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四十三話

 婦人は鋭く、だけど静かに僕の目を覗き込んできた。


「え、なぜにそうお思いで? 」


「舐めてもらっては困るわよ。私はこの町のことならなんでも知ってるの。あなたが探してる機械がこの町に運ばれてきたことも、それを求めてホルンメランの人間が何人かやってきてることも。」


この婦人、最初から全て見抜いたうえで僕を屋敷に招き入れたのか。


 婦人はまたコーヒーをすすった。


「だけどまあ、私があなたをどうこうしたりはしないわ。そんな動機ないもの。」


「あなたは、何者です? 」


恐る恐る聞いてみた。


「あら、私のことを知らないのかしら。」


 そんなこと言われたって、僕は婦人のことを全く知らなかった。


「わたし、名をマリー・フラン・ソングラインというの。これでも一応はこの国の侯爵よ。」


侯爵? ワイド伯よりも高位の貴族じゃないか。とんでもない人に話しかけてしまったものだ。


「はあ、ソングライン侯爵ですか。でも侯爵家がどうしてニフラインに? 」


「ここは自治都市よ。勘違いされがちだけど、ニフラインには支配されていないの。そして私はこの都市の商人たちのまとめ役兼監査役。だから安心してちょうだい。あなたをニフラインに引き渡したりはしないから。」


いまいち信用できないが、嘘はついていないようだ。


「ホルンメランと本国がニフラインに侵攻を開始したっていう話は、わたくしも聞き及んでいるのだけれどね。けれどあなた、軍人じゃないでしょ? 」


「え、どうしてわかるんです? 」


軍服はもちろん着てはいないが、それだけで軍人でないことなんてわからないはずだ。


「そんなにヒョロヒョロな軍人見たことないもの。」


ああ、悲しいが納得してしまう。


 ただ、ソングライン侯爵は貴族であることを差し引いても、ただならぬ気配を漂わせていた。


 ソングライン候は金髪ストレートを座った腿のあたりまで垂らしていた。紅い瞳が大きく二つ並んでいるから、人形が目の前に座っているようだった。


「貴女は、何者? 」


思わず尋ねてしまった。


「だから言ったでしょ。商人街に住み着いている変わり者の貴族よ。」


「いや、そうではなく……。」


彼女は困った表情をしていたが、そのあとで納得したらしい顔をした。


「あらら、あなたも結構鋭いのね。」


 ソングライン候は不気味な笑みを浮かべた。彼女は目を瞑ると、何かを唱えた。


「おわ! 」


目を疑った。


 ソングライン候の背中に一対の翼が生えたのだ。悪魔のような翼だ。


「なんだなんだ! 」


「驚かないでちょうだい。あなただって魔族を見たことがないわけじゃないでしょ? 」


「魔族? いや、たしかに人でないならそうとしか……。」


「ウフフ、混乱してるわね。可愛いわ。」


よく見れば、彼女の頭には水牛のような角も生えていた。


 僕の様子を見て、ソングライン候はご機嫌だった。


「種明かししてあげましょう。私、この見た目通りの悪魔なの。でも勘違いしないでね。何も悪いことはしてないわ。」


見た目は本当にどストレートな悪魔なのだが。


 侯爵は身の上話を始めた。


「私の家はね。代々悪魔だけど、貴族だったの。元々は人間のフリをして爵位を賜ったのだけれど、途中でバレちゃったみたいなのよ。」


「え! それでも大丈夫だったんですか? 」


「ええ。さっきも言ったように、私も一族も悪いことは何もしてないわ。」


「あれ? 経歴詐称もなかなかの罪じゃないです? 」


「まあそのせいでこんな辺境の町に飛ばされたのよ。」


「それだけでよく許してもらえましたね。」


「そこはご先祖さまの人徳でどうにかなったらしいわ。」


悪魔の人徳とは一体?


 ともかく、この侯爵は僕に敵意があるわけではないようだ。


「あなたの護衛さんも呼んだ方がいいかしらね。」


「呼ぶって言ったって、どうするんですか? 」


「簡単よ。まあ見てなさい。」


侯爵はまた目を瞑って何やら念じ始めた。


 しだいに侯爵の周りに魔法陣が現れた。魔法陣はどんどん大きくなっていくと、発散してしまった。


「あれ、何も起きませんけど。」


「あなたには何もしていないもの。」


また彼女はカップに口をつけた。


 そのあとは、ソングライン候はまた何事もなかったように、雑談を始めてしまった。


「あなたもコーヒー飲んだら? 冷めちゃうわよ。」


促されたので、コーヒーに口をつけた。


 貴族の出すコーヒーはやはりいい豆を使っているらしく、美味しい。


「しばらくかかるだろうから、くつろぎなさい。」


「ニフラインにいちゃ、くつろぐなんて……。」


「言ったじゃない。ここはニフラインの中にあるけれど、ニフラインではない。ワイドくんだって、ここには手を出せないわ。」


実質、目の前にいるソングライン候がこの町の首長ということか。


 不意に、鐘が鳴った。


「あら、わりかし早かったじゃない。お迎えよ。」


来客のインターホン代わりの鐘か。規模がいちいち大きいな。


 しばらく待つと、この部屋がノックされた。


「いいわよ。」


と、侯爵が返事すると、扉が開かれた。


 扉を開けたのは、屋敷の使用人。ただ、後ろには人がいた。


「こんなところにおったのか、君は。」


メイデン少将だった。彼は息を切らしている。


「全く! 軽率だぞ! 」


 彼をみて、侯爵は笑っていた。


「まあまあ、軍人さん。怒らないであげて。」


「な! 私が軍人だと分かるのですか? 」


「もちろん知っているわよ、チャロッサ・メイデン少将。」


「へ、へえ……。」


 自分が知られていたので、メイデン少将は嬉しそうだ。どうして知られているのか、気にはならないのかよ。


「あと二人ももうすぐ到着するはずよ。」


 侯爵の言葉通り、ライアンくんと兵士くんも、ほどなくして屋敷に到着した。


 元いた四人が集合できたのは良かったが、状況はややこしい。


「それで、結局はどういうことなんですか? 」


「この人がこの町のボスってところかな。」


「かなり大雑把だけれど、今はそんなところで構わないわ。」


 侯爵は再び三人に向かって自己紹介をした。


「魔族の貴族とは……噂には聞いておりましたが。」


「まさかこの町にいらっしゃったとは。」


 コーヒーもあと三杯が運ばれてきて、三人の前に並べられた。


「こんなにゆっくりしていて大丈夫なんですかね? 」


「大丈夫よ、マーベルくん。ニフラインの軍なんて、ここには来ないから。」


「え、どうして僕の名前を? 」


「私に隠し事なんてできないわ。あなたたちが誰で、どこから来たのかも全て知ってるわ。」


さっきもメイデン少将の名前を知っていたな。


 ライアンくんは呆然としていた。


「そんなに不思議? 私は悪魔よ。そのくらいのことはできるわ。」


 ハナから僕たちのことを把握したうえで、町に入れたのか。


「こんなゆっくりしていてはマズい。早く軍に戻らなければ! 」


 コーヒーをすすっていたメイデン少将は突然我に帰った。


「大丈夫よ。ホルンメランの軍は問題なく進軍を続けているわ。」


「どうしてそんなことが分かるのです! 」


「あなたたちのことだって知れたもの。ホルンメラン分団の動向なんて容易く分かるわよ。」


さっきから常軌を逸している人だ。


 遥か遠く離れた場所のことを見聞きすることができるなど、信じられない。


「不思議そうな顔をしているわね。」


「そりゃまあ。」


「ただの魔法よ。貴方たち人間には馴染みがないでしょうがね。」


またまた魔法だよ。この世界で不思議なことは全部魔法で片付くんじゃないだろうか?


 だが、その魔法はズルくないか? 遠くのことまで全て知ることができるのは。


「『千里眼』と『地獄耳』の魔法よ。まあ大体シャラパナ全域のことならなんでも知れるわ。」


「それじゃあ戦況ももちろん? 」


「ええ。ホルンメランは問題なく進んでるみたいよ。シャラトーゼ本団は……うーん。思わしくないみたいね。どうにか前には進んでるみたいだけど。」


あらら、本団はやっぱり厳しいみたいだ。


 とにかくホルンメラン分団の状況はいい感じのようで、一安心。


「しかし、だからといって長居をするわけにもいきませんな。戦列を離れてしまっているのは事実なので。本題に入っていただきたい。」


「そうだったわね。じゃあ例のものを。」


ソングライン候は手を叩いた。


 また扉がノックされた。侯爵の合図で扉が開くと、今度はメイドが四人がかりで荷台を引いていた。


「おお、本当に! 」


荷台には、僕たちの配合マシンが載っていた。


 









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