九十七話
その後も取材は続けられたのだが、当たり障りのない質問がほとんどだった。人間の慣れというのは恐ろしいもので、さっきまであんなに緊張していたはずの僕は、早起きしたのもあって眠気に襲われていた。
と、そんなふうに油断していた時だった。
「そちらの方はジョシュア伯とご一緒にエルマンテ官庁にお越しになったようですが、どなたでいらっしゃるのでしょうか?」
突然の僕に向けた質問! さっきから聞かれるのはすべてアイラだったから、僕が聞かれることはないと勝手に思い込んでいた。
突然すぎて言葉に詰まってしまった。
「ほら! どうしたのよ!」
アイラが小声で僕に呼びかけながら袖をゆすった。
「ぼ、僕はホルンメラン官庁所属の官吏の長谷川大成と申します!」
変に力んだ声が出てしまった。
心臓に悪いな。こんなこと聞いて、一体誰が知りたがるというのだろうか? しかし、僕への質問はそれだけでは終わらなかった。
「タイセイさんは、今回のエルマンテ訪問にご同行されているということは、一般の官吏ではないと思うのですが、詳しい役職などをお聞かせ願えますでしょうか?」
役職で連れてこられたわけじゃないんだけどな。
でも、「シェラルーシュに会って頼まれたから来た」なんて言ったらとんだ笑いものだろう。役職にしても、生物開発課というのがオープンなものかもわからない。
「ねえ。」
今度は僕の方から小声でアイラに呼びかけた。
「なに?」
「生物開発課って言っちゃっていいの?」
「うーん、別にいいけど……説明が面倒くさいわね。」
それは間違いない。生物開発課なんてそもそもアイラのアイデアで創設されたものだから、他の都市にあるはずがない。
アイラが僕に向けられた拡声器を奪うように手に取った。
「彼の役職については機密事項が多く含まれているので、お答えしかねます。」
そう言った。かなり意味深な言い方をしたな。聞いていた記者たちはざわざわしている。
ついさっきまで彼らからしてみれば僕なんてアイラのおまけのようなものだっただろうに、急にみんなして僕のことをメモし始めた。
「何者なんだ、あの男。」
「うーん、諜報員とか?」
「そんな奴はこんな場に現れないだろ。」
さっそくとんでもない噂が生まれようとしている。
それからは、僕に対する質問が俄かに増えた。僕の素性を明らかにしようとする意図のものがほとんどであったが、すべて「機密」といって逃げた。
後ろめたいことが何もないのに隠し事なんてするのはなんとも違和感があった。自分でもぎこちない嘘をついている自覚はあるし、記者の人たちもそれは折り込み済みのよう。
「ジョシュア伯爵はこの後のスケジュールがございますので、以上で取材を切り上げさせていただきます。」
僕たちはようやく解放された。
スケジュールだなんて、やっぱり政治家なだけあって忙しいのかな?
「この後は何があるの?」
「うーん、そうね。まずはもうこんな時間だし、朝ごはんにしましょうよ。」
「あれ? 忙しいんじゃないの?」
「そりゃ忙しいけども、ご飯が食べられないほどじゃないわよ。どうしてそんなことを思ったの?」
「え、だって、さっきスケジュールがどうこうって言ってたから。」
アイラは息を漏らして笑った。
「ふふっ、あなたって本当に純粋ね。そんなのただの方便に決まってるじゃない。取材を切り上げるための体のいい理由付けよ。途中でこっそりあの職員さんに頼んだの。ファインプレーでしょ?」
「そんなことしていいの?」
「逆にタイセイはいつまでも質問攻めにされたかったの?」
「まあ、それは……。」
僕ってそんなに純粋なのだろうか?
アイラは人目のつかない官庁の裏手から帰りの馬車を呼び寄せた。
「さあて、どこに行きましょうか?」
「え? 宿に帰るんじゃないの?」
「何つまらないこと言ってるのよ。せっかく外に出てきてるんだから、観光がてらに外食しちゃいましょうよ。」
「でも外に出っちゃったら、それこそ人目に付くんじゃないの?」
チッチッチとアイラは人差し指を立てて横に揺らした。
「私が何年有名人やってると思ってるの? そのくらいの対策はしていないはずがないじゃないの。」
と、彼女。荷台から袋を引っ張り出した。乾いた摩擦音を立てながら口が開かれると、中に入っていたのは衣服。
これはもしや……
「これで変装するのよ。そうしたら一般人に見えるでしょ?」
めちゃくちゃ普通だな。
アイラは袋からロングコートを取りだした。
「これを羽織るだけでこの正装衣が綺麗すっぽり隠れちゃうからいいのよね。ちょうど朝だからエルマンテにしても少し寒いし。」
黒のコートを馬車の中で器用に羽織った彼女は、確かに一目では貴族には見えない。
「でも君は顔自体がかなり広く覚えられてるんじゃないの?」
「おお、いいことを聞いてくれるではないか、タイセイ君!」
何キャラだよ。アイラまでテンションおかしなことになってるなんて、この町は恐ろしいな。
アイラは得意気になって、袋の中から今度はサングラスを取り出した。
「これがあればこの有名な美顔も隠せてしまうのだよー。」
自分でいうなよ。
アイラは日が差していないにもかかわらずサングラスをかけた。これで、一応は顔を隠すことはできたのだが、正直言って、只者ではないオーラはガンガン出ていた。こんなんで本当に今までバレなかったのだろうか?
僕の心がまだついていけていないというのに、馬車はエルマンテの東大通りの一角に止まった。
「ありがとう、帰りもまた頼むわね。」
車夫は無言で頭を下げると、また馬車を動かしてどこかへと消えてしまった。
この町には、中心から東西南北の四方向に、それぞれ東通り、西通り、南通り、北通りという四本の大通りが伸びている。
どの通りも活気づいており、その人の多さは、ホルンメラン以上だ。場所によっては、シャラトーゼよりも賑やかな場所でさえあるくらいだ。
今回、アイラは迷いなく東通りを選んだ。
「もうどこに行くか決まってるの?」
「ご明察。あなたは決まってなかったんでしょ。」
「うん、まあ。」
「じゃあ、私の行こうと思ってたところについてきてよ。そのために東を選んだんだから。」
と、言って連れてこられた場所は、これまた一際人の多いカフェだった。
「ここなのよ!」
海沿いの心地よい風が吹くカフェ。まだ朝の冷たい海風が吹いているというのに、もうすでに行列ができ始めている。
アイラは一瞬、列を無視して中に入ろうとしたが、何かに気づいてこちらに引き返してきた。
「忘れてたわ。私、今は一般市民だった。」
そう、身分を隠している以上は彼女は僕たちと同じ一般市民としてふるまわなければならない。したがって、ジョシュア家の紋章を使うこともできないのである。
行列は、僕らの前に十五人ほどいるだろうか? 人気店なんだから、仕方がない。それなのに、アイラは不満そうだ。
「並んでるのって退屈よね。」
「普段並ぶってことはしないの?」
「並ぶわけないじゃない。」
住んでる世界が違うみたいだ。この行列はたぶん三十分も待たないだろう。僕にとってはなんでもないような待ち時間だけど、彼女にとってはとてつもなく長い時間なんだろう。
客が一人、また一人と店内に吸い込まれていく。そのたびに僕たちもちびちびと前進する。
「ああもう、少しずつしか進めないのが逆にもどかしいわ。こういうときってどうやって時間をつぶすの?」
「ええとね。何か話をしながら待つんだよ。」
「話ってどんな?」
「たとえば……そうだね、今から食べるものの話とか?」
「そりゃラミューゼに決まってるじゃないの。」
「ラミューゼって何だい?」
「あら、あなた知らないの? エルマンテ名物のケーキよ。今日はそれが目当てで来てるんだから。」
もっと観光ガイドか何かを熟読してから来るべきだっただろうか?
アイラはラミューゼというケーキの名前を出すと、今度はウキウキし始めていた。忙しい子だ。
「ところでどうよ? まったく気づかれてないでしょ?」
「ああ……うん、そうだね。」
気づかれてはいなかったものの、やはり、ロングコートにサングラスの彼女は周りの視線を集めてしまっていた。




