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 アッシュが不機嫌そうなミシェルに見送られて次に向かったのは自警団の屯所だ。


 自警団の屯所はこの都市に二カ所ある。一つはこの都市で唯一人の出入りがある南門にある屯所。もう一つは中央広場の近くにある屯所。


 今回アッシュが向かったのは中央広場にある屯所だ。南門にある屯所は外から来る人間を監視するのに対してこの中央広場にある屯所は街の中で起こる騒動を監視する役割を担っている。


 アッシュがこの屯所にやってきたのは昨日出会った自警団の部隊長を務めるセシリアに会うためだ。もしかしたら自警団の見回りで屯所にはいないかもしれないが闇雲に探すよりは屯所で待っていたら会える確率が高いと思いやってきた。


「おや? そなたはアッシュ殿ではないか。こんなところに何をしにやって来たのだ?」


 アッシュが屯所の前までやってくると見回りを終えたセシリアとばったり遭遇した。


「ちょうどよかった。あんたに会いたかったところだ」


「私にか?」


「ああ。大事な話があるんだ」


 アッシュが真面目な口調でそう言うと見回りに同行していたセシリアの部下である女性陣が色めき立つ。


「うそっ! あのお堅い隊長に男がいたなんて」


「まさか鋼鉄のパンツを穿いているなんて言われるぐらいお堅いあの隊長がっ!」


「彼氏いない歴年齢と一緒のあの隊長がっ!」


「しかも大事な話ですって。どんな話なのかしら」


「ようやく隊長にも春が来たのか」


「こらっ! 貴様ら!」


 騒ぎ出す部下にセシリアが一喝すると部下達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。そんな部下達を見てセシリアはあきれる様にため息を吐く。


「まったく。何かにつけては色恋につなげる思考回路はどうにかならないのか。見苦しいところを見せてすまないな」


「いや、そんなことはない。部下に慕われているんだな」


「慕われている?」


「ああ。じゃなきゃ本人を前にしてあんなに騒がないだろ」


「なるほど。そういう解釈もできるのか」


 セシリアは興味深そうに顎に手を当てて一考するがすぐに頭を振る。


「だが街の風紀を守る自警団がそんな浮ついているのはよくはないな」


「それもそうだな」


 セシリアの真面目な返答にアッシュは部下も大変そうだなと肩をすくめる。


「それで私に用があるようだがいったいどのような用向きなのだ?」


「昨日言っていた住宅街に住む女性達の問題についてだ」


「その件か」


 昨日アッシュがそのことについて解決する手立てがあると言っていたことをセシリアは思い出す。


 今住宅街では冒険者による横行が起きていて女性達に街中を不用意に出歩かないようにと注意をしているのだがそれでも出歩いて冒険者に襲われることが多々起きている。今はまだ自警団が見回って被害が少ないが今後被害が大きくならないという保証はない。それに自警団の活躍によって被害が未然に防げているおかげで女性達にも危機意識が薄れて隠れてお喋りをする人達も出てきている。娯楽の少ない住宅街に住む女性にとってお喋りは数少ない楽しみなのだからやめるように注意をしても素直にやめることはできないだろう。


 自警団としてはそれが頭痛の種にもなっている。


 そんな問題をアッシュは解決する手立てあるかもしれないと言っていた。


「それならば中で詳しい話を聞こう」


 セシリアはそう言うと視線をアッシュから物陰に隠れて聞き耳を立てている部下へと向ける。


「というわけだ。後のことは頼んだぞ」


「は、はい!」


 聞き耳を立てていたことがバレた部下は慌てて返事をする。それを聞いたセシリアはアッシュを屯所にある自身の執務室に案内する。


「それでどういった解決策なのだ」


 執務室に案内するとセシリアは水をアッシュに差し出すとさっそく本題を切り出す。被害者になる女性が少なからず出ている以上セシリアとしてもこの問題は出来るだけ早く解決させたかった。


 冒険者ギルドがしっかりしていれば……と恨み言を言いたくなるのをグッと堪える。どちらにしろ自分達自警団も資金をかなり援助しているトーアク商会には声を大にして訴えることも出来ないのだから同罪なのだ。


 アッシュは差し出された水を一口飲み答える。


「実は今度うちの店でランチを始めようと思う」


「ランチ? 確かそなたの店は酒場だったはずだが……それがどうしたのだ? それが住宅街に住む女性達が襲われるのを防ぐこととどう繋がるのだ?」


 アッシュの店がランチを始めたことでこの問題がどう解決するのかわからずセシリアは訝しげにアッシュを見る。


 そんな視線を受けたアッシュはこともなげに受け流すと一息入れてから口を開く。


「人ってのは禁止されればされるほどしたくなるものだ。だから外出を禁止するぐらいなら推奨してやればいい」


「なるほど……一理あるな」


 被害を防ぐためになるべく出歩かないようにと言っているが家に閉じこもっていればストレスもたまってその反動でお喋りに興じる人達が増えているのも事実だ。


「だが推奨するといってもどうするのだ? 外出する機会が増えれば冒険者に襲われる機会も増える。そうならないために我々自警団が常に付きまとって護衛するというのも現実的ではないぞ。現状ですら厳しいのだから」


「だろうな。だから住宅街の女性達のためにうちの店を提供する。時刻は昼過ぎの時間帯。その時間帯に住宅街に住む女性達のために店を開放しようと思う。うちの店に集まるようになればどこにいられるのかわからないよりもあんたらも監督がしやすくなるだろう」


「……ふーむ。それは魅力的な提案だ。どこかでこそこそと集まられるよりはいい。だが住宅街の女性達がわざわざ商業街にあるそなたの店に足を運ぶとは限らないだろう」


 アッシュの提案にセシリアは複雑な表情をする。確かにアッシュの提案通り住宅街の女性達がそこに集まる様になってくれれば監督もしやすい。だがアッシュの店がある場所は冒険者ギルドがある商業街だ。わざわざそこに足を運ぼうと思う女性がどれだけいるか……。


「それなら問題ない。来てくれた女性には飲み物を一杯サービスするつもりだ」


「……無料か。確かにそれならば女性が足を運ぶかもしれないな。なぜか女性というのはタダに弱いからな」


 無料という言葉にセシリアはしみじみと語る。


「しかしそれだけでは足を運んでくれるだろうか。商業街には冒険者ギルドもあるのだから忌避する人も多いやもしれないぞ」


「確かにな。だから出す飲み物を工夫する」


「飲み物に工夫? 水以外に出すということか?」


 この都市で一般的に飲むものと言えば水か酒だ。さすがに昼間から酒を振る舞うわけがないからセシリアはってきり水を提供するのかと思ったがアッシュの口振りからそれは違うようだ。


「それだと果実水とかか? 果実水なら商業街に足を運ぶ者もでるだろうがそれだと高くつくのではないか?」


 水以外だと果実水があるが、贅沢に果実をいくつも絞った果実水はこの都市では高級品だ。一杯で二〇〇〇オーラムはするはずだ。


「まあ果実水ではないが高級品であることには間違いはない。ここら辺じゃあまり飲んでいる人間はいないがアベイル王国やマーヨラ帝国の王や皇帝に献上されるものだ」


「それほどのものがタダで飲めるのか。それはすごいな」


 王家に献上されるような一品をタダで飲めるなんてにわかに信じられないセシリア。


「もちろんあんたら自警団の連中にもタダで提供するつもりだ。休憩がてらうちの店で飲んで行ってもいい」


「ありがたい提案だが本当によいのか? それではそっちには何のメリットもないようだが……」


「心配ない。タダで出すのは一日一杯までだ。二杯目からは有料だ。お喋りをしていたら自然と喉が渇くからな」


「なるほど。損をして得をとるということか」


「そういうことだ。それでどうだろうか? この提案を受け入れてくれるか?」


「もちろんだ。断る道理もないからな。住宅街に住む人達には我々から宣伝しておこう。だが我々が宣伝をしたところで実際に客が来るかは別だぞ」


「それで十分だ」


 アッシュはセシリアから了承を得ると駐屯所を後にした。

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