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木津ヒイラギと木津シヤ

次話タイトルは『帰り道の途中で』

「沙十美?」

「……な、つぐみ? 何であなたがこんなところに?」


 彼女達の周りには文房具、ノート、ファイルなどが散乱している。

 先程の音の正体は、この子のスクールバッグがひっくり返ってしまったときの音のようだ。

 この紺色のバッグと、彼女の制服は私立中学の多木ノ(たきの)中学校のものだ。


(確か多木ノ中の偏差値、すごく高かった気がする。優秀な子だね)


 とりあえず落ちていた物をつぐみは拾い始める。

 一方の少女は少年に支えられ、ようやく立ち上がったところだ。

 ノートもファイルも女の子らしからぬ飾り気のない、よく言えばシンプルなものばかり。

 筆箱は黒いプラスチックケース製で、落とした衝撃のためにふたの部分が割れかかっていた。


「ありがとうございます」


 少年がつぐみに礼を言い、少女のバッグを拾い上げながら手を差し出してきた。

 切れ長のすっとした目元。

 少年とは思えない落ち着いた所作は、つぐみより年下には見えない雰囲気を(まと)っている。

 そんな彼の制服は伊織(いおり)高校のものだ。


(わぁ、二人とも優秀な学校の子達だ。二人に共通する目元からみたところ、兄妹かな?)


 つぐみがそう思いながら持っていたノートなどを返すために、彼の方へ向かう。


「何なのよ! こんなところにつぐみがいるし。変な子達に絡まれるし。……一体、何なのよ?」


 そう呟きながら、沙十美はつぐみ達に背を向けると駆け出していく。

 追いかけなければとは思うのだが、両手に抱えたこの品々を放り出すわけにもいかない。

 おろおろしていると「痛っ!」と小さな声で少女が言った後に、しゃがみこむのが見えた。


「大丈夫?」


 落とさないように持っていた荷物を両腕で抱えながら、つぐみは彼女の方に足早に向かう。

 同時に左腕の内側にちくりとした痛みをつぐみは感じ、ちらりと腕を見る。

 強く持った衝撃で割れかけだった筆箱が割れてしまい、肌に刺さってしまっていた。


「こ、壊しちゃった! じゃないわ、大丈夫? どこが痛いの? 私は腕が痛いわ!」


 支離滅裂(しりめつれつ)にしゃべり続けるつぐみを、二人は黙って見つめる。

 その反応にあせったつぐみは、何とかこの空気を変えようと言葉を続ける。


「そうだね! 知らない人に話しかけられたら驚くね! えーと、私は冬野つぐみといいます。あなたはシヤちゃんよね? 君の名前は?」


 その言葉に少女は黙りこくり、下を向いてしまう。

 一方の少年は彼女の名前に触れた途端に、険しい表情になる。


「……なんで! なんであんたがシヤの名前を知っているっ!」


 先程までの涼やかな表情から一変し、彼は強い怒りを込めてつぐみを睨みつけてきた。

 突然の彼の豹変(ひょうへん)に驚きながら、つぐみは答える。


「ご、ごめんね。拾ったノートの表紙に名前が書いているのが見えたから。……ごめんなさい」 

「お兄ちゃん、つぐみさんは悪くないよ? 驚かせたのはこちらの方です」


 優しい声と視線がつぐみへと向けられる。 


「改めて紹介させてください。私は木津(きづ)シヤです。そしてこちらが私の兄の……」

「……木津ヒイラギ。悪かった、変に疑って」


 目は合わない。

 だが反省している雰囲気は、彼から充分に伝わってくる。

 思わずほっとして、つぐみは小さく息を吐くと問いかけた。


「どうして、こんなことになっていたの?」


 シヤがつぐみを見上げ口を開く。


「……お姉さんのピアスが、とても綺麗だなって思って。どこで売っているのか知りたくて話しかけたのです。でも突然で驚かせたみたいで、お姉さんを怒らせてしまって」

「なんだ、そうだったの。それならシヤちゃんは何も悪くないからね!」


 元気づけようとつぐみは彼女に向かって、グッと親指を立ててにっこりと笑った。

 腕にプラスチックの割れた筆箱を、抱えているのを忘れたままで。

 更に破片が彼女の腕に刺さっていく。

 新たに目の隅に出てきた涙を拭わずに、つぐみは話を続けるよう促していく。


「その前に。お兄ちゃん、つぐみさんから荷物を預かって。ちょっと我慢して下さいね」


 シヤは自身のポケットからハンカチを取り出すと、つぐみの腕に優しく巻いていく。


「だ、だめだよ。汚れちゃう!」

「いえ、私が筆箱を落としたのが原因ですから。これで服が汚れないといいのですが」


 ハンカチをしばった後に、結び目を確認するためにシヤの指先が直接、つぐみの肌に触れた。

 直後、感電したような痛みが走り、反射的につぐみは顔をしかめてしまった。


「あ、ごめんなさい。傷に触れてしまいました?」

「大丈夫。お話を続けてくれる?」

「それでお姉さんの髪に糸が絡まっているのが見えたので、つい取ろうとしたら何かされると思ったみたいで。私、突き飛ばされちゃって。」

「そうか。つまり沙十美の誤解だね。痛むところはない?」

「少しお尻が痛いくらいですね」


 笑みを浮かべて見つめてくる姿に、つぐみも思わずつられて笑ってしまう。


 けれど、少しだけ。

 今の会話の中につぐみは、ほんの少しだけ違和感を覚えた。

 聞くべきかどうか悩み、上を見れば空はオレンジと藍の色が競い合っている。

 こんな時間まで中学生の子を連れているのはさすがに良くない。


「そろそろ帰った方がいいね。お家はこの近くかしら?」

「いえ。私達の家は、ここの次の駅の長根町です」

「あ~、残念。うちとは反対側の駅だね。じゃあ多木ノ駅まで一緒に行こうか?」

「はい、お願いします。お兄ちゃんいいよね?」


 ヒイラギは、うなずくと先に歩き出していく。

 話しながらだと着くのも早い。

 程なく駅が見えてくると、つぐみはシヤへと問いかける。


「シヤちゃん、沙十美のピアスが気になったのだよね?」

「はい、そうですけど?」

「……さっきの鞄の中を見ても、すごくシンプルな装飾が好きみたいだね。スクールバッグも何も飾っていないし。私の近所にも多木ノ中の子がいるけど、みんなシュシュとか、小さなチャームを着けていたりしているんだ」


 シヤが歩みを止める。

 ヒイラギは先を歩いていて、二人が止まったことに気づいていない。


「だから、何でシヤちゃんがそんなにピアスを欲しがるのかが。すごい違和感があるというか、どうしてかなって思ったの」


 シヤは何も言わない。

 下を向き、右耳に手を当てたままじっとしている。

 まるで、誰かの指示でも聞いているかのように。


「シヤちゃん?」


 ふぅ、とシヤはため息をついた。


「……ごめんなさい、嘘をつきました。ピアスが欲しいのは私ではありません。いとこのお姉ちゃんがいるのですが、その人にあげたくて」

「え? そ、そうなの」

「おーい、シヤ!」


 ヒイラギがスマホを手に、こちらに向かい戻ってくる。


「驚かすなよ! 振り返ったら誰もいねぇし。それはともかく。あいつが迎えに来るって。この駅の近くにいるらしいぞ」

「あら。でも私達は大丈夫だから、つぐみさんを送ってもらった方がいいと思うわ」

「え? 私、知らない人の車に乗るのは」

「大丈夫です。きっと、問題ないです」


 ヒイラギのスマホが鳴り、慌てて彼はターミナルの方へと走っていく。

 どうやらその迎えが来たようだ。

 ヒイラギと並んでやってきた人物を見たつぐみは、シヤの言葉の意味を理解する。

 夕方の空に一足早く来た夜のような、漆黒の髪を揺らして現れた人。

 いたずらをたくらんでいる子供の様な笑みをたたえ、人出品子がつぐみへと口を開く。


「よぅ、冬野君! 半日ぶりだなぁ!」

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