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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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今後の行く末

 シーリアと話したことで具体的に必要なことがはっきりしてきた。

 商会に卸すなら魔道具の種類もだけど、そもそもの数が足りないのだ。あまり安くないと言っていた通りなら、あまりにも少ない数の魔道具に大層な値段がつけられてしまう。そしてきっとそれを買う人はいない!


「それで、シーリア様と話して思ったんですが、魔法陣を書く人はどう募集したらいいでしょう? 王都の前に、まずはここで使う人を増やして認知度を上げていきたいので数が必要なんです」

「そのことなんだけど……」


 困った表情でお母様が頬に手を当てた。

 お母様たちにも共有してもらおうと思って相談をしてみたのだが。

 量産に向けての話に待ったをかけられたのかと一瞬ヒヤッとしたけど、根本的な問題はそこじゃなかった。


「この間言いそびれたのだけど、魔法陣を書く人を募集するのは貴族の中からよね? そうするとここの貴族の力を借りるのは少し難しいかもしれないわ。何せ精霊、精獣一番な者が多いんですもの」

「え、一般市民……平民でも文字の書ける人なら誰でもいいんですけど」

「そうだとすると余計に難しいわね……この魔法陣、かなり精密に描かないと動かないでしょう? 平民の中でここまで字を書ける人間がどの程度いるかしら。自分の名前が書ければいい方ですからね」

「……へ?」


 この世界、識字率ってどのくらいなの? 頭の中でおぼろ気になってきている中世のヨーロッパを引っ張り出す。あの時代、市民で読み書きができるのは誰だった?

 確か子供も立派な労働力。知識は一部の特権階級に独占され、王族貴族を中心に政治が回っていた……ここでも同じことが言えるのだと、初めて思い当たる。

 大事な戦力! 夢実現へ向けての助っ人が!


「平民の中にも魔道具への軽視はあるわ。──というより、存在があまり知られていないわね。この国の成り立ち上、仕方ないの」


 菫色の瞳に悔しさを滲ませ微笑んだお母様。

 こ、ここでも自分の国に足を掬われるとは。ここがランティスだったら助けもいっぱいあったのかと想像するだけでハンカチぎりぎりできる。歯痒い!


 手にした魔法陣を見下ろす。魔力枯渇に怯えずに魔法が使えるようにとずっと思っていた、目に見える形になった私の理想を。


 この夢を諦める? 別の方向から魔力回復ができないか魔法陣を編み出そうか。体力回復ができるなら魔力回復ができるかもしれないと、また一から出発して。


 ……冗談じゃない。



「……わかりました。今すぐはこの魔法陣を複数人の手を借りて作るのは止めます」


 きっぱり言い切った私に、びっくりしたような三対の目が向けられる。

 今は、だから。諦めたわけじゃないので悪しからず。

 目の前に完成形があるのに、それをなかったことにして新しい物へは移れない。そこまで割り切れない。


「その代わり、と言ってはなんですが、子供が通える学校、学舎をつくることは出来ませんか?」

「なんの為に?」


 お父様とお母様、二人揃って首を傾げる。


「平民が字を読めても生活には役立たないわ。魔法を学ぶ際には使っても、実際に魔法院に進むわけでもないし、彼らも生活がありますからね」

「え、魔力があれば全員入学するんですよね?」

「入学の年齢を覚えているか?」

「ええと、確か十五歳でしたよね」

「ええ。その時無条件に誰もが入学できるわけじゃないの。貴賤問わず魔力のある者は集まるとされているけれど、まずは試験に合格しなければ入学できないのよ。文字の読めない平民が、合格することは不可能とまでは言わなくても、限りなくそれに近いんじゃないかしら」


 理解するのにかなり時間がかかった。

 魔力のある者は皆入学するんじゃなかったの? 今の言い方だと、まるで初めから字の読める貴族や裕福な商人たちしか入学を認められていないかのように聞こえる。

 確かに十五歳という年齢を聞いて遅いな、とは感じていた。それが、入学前にある程度の教育を受けていることを前提としているなんて。

 もし稀に魔力の高い平民が現れたらどうするの? 字が読めないからと、対魔物に強い戦力になりうる人材、その他にももっと魔法の研究をする人はたくさんいた方がいいのに。


「その場合は大抵貴族の養子となる。ちょうどアーヴェンスが良い例だ」


 お父様の言葉に兄様が頷いた。

 そうだ、兄様は商人の次男として生まれたと聞いた。その後お父様に養子として引き取られたと。

 あくまで魔力のある子供は全員入学というスタンスは変わらない。ただそこに試験問題が読めて、最低限の教育、教養を身につけた子供に限るという、暗黙の了解があったのだ。


「それに例え学舎を作ったとしても、通う子供は殆どいないと思うわ。平民の中にも教育を受けるという考えは薄いと思うの」

「それは確かにそうですが……でも将来のため、魔法院に通う子を平民から増やすのも国の為にはなりませんか?」

「魔法院に通う子供がいるのなら、それは養子縁組みをした貴族が教育を施すでしょう。魔力がある子に限定して学舎を作る? ロゼスタの言い方だと魔力のない子は含まれないのでしょう?」

「そ、うですね……でも、いずれは魔力のない子も……!」

「もし魔力のある子に限定して学舎を作ったら、魔力のある子の親は子に魔力なんてない、と言い張るでしょう。魔力のない子は通わなくていい、それに引きかえ家は、と彼らにしたら仕事の手が減ってしまうことになるもの」


 領主の顔をしたお母様に淡々と可能性を上げられて、言葉に詰まってしまう。

 子供が労働力の一つだと、さっき考えたばかりなのに。

 教養の差は言い換えれば貧富の差。有料にすればそれはやはり裕福な層が多くなる。子供も労働力の一つとしている平民に、教育を受けさせる余裕はない。

 一つ一つの理由が筋が通っていて、自分の言葉の説得力のなさに泣きたくなってくる。


「で、でも、ランティスでは子供も文字の読み書きができるんですよね? できなければ魔道具作れませんものね?」

「確かに教育を受けることのできる機関はあるが……その機関は魔道具職人を養成する場所だぞ? 学ぶ者も限られている」


 ここでまた下地のあるランティスとの差がわかってがっくりしてしまう。本当にバランスが悪い。

 魔道具を作ってもらうには文字を読み書きできなければならない。読み書きできる子供、もしくは大人で教育を身に付けてもらおうにも一ヶ所に集まって勉強をする環境がない。もし環境が整っても魔力のある我が子に、そもそも勉強をさせてあげようと理解を示す親がどのくらいいるのか。


「ロゼスタが魔道具を広めたいと思ってくれているのはよくわかるわ。ありがとう。でもそれは私たちの仕事よ」

「あまり急ぐな。先ほどのことだが……そうだな、外に出るのはまだ少し控えておいた方がいいが、少し面会の人数を増やすか。こいつがいればそう妙な事態になることもあるまい。──気に食わんが」


 二人に代わる代わる言われて、宥めるように肩に手を置かれた。

 ……今のラシェル領では、魔道具の量産は夢のまた夢だ。

 魔力回復の魔道具は魔力のある人にほど使ってほしい。間違いなく需要が見込める物なのに、それを作る平民には魔道具を作る下地がない。


 っていうか、魔法も魔道具も魔法陣を使うのは同じなのに、何この扱い。ひどい!


 平民にも魔道具への理解を広めなければダメだ。生活魔法という発想がここにない今、生活を魔道具で補うようにある程度彼らにも使える物も作っていかなくては。

 魔力のない平民には平民の使う魔道具があり、魔力のある貴族には魔力回復や魔物退治に関係のある魔道具が存在するようになるのが理想だ。


 魔力回復のアイテムをそこまで高価にするつもりはなかったけれど、仕方ない。元々魔力のない人には必要のない物だ。


 自分に関係のないことに人は興味を示さない。

 自分にはない魔力が子にある。もしくは孫に。そんな時彼らはどうするだろう? 知識を得る場所があると知らなければ、学ぶということには繋がらない。例え知っていたとしても目の前の生活が優先されてしまう。

 今の状況で、魔力のない親が魔力のある子に教育を、魔法院への入学を希望するだろうか。


 ……まして精獣と契約しているお母様がいる、この直轄地で。


「……いいえ、これは私の問題でもあります。さっきお母様には魔力のない子供の学舎もいずれと言いましたが、訂正させて下さい。魔力の有無関係なく勉学を受けられる環境がほしいです」

「何故?」

「何故って? 魔法も魔道具も魔法陣を使うのは同じじゃないんですか? それならより多くの者に魔法陣を理解してもらえる下地が欲しいです。それに私が作りたい魔道具はこれ一つじゃないんです」


 アイデアはたくさんある。あとは形にしていく地道な作業を繰り返すだけ。

 でも私一人じゃ限度があるし、意味がない。たくさんの人の助けが必要だ。


「だが、その魔法陣を理解し行使するのは貴族や魔法使いだぞ? 貴族の中にも魔力がなければ魔法関連の知識は与えられぬのに、平民にその知識を渡すのか?」

「貴族の中に魔法陣を書き、魔道具を作る方がいますか? いるのでしたら平民への教育は急がなくていいんですけれど」


 それでも最低限の教育は広めていきたいという私の言葉に、お父様が黙る。

 必要なのは読み書きだけではなく魔道具、魔法に対する理解だ。この国に圧倒的に足りないもの。


「今魔力がない子が親になった時、その子供に魔力がないと言い切れますか? 魔法院への入学が絶対とは言いません。でもこの国で魔法をより深く学べて強くなったら、就職先も色々選べますし、そこに魅力を感じる平民も出てくると思いませんか?」

「就職?」

「あー、いえ、そうですね、女性なら魔力をより強くすることで自分の価値を上げることに繋がって良い縁組みが増えるかもしれませんし、男性ならより自身の才覚を発揮できる場が増えますよね? 国として、対魔物との戦力に貢献する者が増えるのは喜ばしいことだと思います」

「ふむ……」


 いかんいかん、うっかり本音がぽろり。

 でも就職大事!

 そしてその過程で魔道具使ってくれたらもっと素敵!

 魔道具がメインではなく、国としての戦力が増えて国に貢献する人を増やせるよ、と言うとお父様が考え込む。


「同じ国で生きているんですもの、平民の意識も上げていかないとと思います。魔力がない、か弱き者を守るのが領主の義務なら、少しでも魔力のある者はあるなりに働くのも義務だと思うんですが?」


 魔力がある子供が全員魔法院へ進むわけではないと聞かされたから余計に思うのだ。

 魔力があるだけで第一ステージをクリアしているのに、今までの環境もあったかもしれないけれど、学んで自身を向上させる機会を手放さないでほしい。

 それに精獣と契約しているからと、これ以上お母様におんぶに抱っこは認めない。


 そんな環境がなかったと言うのなら、作りましょう。


「……それとその魔法陣は関係あるのか?」

 ──その珍妙な物を増やすことと関係はあるのか?


 お父様とシロガネの台詞が重なる。実は結構気が遇うんじゃないかと思う。


「あります。彼らには魔道具を作るのを頼まなければなりません。ランティスのように職人を育成するには経験者も、指導者もいないんですから。お国柄も異なりますし、職人の手によって高品質の物を一つ一つ作り上げるより、職の一つとして複数人の手を介してある程度の品質を保った魔道具を作る仕組みを提案します」

「……その中で魔力回復の魔道具を作るというわけか」

「はい。長いスパンで見なければなりませんし、王都の前にまずはこのラシェル領から広めていきたいと思うんですが……」

「初期投資が必要ね。まずは読み書きを教える者たちの確保、勉強する上で必要な備品、魔道具の作成に必要な物は詳しくはオルトヴァ様の方がご存じよね? それから彼らが仕事をする場所──これはまだ急いで用意しなくても良さそうかしら? ただ一気に進めると反発も大きそうね。それにある程度数を用意できるまでの資金はどう考えているの?」


 具体例は何も言わなくても、すらすらとお母様が必要な物を挙げていく。流石だ。

 むしろお父様の方が首を捻っている。さっき私が言った「今まで貴族や魔法使いがほぼ独占していた知識を平民へ開放していく」という言葉に引っ掛かっているらしい。


「それは魔法院でこの国専属の教師が教えることではないか? ただでさえ魔力回復の魔道具で目をつけられる可能性が高いのに、自らエサをまいてどうする」

「お父様、お父様。私たちは魔法を教えるわけじゃありません。あくまで魔道具を作るための人材を育成するのが目標。目的はより広く浅く領民の学力向上です。それに、最低限読み書きができる領民が増えれば、いずれお父様の助手が増えることにも繋がるんですよ」

「……それもそうか。では早めに準備にかからねば」


 研究熱心なお父様があっさり陥落した。


「でもロゼスタ? それなら学舎を作らなくても、魔道具を作る者を募って教育をした方がいいのではないの? 私の懇意にしている商会に人材を紹介してもらいましょうか? このままの案だと読み書きを教えたとしても魔道具を作る職に就かないことも考えられるわよ」

「それはそれでいいんです。というより、私は別にこの領地の人々に魔道具作りに専念してほしいわけではないので」

「どういうことだ?」

「知識、学んだことは無駄にはならないってことです。さっき私が言った言葉を覚えていますか? 魔法院への入学はあくまで一つの手段です。学んだ人が何かをなし得なくても、その人の後を継ぐ人が現れるかもしれません。新しい魔道具ができなくても国の為、領地の為に魔物と戦える人が増え、新しい魔法が編み出され、陣が生まれたらそれも国の発展と言えるのではないですか? その為にはまず領地全体で教育を受けられる者を増やしていかなければ」


 大体魔法のクラスが初級、中級、上級、神級と分かれているなら、初級魔法は生活魔法として使われていたっていいはずだ。

 なんであんなに攻撃魔法、防御魔法特化なの。簡単な体の洗浄や髪を乾かしたりできてもいいんじゃない?


 この世界、当たり前のようにお風呂はない。桶にお湯を汲んで濡らした布で体を拭くのがせいぜいだ。

 実は何気にこれが一番堪えた。おかしい。前世でそんなに風呂好きじゃなかったはずなのに。湯につかれないとなると途端に湯船が恋しくなる。

 絶対にお風呂の魔道具、もしくは魔法でどうにかできないか研究してやる。


「まぁ、魔道具を作る人が増えてくれれば言うことはないですが。あくまでも魔道具は目的ではないんです。私の安定した未来への足掛かり、手段の一つですから。……もしかしたらこれから先精獣、精霊の研究をする人が現れるかもしれませんよ?」

「貴女って方は……」


 それまでずっと黙って話の行方を聞いていた兄様が口を開いた。


「魔道具が、魔法陣がと必死になっているのかと思いきや……国の行く末を見ていらっしゃったんですね」


 ……え? 違う違う。

 いや概ね違わないけど、私一人じゃ魔道具は作っていけないし、お母様一人に領地を守らせてないでよっていうことなんだけど。

 魔道具は足掛かり、私の安定した未来への手段だって言っているでしょ。




読了ありがとうございます。

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