九十六話
翌日、朝早くに僕はアイラといっしょにエルマンテ官庁に呼び出された。まだ日は昇っておらず、時折あくびが漏れる。
エルマンテの官庁は、高さがない代わりに、とにかく一フロア一フロアが広かった。
「ホルンメランとは全然違うね。」
「先代の首長のときに作られた官庁らしいわ。その人が高所恐怖症だったから低く作られているみたいよ。」
僕としてはこの宮殿みたいな感じになっているのも好きだ。オフィスビルのような建物だと露骨に仕事を感じてしまうから。
アイラが取り次ぐと、すぐに案内された。
「さあ、行きましょうか。」
ついていくと、エレベーターに行くと思いきや、そのまま一階の部屋に案内された。
「え、上に行くんじゃないの?」
「ここの首長室はね、一階にあるのよ。理由はさっきも言った通り。」
「あー、高所恐怖症か。」
「そういうこと。」
一階にあるのは新鮮だったが、それ以外はなんら変わらなかった。
黒扉の前まで案内されると、受付の人がノックした。
「首長、ホルンメラン首長のジョシュア伯とその御付きの方がいらっしゃいました。」
「ええ。」
それだけ返って来た。
これがオッケーの合図なのだろう。受付の人は迷うことなく扉を開けた。
「……よく来たわ、二人とも。」
「こんな朝早くじゃなくていいんじゃないの?」
「ダメよ。記者にかぎつけられたくないから。」
シュユ侯は正装だった。
アイラも今日は正装だ。昨日は水着で密談なんてしていたくせに、今日はどういうことなんだろうか。
「ああそうね。日が昇ると記者に追っかけ回されるものね。」
へえ、それは面倒くさいというか、慣れていないというか。あまりいい情報じゃないな。
ところで気になるのは、朝早くに呼び寄せてまで記者の目を忍ぶ用事とはなんなのかということだ。
シュユ侯爵は動くときも静かで、気づかないうちにお茶が三杯淹れられていた。
「二人とも、座って。」
アイラと並んで座ると、シュユ侯は便箋を一つ持って来て、僕たちの対面に座った。
「用事はこれよ。」
「手紙?」
「読んでみて。」
アイラが便箋をとって、三つ折りになっているのを広げた。
アイラは読むとすぐにまゆをひそめた。
「何が書いてあったの?」
「穏やかじゃないわね。あなたも読んでみるといいわ。」
僕は手渡された便箋に目を通した。
「……!」
「Dear ハル・リーム・シュユ侯爵
突然の手紙、恐れ入る。我々は、普通なら貴女の視界にも入らぬような立場にありますが、この度巡り合わせであなたと縁が交わることとなりました。
我々の用件はただ一つ。龍輝石でございます。これを頂戴せんがため、今我々はこのエルマンテの都市内に来ているのです。
ただ奇しくも、今現在はその龍輝石が眠っているはずの洞窟が例の事故のせいで崩落してしまっています。土砂で埋もれてしまった中には誰であろうとは入れない状況となっていることは貴女が一番よくご存じのはず。
しかし、我々は諦める気など毛頭ございません。洞窟への侵入が可能になり次第、龍輝石を頂戴しに参上するので、悪しからず。
プライムナンバー」
と書かれてあった。
これはいわゆる予告状というやつだろうか。この「プライムナンバー」という名前の窃盗団がエルマンテに潜伏しているという話は、新聞にも載っていた。やはり思った通り龍輝石が狙いなようだ。
そして、これがシュユ候の要件らしい。
「これ、いつ届いたの?」
「昨日の朝よ。官庁に届けられたの。」
きょうび窃盗団が予告状なんて送るものなのか。
「まだ慌てる必要もないんだけどね。洞窟が復活しない限りは誰も入ることさえできないんだから。」
この件に関しては洞窟が崩落してしまっていることが功を奏したのか。
しかしながら、窃盗団に盗みに入ると宣言されている以上は、警戒しなければなるまい。
「シェラルーシュがタイセイに夢の中で急かしてきたのはこういう理由だったのね。でも、気を付けようにもどうすればいいかが悩ましいところね。」
「そう、この『プライムナンバー』という窃盗団はかなりやり手だから、ただ潜伏しているときには全く尻尾を出さないと思っていいわ。彼らの姿を捉えることができるのは、彼らがちょうど盗みに入る瞬間しかない。」
「それじゃかなり危ないわね。」
「そ。だからあなたたちホルンメランに手伝ってもらおうと思って。」
「私たちを頼ってもらえるのはうれしいんだけど、その数だけじゃ少し頼りなくない? 他の都市には話してあるの?」
「いいえ、話してない。他の都市は、龍輝石に興味がないとも言い切れないから、いまいち信用できない。」
「ああ……なるほど。」
アイラはシュユ候が暗示した人間を思い浮かべたようで苦笑いした。
エルマンテ側にどれだけの人材があるのかは分からないけど、逃げることができない龍輝石を窃盗団の手から守り抜くのは結構な難度だ。
しかし、やらなければ、僕はシェラルーシュに何をされるかわかったもんじゃない。何とかしてみせるしかないのだ。
「じゃあ、また午後に会いましょうね、ハル。」
「ええ、ちょっとハードになると思うけど、よろしくね。」
ハード? 半分旅行と聞いていたのはどうせ嘘だろうと思っていたが、そんなにきついのか?
「今から何するの?」
「取材をまず受けるでしょうね。私たちだって話題の渦中に飛び込んだわけだから。」
「それって僕も受けるの?」
「メインは私でしょうけど、たぶんあなたも受けることになるわよ。官庁の前にはすでに記者たちが待機しているでしょうからね。」
「え! 取材なんて受けたことないよ?」
「そんな身構えなくていいわよ。のらりくらりしとけばいいの。だけど、質問攻めにあうから、なかなかにハードなのよ。そこは覚悟しときなさい。」
急に緊張してきたな。
アイラはもう慣れてしまっているからか、何でもないような顔をしている。
「そういえば今日はあのしゃべる鳥はついてきてないみたいね。」
「ああ、アンロカならまだ部屋で寝てるよ。」
「へえ、鳥って早起きじゃないんだ。」
「僕もそうだと思ったんだけどね。あいつといるときは毎回僕の方が早起きなんだよ。まるで僕の方が鳥みたいだ。」
「チキンですものね。」
「いや! そういう意味じゃないよ!」
「あはは、冗談よ。少しは緊張ほぐれた?」
「……うん、まあ。」
悔しいけど、確かにちょっと楽になった。
扉に着くと、すでにその向こうが騒がしいのが分かる。
「さあ、行きましょう。これも立派なお務めですから。」
扉が開けられると、そとはもう日が顔を出して明るくなっていた。
外には取材の記者たちがひしめいていた。
「おい! 扉が開いたぞ!」
「誰だ? 職員か?」
「いや、あの顔は……ホルンメランのジョシュア伯爵だ!」
凄いな、貴族って一瞬で顔バレするんだ。
アイラの存在に気づいた記者たちは一瞬にして僕たちを取り囲んでしまった。
「押さないで!」
僕たちが取材を受けることを見越してついてくれた職員の人が必死に記者たちを抑えている。
「取材はできる限り応じるから、お一人ずつお願いね。」
記者たちは平静を取り戻して静かになった。
職員の人がこのゲリラ取材の司会になって進行してくれた。
「では、質問がある方は挙手をお願いします。」
ほぼ全員が手を挙げたので、職員の人は前列の男の記者を指名した。
「ありがとうございます、ベーヴェルマン日報のクボルトです。」
ここら辺の流れは元の世界と一緒なんだな。
「ジョシュア伯にお聞きしたいのですが、今朝はどうしてエルマンテ官庁にお越しになったのでしょうか?」
当たり前だが、隠さなきゃならない事情を思いっきり聞いてくるよな。
「わたしたちホルンメラン代表団は昨日エルマンテに到着したばかりでしたので、今朝はシュユ侯爵に挨拶をと思い訪問させていただきました。」
上手いこと言うなあ。平然とかわして見せるところに経験値を感じる。
「分かりました、ありがとうございました!」
クボルトという男の記者はそれで納得したらしく少し後ろに下がっていった。




