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木津ヒイラギは走る

次話タイトルは『誘拐犯とドーナツを』

 心を落ち着かせるため、ヒイラギはいつもより強めに目を閉じて集中する。

 見えた道。

 発動はいつも通りに出来ている。

 それなのに、気が焦って仕方がないのだ。

 指定の場所へは、二分もすればたどり着ける。

 絡まりそうな足と悪い考えを必死に振り払いながら、細い路地を走り続ける。

 そんな彼の目に、見覚えのある後ろ姿が映った。

 五十メートル程前を、つぐみが操り人形のような動きでゆるゆると歩いていく。


「おい! あんた!」


 叫びながら、手を伸ばす。

 あと二十メートル程だ。

 広まったところに出たので、ヒイラギは速度を上げる。

 つぐみは振り返らないが、かまわずヒイラギは強く足に力を込めて、前に踏み出した。


 ――はずだった。


「え?」


 足が、先へと進まない。

 壁のようなものがあるわけでもなく、ただ足が一歩も動けなくなってしまうのだ。

 それなのに目の前のつぐみは、小さな扉のある家へと向かって歩いて行く。


「駄目だ。戻って来い! おい!」


 ヒイラギは声の限り叫ぶ。

 だが、彼の願いは彼女には届かない。

 つぐみが扉を開いたその先。

 わずかに見える隙間から、雑貨らしき商品があるのが見える。

 操り人形のような動きで、つぐみは店の中へと入っていく。


「行くな! 嫌だ、嫌だっ! ……冬野ぉっ!」


 名前を呼んだ時、つぐみの動きが止まった。

 さび付いたロボットのような緩慢(かんまん)な動きで、彼女は首だけをこちらに向ける。


「ひい、ら……」


 ヒイラギの目にはそう口を動かすつぐみが見える。

 目が、合っていた気がする。

 とても苦しそうな顔をして。

 だが扉は、どんどんつぐみの姿を隠すかのように閉まっていく。

 ついには扉が閉まり、彼女はヒイラギの前から完全に姿を消した。


「あっ、……うわぁぁぁぁ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。こんなの嫌だぁっ!」


 声の限りヒイラギは叫ぶ。

 自分の声がうるさい。

 それなのに口から音が勝手に(あふ)れていく。

 苦しい、喉がちぎれそうな痛みを訴えてくる。


「……ギ! ヒイラギ! 落ち着け! 落ち着くんだ!」


 遠くで誰かが自分を呼び、揺さぶりながら叫んでいるのが聞こえる。

 だが彼は、自身の声を止めることが出来ない。

 直後、「ゴシャッ」という音が響き、ヒイラギの頭に痛みが走った。

 本能的にヒイラギの手が頭へと動いていく。

 一番、痛い場所である額に触れた途端、再び激痛が走り思わずヒイラギは叫ぶ。


「痛った! 痛い! 何だよこれっ!」


 それと共に意識が徐々に自分に戻ってくる感覚。

 自身を取り戻した彼の目に映ったのは、間近にある品子の顔。

 彼女の額は赤く腫れており、その両手はヒイラギの肩を強く掴んでいる。

 そこでヒイラギは、品子が自分に頭突きをしたのだと気付く。


「あ、俺……?」

「やっと落ち着いたか、馬鹿者が。……惟之が全部みていた。何も話さなくていい」


 ヒイラギを道路の端に座らせ、品子は店の方へと歩いていく。

 先程のヒイラギが進めなかった場所まで行くと、彼女の足は止まる。

 品子はポケットからハンカチを出すと、店の方向へと投げた。

 ハンカチは、ぽとりと数十センチ先で落ちる。


「物質は通り抜け、発動者のみが通れないということか。……ヒイラギ。車へ戻るぞ」


 それだけ言うと、ヒイラギの手を握ったままで歩いていく。


「惟之が本部に協力要請を出している。今頃、返事も来ているだろう」


 ヒイラギの手をぐっと強く握り、品子は呟く。


「……さてと。お姫様救出大作戦といきますかね」

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