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冬野つぐみと人出品子の場合

次話タイトルは『人出品子は懐う』

 翌朝、目を覚ましたつぐみはスマホを手に取り画面を見る。

 沙十美のスマホから、友人用のグループトークに連絡が入っていた。


「心配かけてごめんなさい。子供じゃないのに手足口病になってしまいました。症状としては口の中と足の発疹。母が駆けつけてくれているので、ご飯などの心配はありません」


 そのまま画面をスクロールしていく。


「発疹が引くまでは学校をお休みします。口が痛くてお話は出来ないけど、グループトークや個別のメッセージには喜んで対応するよ! みんなもお大事にね」


 その後のグループトークには、沙十美に対する見舞いメッセージが続く。

 つぐみもグループの方には「痛いの大変だ! お大事に」と無難な文章を入れる。

 引っ込み思案のつぐみには、こちらのグループのトークに入るのはやはり難しい。

 沙十美の個別のメッセージの画面に移り送信をする。


「手足口病ってそんなに大変なのね。手ってことはスマホ持つのも大変なのかな?」


 数分後に返信が来た。


「痛いよ~。だからスマホはベッドに置いて打っているよ」


 つぐみも返事を送る。


「あの時に会った二人の子だけど、沙十美のことを心配していたよ」

「私、あの女の子に酷いことしてしまったわ。急に突き飛ばしてしまったの」

「シヤちゃん全然、気にしてなかったよ。それでね。彼女に私、ハンカチをプレゼントしたいの。元気になったら、一緒に買いに行かない?」

「いいわよ! 私も彼女に謝らなきゃいけないからね。でも恥ずかしいから、発疹がなくなるまでは外に出たくないの。それまで待てるかしら?」

「大丈夫だよ。無理しないでゆっくり治して」


 つぐみはスマホを机に置き、しばし考えをまとめる。

 朝食を食べ終わり、一段落したところで再びグループラインの方を覗く。

 話題は、お気に入りのアクセサリーの話になっているようだ。

 沙十美が女性陣に、おすすめのお店を聞いていた。

 皆それぞれに、お気に入りのお店と商品を嬉しそうに答えている。

 その様子を眺めながら、つぐみは再び個人メッセージを沙十美に送った。


「皆におすすめのアクセサリーを聞いていたね。やっぱり一緒に買った、あのお揃いのブレスレットは色違いでよかったよね」


 返事は来るだろうかと思いながら待つ。

 先程よりは時間が掛かったが、返信が来た。


「そうね。ところでつぐみは、ファランジリングに興味はあるかしら? 今度、買おうかと思っているのよ。それもお揃いにしたいわね」


 返信を読んでいるつぐみのスマホの画面が、じわりとぼやけていく。

 首をふるふると振るい、顔を洗いに洗面台へ向かい鏡を見つめる。

 以前、沙十美と喧嘩をしてしまった時と同じような顔。

 鏡の向こうからの自分。

 互いを見つめた後、目を合わせるのを避ける様に視線を外す。


 こんな状態で学校に行くべきだろうか。

 いや、何があっても今(・)日(・)は(・)行かなければいけないのだ。

 目を閉じて今、すべきことを考える。

 そして出た答えをまとめ、その為の準備を終えるとつぐみは学校へ向かった。


 学校はいつも通りだった。

 有達のグループで、沙十美の手足口病の話題が少し出ていたくらいだ。

 つぐみもいつも通りに講義を受けた後、別棟にある教員の研究室へと向かう。

 目的の部屋の前に着くと息を整え、ノックをする。


「はーい、どうぞー」


 いつも通りの間延びした声が聞こえたのを確認して、部屋へ入る。


「よっ、冬野君。今朝は電話をありがとうな。わざわざ容器を取りに来てくれるなんて悪いね」


 品子は機嫌よさそうに、棚にある本を片付けていた。


「ほい、ご馳走様~。いや~。茄子の染み具合が、私の心にもがっちり沁みたね。冬野君はそこのところを、実によくわかっている!」


 嬉しそうに空の容器をつぐみに渡すと、再び机の方へと戻っていく。


「それで、何か相談があるらしいけど?」

「……はい。でも先生の作業を邪魔してもいけないので、手短に済ませるようにしますね」

「悪いな。こちらの作業を続けさせてもらってもいいかな?」

「はい、お話が出来ればいいので。そのままで大丈夫です」


「すまない」と品子は言ってから、つぐみに椅子に座るように促した。

 つぐみが着席したのを確認すると、そのまま正面にある机に向かい書き物を始める。

 ちらりとつぐみを見ると、戸惑い気味に品子は口を開いた。


「学校だと、言いづらいことかい? 今日は、この後なら空いているから」

「いえ、こちらで大丈夫です」

「そうかい? あぁ、そういえば千堂君。あの時、病院に行っていたみたいだな。しばらく休むと学校に連絡が来ていた」

「はい、私もグループメッセージで見ました」

「早く回復するといいね」

「……」

「ん? 冬野君? 具合でも悪いのか? 保健室に連絡しようか?」

「先生。どうして……」

 うつむき話をしなくなったつぐみを心配して、品子は彼女のそばへと向かってくる。


「冬野君?」


 品子が近づいてきた。

 下を向いているつぐみの目に、品子の靴が映る。

 そばに来たのを確認したつぐみは、おもむろに顔を上げた。

 突然に顔を上げる様子に品子は少し驚き、その後、不思議そうな顔をする。


 今だ!

 つぐみはそう思い問いかける。

 近くで品子の表情を見逃さないように。


「……先生、どうして先生が沙十美の携帯を持っているのですか?」


 品子は。

 その表情は最初に驚き。

 次いで笑う。

 品子は笑っていた。


「……お見事、私の二敗目だ」


◇◇◇◇◇


「さて、どうして私が千堂君の携帯を持っていると思ったんだい?」


 品子は再び机に向かうと椅子に座るではなく、そのまま机に「よっ」と声を出し腰掛ける。

 悠然(ゆうぜん)と足を組み、片足をゆらゆらと動かしながら品子はつぐみを見つめた。

 緊張を抱えながら、つぐみは口を開く。


「……グループメッセージを読んだとき、不思議に思いました。声が出せない。これは声が出ることを避けたいように見えるのです。さらに手足口病は感染する病気です。彼女の家に行くのは躊躇(ちゅうちょ)するし、お母さんも来ているというから看病する人がいるという安心もある。皆も家にお見舞いに行くと言い出すこともない」

「それで?」


 短く、いつもより低めの品子の声につぐみは動揺する。

 だがまだだ。自分の知りたいことは何一つ分かっていない。


「沙十美ではないかもしれない、という疑念を持ちました。だから個別のメッセージで、まず二人にしかわからないことを送ろうと私は、シヤちゃんの件を入れました」

「そして私は千堂君になりすまし返事をした。変な所はなかったはずだがなぁ?」

「……いいえ、ハンカチです」

「ハンカチ? でもそれは、君が言っていた話じゃないか?」

「はい。でも沙十美がいなくなった後に、私が怪我をしてシヤちゃんからハンカチを巻いてもらっています。だから急にハンカチの話が出たら」

「彼女が本物なら『ハンカチって何?』って聞いてくるはずだと」

「そうです。さらにその後に送った、ブレスレットのメッセージ」


 つぐみの左手首で、静かに揺れる流れ星に触れながら言葉を続けていく。


「これは彼女のお気に入りのお店で、買ってきてくれたものです。お揃いの色の、アンティークゴールドのものを二つ」

「……なるほど。ずいぶんと変わった文章だとは思ったんだ。『色違いでよかったよね』。この言葉、どっちの意味でも受け取れるからさ。だからあやふやな返答を送ってしまった。そこで怪しさ確定ってわけか」

「ハンカチの件を知っているのはシヤちゃん、ヒイラギ君、そして……」

「私、だね」

「はい。大学の皆とのグループラインで、普通に学校の話に対応が出来ている。よって彼ら二人ではないと判断しました」


 机からするりと下りた品子は、つぐみの方にやって来る。


「千堂君のスマホのことを聞く時にさ。こうやって君の近くに来させたのはやっぱり作戦?」

「作戦ではないです。でも何か驚かせてから沙十美の話を聞こうと考えました。とっさの時って、表情に嘘か本当か出やすいから」


 品子は目を閉じると、すっと手を上に上げる。


「うっはぁ、参った参った、降参だね」


 両手を万歳のように挙げて言った後、再び目を開けて真顔になり品子は問う。


「さて、これから私をどうする? 警察にでも連絡する? ……それとも、私が君をどうかしてしまおうか?」


 品子はつぐみの前に立つと、ぐっと顔を覗き込みにやりと笑ってくる。

その姿は、いつもの彼女とは全く違うものだ。


「……それは、難しいと思います」

「どうして? ここには私と君しかいない。私がその気になれば、誰にも見られることなく君を別の場所に運ぶことだって出来るよ?」


 品子は、つぐみの手首をおもむろに掴み強引に引っ張り上げた。

 急なことに抗えず、握られた手首の痛みに顔をゆがませながらつぐみは立ち上がる。

 座っていた椅子が、大きな音を立てて倒れた。

 その物音にも動じることなく、品子は黙ってつぐみを見ている。

 その冷たい眼差しを受けるのに耐えられず、つぐみは目を閉じた。


 ごめん沙十美、やっぱり駄目だった。

 このまま私も、沙十美のように行方不明になるのだろうか?

 ……いや! 彼女に何があったかは分からないし、それを知るために私はここにいる!

 ここで後悔しても遅い。

 だったら、私はもがいてやる! どれだけ見苦しかろうが、最後まであがいてやる!


 生まれたのは強い決意。

 思いきり歯を食いしばった後、つぐみは目を開く。

 その思いをもって、強く品子を見つめ返す。


「私は! 総務部で先生の研究室の場所を知らないから、教えて欲しいと聞いてからここに来ました。それも、栗生さんに聞いています!」

「……へぇ」

「だからこのまま私が行方不明になったら、まず先生が疑われます。先日の件もあり、栗生さんは私のこともしっかり覚えていました!」


 品子は変わることなく、つぐみを冷たい目で見つめ続けている。

 ありったけの勇気を出し、そらすことなくつぐみはしっかりと見つめ返した。


「……全くもってすごいね。推理と話術だけでここまでたどり着き、答えを完成させた。さらに保険までもしっかりかけて」


 品子の手の力がゆるみ、つぐみは解放される。

 そのまま崩れ落ちるように、床にへたり込んでしまう。

 逃げるなら今だ。

 このまま部屋から出て、大声で助けを求めればいい。

 そうは思うのだが、動揺が今になってつぐみの体を駆け巡り、力が全く入らない。


(どうしよう。ここで大声を出せば、誰かに聞こえるだろうか?)


 握られていた手首をなでながら、つぐみはこの後のことを考える。

 そんな時に品子から掛けられたのは、あまりに意外な言葉だった。


「……いまさら信じてもらえないだろうが。千堂君の行方は、私には分からないんだ」


 言葉と共に、品子がつぐみへと手を差し出してくる。

 反射的に体をびくりとさせたつぐみに、品子はあわてて手を戻しかけた。

 その時に見えた品子の表情、それは。


「……先生、手を貸していただけますか? 私、驚きすぎて足に力が入らなくって」


 泣きだしてしまいそうだった。

 つぐみも、……さきほど見た品子の顔もだ。

 再び差し出されたその手を握り、つぐみが立ち上がるのを見て品子はぽつりと言う。


「許してほしいというつもりは無い。いや、私にこの言葉を言う権利はない」


 品子は自分の手のひらをじっと見つめた後、倒れていた椅子を戻しつぐみに座るよう促す。

 そうして自分の机に戻ると、中から一台のスマホを取り出しつぐみに差し出してきた。

 見覚えのある沙十美のスマホに、つぐみは息をのむ。


「先生、これは!」

「冬野君。私が話そうとしていることは君にとって、冗談ではなく人生を変えてしまうことになるかもしれない」


 品子は再び自分の席に座ると、机の上で指を組み顔に近づける。


「……いや、このまま今日のことは全て忘れて。明日からまたいつもの一日を過ごすことを、私は勧める」


 うつむいたまま語り続ける品子の表情は、つぐみからはうかがうことは出来ない。


「千堂君のことが心配なのは承知している。だからこそ君はここに来た。君みたいに優しい子には、相当な勇気が必要だったことだろう。それも踏まえてだ」


 品子は再び顔を上げる。

 一瞬だけ目が合ったが、品子は唇をぐっと噛みしめるとつぐみから目をそらしてしまう。


「今日は帰りなさい。明日、『普通』の一日を過ごしてからここにおいで。それから、君の答えを聞かせておくれ」


 聞きたい事は沢山ある。

 だが品子は様子をみて、今のつぐみには無理なのだと判断したのだろう。

 これは品子の優しさだ、そう気づいたつぐみは小さくうなずく。


「明日、君が来るまでは私は逃げも隠れもしないよ。ただ千堂君のスマホは置いて行ってくれないか。他の者への返信を、君がやってくれるというのなら話は別だが」

「む、無理です。というか今までは、やっぱり先生がやっていたと?」

「あ~、大変だったね。彼女の履歴やら文調やら各個人のトーク履歴やら読みあさってさ、本っ当に大変だったな~」


 さらりと棒読みで言っているが、それはものすごい労力を必要とするものだ。


「せ、先生がそのスマホを入手したのって、そんなに早い時期ではないはずですよね? それであの短時間で皆の特徴を掴んで、各々に返信している。それって……」

「まぁ、それは『企業秘密』ってやつで。さて、子供は帰る時間ですよ~。また明日、来てくださいな~」


 満面の笑みで、品子はつぐみを廊下に押し出す。

 つぐみの背中を最後にポンと叩いて、品子はドアを閉めようとする。

 だがつぐみにはまだ、言えていないことがあるのだ。


「先生。先生が、苦しさを吐き出せるところはありますか?」

「ん~、何だい? 突然だねぇ」

「先生の他に何人かの人がいて、そのスマホが先生の手に渡っているのだと思います。その人達とでもいいので話とか、いろんなものを抱え込まずに……」


 先程の短い時間、本当にふとした瞬間にも。

 品子はとても辛そうだったのだ。

 それを一人で抱えて、納めようとしているように見えるのだ。

 だからどうか無理をしないでほしい。

 そう願うつぐみの額にとん、と品子の指先が触れた。

 次の瞬間、品子の後ろから風が吹き、つぐみの髪を後ろへとさらさらと揺らした。

 どうして風が? と思っていると、品子がつぐみへとささやく。


「さぁ、早く帰らないと。遅くなってはいけないよ」


 ――本当だ、さすがに長居しすぎたようだ。早く帰らないと。早く帰らないと!


「すみませんでした。では失礼します」


 つぐみは一礼すると、それを見届けた品子がドアを閉める。

 廊下を歩きながらつぐみは考える。

 明日、自分はどんな答えを品子に出すのだろうと。

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