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SEVEN STARS  作者: イモホテップ
TREND「3」 【志庵】
11/12

#1 愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない


 仕事を取るか、もしくは脇目もふらずに恋路を往くか。

 判っていた。女は、『彼女』は、もう待てないのだと。


 「優香里ちゃん。遅くなってごめん」


 「慧くん」


 息を切らせた様子で喫茶店に姿を現したのは、着崩したワイシャツに、糊付けされた真新しいスーツパンツという出で立ちの、青年――と、いうよりかは、まだ少年と称しても謙遜ない程度には垢抜けない若者である。


 「今日も、忙しかったんだね」


 「あ、あぁ。ウン。ちょっと本部の方での作業が長引いちゃって……」


 若者と向かい合わせに座る少女は、何の気なしに「そっか」と短く呟き、窓の外を遠い目で眺める。


 彼女の、浮かない表情の理由は判る。判りきっている。心身をリラックスさせるかの如く深く息を吐き、しかし泳ぐ目線はそのままに――落ち着かない指先を弄ばせ、若者は自身の恋人へと恐る恐る問いかける。


 「あの、本当にごめん。怒ってるよね」


 「どうして謝るの? それに怒ってなんかない」


 「どうしてって」


 「慧くんは、何も悪くないでしょ」


 嗚呼、判りきっているのだ。互いに。


 「悪いどころか、寧ろ慧くんは――」




 "立派な自警団(ブラザーフッド)の、団員(メンバー)じゃない"




 「街の平和を、守ってるんだもの」


 ふとはにかんでみせる恋人を前に、鷹宮(タカミヤ) (ケイ)は、やはり今回も悶々と肩を落とすばかりであった。










【西暦2121年 夏/CHIYODAエリア 霞ヶ関】




巨乳嗜好童貞(チェリーパイ) 鷹宮(タカミヤ) (ケイ)の場合】










 夕刻の西新宿を流す、哨戒(パトロール)中の自警団警備車両。4ドア式のそれの運転席に掛け、信号待ちで大きく溜め息を吐き出したのは――自警団機動部門、勤続2年目を迎えたばかりの新人、鷹宮であった。


 「さっきからやめて欲しいんだけど。こっちまで気が滅入る」


 「沙呂芽さん。最近どうなんですか」


 「何が」


 「ほら……旦那さんとのアレ」


 強かに運転席を蹴りあげたきり、後部座席の先輩団員はそれきり不機嫌そうに黙り込んでしまった。先週、かの大物アウトロー『仕事人』をSHINJUKUエリアでのカーチェイスの末に取り逃した、という失態が記憶に新しいが、彼女――剣持(ケンモチ) 沙呂芽(サロメ)の不機嫌の理由は、凡そそれだけではあるまい。


 「いや、ホントに他意はないんですよ。ただ、ほら……僕も色々あったもんで」


 「まだ別れてなかったの?」


 「いやちょっと、なんて事言うんですか。僕らは高校以来の仲ですよ」


 「カッワイソウな彼女……」


 吐き捨てるように呟き、再び鷹宮の座席を爪先で小突く沙呂芽。女性の扱いを心得ていないのは自分でも判ってはいるものの、それにしてもこの無表情で何を考えているのか判らないような先輩とくっついた男とは、果たしてどんな旦那さんなのやら。


 ……こうして日々哨戒業務に励めど、一向に治安の回復する気配のないTOKYO界隈。そして暗雲立ち込め、今や、今やと糸の切れそうな恋愛事情。勤続1年目の時点では、ただひたすらに正義に殉じようという信念のみが働いていた。しかし、勤続2年目の夏という中途半端な『慣れ』の時点。ようやく少しばかりの落ち着きを見せ、身の回りを見渡してみれば――仕事と恋愛の狭間で、自警団員たる青年の均衡は、危うくも揺り振れていたのである。


 日中、立ち昇っていた陽炎は姿を潜め、しかしそれでも尚、冷めた胸中とは裏腹に、街の茹だる暑さの事。喉の奥底で幾度目かの溜め息を飲み込み、コンビニの敷地内へと車両(ホバーカー)を停める鷹宮。


 「ほら、着きましたよ。僕もトイレ行ってきますんで」


 「は? ダメ」


 「そういうのパワハラって言うんですよ」


 後輩を無視してさっさと降りてしまう先輩の後ろ姿に呆れ、警備車両に鍵を掛ける。コンビニで用を足す隙なんぞ作った日には、車の一つや二つ窃盗されてもおかしくはないこの大都心。細かな防犯こそ日常意識にね、と小さく呟くと、店内の洋式トイレの前で、鷹宮はスーツパンツのジッパーを下げる。


 「はぁ~……」


 先程は溜め息の多さをたしなめられたものの、個室での行動については目を瞑って貰いたい次第である。ジョボジョボと水音を立て、陶器に流れる薄黄色の尿。健康状態に関しては問題ないらしい。仮に腎臓が一つ足りなくば、尿の色はどうなっていたのだろうかと最近の事件を思い起こしつつナニを振り、水滴を払っていた最中。突如、がちゃりと開く個室の扉。


 「いやいやいやちょっと沙呂芽さん!」


 「4円ちょうだい」


 どうやら会計の際に、丁度良い額の小銭を持ち合わせていなかったらしい。特に関心のなさそうな顔で鷹宮の尻ポケットに手を突っ込むと、勝手に小銭をほじくり出し、財布は持ち主に頭の上に。これには流石に鷹宮も辟易したのか、財布を頭に乗せた状態で器用に怒鳴る。


 「あの、マジで僕が用足してる時に入ってくるの止めて欲しいんですけど! 何ですか、欲求不満なんですか!?」


 「欲求不満じゃないワ」


 と、先週捕り逃がしたアンドロイドの口真似で返す沙呂芽。余程腹に据えかねているらしい。その件に関しては僕が悪い訳じゃないでしょ、と一言ぶつけてやろうかと思いきや、やはり既に先輩の姿はなく。


 「あーもう、何なんだよ本当に」


 (ひとえ)に女心といえども、ヤンチャ好きが集まる機動部門でも一際異彩を放つこの先輩と、自身の恋愛事情を比べてみるのがそもそもおかしいのかもしれない。乱暴に手を洗い店を出ると、敷地に停めた警備車両の鍵を開ける鷹宮。件の先輩は、相変わらず後部座席でチョコレートスティックを噛みながら、ファッション誌に目を通している。


 「じゃあ、そろそろ本部に戻りますよ」


 「ダメ」


 「なら沙呂芽さんは此処に残っててくださいね。僕は帰りますんで」


 「嫌。そのまま代々木公園の方面走って」


 子供か。

 いい加減腹に据えかねた鷹宮は、先輩の意図も露知らず。荒くアクセルを踏み、勢い良く車道へと飛び出す。


 「怒ってるの」


 「別に怒ってないすけど」


 「フフーン、あっそ」


 バックミラーに映る後輩の顔色を確認し、鼻で笑いつつ再びファッション誌に目を移す。仕事、恋、上下関係、サビ残、そして発散出来ぬ憤り……。面白い具合に鷹宮の脳内を埋め尽くしてゆく苦悩ではあるが、今、この瞬間。


 その『均衡』が傾くべき方向は、決まっている。


 「あのトラック。隣に着けて」


 車内の静寂を切り裂く、沙呂芽の引き締まった声色。ふと隣の車線に目を移せば、そこには何の変哲もない大型の貨物トラック。あのトラックが何か、と問い掛ける隙もなく、アクセルを踏み併設した瞬間――突如、弾かれたように開く警備車両、後部座席の(ドア)


 「運転席(キャブ)に車ぁ――ブチ当てなさいッッ」


 「ちょっちょちょっと沙呂芽さんっ!?」


 既に車外へと飛び出した先輩の激に圧され、言われるがままにハンドルを数回転。ぐりんと進路を変えた警備車両の鼻っ面は、鋼鉄の噛み合う破砕音と共に、トラックの側頭部を派手に跳ね飛ばす。


 軽く唇を舐め、踵を使った一転、腰を捻り二転、そして掌でアスファルトを舞う三転。高速で移動する車内からの脱出にも関わらず、その衝撃を全て分割(いな)し、沙呂芽が混沌の車道へ立つ。


 「犯人(ホシ)は押さえる。鷹宮クン、保護の準備」


 跳ねられたトラックが、縁石を越えて歩道に乗り上げ――夕刻の新宿を血に染めるよりも速く、更に迅く。煮えたぎる細胞の発現。沙呂芽の『COA』は、細い糸状の『抑止力』は、蝶を絡め捕る蜘蛛糸の如く、その数トンは下らない車体とアスファルトを縫い付ける。建ち並ぶ電柱や辺りのビル群にも絡み付き、しっかりと重量を吸収している『繊維』の束を見るに、鷹宮と何気なく言葉を交わしている数瞬の間にこれを『仕込んで』いたらしい。


 「い、一体どういう事で……!」


 状況を把握出来ぬまま、トラック後部の貨物部分へと走り寄る鷹宮。先の衝撃で留め具が破損し、そこから雪崩れ出るように外へ飛び出してきたのは――ボロを纏った、アンドロイドの浮浪者(ホームレス)達である。自らが置かれている状況を判っていないのは彼らも同様の様子で、ホバーカーの金属部品の転がる車道にて、ただただ新米の自警団員と顔を見合せ、呆けるばかりである。


 「典型的な人身売買。……それも尻尾を隠そうとさえしない、質の悪い」


 「痛ッッてぇな、コラァッ」


 片半分の潰れた運転席(キャブ)から姿を現したのは、港湾労働者風の身なりをした柄の悪いアンドロイド。どうやら、アンドロイドがアンドロイドの身を売るべくして商品を運んでいただけという、この街に於ける通説の一片(ワンシーン)らしい。衝突の相手を視認し、ルドベキアの意匠が施されたバッジを確認するが早く――実行犯たるアンドロイドの男の背から伸びる、一対のマシンアーム。殺傷力を携えたまま、ガラス玉のような眼が、ギョロリと沙呂芽の小さな体躯を見据える。


 「……自警団(ブラザーフッド)か。こちとら危ない橋を日々渡ってンだ」


 「それはこちらも同じ事」


 法の(イヌ)が、と吐き捨て、アームの先端に装備した高周波カッターを振るうアンドロイド。無法と法の対峙――人身売買という事件(ヤマ)同様、この街に於いて何も珍しい構図ではない。賽を投げ、偶数の『白』か、はたまた奇数の『黒』か。表を向いた目が、ただ単純にまかり通る。


 右掌を開き、そしてギュッと強く握り締める沙呂芽。『COA』の具現、剣持沙呂芽の持つ能力(ちから)。握ったのは、単に己の肉ではない。あの超重量を誇る大型トラックさえも無力化した、『繊維』の束を掌握したのだ。ぴり、と静電気が大気中にて弾け、続いて彼女のショートヘアが物々しく逆上がる。青白く帯電したその『繊維』は、開かれた掌から零れ、都会の空っ風に乗り――そして、こちらへと接近する標的へと纏わりつく。


 「オマエの命か、食い扶持か。そんなもん、天秤に架けるまでもねェ――!」


 舗装された路面に靴跡を残し、跳躍の如き疾駆を可能とするアンドロイドの脚力。互いの距離は縮まり、接近、今や射程範囲内――


 そのアームが彼女を首を落とすよりも先に、無数の青白い『繊維』がアンドロイドの体躯を捕らえていた。


 「拘束完了。こっちに一台寄越して」


 「おッ――」


 恐らく、貨物トラックの車内からは彼女の芸当を確認出来なかったのであろう。先の衝突を防いだ、かの『繊維』による鮮やかな捕縛劇。油圧の操作により、飛躍的な身体能力の向上を可能とするアンドロイドの身でさえも、巨大重機にも匹敵するマシンアームの膂力でさえも――この全身を覆う糸を制する事が出来ない。


 歯噛みし、全身を揺らして抜け出そうと足掻くアンドロイドの犯罪者の前に立つ沙呂芽。


 「命か食い扶持か、天秤に架けるまでもないのはこちらも同じ。私観たいテレビあるし、そもそも犯罪者嫌いだし」


 すっ、と彼の額に差し出される細い指先。『繊維』同様に、青白く帯電したそれに思わず息を呑むアンドロイド。火花を照らし、脳天を貫く電撃の礫。インプットメモリにヒットしたそれは、彼の意識を遥か彼方に、しかし命は奪う事なく――


 「でも、私らは自警団(ブラザーフッド)


 「――だから絶対命は奪わない……ですよね?」


 むっとした顔で後方を振り返れば、そこには何とか『商品』たるアンドロイド達を歩道に避難させ、大方の交通整理を終えていた後輩の姿。


 「ヒトの決め台詞取るの止めてくんない」


 「僕のアソコしっかり見たでしょ。おあいこですよ」


 「あんな貧相なのと私の台詞を同一視されても困るんだけど」


 はは、と乾いた笑みを浮かべ、口角を引き吊らせる鷹宮。今回の件の説明すらもされていなかった事といい、しかし要所要所で見せる締まった表情といい。どうにもこの人は理解不能で、且つ度し難い。


 幾分かの静寂を取り戻した新宿の路上にて、喧しく響くサイレンの音色。どうやら、先程沙呂芽が手配した機動部門の人間が到着したらしい。大いなる混沌に包まれた都心の片隅――と言えばさも大事に思えるが、実際この街の人間も中々にふてぶてしい。日常そのものが厄介事と隣合わせな所為か、今回の件にも目を合わさずとばかりに通り過ぎ、この事故現場を避けながら、スムーズに車の列は流れてゆく。


 はぁ、と溜め息を吐き、自身の先輩を横目で見つめる鷹宮。


 「溜め息止めろって言ったでしょ。次吐いたらタマ蹴るから」


 「あーあーぁ、ハイハイハイ……」


 「ハイは一回」


 「ハイハイハイハイハイハーイ。はぁ」


 「何で増えんのよ。肺に穴空け」


 後ろから強かにタマを蹴り上げられ、悶絶しつつも――鷹宮の胸中を満たしていた靄は、幾分か晴れた様子である。『正義』という名の2年余りの血、そして学生時代を流れる『恋路』という名の血。少なくとも、どちらかに振られる『均衡』ではない。争えない血と血、そして奪う事も、奪われる事もなく。




 ――嗚呼、判りきっているのだ。うら若き恋人は、互いに。




 『仕事』も『恋』も抱えたまま、自身が帰るべき場所があるのだ、と。


 鷹宮 慧の返事は、未だ朧気ながらも、その姿を現しつつあった。




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