神殿
「神殿に行かないとね」
物憂げにため息をつきつつ、お母様に言われたのが最初。
私がシロガネと契約したことは既に王都へは連絡が行き、ここラシェル領の神殿にも正式に知らされていたらしい。
どうやら、私のこの年齢で精獣と契約できた例はほとんどなくて、あちらは狂喜するのと同時に、今までご丁寧にも私の身の振り方を真剣に議論してくれていたらしい。大きなお世話である。
一つ良かったのが寝込んでいた期間があったこと。
この期間中にシロガネと契約をしたわけだけど、彼らからすると私は魔力こそ多いが病弱な令嬢、という認識に落ち着いたとお母様談。
下手に他領に行ってしまうと大変なことになる為──何が大変なのかはよくわからない──ここでお母様の跡を継いでもらおうというものから、精獣の威信を示す為魔物討伐隊に組み込むか否かとまで大変白熱していたらしい。
……私、当主にはならないからね?
ちなみに結論はお母様の鶴の一声で保留となっている。
「とにかく結論を急ぐなと伝えてあるわ。先走って下手に口出しされても困るし」
頬杖をつきながらの台詞は冷ややかに響く。
「でも今のうちに祝福は受けに行きたいの。神殿側は豊穣祭で大々的に披露したいそうだけど、私たちは貴女を見世物にするつもりはないから。ただいくら簡易的にとは言っても、この間のように屋敷に神官を招くのは無理だと言われたわ」
前回のようにこちらに来てもらうのではなく、今度はこちらが神殿に行かなくてはならないと話される。
本来ならば、その簡易版な精霊との契約の確認も神殿で行うべきものだった所を私がダウンしていたので屋敷に出向いてもらったのだ。
精霊と精獣を第一としているこの国で、それを崇める神殿は避けては通れないらしい。
話を聞くに、祝福とは神官長にその言葉をかけてもらうだけの、儀式と言うよりはお参りみたいなものだった。
「私はいつでも構いません。お母様の都合が良い時で」
「助かるわ……商会の方が大丈夫なら早めに行きましょう。それから、なるべく話さないようにしてね。私が相手をするから」
真剣な表情に頷く。黙っていてほしいのなら、喋りません。なるべく。
何を話すのか知らないけれど、行かなければならないのなら仕方ない。
神殿の方でも熱心に、早く顔を出してくるようせっついているようだけど、私の体調が良くないからとお母様が突っぱねていたようだ。実際には魔道具と格闘をしていたんだけども。
ちなみに手紙を運ぶ魔道具の売上は、好調なスタートを切っている。
魔道具の完成より先に要所での道の安全の確保と、それぞれの受け取り地点となる場所の整備に取りかかっていたガイスラー商会。
通常の手紙と違って限られた区間の運び手しか必要ない分、人件費が浮いて純粋に手紙の魔道具に対する売り上げが上がっていると聞いた。
思っていた通り利用客は商人が多く、見込んでいたようにリピーターが相次いでいる、というのがオルガからの報告だ。文字の読める者がほとんどいない平民の利用が一切ないのも想定内。
そして王都の貴族からの問い合わせがちらほらとあるようだ。
今までの魔道具とは全く違う見かけが受けているようで、ガイスラー商会は驚きと嬉しい悲鳴を上げているようだ。
「そう言えば商会から、手紙を運ぶ魔道具の数は増やせないのか、早くも意見が出ているそうね」
「はい。反響は嬉しいんですが……」
「難しそうなの?」
管理がですね。
首を傾げたお母様に頷く。
お父様とも話していたが、今の段階で数を増やす必要はないという結論を出している。
いずれ王都も視野に入れるだろうけれど、それは今すぐではない。
まだラシェル領で広まっていないこと、希少価値という点など理由はいくらでも上げられるけれど、一番は大きく事業を広げても管理できないからだ。
想定外の事故が起こった時を考えるとね、まだまだ作れる人も管理を任せられる人材がもいないし。
でも、比較的すんなりと存在を受け入れてもらえたようで製作者としては嬉しい。新しい魔道具もどんどん考えていきたいなぁ。
──とすると、挨拶に行かなきゃならない神殿の用事は早いところ終わらせたい。
色々と他にもやりたいことがあるんです。
そんなこんなで、祝福を受けに行く日はあっという間に決まった。
◇ ◇
神殿へ行く日、いつもよりも気合いの入った侍女たちに支度をされ馬車に乗り込む。
広間の祭壇を通りすぎ、神殿の前で馬車が止まった。
馬車を降りて進むのは、お母様と私の二人だけ。
白く硬質的な輝きは以前に見たまま。実際に通路に足を踏み入れてみると思っていたよりも音が響き、天井が高かった。
ざっと見て三階建てくらいだろうか、窓はないけれど圧迫感はない。
見上げた白い壁には幾何学的な模様が刻まれて、柱には蔓のようなものが巻いている。どこかで水が流れているのか、絶えず川が流れるような音が聞こえる。
あちらこちらで蝋燭が灯されているせいか、寒くはない。ぼんやりと暖かな火が一層幻想的に神殿内を照らしている。
四大元素に当たる地、水、火、風が至るところで表現されていると兄様が話してくれたっけ。これを全部人の手で作ったと思うとため息しか出ない。この建物自体が繊細な作品そのものだ。
──こういうのがそなたの好みか?
腕の中の精獣が興味なさそうな口ぶりで聞いてくる。
時々見る分には好き、と胸の中で呟いた言葉にふん、とよくわからない返事が返ってくる。
シロガネは大人しく私の腕の中に収まっている。白猫の姿で。
元の姿というか、彼が獅子だけでなく他の動物の姿を取れるのは知られないように、というのがお母様たちの共通した考えだった。
基本ここでシロガネは猫以外の姿を取らないことになっている。当たり前だが私と会話ができるのも秘密だ。
「今日のこの良き日に、新たなる愛し子を迎え入れたことを嬉しく思います。皆様に光と闇の加護がありますように──さ、こちらへ。神官長様がお待ちです」
すらすらと口上を述べた神官の男の人に案内される。伸びた通路の左右には、どこに続いているのか白い螺旋階段が緩くカーブを描いて上に繋がっていて、忙しそうにローブを纏った神官たちが動いている。
「豊穣祭の準備でどこも慌ただしいのです。例年に比べて今年は精霊に愛された者も多く、ここを訪れる人が増えると予想されていますので」
にこやかに男の人が説明してくれる。その視線がす、とシロガネに向いたところで黙ってお母様が頷き、さりげなくその視線を遮った。
どこに寄ることもなくしばらく歩き続け、白く大きな扉の前に通された。この扉にも複雑な紋様が刻まれている。
優雅にローブを翻した神官がノックをし声をかけると、落ち着いた低音の声が入室するように促してくる。
「失礼致します。新たなる愛し子をお連れしました」
精獣と契約した者は愛し子と呼ばれるらしい。さっきから何度か耳にしたフレーズを胸の中で転がす。
ここまで案内をしてくれた彼が後ろへ下がって、室内が初めて見渡せた。
クリーム色の壁、この建物内で初めて見る窓には品よく緑色のカーテンがかかっている。壁じゅうにある本棚にはぎっしりと本が詰まっていた。
机の上の積み上げられた書類や本の向こうで、男の人が立ち上がった。
「ご無沙汰しております、領主様。そしてこの方が──」
「あら、数日前に顔を会わせたばかりじゃないの。そんな嫌みを貴方が口にするなんて。少し遅れたけれど、祝福を受けに来たわ」
口の動きだけで名前をなぞった男の人に、お母様がいたずらっぽく話しかける。
腰まである金の混じったプラチナブロンドの髪は、緩く紐で結わえてある。
お母様の軽口に反応を返さず、私とシロガネを交互に見つめる瞳は、藍色。三十代半ばくらいだろうか、理知的な顔立ちで銀色のフレーム眼鏡がよく似合っていた。
身に付けている灰色のローブは神殿内で見かけた人たちと同じ物なのに、身に纏う雰囲気のせいか仕草のせいか、彼が着ているだけで全く別の物のように見える。
身長は男の人だけあってお母様より頭一つ分高い。がっしりとはしていないけれど、弱々しい空気はなかった。
「初めまして。ロゼスタと申します」
シロガネを下ろし、挨拶をする。その間ずっと視線を感じていたけれど、私は顔を上げなかった。
沈黙が落ちたのはほんの一瞬で、彼は深々と息をついた。
「……私はここの神殿を預かる神官長、リカルドと言います。神殿は貴女を歓迎しますよ、ロゼスタ様。そして光の精獣様も。今生でお会いできて光栄です」
一瞬でバレた!
思わず肩を竦めると、安心させるようにお母様に肩を抱かれた。
「そのことだけれど……まだ精獣の属性は内密にしておきたいの」
「今は猫のお姿ですが……本来のお姿は一体……? 見かけは小さくていらっしゃっても発せられている気は濃密」
「皆精獣と契約したことに気が向いているでしょうから、属性まで言って余計な関心をこれ以上集めたくないの」
「私の言葉はお分かりでしょうか? もし話していただけるのでしたらこちらにおいで下さい…………どうやら、それは無理のようですね」
「豊穣祭での顔見せは最小限に、後は私が引き受けましょう。領地内での薫りの振り撒きはできるならば基本私一人で」
「母子揃って精獣様との契約をされていて、豊穣祭での薫りを振り撒かない訳は? 領民が納得しないでしょう」
シロガネと目を合わせてもらえなかった神官長の瞳が、お母様を射抜く。
空気が、重いんですが……。
それまでお互いに全く違う内容を話していたのに、唐突に噛み合った内容が刺々しい。背を屈めて話していた神官長──リカルドが、肩を竦めて背を伸ばした。
「例え伏せていても早々に知れ渡ります。なんの時間稼ぎをしたいのか知りませんが、意味はないのですよ」
「今はと言っているでしょう。成人しているのならともかく、まだ娘は幼いの。やっと体調が整ってここにいるのよ。豊穣祭を通して参加はさせられないわ」
この国では成人は十八歳。王立魔法院を三年間で卒業することを基本にしているらしい。
薫りを振り撒くって──確か魔物避けの為の精獣の縄張りを主張するものだったかな。
兄様が来る前にお母様の精獣の背に乗せてもらったきりだ。
「……確かに一理ありますね。ですが」
お母様を見ていた藍色の瞳が細められる。
「最近商会に出入りされているとか。まさかとは思いますが、魔道具などに関わってはいないでしょうね? 精獣様と契約されている方が率先して魔道具の販売を行うなど前代未聞です」
「耳が早いこと。でも残念。それに大きく関わっているのは夫なのよ」
「夫君と仰っていますが、ロゼスタ様は彼との御子。なんらかの関わりを持たれているということはないでしょうね? 幼子で魔力が安定していないのなら尚のこと、精獣様との心の通わせに身を入れるべきです」
「なんのことかしら」
「それとも身内の情に流されましたか? 貴女は昔から情にほだされやすかった」
「大きなお世話よ。あの時私の条件を飲んだのはそちら。今更蒸し返さないでほしいわね」
どちらも軽く笑みを浮かべてのやり取りだけど……背後にブリザードが吹き荒れている。
そして魔道具のことにしても鋭い。
二人とも台詞にトゲを含ませすぎだ。全部お互いを通り越して私にダメージ来てますよ!
「……ところでロゼスタ様、貴女の精獣様は素晴らしいですね。佇まいといい、発せられる魔力の波動も大きい。さぞ本来のお姿は神々しく、凛々しいのでしょうね」
唐突にリカルドが矛先を私に変えた。
お母様に対する口調とは反対に、穏やかにゆったりとした口ぶりでシロガネについて聞かれる。
これは……なんて答えるべき? はいそうなんですって頷いていいもの?
背後でお母様が小さく首を振っている。
──我について探りを入れているな。ロゼスタ、子供らしく無邪気に、だが余計なことは口にしないよう気を付けよ。
余計なことって、だからそれは一体なんなの。
堂々とカンニングをさせてくれるのはありがたいけど、突発的に言われると混乱するわ。
せめて例をくれ。
なんとか表情は変えずに、まだ何か話している神官長の台詞を聞いているふりをする。
この年で精獣と契約した貴女はすごいとか、魔力を制御するのはさぞ大変だったでしょうとか幾つか聞き流してから、思う存分話していいことを思い付いた私は、満面の笑みを浮かべて頷いた。
「はい! 私の精獣はすっごく可愛いんです。毛並みもふわふわでいい匂いがしてあったかくて。金色の瞳はいつもキラキラして綺麗だし、抱っこしても嫌がらないんですよ。それにこの肉球も触り始めると気持ちがいいんです」
事前にお母様にも言われていたけれど、余計なことがなんだかよくわからない。
シロガネという仮名をつけたというのは話しちゃダメ、本来の姿が獅子というのも話していいか微妙で私と会話ができるのも話しちゃダメなら他に話せることないんですけど!
という心の叫びを笑顔の裏に隠して、ひたすらシロガネの毛並みについて語った。あと肉球。
語り出してから改めて気がつく。私シロガネのもふもふ大好きなんだな。
思うがままに語って自慢して、撫でて見せて、ついでに密かに気に入っているシロガネの金色の瞳についても語っておいた。
しばらく語って、良い気分で顔を上げると、思った反応が全くない。
むしろ整った顔が若干疲れているような……?
もう少しわかりやすく言い直した方がいいんだろうか。
あとこれ以上話せることがないんだけど。
ぶっと吹き出すシロガネの声が聞こえたけれど、無視。あとで覚えてろ。
眉を下げると、こほんと神官長が気を取り直すように咳払いをした。
「──なるほど、まだ精獣様の本来の力を引き出せていないようですね」
「だから言っているでしょう、まだ幼いのだから、無理に広めたくないの。それでなくても必要以上に注目を集めているのに。それにディーの背にロゼスタだけが乗るのならともかく、もう一体精獣を乗せるのは無理よ──娘の精獣だけ乗せて娘と別行動するという案は却下よ」
「あ、あの、まだなかなか本来の姿は見せてくれなくて……。でも、そんなに倒れることもなくなりました!」
弁解をするようにお母様の言葉尻に被せるように、声を出す。
子供らしく自己顕示欲があるように言ってみたんだけど、効果は……ありましたかね?
我ながら上手い言い回しができたと思うんだけどどうだろう。
「そう、ですね。五歳といえばまだ幼く体も弱いでしょう。正式な御披露目はもう少し、そうですね、精獣様の本来のお姿を引き出せた頃がいいでしょうか……それにしてもロゼスタ様は面白い方ですね。まだ魔力が定まっていないとはいえ精獣様と契約までしておきながら、それを一切自慢されないとは」
「まだ自分の手にした力を把握できていないのよ。下手に振るおうとするよりよっぽどいいわ」
「それをたった五歳の子供が実践していることが不思議なんですが……今は聞かないでおきましょうか」
背筋がひやりとする言い回しだったけれど、それ以上神官長は追及してくることはなかった。
そっか、自慢か。
……自慢、したんだけどな。
「……まぁ、いいでしょう。祝福を与えます」
気を取り直したように神官長は背を伸ばす。
「新たな愛し子に光と闇の加護が降り注ぐように。そなたらの行く末に幸多からんことを」
重々しく紡がれる言葉と同時にそっと頭に手を置かれた。ほわりと温かい空気で包まれたように感じて、目を瞬かせる。その感覚もすぐに消える。
包まれた空気はほっとするくらい温かいものだったのに、リカルドは顔をしかめてため息までついている。
「本来ならばこんな立会人もろくにいないような室内で、簡単に祝福の儀を済ませていい位の精獣様ではないんですよ」
「わかっているわ。でも今はまだ早いの」
「……本当に言い出したら聞かない」
どうやらさっきの言葉が祝福の全てらしい。
あっさり終わってしまってきょとんとした私に、額に手をやり首を振ったリカルド。こちらの考えを見透かすような深い藍色の瞳が私とシロガネを交互に捕らえる。
「また会いましょう。光の精獣様と可愛らしい契約主さん」
読了ありがとうございます。




