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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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名付け

 ──また珍妙な物を作ったのだな。


 金色の瞳を細め、単調な口ぶりで言われる。久しぶりに見る白い毛並みの持ち主は、全長三メートルほどもある狼の姿をしていた。


『珍妙なだなんて失礼な! 世紀の大発明と言って下さい』


 あー、でもこのすごい発明は君にはわからないよね、ポチ(仮)


 ──っ、その呼び名はやめぬか!

『やぁーです。よくよく考えてみたら、犬の名前は古今東西ポチと決まっていたわ。これからもそれでいいよね。(仮)つけているし』

 ──その訳のわからぬ論理はなんなのだ!? 第一呼び名などつけんでもいい!


 口の中で呟いただけなのに食い付き方が半端ない。別に肉球揉ませてくれなかったことを根になんてもってないですよ?


『そんなことより、そんなに変かな……』


 白い体に背を預ける。ぶつぶつとまだ聞こえる文句は無視だ、無視。

 背中にある白い毛並みは、触れているだけでじんわりと心地いい。何か不満があるようだけど、今回は離れるでもなく側にいてくれるらしい。もふもふ最高。

 指示語だけしか口にしていないのに狼がふっ、と笑ったのがわかった。

 現実で起こったことの大抵を知られていることにも、もう慣れた。


 ──変というより驚異的だな。

『それ、意味もっと悪いですから』


 別に目立ちたいとかとか、そういう思いじゃなかったのに。ただ、魔力回復の手段がないなら作るしかないと思って、半分意地になっていただけだ。

 王家に話が行けば間違いなく身柄を確保されるレベルだと言われて胃がずずんと重くなる。

 やーめーてー。ただでさえお父様の研究室壊して存在を知られているというのに。


『大体、量産できなけりゃ王家に呼ばれようが意味ないですよ』

 ──絶対数が少なければその分希少価値も増すのではないか?


 ひいぃぃぃ! 権力者に抱え込まれるのは勘弁!


『そういうのはどなたかに譲ります!』

 ──おかしな娘だ。国王に名を覚えられるのは名誉なことではないのか。


 呆れたような、訝しげな口ぶりで欠伸をしている。中身は一般市民なんで、そういうのは本当に勘弁。

 目標はあくまで一人立ち。NOニート。NO無職。

 自分の居場所を掴む為の手段なのに、それもう目的変わっているから……国王の側でもできるぞぉ? ないない、私は別に王家の為の魔道具作りたいわけじゃないんです!


 ランティスのように、魔道具をもっと利用して少しでも便利な世の中になればいいと思った。

 魔道具を馬鹿にしている人たちが少しでも減ればいいと考えた。

 同じ魔力を利用しているのなら、もっと効率を上げてもいい。攻撃魔法、防御魔法だけでなく、もっと生活に密接して魔法が使われたっていいはずだ。

 魔石を利用している魔道具だって、もっと評価が上がっていい。


 その私の思いと、王都で命令を受けて魔道具の研究をするのは、意味合いが違う。

 私は陛下の為の魔道具ではなくて、この国全体、この世界に向けて魔道具を広めたいんだから。


『王都だけでは……狭い』


 なんて言ったらちょっと欲張りだね。夢大きくしすぎだし。

 まずは量産できるように、多くの人の手を借りられるような体制を整えることからだ。


 お母様たちには壮大すぎて言えない、照れくさい理想は夢の中だから口にできる。

 けど、本当にこれどうやって広めたらいいんだろう……。ただお店に置いてもらって口コミを狙うにしたら効率悪いかな? むしろ買ってもらえない気もする。


 ──だからそなたは我の名を聞き出そうとはせぬのか?


 考えていたら、不意に声音が変わった。

 どうしてそこに話が繋がるのかわからなくて、首を傾けたら真剣な眼差しの金色の瞳とかち合う。綺麗な色だ。朝日が地平線から出る時に放つ、澄んだ色によく似ている。


 ──名付けにしても、我を縛る素振りもない。名を交わそうともせぬ。我の毛並みに触れるだけで満足か?


 ええ、まあそうですが。

 とも言えず。

 曖昧に笑ったらおかしな娘だ、と呟かれた。


『……私何か変?』

 ──単純に解せぬ。人は如何に自身を偽ろうとも、腹の底には相手を自分の支配下に置きたいと目論むものだ。


 欲がないのかと、そんなことを聞かれても困る。


『私は、すっごく欲張りだと思うけど』


 多分、この魔法陣を陛下に差し出せば、私は王都に最大の顧客を抱えることができると思う。燃費が悪い回復魔法の使い手を有している王家にとっても、身に付けておきたい道具の一つのはずだ。

 むしろ出回ってほしくないものかもね。

 大金が欲しいとか、名誉が欲しいとか、権力が欲しいとか考えないわけじゃない。ほどほどがいいんです。

 だから、私はこの魔法陣を皆に広める方法を探している。……発案者の名前は伏せる方向で。

 発信を領地だけ、王都だけじゃなくて世界全体なんて、結構道のりも遠いし欲張りだと思うんだけど。


 ──だから我にも興味がないのか?


 目の前の狼を自分の物にしたいかなんて聞かれて迷った。接続語が繋がってないし。

 興味あるに決まっているでしょ! だからこんなにもふもふしているじゃない。

 第一君は物じゃないし、自分の好きなときに思う存分もふもふできるんなら考えなくもないけど、今現にしてるし。──あ、そういうことじゃない? じゃあどういうことなの。

 探るような目で見てきた狼が、一拍置いて口を開いた。


 ──我はツェ────だ。


 重厚な音程が染みるように脳裏に響いた。

 瞬きして見つめ合うこと数秒。何かを期待したような尾の動きが苛々と地面を叩き始めた。

 ……やばい、滑らかな発音でさらりと言われて、全く音が聞き取れなかった。初めの音すら怪しい。アイキャンノットスピークイングリッシュですよ!


 ──名を交わすことは契約。即ち力の譲渡を互いにすると教わらなかったか。


 若干呆れたように獅子が口を開く。

 目を白黒させた私の反応が、どうやらお気に召さなかったようだ。


『それくらい知っています! でも、私にどうしろっていうの?』


 名前を教えることが契約となるなら、むやみに教えたら危ない。お母様が初めに教えてくれたこと。

 名乗られた。……名乗り返すのか? 今別に魔力貸してほしい場面じゃないけど。


 ──なに、単なる暇潰し、気紛れよ。我ほどになると名を交わす程度では縛られん。

『ふぅん……?』


 曖昧に頷く。もはやこの雰囲気でもう一度名乗ってくれとは流石に言えない。そして話の方向が読めない。

 私にどうしろと言うんだ。

 ──と、そこで良いことを思い付いた。

 名前を聞き返せないなら、こっちで別の名前をつけちゃえばいいんだ! ポチ(仮)じゃない、ちゃんとしたものを。


『ええ、と。ちょっとその名前私には言うの難しそう。だから、ニックネームつけてあげる』


 発音の難しさを理由に、実は聞き取れていなかったのを隠してあだ名をつけていいか聞く。


 ──ニックネーム?

『もう少し言いやすい名前はどうかなと思って』


 ぷいっとそっぽを向かれた。

 何その仕草可愛い。


 ──マシな呼び名をやっと考え付いたのか──と言ってやりたいところだが、どうせろくな名ではなかろう。

『え、ポチ(仮)をまだ根に持ってるの?』

 ──もうその名を口にしたら返事をせんぞ!


 ぶわっと毛並みを逆立てて、捲し立てられた。あばばばば。


『そ、それでね、あだ名なんだけど。こっちで言う真の名はコガネ。これは貴方の瞳の色から。朝日みたいにきらきらしているし、黄金っていう意味ね。それからあだ名、ニックネームがシロガネ。毛並みの色のことよ。雪が降ったあとみたいな、シミ一つない白銀みたいだから……どう、かなあ?』


 お母様と契約したディーだって、他人に向けてのあだ名だ。呼ぶのなら二つ必要だとずっと考えていた。

 どうせ私しか呼ばない名前だ。それにこの呼び名なら絶対にこの世界の人には意味はわからない。

 ポチ(仮)よりはいいはず。

 受け入れてもらえるか待っていると、瞬きしながら見返された。その体が光って……光って?

 慌てて見ると、全身が発光していた。

 目に眩しくはない、淡い光。毛並みの筋一つ一つが光を発しているみたいで目を凝らす。


 ──ふむ。


 悪くない。

 そう呟いて、ポチ(仮)改めシロガネは目を細めた。


『なんか……光っているけどいいの?』

 ──そなたにしては良い名を考えたな。

『馬鹿にしてる?』


 実はずっと考えていたんですよ。照れなくていいから、もっと誉めてくれてもいいんだよ。

 なんて考えている間に光は消えた。……気のせいだったのかも。

 我ながらいい名前を思い付ついたと、何度も頷いていると狼が立ち上がる。あらら、もうもふもふタイム終わり?


 ──契約は成された。契約者、ロゼスタ・ラシェルよ。


 朗々とした声が、響く。

 ぐにゃりと歪む世界の端から、キラキラと光の粒子が飛んでいく。目覚めの合図だ。


 ……まさかね。

 風に砂が煽られるように端から景色が暗闇にほどけていく。もう口は動かない。今回はもう話せないらしい。


 口を意味なくパクパクさせている間に、白い狼──シロガネは姿を消していた。



 ◇ ◇


「なんと言ったらよいのか……とんでもないものですのね」


 絶句から立ち直り、咳払いを何度か繰り返したシーリアに魔法陣を返される。


 スパイシーな薫りを纏わせた少女に見せたのは、薫り消臭の魔法陣だ。自分の薫りを気にしている彼女には、きっと興味を持ってもらえるだろうと思って見せたけど、反応はイマイチ。……自分の薫りは好きじゃないけど、消えるのは嫌なの?

 流石にまだ魔力回復の魔法陣は見せられない。お父様たちの反応からしてもまだ秘密にしておいた方がいいでしょう。


「あまり興味はないですか?」

「興味というか……考えたこともなかったので、驚いています。ロゼスタ様は他にもこうした魔道具を作っているのですか?」

「まだこれくらいしか形にはなっていないですけど……作りたいものは他にも色々とあります。シーリア様も、何か魔道具にあったらいいものって思いつきますか?」

「い、いえ、私は特に……」


 琥珀色の目を瞬いて一瞬遠くを見る表情をした少女は、次の瞬間はっと姿勢を正して首を振った。


「形にしたい魔道具は特にないですけれど、こうした魔法陣を眺めていると父を思い出します」


 私の視線に気まずくなったのか、シーリアがぽつりと呟いた。

 お父さん?


「会いたい、ですか?」

「いいえ」


 あ、あれぇ? 思わず首を捻った私を見て、シーリアが「今はまだ」と言い直す。


「……喧嘩でもされたんですか」


 思わず声を潜めて聞くと渋い顔が返ってきた。何事にもクールな印象が強かったから、ここまで顔に出すのは意外だった。


「別に喧嘩をしているほどでもないんですが。こうした魔法陣を見ると色々な魔道具や装飾品を持って帰ってきたことが思い出されて……。オルトヴァ様もよく我が家へいらしていたんですよ」


 それは初耳。

 侯爵家のご令嬢を預かることになったのも、そもそも二人の仲が良かったからなのかな。よく二人で話していたとシーリアは肩を竦めた。


「その陣はなんという魔道具になるのですか?」

「薫り消臭です。こういう魔道具を広めるのって、どうしたらいいと思いますか?」


 夢で考えたことが頭をよぎって話を持ちかける。別に侯爵家の力で広めてほしいなんて思っていないけど、どうしたら効率よく、ほどほどに広まるのか意見が聞きたかった。

 今日のシーリアは髪を下ろしている。蜂蜜色の髪を品よく後ろに流した少女は、しばらく考えてから口を開く。


「王都では個人商店のように店を出している者がほとんどだと思います。そもそも魔道具自体がそんなに庶民に浸透していないです」

「……もしかして、結構魔道具って高いんですか?」

「安くはないでしょうね。同じ品が何十個もあるわけではないので」


 ちょっとこれは盲点だった。正直忘れていた。広める前にお母様にも言われたことを思い出す。そうだよ、どれくらいの価値なのか見当もつかないって言っていたのを今思い出した。


「そういう商会の売上の中に魔道具はあまり含まれていないんですか?」

「皆無という訳ではないでしょうけど……殆どの店で取り扱っているのが魔石ですから、その収入が多いかと。貴族の中には魔道具を使用している方もいますが少数です。我が家は比較的多く使っていましたが」


 うーん。王都でもばらつきがあるのか……。

 思っていたより魔道具自体が広まっていないことに思わず唸ってしまう。

 侯爵家で利用されていたのは蝋燭の代わりに灯りのつくもの、ランティスでお父様が発案したと聞いた、食品を保存する冷やし箱。

 驚いたことに一定時間映像や音声を保存できる魔道具もあるという。しかも作ったのはお父様。本当、王都行って何を作っていたんだ。


 カメラのように人や景色を撮ることのできる魔道具もあるのかと聞くと困った顔をされたから、それは持っていないらしい。

 シーリアの家が比較的多く使っているのはあれだな、お父様と仲が良かったからという線が濃厚だ。


「もしロゼスタ様がこの魔道具を広めたいとお考えなのでしたら、どこか信用のおける商会に委託してみたらいかがですか?」


 眉を寄せた私に、シーリアが提案してくる。

 取り扱う商品と顧客層が異なる商会の中から、一番必要とする顧客のいる商会を選んで代理人として売買を頼んではどうか、というのだ。


「なるほど……」

「委託ですから、売上の何割かは商会へ手数料として渡すことになりますが。あとは商品自体をもう少し増やした方がいいと思います」


 商会に委託するにはこの薫り消臭の魔道具だけでは少ないらしい。使いそうな者が少ないのではないかと遠回しに言われる。

 まぁ、実際に広めたいと思っているのはこれじゃないんだけど、ありがたく忠告を聞く。

 確かに魔力回復の魔道具だけじゃ、魔道具全体の評価には繋がらないよね。もっと別な魔法陣を考えてみよう。


「あとはもうじき豊穣祭ですよね。その場を使って期間限定で売り出してみるのはどうでしょう?」


 出店という形で出すのをお母様たちが許してくれるかどうか、かな……。何はともあれ、数が必要だということがはっきりした。


「そういえばその白猫、ロゼスタ様の噂になっている猫のようですね。随分なついているようですもの」


 ふ、と彼女の視線が私の足元に下りた。テーブルの下で前足に頭を預けて目を伏せているその猫の瞳は、金色だ。 


「そ、そうですね、似てますよね」


 違うんだともそうだとも言えず、呻きながらなんとか答える。こちらにあまり興味はない、と聞いていた少女だったが、問いかけはそこで終わらなかった。


「……契約はしているんでしたっけ。それならそうと発表しますよね」

「ええと……前に、契約はしましたね、はい」

「同じ猫なんですか?」


 う、うわあああん、そこまで突っ込んで聞いちゃう?

 興味津々ですね!

 冷や汗をかいた私の内心の叫びを知ったか知らないか、白猫──シロガネは目を閉じたまま、ニヤリと口角を上げた。





読了ありがとうございます。


今年もよろしくお願いします。


ポイントも少しずつ増えていて嬉しいです。

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