光の精獣
目を覚まして、夢で会った通りの存在がベッド横にいたらどうするか。
私は叫んだ。
だって真横に金色の目がじっと見つめてきているんだもん。いくら綺麗だと思ってはいても、夢で見るのと現実は違う。
滅多に慌てないオルガが顔を真っ青にして部屋に飛び込んできて、お母様とお父様もやってきて、何がなんだかわからないまま、どうやら精獣と契約したらしいと判断され、現在に至る。
何がどうしてこうなった。
ただ名前をつけただけなのに。
しかも向こうの言った名前が聞き取れなくてついでにつけただけ。
仁王立ちしたお父様の視線は、真っ直ぐ白い獅子──シロガネに向かっていた。シロガネも負けじと眼光鋭くして睨み返している。
ここ最近の光景だ。もう慣れた。
「油断も隙もない奴だ全く。夢の中で会っていただと? それも一度や二度ではないとはどれだけ暇なんだ。素性もわからん奴に家の娘はやらん!」
──ふん、精獣に素性も何もあるものか。ぐだぐたと何を言っている。
「なんだその目は。大体夢の中で契約したなど、聞いたこともない」
「あ、無効なんですか」
新しい文句のつけ方に思わず口を挟むと、途端に怒られた。
「そんなわけがないだろう!」
──そんなわけがあるか。
どっちなの。
ちなみに一人と一匹で繰り広げられている会話は、ほぼ一方通行である。私以外の人にシロガネの声は聞こえていないのだ。
お父様にしたら自分が話すだけのやり取りなのに、見事に成り立つ会話のこの不思議さ。
ばちばちと火花が散っているのが見えるようだ。
悪意、敵意は伝わるって本当だったんだね。
一人納得していると、呆れた眼差しでシロガネが金色の瞳を細めた。
──我に名をつけたろう? 何度も話しているではないか。それに何故この男は同じ話を蒸し返すのだ。
「つけたけど……それはニックネームだし、お父様はやっぱり納得がいかないんじゃないかな」
──それだけでなく、真名までつけたではないか。あれで我は縛られてコガネになったのだ。そなたが考えたにしてはいいと思ってな。
「そこがよくわからない……私だけが呼ぶ名でしょう? それでどうして……縛るっているのもよくわかんない。今までの名前は? どういう扱いになっているの?」
──分かりやすく言えば、我はそなたの眷属になったのだ。だが、もっと言えばそなたの縛りは我が嫌だと思えばすぐに解けるものだ。
真名をつけたと話してものすごーく驚かれた。そして怒られた。
未だによく納得できないけど、どうやら真名をつけるのは名で相手を支配する一つの契約らしい。らしいというのは、もうその契約法が古いもので今では行う人がいないから。
いやいや、知りませんよそんなの。
真名をつけようとした方が魔力が高ければ問題はないけれど、その反対もあるわけで。支配や縛りに失敗すると反対に自分がその立場にされたり、もっと言えば命の危険もあったのだと聞かされた。
知らなければそうした契約もできないだろうと敢えて教えられていなかった私は、名前が聞き取れなかったからというのを理由に、契約まで済ませちゃったわけですね。
でもこれシロガネの気まぐれで、契約の形になっているだけの気がするんだけど……。
──だから、我はそなたの口にした音に縛られているのだ。
コガネという名は他者に決して教えるでないぞと軽く睨まれて、こくこくと頷く。
OK、理解した。私はこれからシロガネとしか呼び掛けちゃダメ。
言葉通り、私はシロガネをコガネという名で縛ったことになるらしい。本人は気まぐれだと言っているし、その気になればこの契約も解けると言っているから、その通りなんだろう。
──今までの名ももちろんそのままある。だがそれはそなたには必要のないものだ。我はコガネなのだから。
「……そうだね。私たちが交わしたのはそういう契約ってことだもんね」
──その通りだ。
私とシロガネの会話は他の誰にもわからない。端から見れば私が一人で話しているように見えるという。
初めは大変だった。精獣が話すなんてとお母様には驚愕され、そもそも契約なんて認めないとお父様は話は通じないし、シロガネは我関せずだし。
「精獣と契約するなんて、家のロゼスタはなんて凄いんだと言ってやりたいんだっ。でもあいつの目、どう贔屓目に見ても男のようだろう? まだ男を連れてくるのは早い!」
「師匠、人と精獣を比べるなんて流石の僕も引きます」
「同感だわ。お願いだからあの子には言わないでちょうだいね。よくそれで今まで王都でやってこれたわね?」
「そ、そそそれはだな、色々とあって」
──なんて会話が交わされていたことを、私は知らない。
尻尾を床に向けて一振りしたのを合図に、淡い光がシロガネの全身を包んだ。
現れたのは淡い金色に包まれた猫。白い毛並みはそのままに、ふんわりと蜂蜜のような甘い薫りを漂わせた彼は、優美に背中をくねらせた。
「この薫り……」
──わかるか。これがそなたの薫りだ。よい匂いだろう?
得意気な表情でくるりと一周したシロガネを、お父様が嫌な顔をして見やる。
「この契約はシロガネが私の下にいるってことでその薫りをさせているのね? それなら精霊と契約したのと同じだと思うんだけど……今後どうしましょう? もう部屋に籠っていなくてもいいかと思うんですが」
──ちょっと待て! 我との契約を精霊との一時的な契約と同じにするとは何事だ?!
「そうだな……いや! そうすると変な男が寄ってくるぞ、まだ部屋にいた方がいい!」
「いやいや元々お父様の調べ物をする時間稼ぎの為でしたからね。むしろ私が外にある程度出た方がいいんじゃないですか? シーリア様にもすぐ気づかれましたし、他の方もそうではないかと」
前半はシロガネに、後半はお父様に向けて話すと猛烈な抗議が返ってきた。
そうなのだ。
まさかシーリアが興味を示すと思わなくて──契約したてで我がそなたの側を離れるわけがないと妙に堂々と言い切られて──、何も言い訳を考えずにお茶会に連れていったのが運のつきだ。私の馬鹿。
助けてもらった精霊ではないが、今度は精獣と契約した。周りは混乱するから、奴隷商人の手から救い出してくれた精獣だということにしてほしいと口裏合わせを頼んである。
珍しく目をキラキラさせていたけど……大丈夫だよね? 大丈夫だと思いたい。
「それに属性な……」
「いずれ周りにも知れるでしょうけど、今は考えても仕方ないわ」
「そんなに珍しいんですね」
「創世神話の最初の精霊に連なる精獣なんですから当たり前でしょう!」
頭を抱えたお父様と肩を竦めたお母様。思わず「へぇー」とばかりに相槌を打ったら途端に兄様に突っ込まれた。
そこで自慢げに毛繕いをしているシロガネ君、実は光属性なんですって。王家の回復魔法の使い手と契約していてもおかしくない属性だよ。
本当、どうして私と契約している。
──そう驚くことでもあるまい? そなたも光の加護があるのだ、癒し手の素質はあるのだぞ。
きょとんとした口ぶりのシロガネの言葉が流れ込んでくる。それってあれか、今空中を舞っている金色っぽい精霊のことか。そういえばよく見かける。って、これ以上変なチートいらない。目立つの、よくない!
魔力回復の魔道具をどう広めようかって頭を捻っている時に、よりによって一番王家の関心を引く材料じゃないか。もふもふに負けた私の馬鹿!
──と思いつつ、艶々ふさふさの毛並みを撫でる手は止まらないし止められないのだった。
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