四十四話
荷台に載った配合マシンには、傷一つついていないどころか、ピカピカになっていた。
「買い付けたときには、少し泥で汚れていたから、磨かせておいたわ。」
「たしかにうちのものです。」
こんな機械、なかなかないから他の人のものということはないだろう。
僕は機械に触れようとした。
「まだ触っていいとは言ってないわよ? 」
「え? 」
「私が買い取ったんだから、いまこの機械は私のものよ。」
「そんな……。」
ソングライン候は翼を大きく広げた。角から妖気がほとばしり、なぜか後ろのコップが落ちた。
「何か文句でもあるのかしら? 」
「「「「いえ、ないです。」」」」
侯爵は、角と翼を畳んだ。
「ただただ渡すっていうのも気に入らないわ。私だってお金を払ってこれを手に入れたんだもの。」
「そもそもなんでこれを買おうと思ったんです? 」
「あなたたちがこれを追ってこの街に来るのが見えたからよ。」
じゃあ自分で使うつもりないじゃん。返してくれたっていいじゃないか。
ただし、ソングライン候はタダで返したくはないらしい。
「それで、条件っていうのは? 」
「私、運動がしたいの。」
「運動? すればいいじゃないですか。」
「いやいや、貴方たち人間と同じにはしないでよ。悪魔の運動っていうのはね。」
再びソングライン候は角と翼を出した。
「戦いよ。悪魔は戦わなければ。でも私と戦ってくれる人なんていないのよね。」
そう言いながら、彼女は悲しそうにしていた。よく見ると、彼女の後ろからは尻尾も伸びており、悔しそうにペシペシと床を叩いている。
「だから、あなたたちの誰かに、私と戦って欲しいの。」
「ちょっと待ってください。」
僕は他の三人を引き連れて一旦部屋の隅に集合した。
戦うとなれば、僕は一安心。この大役が僕に回ってくることはまずないからだ。彼女と戦う候補は二人だ。
「じゃあ、兵士くんか、メイデン少将か。どちらにしましょうか? 」
「なんで僕たち確定なんですか! 」
「いや、まあ私は軍人なんだし、君だって元軍人だからな。仕方ないだろう。」
僕とライアンくんは頭脳労働専門なので、こういうのは無理だ。
「私より君の方が年下なんだから、君がやりたまえ、レインくん。」
「いやいや! そういうの良くないと思いますよ? 年齢とか関係ないですし。」
「じゃあ、君の方が階級が下だからって理由でいいだろう? 」
「もう軍人じゃねえし! あなたももう上官じゃないですからね? 」
兵士くんは必死である。
悪魔と戦いたくないのは誰だって一緒か。
「少将こそ、今回は僕たちの護衛で来てるんでしょ? 僕が怪我しちゃってもいいんですか? 」
おおっと。ついに自分を人質にしだしたぞ、こいつ。
そう言われてしまうと、メイデン少将も立場が弱い。
「むう。……私もパゴスキー君には怒られたくないしな。」
メイデン少将は、自分がソングライン侯爵の相手になることを了承した。
僕たちはまた侯爵のところまで戻った。
「こちらのメイデン少将が、侯爵の相手になってくれるそうですよ。」
「ほ、本当かい? それは。」
侯爵の表情がパァッと明るんだ。
尻尾もルンルンしている。相当「運動」したいんだな。
「じゃあ早速、行くわよ。」
侯爵は扉を開けて、廊下に出た。
ついてこいと手招きをするので、四人で彼女について行った。
部屋を出ると、そのまま屋敷からも出てしまった。
「よし、じゃあ広い場所に行きましょう。」
ソングライン侯は魔法を僕たちにかけると、僕たちは全員浮き上がった。
「飛翔魔法か。」
四人は瞬く間に空高く飛び上がると、今度はすごいスピードで北へと飛び始めた。
「うわあ! 凄いなこれは。」
スピード出し過ぎじゃないか? 顔の肉が千切れてしまいそうだ。下の景色を眺める余裕さえない。
横を見ると、ソングライン侯爵は自分の翼で飛んでいた。ちゃんと機能するんだな、あの翼。
しばらく進み続けて、僕たちは何もない荒野にたどり着いた。
「ここら辺でいいでしょう。おりるわよ。」
侯爵がそう言うと、僕たちは地面にストンと下された。
ソングライン候はドレスのままだった。なぜか日傘も持ってきている。
「そんなんで戦えるんですか? 」
「ええ、私は問題ないわ。メイデン少将こそ、ちゃんと戦える状態なのよね? 」
メイデン少将の方を見ると、背中に長太刀を背負っていた。
「準備は出来ております。」
少将は抜刀した。
戦うって言って、すぐに真剣を持ち出してくるから物騒だ。僕はてっきり木刀かなんかを使って稽古場みたいなところでやるのかと思っていた。
だが、二人とも割とマジである。渋っていた少将も、いざやるとなると、気合が入っている。
「いくわよ! メイデンくん。」
侯爵は翼を広げて、一気に少将まで距離を詰めた。
持っていた日傘を思いっきり少将に叩きつけたが、彼は巧く太刀で防いだ。
だが、悪魔の力は強いらしく、メイデン少将の体は浮き上がった。
「おふっ! すごい威力だ。」
とても日傘で叩かれた衝撃ではない。
メイデン少将は体勢を立て直すと、反撃に出た。吹き飛ばされたところから、今度は一歩で侯爵に距離を詰めると、長太刀を横に一振り。侯爵の首を本気で刈り取るんじゃなかろうかという勢いで振り抜いた。
ソングライン侯はその太刀を、体を後ろに大きく反って避けた。少将もそうだが、反射神経と身体能力がイカれている。
侯爵は攻撃を避けた勢いで後ろに飛び、それと同時に魔法を唱えた。
魔法陣が現れると、その中から竜巻が現れた。
「おいおいおい! こんなのアリかよ! 」
「あらあら? 魔法を使わないだなんて、一言も言ってないわよ。」
いやいや、こっちは使えないんだぞ? 容赦なさすぎるだろ。
竜巻はかなり大きく、メイデン少将は避けきれなかった。
「うおお! 」
彼は巻き上げられてしまい、空を飛んでしまった。
「隙ありよ! 」
空中の少将めがけて、侯爵は攻撃を繰り返す。
だが、メイデン少将は上手く避けた。身をするりと翻したり、太刀で受けたり。
そのうち竜巻から外れた少将の体は地面に落ちて、彼は着地した。
ソングライン侯も、フワリと地面に降りてきた。
「やっぱり魔法は私しか使えないし、アンフェアかしらね。いいわ、魔法は使わないようにしてあげましょう。もともと、体を動かすのが目的だしね。」
そう言うや否や、侯爵はこちらへと突っ込んできた。
さっきよりも速度が増している。とてもドレスを着ているとは思えない機動性だ。
侯爵は何で出来ているのか分からない、やたらと丈夫な日傘で、メイデン少将に乱打を叩き込んでいく。
「くっ! 激しい……。」
あんなに手数で押されてしまうと、長太刀は不利だ。メイデン少将の背の丈ほどもある太刀では、小回りが利かないのだ。
どんどん少将は後ろに下がらされていく。
「くぅ! 」
ついに一撃が少将の左肩に入ってしまった。浅めだったが、少将の体は後ろに飛ばされてしまった。
ソングライン候はフワフワと浮いている。
「そんなもんなの? 公国の将官は。」
彼女は日傘で自分の肩をポンポン叩いている。
メイデン少将はすぐに起き上がった。
「まだまだ、これからですよ。」
彼にも火がついたようだ。
メイデン少将は駆け込むと、また長太刀を横薙ぎ。だが侯爵は後ろに飛んで避けた。いくらリーチが長いといっても、飛んでしまうソングライン候には当たらない。
と、その瞬間だった。メイデン少将は長太刀の真ん中あたりを持った。突然何をするのかと、見ていると、そこからど手元側の方を引っ張りはじめた。
すると、手元側と切先側が離れてしまった。
「なんだあれは! 」
あれよあれよと言う間に、長太刀は二本の太刀に変わってしまったのだ!
これには侯爵も驚いたよう。
「ほほう、それは興味深いわね。」
あれがメイデン少将の専用武器か。どういう仕掛けなのかは分からないが、長太刀から双剣に変わってしまった。
リーチと小回り。共存し得ないはずの二つの長所を併せ持った武器だ。
「これなら侯爵に一泡吹かせられるんじゃないですか! 」
自分が戦わずに済んだ兵士くんは調子がいい。
メイデン少将の双剣に一番興味を持っていたのは、ソングライン侯だった。
「それで、あなたはさっきよりも強くなったのかしら? 」
「やってみれば分かることです。」
「明日筋肉痛になるくらいには運動させてちょうだいね! 」
侯爵は再び凄い勢いでメイデン少将に迫っていった。




