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姉は、美しい。
肩までの緩くウエーブを描く金髪も、長いまつげが縁取る淡い光彩の瞳も、細くなめらかな首筋も、目の前で紅茶のカップに添える繊細な指も。
ルーナが見とれていると、ルーナの姉であるハンナは目をしばたたいて、様子のおかしいルーナの前に手をかざして振ってみせた。
「ルーナ?どうかしたの?」
「え、いや、何でもないの。」
ハンナが身を乗り出してルーナの額に手を当てようとするので、ルーナは慌ててその手を遮りながらも内心ため息をついた。
ルーナ・ベネットにとって、姉のハンナ・ベネットは父親に似た自分と違い、亡くなった母に似て美しく完璧で自慢だった。ただ問題は、家が貧乏な男爵家なことだ。
家柄だけは良いものの、国の首都に住む貴族のような華やかな生活は夢のまた夢。
首都から遠く離れた小さな領地で、領民の育てた穀物を他領に売ることで生計を立てているけれど、水資源豊かな広い農地を持つ他領ほどの収入はなく、なんとかやりくりしている状態。
それもこれも、領地の3分の1を占める鉱山のせいだ。
100年ほど前にはさまざまな鉱石が採掘されて、その鉱石を加工したアクセサリーを販売して生計を立てていたようだけれど、採掘しすぎて硬い岩盤にいきついた途端、それを削る技術がなくて採掘を断念。廃鉱になり、穀物でしか生計を立てられなくなった。
ベネット家の領地にとって、今や作物を育てられない土地など無用でしかない。
当時の名残で屋敷だけは立派だけれど、補修もままならず、表から見えるところだけ綺麗にしているだけの状態。そんな状態だから、娘2人をデビュタントに出すのも難しかった。
デビュタントは、15歳の時に王城に招かれて、参加することで貴族の一員としてして認められるパーティーだ。
デビュタントに参加するためには、位の高い貴族に仲介して貰う必要があるけれど、仲介料金もバカにならない。
ルーナの2つ上であるハンナがデビュタントに参加したとして、その2年後にルーナが参加できるような仲介料金は、とてもじゃないけど用意する余裕はベネット家にはなかった。
ハンナはルーナの為に使ってほしいと遠慮したけれど、ルーナはあの美しい姉を片田舎の領地で燻らせるなんてとてもじゃないけど考えられず、姉を優先してデビュタントに参加させるよう、父親に直談判した。
デビュタントに参加できない者は、貴族であっても立場が弱く笑われ者として扱われる。姉がそんな立場になるなんて、ルーナは我慢ならなかった。
ハンナが美しく着飾って、馬車でデビュタントに向かうの見送った時は、誇らしい気持ちですらいたものだ。
ハンナと前庭のテーブルでお茶をしている最中、デビュタントの時のハンナの美しい装いを思い出してひたっていると、
「お話し中失礼いたします。ハンナ様にこちらが届きました。」
ベネット家の数少ない侍女の一人であるアメリアが、腕に一抱えもある美しい花束と、封蝋のついた封筒を数枚持って現れた。
ルーナにとって、ハンナをデビュタントに出したことは誇るべきことだったけれど、唯一後悔したのは、ハンナに山ほど贈り物が届くようになったことだ。
ハンナは花束をテーブルの脇に置くと、手紙の束を手にしてため息をつき、ベネット家の兵舎の方を見やった。
ハンナは隠しているつもりのようだけれど、ハンナがハンナ付の護衛騎士であるアーロと恋仲なのは、ベネット家では周知の事実だ。実は父親であるベネット男爵にも気づかれている。
恋仲とはいっても、アーロは平民。求婚してくる貴族の男性を退けられるほどの力がない。
アーロを一時的に有力な貴族の養子にしてもらい、婿として迎え入れることも考えられたけれど、それすらも協力金としてお金がいる。
すべてにおいて、お金お金お金。
お金がないベネット家には、今は難しい芸当だった。鉱山が今も採掘できたらこんなことにはなっていなかったというのに。
ルーナは鉱山の方向を見て、キッと睨んだ。
鉱山の荒々しい山岳は、ルーナの睨みなどものともせず、悠然とそこにあった。
数日後、ルーナはハンナと共に父の執務室に呼ばれた。空が厚い雲で覆われて、今にも雨が降りだしそうな重い天気の日だった。農耕による収入を領地の運営資金にしているベネット家にとって、雨天は恵みであり決して悪いものではないはずだが、何故か嫌な気分になる天候だった。
「もしかしたら、求婚してきている誰かと結婚しろというお話かしら。」
父の呼び出しにハンナが不安そうに胸元を押さえて俯くので、ルーナはその手に己の手を添えて首を振った。
「それなら私まで呼ばれる理由がないわ。きっと別の話よ!」
といってハンナを励ましたものの、一抹の不安はぬぐえない。ハンナはルーナの励ましに、顔を強張らせながらも微笑んで見せてくれた。
父の執務室に入ると、父は何かの書面を前に難しい顔をしていた。
「お父様、お呼びでしょうか?」
ハンナが尋ねると、父はその難しい表情のまま、ハンナとルーナにその書面を差し出した。
差し出された書面は、その立ち位置から内容までは読めなかったけれど、書面の一番下に押された印章にルーナは言葉を失った。交差した剣と双頭の蛇の印章。この国の王家の印章だった。
「王家より呼び出しだ。皇太子の后候補として、様々な家格の貴族の娘を招致しているらしい。我が家からも、娘を出すようにとのことだ。」
父の言葉にハンナに視線をやれば、ハンナが顔を青ざめさせていた。
王家から呼び出され、万が一に后として選ばれれば、ハンナとアーロが婚姻を結ぶことはできない。たとえ選ばれないとしても、候補である間は他の男性と婚姻を結ぶことはもちろん、婚約することもできない。それをわかっているから、父も難しい顔をしていたのだろう。
しかも相手はこの国の皇太子。
黒皇子と呼ばれ、いつも黒い甲冑とマントを身につけているけれど、それは戦の時に血にまみれても目立たぬためだとか。
それくらい血気盛んで、要らぬ相手は速攻切り捨てて剣の錆びにすると言われるほど、恐ろしい人物という噂を、デビュタントに参加していないルーナですらも耳にしていた。
私だって怖い。でも、ハンナとアーロには幸せになって欲しい。
ルーナは息を飲むと、姉より前に進み出た。
「お父様、それは2人ともでないとダメなのでしょうか?」




