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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
49/90

魔道具の完成

「師匠、ここはこの計算式を書き入れたらどうですか?」

「──だがそうすると陣が持たないのではないか?」

「いえ、これは量産しないので、略式にしないでいっそのこと本式を入れてもう少し精度を上げたらどうでしょう? その分用意する数は増えますが、把握できる魔道具の位置が細かくわかります」

「ふぅむ……お前にしてはなかなかいい案だ。やってみるか」


 ただいま魔法陣の調整の真っ最中、難航しています。

 お父様が書き途中の魔法陣をぐしゃり、と握りしめ破り捨て新たな紙をセットした。どこかで見たことのある光景だ。

 どうやらお願いした最後の一つの魔法陣がなかなか上手く完成しないらしい。

 二人が頭を捻っているのは、手紙を運んでいる魔道具の位置を確認できる魔法陣だ。

 兄様がつい先日完成させた魔法陣はそれまでに完成した魔道具の位置はわかったけれど、残念なことに新しく完成した魔道具には反応しなかった。

 それならいっそのこと個体番号を魔道具に振って位置確認の魔道具を複数作ったらどうかと提案してから、ずっとああしたやり取りが続いている。


 手紙を運ぶのはこちらの選んだ人だけど、悪天候や不慮の事故、紛失も考えられる。そういった時位置確認ができればこちらから探しにも行けるし、もし故意に隠されたりしているんだったらすぐにわかる。

 私? もう何個目か数えてないけど手紙を運ぶ魔道具の仕上げをしている。


「これに書き入れてもいいですか?」

「うむ」


 眉間のしわを揉みながらの返事を受けて、慎重に『速達』の文字を書き入れる。

 この魔道具、特に壊れる心配はしなくてもよかったんだそうだ。私が文字を書き入れたことで折り鶴の形になったけれど、本来は普通の小鳥の姿になって本物の小鳥のような動きをするらしい。

 試しに見せてもらうと、魔道具はお父様の手の中であっという間に白い鳥の姿になった。

 鳴きはしないし感触は紙のままだけれど、成人男性の手のひらより少し大きくてぱさりと翼を広げる様子は、何も知らなければただの鳥と思ったかもしれない。


 ……字を書き入れない方がかっこいいと思うのは私だけ?

 でもそもそも字を書き入れないとこの事業は成り立たないし、もうこれは言ってもしょうがないことなんだけど……やっぱり納得が行かない。

「速達」と書き入れただけで、途端にその魔法陣はさっきまでの鳥ではなく、折り鶴の姿になってしまうのだ。なんでだ。


 と考えていたところでお父様に呼ばれた。


「はい」

「王都からの連絡がそろそろ着く頃だ。色々と騒がしくなるやもしれん。今の内に進められるところまで進めるぞ」

「……はい?」


 勿体ぶって言われたけど、まったくもって内容が見えない。

 なんでこの流れで王都が出てくるの?

 きょとんと首を傾げたら、ため息が返ってきた。


「アレは腐っても精獣だからな。報告を上げてある」


 嫌々そうに指した方向にはシロガネの姿。

 腐っても精獣だなんて凄い言い回しだ、と考えたところで思い出した。


 精獣と契約した者は例外なく国に報告が行くと。

 そもそも実際に精霊と契約したのを、精獣との契約だと思わせる為に王都へ連絡をしたように見せかける、と話してくれたのもお父様だった。


「あぁー、はい……」


 お父様の話から既に興味を持たれているっぽい私としては全く嬉しくない。

 送った魔道具がお父様の研究室の壁貫通していたみたいだけど、忘れていてくれないかな……無理かな。

 そもそも陛下って魔道具についてどう思っているんだろう。

 お父様を王都に招いたんだからそんなに悪感情を持っているわけじゃないよね……そう願いたい。 


「王都と言えば豊穣祭はもうじきでしょうか……鐘の音がまだ聞こえませんしね」


 くるりとペンを回しながら兄様。ここ最近ずっと魔法陣に向き合う日々を送っていたからか、表情が豊かだ。目がきらきらして、桃色の唇が弧を描いた。


「鐘の音?」

「あ、ロゼスタは今までのお祭りを覚えていませんか? 街で見た神殿があったでしょう。あそこに鐘があるんですよ。より王都に近い町の鐘の音を聞いた神官たちが鳴らしてから、その町は豊穣祭が開始されるんです」


 覚えていないも何も、まだここでの記憶は今年からなので。とは言えず、曖昧に頷く。


 ──実りの木のことだな。


 腕の中に収まったままのシロガネが会話に加わる。


 ──王城の庭にただ一本実りを知らせる木のことだ。その実を染めるのはとある精霊で、金色に染まった時がそろそろ寒季の訪れる前触れ。即ち豊穣祭の始まりだ。宴の時は短くあっという間に寒くなる。


 実りの実が染まるとまずは王都の鐘が鳴らされるらしい。その鐘の音が豊穣祭を知らせるもので、それを聞いた周辺の領地もまた鐘を鳴らし、またその周辺の領地に知らせる、と。

 王都を中心に豊穣を祝う鐘が隅々まで鳴らされるのに三日三晩。そこで作物の収穫と、精霊と精獣への感謝の祈りが捧げられる。


 そんな神々しい物が存在するなんて、知らなかった。

 流石異世界。感心していると、


 ──精霊が染めるなどと知ったのはそなたくらいではないか? よく知った者で実が熟す時、普通は鐘が鳴る時と思っているからの。


 本当止めてよペロッとそういう情報流すの。


「厳密にいつからだと決まってないんですね」

「決まっているでしょう? 鐘の音がしてからですよ」

 ──正確には実りの木が染められてからだな。精霊は気紛れだからその年によって早くなったり遅くなったりもするが、必ず実は染まる。


 そういう意味じゃなくて日にちと言ったつもりだったんだけど通じなかった。

 兄様には珍しく楽しみにしている様子だ。


「質のいい魔石が入ってくる可能性が高いですしね。そういうお金は師匠も糸目はつけないので僕、見に行くのが待ち遠しいんです」


 お金の使い方がお父様らしい。その弟子の兄様も全くもって同じ道を歩いている。


「以前見た路地裏でのように売られているんですか?」

「どうでしょうね、他領からの商人たちも移動してくるでしょうし、様々な大きさの魔石が見られると思いますよ。……特に今年は入ってくる人も多いでしょうね」


 意味深な言葉に首を傾げるとため息をつかれた。


「領主の娘が幼いながらも精獣と契約したという噂が、ここだけに止まっているわけないですからね。真偽を確かめる為にも見に来る方たちがいると思いますよ」

「うわぁ……」


 心底ありがたくない。思わず嫌な顔をしたら、お父様が無言で兄様の頭に拳骨を落とした。


「いてっ」

「余計なことを喋るな。大体そんなこと今知らせずともいいだろうが」

「クローディア様も仰っていたじゃないですか、ロゼスタには話しておいた方がいいって。いずれわかってしまうことですってば……うー痛い」

「だからといって祭も始まっていない内から気に病ませることなど……ロゼスタ、いいんだ気にしなくて。というよりもう諦めろ。こいつと一緒である限り、人の目は常について回るからな」


 ぽんぽんと頭を撫でられる。

 つまり人の注目を浴び続けるか、このモフモフを手放すかの二択なのね……。有名税だと思って諦めよう。

 フッと鼻で笑ったシロガネの毛並みに顔を埋める。知らない人にジロジロ見られたり噂が流されたりしていても、このモフモフがあることを考えれば……我慢できる。


 そう言えば、シロはどうしたのかな。

 最近すっかり部屋に来ない紫色の瞳をした白猫を思う。三日と開けず来てくれていたのに。やっぱり猫って気紛れだし、もう別な所へ行ってしまったのかな。


 ──なんだ、浮気か。

「う、浮気? そんなのじゃなくてっ、私の癒しの一つだったの!」

 ──ふん、我より素晴らしい毛並みなどそうそうないわ。

「いやそうかもしれないけど……だから違うってば!」

「──体は平気か?」


 小声でやり取りをしていたらお父様への返事が遅れた。

 シロガネと契約してから、お父様はよくこの質問を繰り返す。そんなに体は弱くないし、もう体調も戻ったのにまだ心配らしい。


「大丈夫ですよ。お父様こそよく体を休めて下さいね」


 微笑むとまたまた満面の笑みが返ってきた。硬質な雰囲気が消えて新緑の瞳が優しげに細められる。


「こんな人目に触れる形にして良かったのか? もっと別な物にした方が良かったんじゃ……」

「いいえ、万が一のことを考えると二つセットで効果がある方がいいですし、私がこのデザインを気に入ったんです」


 心配げに私の髪をかき上げながらお父様が触れたのは耳。正確に言うと私の耳につけてあるイヤリングだ。

 魔力回復の魔法陣を元に魔道具に仕上げて、お母様にプレゼントしたいと相談したのが数日前。喜んで賛成してくれるかと思いきや、予想外にもお父様は私自身が身に付けているべきだと主張した。

 曰く、「既に精獣と契約していて尚且つ未成年の私は、もっと魔力が必要になる時に備えておいた方がいい」と。

 シロガネにはその通りだと頷かれ、お父様には魔力枯渇一歩手前をまた味わいたいのかとまで言われてしまって、引き下がるしかなかった。あれを繰り返して魔力を増やしていったお母様には脱帽だ。


 イヤリングは二つでセット。だからこの魔道具も二つ揃って身に付けることで効力を発揮する。

 瞳の色と合わせて緑の石を使ってある、比較的シンプルなデザインで一見しただけでは魔道具とわからない。装飾品としても小ぶりで、揺れるタイプではないから頭を動かしても違和感が少ない。

 魔力回復している感覚は……正直よくわからない。何しろ魔法陣に字を書き入れている最中にももう回復しているのだ。

 ただ、イヤリングを身に付ける前より魔力の流れが滑らかですっと力を引き出せるようになった、ような気がする。


 ──鬱陶しい。あんな暑苦しい奴等に話さずとも良いものを。

「お前が娘に近づかなければそもそもこんなことにはならなかったんだぞ」

 ──ふふん、我の薫りが羨ましいか。いいであろう、ほれほれ、こぉーんなに良い薫りだぞ。

「全く。ただでさえ可愛いのに変な奴らに目をつけられていたらどうしてくれるんだ。──ロゼスタ、今からでも遅くない、破棄する方法を探すか。精獣との契約なんぞ父さんは絶対割りに合わないと思うぞ」


 相も変わらず片方のみの一方通行なのに、妙に噛み合っている会話を繰り広げるのは変わらない。


「ふふ、でもそんなことを言ったらお母様と契約しているディーはいいんですか?」

「あれはもう仕方がないな……契約していなかったらディアは領主にはならなかったし、私との結婚はなかった。それに、ロゼスタがディーの背に乗ることもなかったんだぞ」

「あれはびっくりしました……意外に高くて。今は忙しいから無理でも、また乗せてもらえるか聞いてみます」

「そうだな。まぁ、不具合があったらすぐに教えてくれ。別な装飾品の形に整える。……もし万が一無理矢理外されても攻撃し返すから今の所はこれでいいか」


 後半なんだか物騒な台詞が聞こえた気がしたけど、スルー。

 お願いだからそんな事態にはなりませんように。




「数は揃っているか?」

「ちょっと待って下さい、ちゃんと反応するか確認していますから」

「こっちの魔法陣にはもう字は書き終わりましたよ!」


 書き終えた魔法陣を並べ、折り鶴の数を最終チェックする。数は最初ということもあり、当初の予定通り五十個用意した。番号を振ることも忘れない。これは何番の魔道具がどこに手紙を運ぶのか記録をし、確認していく上でも大切なことだ。

 位置を確認する魔法陣の性能を再度確認をし、この国初となる、手紙の運搬ができる魔道具が揃ったのだった。



読了ありがとうございます。

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