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当主への報告

 アレンは昼食を食べ終わると、そのまま伯爵と共に執務室へと移動した。入学前は領地で過ごし、王都へ移り住んでからも特に用事がなかったので、この部屋へ入るのは初めてだった。シックな色合いで纏められた執務室は上品で、貴族らしさを感じる。

 アレンは素朴なフィード家においては珍しいと言えるこの部屋を一目で気に入り、キョロキョロと見回した。

 伯爵は部屋に設置しているソファに座ると、息子に目の前のソファに座るよう命じた。アレンが素直に座ると、前にあるローテーブルに召使いが紅茶を置いて部屋を出ていく。

 伯爵が1口飲むと、切り出した。


「さて、今朝の話の続きを聞こうか」


 この時にはもう既にアレンは開き直っていたので、躊躇いなく頷いた。

 あのように美麗で優秀らしい男が、相性が良いという理由だけでアレンを結婚相手として見てくる筈がないし、侯爵家が許すわけがない。だから悩むのは止めたのだ。


「鏡と話した内容ですね」


 話す内容について念の為確認すると、伯爵が目で先を促した。

 アレンは鏡との会話を忠実に話した。学園に関する質問も、不要なら言われるだろうと思い1つも抜かさずに、自身がどう答えたかも含めて包み隠すことはしなかった。

 ただ、やはり最後のやり取りだけは少し躊躇った。アレンには、領地に男色の友人が居る。その恋愛話を聞いても特に嫌悪感は無かった。しかし、自身が対象となると話は変わってくるだろうと予想していた。

 それにそもそもコウゼリカでは未だ同性婚は認められていない。子を成さないのであれば婚姻する意味がなく、同性同士は恋愛を楽しめば良いというのが多数派意見だ。それでも結婚したいという者は周辺諸国の同性婚が法律で許されている国に移り住んでいる。アレンの友人もいずれは移住したいと言っていた。

 しかし、アレンはフィード領が好きだ。離れて暮らすなど考えられない。ならば、男性と結婚する未来は描けない。


「侯爵家のご子息を勧められたのか……」


 話を終えた時の伯爵の落胆する様子を見て、アレンは自分の考えを述べた。例え勧められたからといって結婚する必要はないのだからと。

 しかし、父ではなく伯爵としての顔で却下された。


「アレン、残念だが拒否は出来ない」

「本人が嫌だと言っているのにですか」


 頷かないで欲しいと思っているのに、伯爵はしっかりと頷いた。


「そうだ。建国の鏡コウゼリカに勧められた縁談は破棄できないとされている。建国の由来が由来だからな……」


 後半は伯爵も少し父の顔を覗かせる。苦い表情だ。


「その上、鏡と会話した内容は逐一報告せねばならない。秘匿が出来ないのだ。だからアレン、酷なことかもしれないが、恐らくお前に王命が下るだろう」

「王命が……? しかし我が国は同性婚は認められていませんが……」

「ああ。だが抜け道は常に用意されているものだ」


 アレンの心臓がドクンと波打った。嫌な汗が出てくる。


「まさか、コウゼリカからのお告げだからですか」


 違うと言って欲しいという思いを込めて、アレンは伯爵に縋るような目を向けた。しかし、伯爵は苦い表情ながらも、言うべき事を告げた。


「そうだ。法律よりも建国の鏡コウゼリカの宣告が優先されるのだ」


 アレンは焦った。鏡は同性愛を認めていてもアレンは違う。いや、認めてはいるが自身に置き換えることが出来ていないのだから、勝手に優先して結婚を斡旋しないで欲しい。


「父上、不敬を承知で言いますが、やはり王への報告をお止めください。俺は男と結婚などしたくはありません」


 伯爵は息子の正直で切実な願いを聞いて、苦しくなった。眉間に皺を寄せ、目を閉じる。

 伯爵だって可愛い我が子には望む結婚をして欲しい。特にアレンは爵位継承とは全く関係無い身なのだから、自由に生きて欲しかった。


「すまない。アレン。報告を怠ることは出来ないし、しなくても王族はこの話を知ることが出来るので隠しても無駄なのだ」


 アレンは一瞬、何を言われたのかわからなかった。だが、その空っぽになった頭に、鏡の言葉が甦った。

 『私は長く人の話を聞き続けてきた。会話が成立することは稀だったが』。

 アレンは気付いた。稀にあるということは、アレンのように聞き取れる人物が他に居るということだ。


「コウゼリカ様は『会話が成立することは稀』だと言っていました。まさか、王族にも会話が出来る方がいらっしゃるのですか」


 あんなにお喋りが好きなコウゼリカがわざわざやって来ていたのだから、アレン以外に話せる人間が居ないのだと思い込んでしまった。だが、話せる人間が居るけれども他所に出掛けていただけなのだとしたら、そしてその話せる人間が王族であれば隠しても無駄である理由は理解できる。コウゼリカに口止めしていない以上隠せないだろう。

 だが、伯爵は首を振った。


「理由は私も知らん。だが噂で昔話を聞いたことがある。建国の鏡に紹介されたことを隠した女性が罰されたことがあると」


 その返答で、アレンには十分だった。理由はどうあれ、コウゼリカに持ちかけられた内容は権力者の耳に入るところで共有されている。しかも隠しただけで罰まで受けることになる。

 最初からアレンに拒否権など無かったのだ。


「……アレン、私はお前に掛けてやる言葉が見つからん。だが、父として全力でお前を手助けすると約束する。だから一度、城へ報告しよう」


 苦しそうに言葉を紡ぐ父の姿を見て、アレンは項垂れた。これ以上粘って困らせたところで益はないと悟った。


「わかりました。では、ご報告の方お任せします。何か必要な事がありましたら、俺に出来る事であれば何でもしますのでお声掛けください。……このようなことに巻き込んだこと、大変申し訳ありません」


 言うべき事は言わなければと、アレンは口を動かした。父だって苦しんでいる。

 俺があの時廊下に出なければ、不気味な声が聞こえた時に会場へ引き返していれば、例え鏡に気付いても相手にしなければ。

 アレンの胸には後悔が押し寄せていた。


「わかった。引き受けよう。理解してくれて、当主として感謝する」


 アレンはこれからを考えて気が重くなった。城からはなんと言われるのだろう。すぐに婚約することになるのだろうか。

 ジーケルド・リイデアルマにはどう伝わるのだろう。そして、何を思うだろう。あのような非の打ち所のなさそうな方の隣に俺のような凡庸な者が立つなんて信じられない。

 伯爵は、思い悩むアレンの肩を2回優しく叩いて励ました。それに顔を上げて少し微笑んで見せたアレンは退室し、自室へ戻った。

 途中、心配していたクロレッサが廊下を歩くアレンを見掛けたが、その様子から声を掛けずに見守った。それ程に、アレンは憔悴していた。


 その日、アレンはベッドの上でずっと膝を抱え、一睡も眠ることが出来なかった。

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