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通学時間は短い方がゆっくり寝れる。
そんな理由で家から一番近い、地元では有名な進学校である公立高校に僕と渚は合格し、入学することになった。
保育園からの腐れ縁である健太は「元々勉強ができる優と本番に強い霧島と違って、俺は普通なんだよ」と言って別の高校にいった。
普通科は6クラスあるため、なんだかんだで今まで同じクラスだった渚ともとうとう離れてしまった。
またお互いバスケ、バドミントンの部活に入ったため、廊下ですれ違う以外は殆ど学校で会うことがなかった。
そのせいで渚に彼氏ができた時は、衝撃と共に己の行動にかなり後悔した。
時折手を繋いで帰る所を目撃すると、嫉妬と牽制しておけばよかったという後悔でどうにかなりそうだった。
同じバスケ部の友達である唐崎によると、その時の僕の目はどんよりしていて、渚の彼氏に襲いかかるのではないかと冷や冷やしていたらしい。
結局渚達はすぐに別れたが、渚を取られることが想像以上に大ダメージを受けることに気付き、急いで対策を練ることにした。
唐崎、健太に相談すると、とりあえずイケメンになると牽制しやすくなると言われたので、見た目から変えることにした。
2人から言われた通り、格安で切ってくれる散髪屋から今時風にカットしてくれる美容院に変更。今までは寝癖をそのままにしていたが、唐崎からワックスの付け方を教えてもらい毎朝セットするようにした。
眼鏡は視界重視の大きい眼鏡から今時らしい黒縁眼鏡に変えた。
更に、一人称を僕から俺にしたほうが男らしいかもと思い(漫画で得た知識)、変えてみた。
他にも茶髪にしろだ香水つけろだ言われたが、念の為渚に聞いてみると案の定黒髪の方が好きで匂いのキツいものは嫌いだったため、その辺りの提案は却下した。
というわけで、結局見た目は髪型と眼鏡しか変えなかったが、何故か周りの反応は良かった。
特に女子は目を疑うほど態度が変わり、少し寒気がした。
ただ、渚は「すっきりしたね」と感想をくれたものの、それ以外は何も変わらなかった。
2年生になり文理選択でクラス替えになり、渚と同じ理系1組になった。
元々生物が好きだった渚とは違い、どちらかと言えば世界史が得意だった俺は、唐崎をカテキョ代わりに物理を好きになるまで猛勉強した。
その様子を見ていた唐崎が若干引いていたような気はしたが、2クラスしかない理系は同じクラスになれる確率が高いため、堂々と理系が得意分野だと言えるように頑張った。
部活では頑張って練習した成果が報われたのか、副部長に就任した。
まぁ、部長になった唐崎をサポートする適任者が俺しかいなかったからというような気もするが、副部長の仕事もやり甲斐があって楽しかったからよしとする。
その頃から、1年後輩の女子マネの宮村から何かと構われるようになっていた。
部活中もそうだが教室にも現れるようになり、美人で有名らしい宮村はすぐにクラスでも知れ渡ることになった。
宮村が来ることによって渚と話す時間が減っていくのでかなり迷惑だったが、副部長の事務仕事も積極的に手伝おうとする宮村を無下にすることもできずにいた。
そんな俺の態度に、渚の友達である山城は御立腹な様子だった。
「ちょっと、あんたあの女のことハッキリさせなさいよ」
「ハッキリさせろと言われてもな。宮村はただの後輩だ」
俺の返答に山城は眉をひそめ盛大に溜息をつく。
渚はバド部の副部長のため事務仕事で席を外し、昼飯を速攻で食べ終わった唐崎は横で爆睡。
そのタイミングで話を切り出したのだ。宮村のことで何かあったのか?
「向こうはそうは思っていないみたいよ。あんたがいない時に渚の所に来ては『森山先輩は私の彼氏なので近付かないで下さい』なんてわざわざ言いに来るんだもの。結構な頻度で来るから、正直かなり迷惑してるんだけど」
「彼氏⁉︎ そんなものになった覚えはない!」
「そんなの知らないわよ。でも実際あの女が言いに来るものだから、渚はすっかり信じてるわよ」
そういえばとここ最近の渚の行動を思い返す。
家ではいつも通りだったが、よく思い返してみれば学校では宮村が来るとすぐに何所かに行ってしまっていた。
あれは用事があったんじゃなくて、遠慮して席を外していたのか!
「……最悪だ。俺は渚一筋なんだが」
「そう思ってるならさっさとどうにかしなさいよ。ほら、丁度あの女が来たじゃない」
山城の派手な顔が嫌そうに歪み指を指す先では、いつものピンクのふわふわカーディガンを着た宮村が俺の視線に気付いて手を振っていた。
そして、迷うことなく教室の中に入って来る宮村を見るのも嫌なのか、山城はそっぽ向いてスマホを弄り始めた。
「森山先輩! これ、調理実習で作ったんです。よかったら食べて下さい」
「お、おう……ありがとうな」
宮村の迫力に負け可愛くラッピングされたクッキーを貰うと、横目で見ていた山城に思いっきり睨まれる。
って、そうだ。クッキー受け取ってる場合じゃなかったな。
「宮村、お前俺が彼氏だと言っているみたいだが、どういうつもりなんだ?」
「それは……だって! 私、森山先輩のことが好きなんです!」
「だからって嘘をついていい理由にはならないだろ。いいか、俺は宮村と付き合うつもりはない。だから、もう嘘をつくのはやめろ」
そう言ってクッキーの入った袋を返すと、宮村の目には見る見る間に涙が溜まっていき教室から飛び出していった。
その後、入れ替わるように帰って来た渚は血相を変えて俺の所にやって来た。
「あの可愛い後輩ちゃんが泣きながら走っていったんだけど、何かあったの? よくわからないけど、追いかけた方がよくない?」
「別にほっとけばいい。それより渚、話があるから座ってくれ」
首を傾げつつ言う通りに席に座った渚は、俺が飲んでいた炭酸ジュースを手に取りゴクゴクと飲んでいく。
間接キスとか一切気にしてないその飲みっぷりに脱力しかけたが、気を取直して渚の顔に近付く。
「いいか渚、俺は宮村とは付き合ってないからな」
「え、宮村って……あの後輩ちゃんでしょ? 優は彼氏ですって言いに来てたけど…」
「あれは宮村が嘘をついていただけだ。俺は渚が好きなんだ。わかったな?」
「でも私…」
「わかったな?」
「い、いえすボス!」
何回も反復して渚の記憶を修正させる俺に対し、「……必死ね」と呟く山城の呆れた声が聞こえてきたが、実際必死なので無視した。
あれだけ単刀直入に言ったのだから、流石に諦めただろう。
そう思っていたが、次の日の昼休みに廊下で騒ぎがあるようだったので覗いてみると、渚に対して宮村が詰め寄っているのが見えた。
慌てて人混みをかき分けていると、「森山先輩を解放して下さい」とか「私の先輩を返して」など突拍子もない言葉が聞こえてくる。
ようやく人の山をすり抜け中央にたどり着いた時には、宮村が渚に対して腕を振りかぶっていた。
咄嗟に飛び出し、渚を体ごと引き寄せ宮村の手首を掴む。
「あ、優」
「森山先輩⁉︎」
「……お前、何しようとしていた?」
「あっ、これは……だってこの人、森山先輩のことを……っ!」
「どんな理由があろうと、渚を傷付ける奴は俺が許さない。宮村、これ以上渚に何かするのなら俺は容赦しないぞ」
「ひっ……!」
健太が迫力があると言っていたので睨んでみると、宮村は小さく悲鳴を上げて走り去っていった。
この一件で、俺が渚を好きなことが一気に広まることになった。
元々隠すつもりはなかったし、むしろいい牽制になったぐらいにしか思っていなかったが、渚は色んな人からからかわられグッタリしていた。
この勢いに乗っかったらイケるかと思い再度真剣に告白してみたが、「恋人になるのは無理」とばっさりフラれた。
それでも渚を好きな気持ちは変わることはなかった。




