と割り切って引き受けただけの話だ。だからアイボリーの言うことに一理あろうがなかろうが、そこに差し挟むべき言葉は持ち合わせてはいなかった……はずだった。

「サラエサラスは、この街にやってくる追っ手のすべてを……それが誰を追ってきたのかを問わず、たとえ私達三人以外の標的を追ってきたのであっても、残らず抹殺するべきだと主張している。けれどもしあなたが、イゼルキュロスの生死さえ判明すればそれ以上私達に手出しをするつもりはないのなら、彼女のことは私達に任せて、即刻この街から立ち去って欲しいの」

「その取引をどうして俺に持ち掛ける? 見ての通り、死なずに済んだとはいえこの間の羽虫の襲撃に手も足も出なかった俺だぞ」

 アシュレーは敢えてぶっきらぼうにそう尋ねてみた。アイボリーはそっとため息をつき、ソファに横になったライナに目を向ける。

「BEEは頼りになる戦力だけど、出来ればこの子には必要上に無理をさせたくない」

 そんな彼女に、どう返事したものかとアシュレーが考えあぐねていた、その時。

「そういう話、この人達にはちょっと退屈じゃないのかな」

 アイボリーの言葉を、横から割り込んできた何者かの声が遮った。



(次話につづく)

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