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ホワイトアウト・シティ  作者: 芦田直人(あしだ)
第4章 ブリザード
20/46

2 昔の話を

 突然ノイエが倒れてしまったせいで、フランチェスカが猫を失ったショックを引きずらずに済んだのは不幸中の幸いだったのかも知れない。

 それでも、少年の容態は気がかりだった。

 エルもやけに心配顔ではあったが、それでも彼女の対応は実に手慣れたものだった。ノイエをどうにか階上に担ぎ上げると、自身の居室に少年を寝かしつけるのだった。

 ジョッシュ一人を下に待たせて、フランチェスカもあとをついて二階に上がった。

 作業場で仮眠することも多いエルだから、寝室は思ったほど散らかってはいなかった。代わりにここ数日はメアリーアンの寝室も兼ねていたのだろうか、大きめの衣装ケースが開け放たれ、メアリーアンに着せるつもりだったのだろうか、いくつか服が無造作に投げ出されているのが目に付いた。

 それは、それとして……今はノイエだ。

「ね、具合はどうなの?」

「心配いらないわよ。熱が下がるまで、じっとしていれば大丈夫だから……ほら、心配いらないからね」

 最後の言葉はフランチェスカではなく、少年に向けられたものだった。少年は時折うわごとのようにうめき声を上げていたが、それもわずかな間のことで、そのうちすっかり寝入ってしまったようだった。

 もう大丈夫だ、とエルが言うのでフランチェスカは一緒に階下に下りる。階段のすぐ下で、ジョッシュが所在なさげにこちらを見上げていた。

「……どうだ?」

「心配ないって。寝かしつけたから、あんまりうるさくしないでよね」

 エルの言葉に、ジョッシュはそうかと相槌を打っただけだった。

 ともあれ、ジョッシュもフランチェスカも今晩は工場に泊まり込みだ。ノイエはエルのベッドで寝入ってしまったので、フランチェスカには同じ部屋のソファを使うように勧め、自身は階下の工房から仮眠用の毛布を持って上がって、念のためノイエの側に付いていることにした。一人あぶれたジョッシュは、一階の事務スペースのソファにごろ寝だ。

「……なんかひでぇ扱いだよな」

 そうぼやいたジョッシュだったが……ごろりと横になったと思ったらすぐに簡単に寝入ってしまった。

「どこででも寝られるってのは、ひとつの特技よねぇ……」

 エルが呆れ顔で、そう呟いた。

 そうは言ってもまだ就寝するには早い時間だった。エルも、いつもだったら作業場で徹夜でも構わなかったのだが、こんな日に作業などして、何か事故が起きても誰も助けは呼べないし、そもそもフランチェスカにノイエを任せておくわけにもいかない。

 そのフランチェスカと一緒に、取り敢えずお茶を入れて一息つくのだった。

「本当はキッチンに立つと、ノイエに怒られるんだけどね」

 冗談めかしてそう呟いたエルだったが、実際エルが用意したお茶の味はとてもひどいものだった。やたら濃い上に、舌を火傷しそうに熱い。エルはこういうのが好みなのかと思ったら、彼女もカップを手に顔をしかめていたので、フランチェスカは思わず吹き出してしまった。エルもつられて一緒に苦笑いをする。

 食事当番の少年が寝込んでしまったので、エルはどこからか持ち出したビスケットの缶を開けて、二人で一緒に食べた。それが今晩の夕食だった。

「ね、エル。ノイエって、どこか悪かったりするの? 病気?」

「そういうわけでも無いんだけどね」

 エルは少し考え込むように、言葉尻を濁したまましばし黙り込んだ。

「実際のところ、原因はよく分かってないの。あの子がウチに来たばっかりの頃は手術から間がなかったから、拒絶反応のせいでよく熱を出してたのは確かなんだけど。スレイトン先生が言うには、すっかり大丈夫になったつもりでも、身体がその当時のことを覚えていて、それで時々わけもなく熱を出してしまうんじゃないかって」

「……拒絶反応って?」

 フランチェスカが恐る恐る尋ねてきたのに、エルはため息混じりに答えた。

「あんた、普段一緒にいて気づいてた? あの子の右手のこと」

「……」

 思えば、ノイエが半袖を着ているのをフランチェスカは見たことがなかった。それに、右手をやけに意識しているのは、日頃一緒いて何となくフランチェスカも気付いていた。

「あの子はまず人に見せないけどね。肩には手術の傷跡が今でも残ってるし、実際に比べてみれば今でも右手と左手で骨の形も違うままのはずよ。……でも、ウチに来たばっかりの頃はもっと不自然だったのよ。何せ右手と左手で、長さが明らかに違ってたもの」

 何でもないように話すエルだったが、それは少しもなんでもない話ではなかった。

 その話をどこまで掘り下げて質問すればよいか考えあぐねて、フランチェスカは慎重に質問を重ねていく。

「そもそも、エルとノイエって、どういう関係なのよ?」

「関係なんて何もないわよ? 元々はまったくの赤の他人」

 だったらどうして、とフランチェスカが尋ねるよりも先に、エルが続ける。

「親父がね。ある日突然ここにあの子を連れてきてさ。今日からウチで面倒見るから、って」

「……それだけ?」

「それだけよ?」

「エルは、なんて答えたの?」

「うん、いいよ、って。……何せ仕事中にいきなりだったから、あんまり深く考えて返事したわけじゃないのよ。どうせ親父の言う事だし、私が反対してもどうにもならないのは分かってたし」

 思い出をたどりながら、何故かエルは嬉しそうににやにやと笑っていた。フランチェスカはその話をただ黙って聞いていた。

「親父はね、ノイエを屑鉄平原で拾ってきたの」

「……?」

「今じゃそんなに見かけなくなっちゃったけどね。ちょっと前まではこの街にも、身寄りが無くてその辺の路地で暮らしているような子供が、結構大勢いたものよ」

「その話、ジョッシュに少し聞いた事がある。屑鉄平原で拾った鉄くずを店に売りに来たり、反対にお店から勝手にものを持って行っちゃったり」

「ノイエもね。たぶん元はそういう子供らの、仲間だったんじゃないかな。……もちろんノイエは自分じゃそういう話は一切しないから、私と親父で、きっとそうだったんじゃないかって勝手に想像してただけなんだけれどね。でも親父があの子を屑鉄平原で拾って、スレイトン先生の診療院に大急ぎで運び込んで……あんな大怪我をしたんだから、親とか兄弟とかいれば、誰かしら心配して真っ先にすっ飛んでくるでしょ」

「……」

「でも、結局誰も探しにも来なかったし、引き取り手もなかった。親とか兄弟とかは、最初からいなかったか、いたとしても七年前のあの〈ブリザード〉で、みんな死んじゃったんだろうね」

「〈ブリザード〉。……七年前」

「そりゃもう酷かったもんよ。あの晩は今日とは比べ物にならないくらい、ほとんど一晩中強い風が吹いてて、この工場も吹き飛んじゃうんじゃないかってくらいに、ぐらぐら揺れっぱなしだったし。朝になって外に出たら、あの結晶が場所によっては腰の高さまで積もってたからね。当然一日二日じゃどうにも消えなかったし……」

「……」

「四、五日経ってようやく結晶が解けてきた頃合いに、今度はそこいらの路地なんかで、その下から逃げ遅れた子供らの亡骸あちこちから出てきて、ぎょっとさせられたもんだよ。……もちろん、大人が冷たかったとは思いたくない。戸口を叩けばかくまってあげたりもしただろうさ。でもあの頃のああいう子供達は、大抵は街の大人なんか全然信用してなかったし。それにあの日は昼間から〈ブリザード〉がやってきたから、屑鉄平原で屑鉄拾いをしていたり、ねぐらにいないで日銭を稼いでた真っ最中って子が大半だったんじゃないかね」

「……ノイエはどうして助かったの?」

「ノイエは一人じゃなかった。多分、ノイエのお姉さんだったのかな……本当のお姉さんだったかどうかまでは知らないけど。〈ブリザード〉の中で、ノイエをかばって死んでたの」

「かばって……?」

「うん。あの日はね、知り合いの業者がね、車両が屑鉄平原の真ん中で立ち往生しちゃって、〈ブリザード〉の中取り残されちゃったってんで、風が本格的に強くなる前に、うちの親父が救助に向かったのよ」

 肌に触れたり体内に侵入したりしないよう、着衣を完全に密閉すれば、〈ブリザード〉の中出歩く事は不可能ではない。実際工場街でも、こういう事態になった場合に、逃げ遅れた者が表に取り残されてはいないか、風が小康状態になってから外を見回りする役目というのが持ち回りで決められていたりもする。大抵は手遅れなのだが、物陰に身を潜めるなどして運良く生き延びていないとも限らない。

 エルの父親は、知人の救援のために〈ブリザード〉の中を屑鉄平原に向かった。そこからの帰途、まさしく偶然に、道端に折り重なって倒れている二人の子供を発見したのだ。

「……それが、ノイエだったのね?」

「女の子の方は、半身がもうぼろぼろに壊疽してて、駄目だったって」

「……」

 フランチェスカの脳裏に、先ほど窓越しに目の当たりにした子猫の最期の光景が一瞬過ぎった。

「ノイエも、右手をすっかりやられてたの。親父はもうとにかく、二人とも車に乗せて慌てて街に戻ったんだけど、当然女の子の方はどうにもならなくて。でも女の子の方は、残った半分は意外に綺麗だったらしいのよね」

 エルがそこで言葉を切った。

 そこから先は、説明されなくても察しがついた。一体誰が提案したのか、欠損した少年の右腕の代わりに、その少女の右腕を、少年に与えたのだ。

 身体の部品をまるまる移植手術するなんて、こんな片田舎のちっぽけな診療所の設備で、よく可能だったものだ――子供のフランチェスカでもその点は驚愕せざるを得なかった。

 そしてその移植手術は、確かに見事な成功を収めていた。……とにもかくにも、今のノイエには右腕がちゃんとあって、普通に動いている。

「……あとはさっき説明したとおり。手術が終わって、経過も順調で、じゃあ身の振り方はどうしようか、って時に、親父がウチに連れてきたの」

「なんで、そうしようと思ったのかな?」

「まぁ乗りかかった船っていうか、なんていうか。……一度は助けちゃったわけだしねぇ」

 そんないい加減な、と声をあげそうになったが、この親子がこういう人柄でなかったら、今ノイエはここにいなかったかも知れないのだ。

 ついでに言えば、エルの父親が立ち往生した知人をわざわざ助けにいこうと思わなければ、ノイエがその場から救出されることもなかったわけだ。その場合も、ノイエは今ここにはいなかっただろうし、フランチェスカと知り合う事もなかっただろう。

 ……ついでに言えば、ノイエがいなければ異形のイゼルキュロスが誰か人間と関わりを持つこともなかっただろうし、そうなればあのメアリーアンもここにはいなかったはずだった。

 窓の外をみやると、まだ少し、ほんのわずかにではあったがまだ結晶がひらひらと舞っているのが見えた。いずれにしても、少なくとも今夜のうちは彼女らはこの工場に釘付けなのだった。

「結局、メアリーアンはどこに行っちゃったんだろ?」

「……さて、ねぇ」

「帰ってくるかな?」

「さぁ、どうだか」

 そういう問いには、エルにもどうにも応えようもなく、ただ肩をすくめただけだった。



(次話につづく)

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