騒動が終わって
6月5日金曜日。
緊急事態宣言が解除された翌週末。
俺は、会社でチームを組んでいる3人と居酒屋に来ていた。
納期終了後のささやかな打ち上げだ。
選んだ店は、完璧なコロナ対策をアピールしている店。
テーブルの中央にはアクリル板が置かれ、6人掛けの席に4人が座るシステムになっている。
距離が離れているため、何となく話ずらくはあるが、なにせ久々の飲み会。
俺達4人は、飲んで食べて話して、大いに楽しんだ。
そして、打ち上げ開始から1時間後。
少し顔が赤くなった後輩女子が、俺に尋ねた。
「そういえば、工藤さん。お姉さん夫婦が腸炎で入院した件、大丈夫だったんですか?」
(コロナとは言わず、腸炎で入院、ということにしていた)
「ああ。うん。お陰様で、2人とも退院して、今は普通に生活しているらしい」
先輩男子が同情するような目で俺を見た。
「お前も大変だったよな。
義理の実家に預けたくないから、って、理由で、いきなり5歳の女の子を押し付けられた挙句、人の家に住むことになるなんてさ。
聞いた時、お前んとこの家族は鬼だな、って、思ったよ」
俺は、げんなりして同意した。
「いや、ホント、鬼ですよ。熊本からお姑さんが来るまで、滅茶苦茶大変でした。
でも、姉の旦那さんから御礼にiPad貰ったんで、今は得した気分です」
熊本のお義母さんが来た1週間半後。
姉の夫である良一さんが退院してきた。
良一さんは、恐縮しまくっていた。
病状が重く、亜里沙のことを姉任せにしていたため、状況をよく分かっていなかったらしい。
ちなみに、お詫びとお礼に貰ったiPadは、俺が姉の家でパンフレットを眺めていたのを、熊本のお義母さんが見ていて、良一さんに進言したらしい。
服の趣味はアレだけど、呆れるほど気遣いのできるイイ女だ。
それにひきかえ、姉の態度は実に酷かった。
御礼の”お“の字もないばかりか、口から出て来るのは、ひたすら文句。
その内容は、
「オーガニック止めろって、何様のつもり! あんたのためを思って言ってあげてるのに、何その態度!」
だ。
この期に及んでまだ " オーガニック "。
頭が大丈夫なのか心配になるレベルだ。
昔から、姉は思い込みが激しく突っ走るタイプだった。
そのお陰で迷惑を掛けられたことも多々ある。
しかし、今回はマジで酷すぎる。
正直、金輪際近づきたくないレベルだ。
(―――あいつとは、年賀状のやり取りくらいに止めるのが丁度いいのかもな)
姉とのやり取りを思い出し、俺が遠い目をしていると、同期男子が俺に尋ねた。
「そういえば、工藤のお姉さんって、確かミスキャンパスに選ばれたことあるんだよな?」
「ああ、なんかそうらしい。家にトロフィーみたいなの飾ってあった」
「へえ。きっと綺麗な人なんだろうな」
「……うん。まあ、見た目は綺麗かな」
中身はとんでもないけどな。
すると、後輩女子が興奮したように手を挙げた。
「はい! 私見たことあります! すっごい美人でした!」
「マジか! いつ見たんだ?」
「1年くらい前です! 工藤先輩と一緒に移動したら、突然声を掛けられて……」
ああ、何かそんなこともあったな、と思い出していると、彼女は、うっとりした顔で言った。
「もう、本当に素敵でした。白い日傘に白い服で。髪の毛も肌も綺麗で、生活感なくて、モデルさんみたいでした!」
「へえ~。そんなに美人なのか」
「はい! ああいうの、憧れます! 私もああなりたいです!」
目をキラキラさせて、とんでもないことを言う後輩女子。
「いやいやいや、駄目だろ、あんなのに憧れたら!」
気付くと大きな声が出ていた。
俺の言動が予想外だったらしく、3人は目をぱちくりさせた。
「……え? あの、え? そうなんですか?」
「ああ、絶対に駄目だ。あいつになんぞ憧れたら、取り返しのつかないことになる」
「えぇー……」
「ど、どうしたんだ? 工藤? 目がマジだぞ?」
ちょっと酔っていたせいもあり、俺は真剣に言った。
「ヒョウ柄の服を着た化粧の濃い家庭的な女性と、小ぎれいにしている意識高い系の女性。
昔の俺だったら、後者を選んでいたと思う。でも、今は迷わず前者を選ぶ!」
「……は?」
同僚男子が、お前何言ってるんだよ、と、いう目で俺を見る。
俺は続けた。
「特に、オーガニックに拘っている女性は要注意だ。俺が思うに、あれはいわゆる宗教だ。適度に気を付けるのはいいけど、やりすぎると狂信者化して、人として大切なものを見失う」
意味が分からない、という顔をする後輩女子。
1人だけ何か察したらしい先輩男子は、同情するように俺を見た。
「工藤……。お前、本当に大変だったんだな」
「ええ、物凄く大変でした」
姉と、姉のオーガニック思想対応に。
先輩男子は、グッとビールを煽ると、俺の背中をバンバン叩いた。
「よし! コロナが落ち着いたら、俺が合コン開いてやる!」
「は?」
「こんな時は、パーッと合コンで騒ぐの一番だろ?」
え? そうなの?
なんかちょっと違う気もするけど、姉以外のまともな女性と楽しく飲んで、今回のことは忘れるってのも手だよな。
久々に、参加するか、合コン。
俺は先輩に頭を下げた。
「はい。よろしくお願いします」
「よし! 任せろ! ……で、どんな子がいい?」
先輩の質問に、俺は迷わず答えた。
「オーガニックじゃない、普通の子で!」
これにて完結です。
お付き合い頂き、ありがとうございました!(#^.^#)