1 閉鎖区画(その1)
負傷したアシュレーだったが、さすがに〈不死人〉だけあって回復は驚くほどに早かった。
傷も浅くは無かったし毒を受けもしたが、ものの数日で立ち上がって歩き回れるほどにまで調子を取り戻していた。
退院自体はどんな患者であれ本来は望ましい事ではあったが、例の遺体の消失の件もあったし、スレイトン医師としては彼を足止めして色々問いただしたい所ではあっただろう。アシュレーとしてももう少しじっくりと静養をとりたいところではあったが、あれこれ詮索されるのは好ましい所ではなかったし、軍人のエッシャー大尉相手と違って必要以上に機密を盾に振りかざすのも限度があったので、早々に病床をあとにする事となった。
そうやってミハルと連れ立って診療所を出たところで、折よくも駐留部隊の車両が彼らを迎えにやって来ていた。
「伍長、わざわざお出迎えに来てくれたのか?」
「まあそんなところです」
そう言って、伍長は軽くふざけるように敬礼をするのだった。
「出迎えはいいとして、問題はどこへ連れて行かれるか、だな。まさか俺の体調を気遣って、わざわざ宿舎まで送迎してくれるというのでも無いんだろう?」
「ええ。実はちょっと、お二人に見てもらいたいものがありまして」
「君がか? それともエッシャー大尉が?」
「大尉が、です。……俺、ちゃんと軍務で来てるんですけどね」
「そりゃ失礼。しかし今日退院するとなぜ分かった?」
「知ってたわけじゃないです。様子を見に行って、もし退院してたら宿舎まで迎えにいくようにと言われていただけです」
「なるほど」
どうやら退院した所にたまたまタイミングが合ったという事のようだった。
でもまさか本当に退院してくるとは思いませんでしたよ、と伍長は笑う。無理もない、彼らがBEEに襲撃を受けた現場には駐留部隊も駆けつけていたから、アシュレーの負傷も部隊には伝わっていただろう。その後の回復状況をスレイトン医師がいちいち報告していたかどうかまでは分からないが、元々〈不死人〉でなければ退院はおろかそのまま死んでた可能性もあるのだ。
「だから、来ていただけるとは大尉も思っていないはずですけどね。でもどうにか、ミハルさんだけでも来てもらえないかって」
そこまで言われて、すげなく断る理由もないので、アシュレーはミハルと二人、その招待に応じる事にした。
二人を乗せた車両は、そのまま旧市街を中心部へと向かっていった。マーケットエリアを抜けて、調査団が遺跡の発掘作業を行っているという閉鎖区画の廃虚の内部にまでまっすぐに進んでいく。検問のゲートの前に来たところで、部隊の兵士達が大勢こちらに詰めかけて、慌ただしく行き来している物々しい様子が窺い知れた。
「ああ、お二人とも。わざわざお呼び立てして申し訳ないです。退院したばかりで本調子でもないでしょうに、申し訳ありません」
顔を合わせるなり丁寧に応対してくれたエッシャー大尉だったが、その彼にしてからが病人のように蒼白だった。体調でもよくないのか、といぶかしんだアシュレーだったが、大尉が二人を促した先で目の当たりにしたものを見て、事情を納得した。
「……まあ、見て下さい」
大尉が指し示した先の地面の上に、人間の足首が無造作に転がっていたのだった。
いや……実際には転がっているわけではなかった。見れば、くるぶしから向こうは地面に埋もれていた。つまり地面に埋もれた足のうち、足首だけが地上に突き出ている格好だ。アシュレーがその場に到着した時点で、兵士たち数名でその先を慎重に掘り進めているところだった。兵役で配属された若者たちにしてみればここでそのような事をやらされるとは思ってもみなかっただろう。
そこに案内されたアシュレーはと言えば、唐突な遭遇に少し意外そうな顔をみせたが、別段今更悲鳴をあげるでもなく、淡々と見ているだけだった。ミハルに至っては何ら不快に思うでもなく、冷静な眼差しのまままっすぐ凝視している。
そんな二人の態度を、何なんだこの人達は、という表情でエッシャー大尉が見ているのに気付いて、アシュレーは無言で肩をすくめた。
見れば、今埋もれているもの以外にもすでに何体か回収が済んでいるようで、シートに覆われた状態で無造作に横たえられていた。
「何のために呼び出されたのか、理由は大体分かったよ」
目的が人探しであることは告げてあったし、不審死や身元不明者の記録にも興味を示していたアシュレーたちだ。目の前のこの死体の山が、まさに彼らが探し求めていた事件そのものなのかも知れない、とエッシャー大尉が気を回してくれたという事のようだった。
「それで、今のところ何か分かっている事はあるのかい?」
「とにかく一度に見つかるにしては数が多いの一言です。……まあその点は驚きに値しますが、今のところは死体が見つかったという以上の目立った成果はありませんね」
「確認するのも馬鹿馬鹿しいが、他殺体とみて間違いないだろうな」
「屑鉄平原の真ん中であれば、作業中の重機に巻き込まれたりとかいう可能性もあったでしょうけどね」
とはいえ、ここは廃墟の閉鎖区画である。調査団がいれば遺構の調査という名目でほとんど同じような採掘作業をしてはいるのだが、先にエッシャー大尉から説明を受けた通り、今年は調査団はいったん王都へ撤収してしまい、駐留部隊がその区画を閉鎖、立ち入りを禁止しているので普段はまったく人気はないはずだった。
「人目が無いと言えばないが、立ち入りは監視しているはずだろう? どこかの誰かがこっそり死体を捨てるにしても、念入りにセンサーを張り巡らせて、人の出入りが入念にチェックされているような場所に、しろうとが簡単に侵入できるとも思えないが」
何らかの事故であれば痕跡も残っているはずだし、そもそも旧市街の住民に目撃されていた可能性も低くはない。だがエッシャー大尉は深くため息をついて説明する。
「おとといの定例点検のさいに、ここのJH-38区画に設置された監視センサ1345号と1346号が作動していない事が判明しまして。その修理確認のために補修担当の兵士がここにやってきて、この死体の山を埋めた跡に気づいたという次第です。無人監視で異状報告が挙がって来ていなかったので誰も気づいてませんでしたが、調べてみたら四か月近く記録が空白になっていました」
「つまり、その間はその区画からなら自由に立ち入り出来たわけだ」
「外から見て、それが可能だと目視出来たわけでもないと思うんですけどね。センサーがあることすら知らずにたまたま立ち入った区画がここだったという事か、あるいはセンサーが働いていない事に気づいたからこそ、敢えてここから侵入してこの場所を犯行現場に選んだのか」
「何より、死体を敢えて土中に埋めて隠した形跡がある以上、死者以外に誰かいたのは事実……ということだな」
「ええ。……あとは、気になるのはこいつでしょうかね」
言いながら、大尉は手近にいた下士官を呼び寄せて、その手から受け取った自動小銃をアシュレーの前に差し出した。
年代物の、重量級の品だった。遺留品ということで袋詰めにされた銃器を、下士官はさらに次々と順番にアシュレーに指し示した。
「これらは全部、見つかった遺体の所持品でした。探せばもっと増えるかも知れませんね。……武装していたのです、彼らは」
エッシャー大尉の表情から、この時ばかりは笑顔が消えていた。
「王国内において、このハイシティは厳密にいえば屑鉄平原を含めた全域が、〈旧世紀〉の遺構として王国の管理下にあります。その管理区域に立ち入る事自体がそもそもは重大な禁止事項なわけで、その上武装など、我々のような軍属か、あなたのように正式に許可のある人間でなければ、本来は許されない行為なのですよ」
「立ち入り自体が、とするとこの街の住人はどうなるんだ? 屑鉄平原の廃材回収業者は?」
「建前上は遺構の採掘調査における残土処理の協力者、という体裁になっています。彼らが売り買いしている廃材についても、あくまでも残土、という扱いです」
調査団が遺構に派遣されて来るより前から廃材回収業者たちはそれを生業としていたわけであるし、最果ての辺境域で司法や行政も満足に行き届かぬ土地である。マゼラヴィルよりこちら側で生活を営む彼らは見方を変えれば事実上の棄民であるとも言え、彼らをそのまま王権の埒外におき保護しない代わりに、廃材回収は既得権として黙認されていたのだ。
それだけに、最低限駐留軍が監視している保全区域への立ち入りだけは厳禁とされ、その意向に大きく逆らうような事があれば、最悪ハイシティの住民全員が強制退去という処分になってもおかしくはなかったのだ。そのような無言の合意の上で、この最果ての街は成り立っていたのだ。
「そもそも我々にとって運がよかったことに、ハイシティの住人たちは基本的に武器を所有していません。自身の私有財産を自衛するために武器を持ち込むと、結果として他人が掘り当てた成果物を暴力で奪い合う行為が際限なく横行してしまう。この最果ての土地でそうやって共倒れになるよりは、目の前の広大な屑鉄の山は少なくとも今日現在においてはほぼ無尽蔵と言って差し支えが無い。欲しければ奪わずに自ら掘れ、というのが彼らの信条ですよ」
「なるほど」
「動力は〈旧世紀〉の頃から無人稼働するエネルギープラントが今後数百年は安定供給を続けると見られています。食料自給が成り立たないこの街で外部から必要物資を調達しようと思えば、欲をかいていがみ合う事で収入を生む生業を止めてしまうわけにはいかない。……彼らはそうやって、長い年月をかけて緩やかな互助関係をずっと維持してきたのです」
「……となると、大尉の責任はなかなかに重大だな。駐留部隊の立ち振る舞いひとつで、住民を敵に回したら大変なことになるわけだからな」




