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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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ハンバーグ作り

 手紙を魔道具で届けるサービスが、予想を上回る勢いで利用されているのは嬉しい。

 ただ忘れてはいけないのは、あくまでこれは魔力回復の魔道具を普及させたいという、私の壮大且つ無謀な夢である目標を達成させる為の手段の一つだということ。

 まだまだ軍資金は足りないわ後続の人を育てる場も整っていないわで問題が山積みだ。


 魔道具だけを扱う商会を立ち上げてもいいのでは、と思っていたけれど、先日の神殿でのやり取りを聞いてからその可能性はないなと悟った。

 神殿は精霊と精獣を崇めている場所であるが故に、魔力なしでも使用できる魔道具の存在を肯定できない。

 それはそれ、これはこれと割り切ればいいと私なんかは考えてしまうけれど、そこは宗教の難しいところだ。だからこそ、リカルドはああしてはっきりとお母様を牽制していたわけだし。


 お母様がお父様の存在を全面に出していたわけが、ようやくわかった。

 ラシェル領当主としてはともかく、ディーと契約した主として商会に魔道具を卸していると明言するのはまずいということだ。それは恐らく私にも当てはまる。

 私の場合はランティスの血を引いているから、余計に変な影響を受けていないか勘繰られるのもあったんだろう。

 その点お父様は元々魔道具が盛んな国出身。商会に卸す魔道具も、自分が作った物だと主張すれば彼らもそう強くは出られない。領主が許可しているなら尚更。


 神殿で祝福を受けてから、私は全面的に屋敷に籠っていなくてもいいと話をされている。

 まぁ、シーリアと会うにも、どこかへ出掛けるのも相談と報告さえすればいつでもいいとのことだが、今全くそんな時間はない。


 お金が欲しいよー。

 アイデアが欲しいよー。


 まかり間違っても伯爵令嬢が考えることではないことを胸の中で呟きながら机に向かう。

 だって領地内に魔道具を普及させたいが為に、ここの税金を使ってなんて言えない。

 学校、手紙の魔道具を効率よく運ぶ為の道の整備費は領地内改革の一つにできても、流石に魔道具の開発、販売まではお願いできない。しても作れる人がいない。バックアップしてと頼むのは簡単だけど、多分今のお母様には商会への繋ぎが精一杯だ。

 それに名目とはいえ、バックにお父様がいるとはっきりしている以上、反発もすごいはず。

 実績を積めば相手も文句を言えなくなるだろうし、堂々とする為にも魔道具の開発、販売はきちんと限られた人の中で循環させる必要があるんだけど……。


 とりとめのない考えをああだこうだとメモしていく。

 食べたいお菓子はあれやこれやと思いつくけれど、作り方が一切わからないので速攻却下。完璧に食べる方専門だった。食事に関してもここの料理に文句はない。カレーがないだけで。あとは……。


「唐揚げ食べたいなあ……」

「何か言いました?」


 ぼそりと呟いた言葉にすかさず兄様が反応したけれど、曖昧に手を振って兄様が書いた漢字の隣にもう一度お手本を書いた。向かいの机ではお父様が黙々と「魔力」という漢字を練習している。

 新たな魔道具を作るにしても私以外に漢字を書ける人を早めに増やした方がいいので、もう新しく手紙を運ぶ魔道具は当分作らないけれど同じ漢字の書き取り練習をしているのだ。

 思っていた通り、お父様の書いた漢字が発動しなかったのは書き順のせいだった。きちんと順番を守って書いた漢字には、少しながらも魔力が巡って魔法陣として成立することがわかっている。

 あとは漢字そのものを整えて書けるようになることと、幾つか種類を覚えてもらう必要がある。


 領地の子供たちには学校で読み書き計算を教えて、それから魔法陣と漢字を書ける人を増やして、次に新しい魔道具を開発しつつ魔道具を作ることに興味のある子を見つけて……道のりが長いなあ。


 魔力回復の効果を込めたイヤリングを弄りながら、ぼんやり食べたい物を思い浮かべる。


 そう言えば、ここでは揚げ物をあまり見ていない。大抵煮たり焼いたり炒めたりの調理をされた料理が多くて──今思ったけど、前世を思い出してからハンバーグを食べていないんじゃないだろうか私。

 はて、と記憶を辿ってみるもやっぱり食べた記憶がない。食べてないだけじゃなくて、もしかして存在そのものがなかったり……。

 うわぁー、あんな美味しいのがないなんて……カレーに引き続きショックが襲ってくる。

 カレーの香辛料探すだけじゃない、料理自体にも注意すべきだった。

 ここでの食事はシンプルなものが多い。別にそれが悪いとか美味しくないというわけではないんだけど、一旦故郷というか、前世の味を思い描いたら我慢できなくなってきた。


「ちょっと厨房に行ってきますね」


 せめて材料があるかないかだけでも確認してみよう。

 お父様と兄様が練習をしている横に、新しい課題を大きめに書いていく。整った字になるにはもう少し時間がかかるだろうけど、頑張ってほしい。




 ◇ ◇


 厨房に着くと、昼食を終えた片付けをしている最中だった。

 鍋を洗う音、食器類が重なり合う音が賑やかに響いている。

 

 最近冷やし箱がここに来たのも知っている。お父様が作った魔道具だというのを兄様から聞いたお母様が、伝手を辿って手に入れたのだと聞いた。ちなみにまだお父様は知らない。

 離れていた分を取り戻そうというより、好きな人の作品をそっとコレクションするお母様が可愛らしくて、思わずニマニマしてしまう。この分だとそ知らぬ顔で熱球も手に入れてきそうだ。


 おっと、いけない。材料を見に来たんだった。


「マーサ、ちょっといい?」


 ちょうどこちらを向いた女性に手を振る。腰に巻いたエプロンで手を拭いていたふっくらとした年かさの女性は、目を見張って小走りでやってきた。


「まあまあお嬢様。またこんな所にいらして。どうなさったんです?」

「お願いがあるんだけど……邪魔はしないから、ここにある食事の材料を見せてほしいの」

「また探検ですか? 女の子がすることではありませんよ?」

「うーん、探検じゃないんだけど……次の仕事のアイデアも探したいなって思って」

「次のお仕事、ねぇ……」


 私がシロガネと契約したことを知っているマーサは呆れた表情をする。

 ガイスラー商会へ卸した魔道具の作り手はお父様となっているが、私と兄様も手伝っていると皆わかっている。間違いではないけれど、本当は手伝いどころかがっつり関わっているとは知らせていないだけで。


「精獣様と契約されたんですし、程々になさって下さいよ。今なら時間は取れますからいいですけどね」

「ありがとうマーサ!」

 ──何を探すのだ?


 怪訝そうなシロガネの言葉に、今後の私の食生活を左右するものと胸の中で呟くと、忍び笑いが返ってきた。


「私、実は今食べてみたい料理があって……それでその材料がないか見に来たの」


 声をひそめてマーサに耳打ちすると、微笑まれる。


「そうでしたか。でもわざわざ足を運んで下さらなくても給仕の者に申し伝えて下さればよろしかったのに」

「そうね。今度からそうするわ」

「精獣様もいらっしゃいますか?」


 一歩下がって私が通れるようにしてくれたマーサが、敬意を込めてシロガネに恭しく声をかける。当然だ、という風につんと鼻を上げて前に進んだ白猫を見て、私とマーサは顔を見合わせて笑った。


「何を召し上がりたいんですか?」


 調理場を過ぎ洗い場に差し掛かったところでマーサに尋ねられる。


「ハンバーグ……って言ったらわかる?」


 期待を込めて見上げると、残念、首を傾げられた。でもまぁ、想像していた分ショックは少ない。


「ハンバーグ……聞いたことのない名ですねえ。王都で有名な料理ですか?」

「シーリア様からは聞いていないけど……牛か豚の挽き肉もしくはそれを混ぜたものと卵、できればパン粉と牛乳もあるといいんだけど、それを捏ねて焼くものなの……それと」

「それと?」


 いかん、ハンバーグに流されかかったけど、初めの目的は唐揚げだ。


「鳥のムネ肉かモモ肉、あと片栗粉と油かな、ここで用意してもらえそうなのは」

「そのくらいの材料ならありますが、どのくらいの量が必要なんですか?」

「鶏肉は取り敢えず二、三枚で。挽き肉は器に入るだけ。そこに卵を入れて捏ねて、牛乳に浸したパン粉を入れてまた捏ねるの」

「大雑把ですねえ」


 ぴんと来ていない彼女を見る限り、少なくともここでは知られてなさそうだ。


「今ここを借りて作ってみてもいい?」


 ものすごく忙しいなら諦める。今は。

 でも少しでも時間があって材料もあるのなら作りたい。

 両手を組んで上目遣いで頼むのも久しぶりだ。ついでに小首も傾げてみせるとため息が返ってくる。


「仕方ありませんねえ。今日は特別ですよ」

「やった!」


 一通りの材料は無事にあった。唐揚げは本当は日本酒を下ごしらえに使いたいところだけど、断念。醤油もないから塩で代用かな。


「これを一口大に切ればよろしいんですね?」


 私の説明を面白がってマーサが積極的に包丁で切ってくれる。切った鶏肉は砂糖と塩を揉み込んで下ごしらえをする。その間にハンバーグ用に挽き肉を捏ねてもらう。今回は豚と牛の合挽きにしてもらった。

 マーサのふくふくとした手が手際よく肉を捏ねていく。みるみる内に肉塊が捏ねられてぐんにゃりと形を変えていく。肉の旨みが強いハンバーグも好きだけれど、今回はふっくら柔らかなジューシーハンバーグを目指すことにした。

 初めは自分で作る気満々だったけれど、危なっかしいからとさせてもらえなかった。辛うじて任されたのが塩胡椒をふること。まぁ、私も五歳児に料理を任せられるかと聞かれると困るし。


「次はパン粉を牛乳に浸して入れるんですね?」

「うん。卵も入れて大丈夫。それでまたよく捏ねてほしいの。粘り気が出るまで」

「お嬢様、これかなりの量になっていますがいいんですか?」

「初めてだけど、沢山作っておいた方がいいと思うの」

「そうなんですか?」

「私一人で食べるわけじゃないし、きっとあっという間になくなっちゃうと思うから」

 ──変に捏ねたりせずそのまま食せばよいではないか。


 それまでじっとマーサの手の動きを見ていたシロガネが口を開く。


 ──我はそのままの肉の味が好きだ。


 何、まさかとは思うけど豚とか牛を生で食べていたの?


 思わず眉を寄せるとニヤリとワイルドな笑みが返ってきた。

 魔物の肉も食べ慣れるとイケるとか聞きたくなかったことをさらりと言う。魔力を奪うのが目的にしても、私の身近に実際に魔物を食べたことのある人がいるとは思わなかった。人じゃないけど。

 その白い毛並みを血に染めるのが好きだったわけ。


 ──フン、我がそんなヘマをするわけがなかろう。


 自慢気な顔をしてるけどそういう話じゃない!


 ──どうしたロゼスタ。何故我から距離を取る。

「いいのよ気にしないで。これは私が食べるし、他の人に食べてもらうからシロガネは自分の好きなものを食べてきて私の見えないところで。あと人に迷惑かけないで」

 ──なぁに、我も珍味に興味がないわけではない。少しなら食べてやってもよいぞ。

「いーのよ別に無理しなくて」

「お嬢様、できましたよ」


 手早く適度に力を入れて捏ねてくれたおかげで、あっという間にほどよく粘ったタネができた。玉ねぎは今回入れていない。本当は入れる方が好き。でも、実際はどうであれ約一匹消化できなかったら困ると思っていたからマーサに伝えなかったんだけど……次は気にしないで入れよう。


 マーサの手の大きさに合わせてタネを小判形にまとめてもらう。真ん中に窪みを作ってもらうのも忘れない。うん、やっぱり中途半端に私が手を出さなくてよかった。この手じゃミニミニハンバーグしかできやしない。

 初めは訝しげにしていたマーサだったけど、今は初めて作る料理に興味津々だ。

 丸めたタネを順にバットに置いてもらったら、フライパンの準備を頼む。

 綺麗にフライパンに並び、火にかけられたハンバーグからジュウジュウといい音が上がった。


「火が通ったら出来上がりですね?」


 確認してきたマーサに頷く。

 ひっくり返すのはまだ早い。もう少し焼きつけて火が通ってからじゃないと。ひっくり返したら蓋をして蒸し焼きにするつもりだ。その方が確実に火が通るし。


「お嬢様はどこでこの料理を?」


 火の加減をしつつ、マーサにすれば当たり前の疑問が飛んできた。王都から来たシーリアに聞いたわけでもないのなら、私の情報源は限られてくるし、もっともだとは思うけれどあまり突っ込んでもらいたくないところだ。


「夢の中でよ?」


 私はにっこり笑顔を作って用意しておいた答えを口にした。

 まるっきり嘘というわけでも……ない。前世のことは私の頭の中だけのことだし、証明のしようもない。

 どうしてだか床を転げ回って笑っているシロガネの尻尾を踏んづけたい衝動と戦いながら、あどけない表情でマーサを手招きする。

 顔を寄せてもらい、その耳に「とっても美味しかったの」とイタズラっぽく囁けば、気のいい料理人は苦笑と共に引き下がってくれた。





読了ありがとうございます。

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