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それでも君が好き  作者: 東雲 優
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 きっかけは些細なことだった。


 僕が4歳の頃、離婚、引越しをきっかけに仕事復帰した母は僕を保育園に入園させた。

 それまではずっと母と一緒に過ごしていたのに急に引き離されたため、担当の保育士を困らせるくらい大泣きした。


 余程でかい声で大泣きしていたのだろう。昼頃になって泣き疲れた時には、同じ組の奴らに『泣き虫の新入り』として顔をばっちり覚えられていた。

 そんな訳で同じ組の子とはまったく馴染むことができず、粘土で遊ぶ時間になっても隅っこで小さくなっていた。



 みんなが笑い合い、時には自慢し合いながら楽しそうに粘土遊びをする中、母に捨てられたのだと思い込み隅っこで啜り泣く。

 そこでふとショートヘアの女の子が作る粘土が目に入った。


 女の子が作っている形に見覚えがあった。

 当時、人気があったアニメのキャラクター、しかも敵役のキャラクターだった。

 正直上手いとは言えない出来だったが、そのキャラクターの特徴的な部分があったため、そのアニメが好きだった僕は思わず口に出していた。


「ブラックデーモンだ……」

「このキャラしってるの⁉︎」


 小さく呟いた声が女の子の耳に入ったらしく、振り返った女の子が目をキラキラさせながら近付いてくる。

 突然話しかけられて身を縮こませる僕に目もくれず、女の子は粘土を手に取り自慢気に話を続ける。


「このツノとかマントとかすっごくがんばったの! かっこいいでしょ!」

「うん、かっこいいね」


 興奮気味に話す女の子に圧されつつ返事をする。

 そこでふと、女の子の手に握られているブラックデーモンに足りない物を見つけた。


「このブラックデーモン、でっかいヤリもってないよ」

「あ、ほんとうだ! これだとブラックホールがうてなくなっちゃう!」


 そう言うと女の子は急いで自分の粘土板の所に戻り、また黙々と粘土を作り始めた。

 その姿をぼーっと見ていた。

 初めて同い年の子とまともに話したことに緊張したが、それ以上に自分から離れていってしまった女の子に対し寂しさを感じていた。



 粘土遊びの時間が終わり、次は暗記の時間。

 みんな毎日やっているからか、百人一首や駅の名前をスラスラ言っていく中、当然ながら全くわからない自分。

 一人だけ全く言えないことに周りの子がからかってくるため、また隅っこで小さくなっていた。


 その後外で遊ぶ時間になり、みんな一斉に外に飛び出していく。

 外からきゃあきゃあとはしゃぐ声が聞こえて来るが遊ぶ気分になれず俯いて座っていると、誰かに腕を引っ張られた。

 顔を上げると、粘土遊びの時間に話しかけてきた女の子が不思議そうな顔をしながら腕を引っ張っていた。


「どうしてあそばないの? はやくいこうよ」

「え…ぼく……」

「なにしてんだよなぎさ! はやくボールあそびしようぜ!」


 答えようとする前に、大きな男の子の声によって声をかき消されてしまう。それでも動こうとしない女の子。

 しばらくすると、ボールを脇に抱えた体格の良い男の子がこちらにやってきた。


「なぎさ、はやくいこうぜ! みんなまってるぞ!」

「だってこのこがうごかないんだもん」


 女の子が言ったことで初めて僕の存在に気づいた男の子がこちらを見る。

 その視線にビクリと体が震えた。


「あ、こいつ泣き虫のやつだ!」

「……っ」

「なぎさ、こんなやつほっといてあそぼうぜ! いっしょにいたら泣き虫がうつるぞ」

「………」


 男の子の言葉に何か考え込む女の子。

 すると、腕をするりと離された。



 見離された。

 そのことにショックを受けていると、女の子は今度は両手をパーにしてこちらに向けてくる。


「タッチ」

「?」

「ほらはやく。タッチして?」


 意味がよくわからなかったがとりあえずタッチすると、女の子は勢いよく振り返って男の子にタッチした。


「なっ⁉︎」

「よし! はやくにげよ!」


 そう言うや否や女の子に勢いよく引っ張り上げられ、気付いたら引っ張られるまま走り出していた。


「みんなー! ケンタがおにだよ! はやくにげろー!」


 女の子の掛け声により、他の遊びをしていた子達と保育士を巻き込んで、全員参加の鬼ごっこ大会になっていった。

 鬼ごっこ大会はかなり白熱し、気付けば僕はすっかり組の子達と仲良くなっていた。



 その後も特にからかわれることもなく、母が保育園に迎えにくる頃には母が驚くくらいすっかり馴染んでいた。


「ずっと心配だったけどよかったわ。優、どの子が最初に仲良くしてくれたの?」

「あのおんなのこ」


 指をさすと、母は積木遊びをしていた女の子に近付いていった。

 母に気付いた女の子は手を止め母を見上げる。


「おばちゃんだあれ? みたことない」

「優のお母さんよ。今日は優と遊んでくれてありがとう」

「ゆう……?」


 女の子は首を傾げた後、こちらを見てくる。


「あなた、ゆうってなまえなの?」

「……うん。もりやま ゆう」

「そうなんだ! わたしはきりしま なぎさ。なぎさってよんでね」

「……なぎさ」

「あら、貴方達名前も知らないのに友達になったの? ふふ、さすが子どもってところかしらね。じゃあ渚ちゃん、また明日も優と遊んであげてね」

「うん! またね、ゆうくん!」


 屈託のない笑顔でばいばいと手を振る渚。

 それを見て僕の心がドキンと跳ね上がり、顔が熱くなるのを感じた。



 これが僕の初恋の幼馴染、霧島 渚との出会いだった。


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