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「それじゃあ行ってくる。そっちも頼んだぞ」
「任せておいて。いってらっしゃいアッシュ」
「ピー!」
ランチを始めると説明した翌日、アッシュはルチアとスーに見送られて店を出る。
アッシュが向かうのは商業街と職人街の間に挟まれた場所、スラム街だ。
スラム街と言ってもこの街のスラム街はゴミ山のような場所ではなく大通りから大分外れたところにあるうらびれた裏通りのことだ。
おそらく都市の出来始めのころに安いという理由で大通りから外れたところに店を構えたが人が来ず潰れていって空き家になったところを浮浪者といったはみ出し者が住み着いたのだろう。そのせいか街の雰囲気は暗く陰気な空気が漂っている。
「おっと」
アッシュがスラム街を見ながらそう推測していると、一人の少年がアッシュにぶつかってきた。
「……」
ぶつかった少年はぶつかったことを謝ることもせずにそのまま走りだそうとする。
アッシュはそんな少年に一言。
「筋はいいがまだまだだな」
アッシュは走り去ろうとする少年に金の入った袋を見せつける。
「……っ!」
それを見た少年はまさかと言わんばかりに驚いた顔をして慌てて手元を見る。
そこには本来ならアッシュからくすねた袋があるはずなのにない。
少年が盗んだ袋をアッシュが盗み返したのだ。それも少年が気付かないほどの手際で。
少年はそのことに気が付き急いで逃げ出そうとするがアッシュに首根っこを掴まれる。
「おい、離しやがれ!」
「離してやるから話を聞け。お前はミシェルを知っているか」
「……ミシェルだって」
ミシェルの名前を聞いて少年は目を逸らし明らかに動揺する。
「し、知らねーよ」
どうやら知っているようだ。
「ミシェルにアッシュが来たと伝えてくれ。俺はここで待っている」
アッシュはそう言うと少年を手離す。
自由になった少年はとまどった表情を浮かべる。街中で盗みがバレたりしたら重い罰則を受けることになる。現に少年の知り合いはそれで捕まったまま帰ってきていない。
それなのにアッシュはそれを見逃すと言っているのだ。
少年は困惑の表情を浮かべるがすぐに立ち直るとアッシュから距離をとるとあっかんべーをして逃げていった。
……。
…………。
………………。
それから待つこと二〇分。ミシェルがやってきた。さっきの少年は悪態をつきながらもちゃんとミシェルに報告をしていたようだ。
「ったく、まさか昨日の今日で会いに来るとは思わなかったよ」
両手を頭に組ながらミシェルはアッシュの前までやってくると不服そうに文句を言う。
「ちゃんと迷惑料は先払いしたはずだぞ」
「わかってるって。あんたには感謝しているつもりだ。おかげでしばらくの間は食い繋げていけそうだ」
「その割にはさっきスリにあったけどな」
「それについては謝る。食い繋げたって言っても生活が厳しいのは変わらないからな。おまけにあいつの妹が病弱だからな。それで金が要りようだったんだよ。それで、あんたは何しにやって来たんだよ。粋狂でスラム街に来たってわけじゃないんだろ?」
ミシェルはアッシュの真意を探ろうと視線を上に向けてアッシュの目を見る。
「もちろんだ。お前らに頼みたいことがある」
「ふーん。おれじゃなくておれらにね。いったい何をさせようって言うんだ」
アッシュの言葉尻から自分ではなく自分達孤児に何かをさせようとするのか警戒するミシェル。
「そう警戒しなくてもいい。頼みたいことってのは街の外にあるあるものをとってきてもらうことだ」
「あるもの?」
「詳しくは引き受けてから教えるがこの街の近辺にあるものだ。だから危険はあまりないはずだ」
「それなら自分で取りに行けばいいだろ? わざわざおれらを使う必要もないだろ」
近場にあるのなら自分達を使わずに自分達を使わずにアッシュ自身で取りに行けばいい。それなのに自分達孤児を使う理由はいったいなんだろうか?
自分だけならともかく仲間を巻き込むとなると慎重にならざる得ない。ミシェルはこのスラム街に住む孤児達のリーダーだ。自分が引き受ければ他の仲間も従うしかなくなる。だからミシェルとしてもこの胡散臭い提案に二つ返事で答えるわけにはいかない。
「確かに俺一人でやれるのならそうした方が楽だ。だがあいにく俺は店を長い間あけるわけにはいかないからな。人手が必要なんだ」
「……」
勘繰るようにアッシュの目を見るミシェル。
ミシェルの経験から人は嘘をつくと自然と視線を逸らそうとする。アッシュはミシェルの視線から逃げたりしていない。
つまり嘘は言っていないということだ。
もちろん騙すことに慣れている人間あら視線を逸らしたりすることはないだろうから絶対だとは言い切れない。
「報酬は? そいつを取ってきたらいくらもらえるんだ?」
「残念ながらこっちもいっぱいいっぱいでな。金を支払える余裕はない」
「なんだそりゃ?」
おどけるように肩をすくめるアッシュにミシェルはほんの少し肩の力が抜け本来の調子を取り戻しながら言う。
「こっちだって生活がかかってんだ。タダ働きだけはごめんだな」
「まあ話は最後まで聞け。支払える金はないが代わりにほんの少しだが食事は出せる。うちは一応飲食店だからな。どうしても食材にあまりが出る」
「食事か……」
それなら悪くはない条件だと思うミシェル。
現状職のないミシェル達孤児にとって日々の食事にありつくことだって出来ないことが多々ある。本来なら冒険者ギルドで雑用をこなして最低限の食事にありつけていたが今のミシェル達にはその冒険者ギルドからの仕事がない状況だ。
おかげで盗みに手を出すやつも出てきている。同時に盗みがバレてどこかへと連れ去られた仲間も出ている。捕まった仲間がどうなったかはわからないがろくな目にあってはいないだろう。
それを考えればアッシュのおつかいをやるだけで食事がもらえるのならありがたい話だ。
「……わかったよ。あんたの頼みを聞けばいいんだろ。それでいったおれらは街の外に出て何を取ってくればいいんだよ」
素直に引き受けるのもなんだか癪だったミシェルは嫌々ながら引き受けた素振りをみせる。
アッシュはそんなミシェルの態度になんだか懐かしいものでもみるかのような目でミシェルを見る。そしてミシェル達に取ってきてもらうものを話す。
「お前らに取って来て欲しいのはとある葉っぱだ」
「葉っぱだと!? おいおい、そんなもんどうするつもりだよ? まさかそれを店に出すつもりか」
「そのまさかだ」
「まじかよ。葉っぱだぞ。そんなもん出してどうするんだよ。虫にでも売ろうっていうのかよ」
よりにもよって葉っぱを売るというアッシュにミシェルは唖然としてしまう。
ミシェルもアッシュが働いている店の事情はある程度知っている。トーアク商会に目をつけられた可哀想な店で借金を背負わされて三カ月以内に返済できなければ店はトーアク商会のものになるのだと。そんな状況でアッシュは葉っぱを客に出すというのだからミシェルにはアッシュが何をやろうとしているのか全く分からなかった。
「それは後のお楽しみだな」
アッシュも説明する気はないようだ。
「ちぇっ! まあいいさ。こっちはメシをもらえればいいからな。この近辺で葉っぱを取って来るぐらいなら危険はなさそうだしな」
「そうだな。今は危険がないだろうな」
「……なんだよ。その言いぐさは? まるで今後危険になるかもしれないってことか」
きな臭さを感じ取り警戒するミシェル。
「かもしれないしそうじゃないかもしれない」
「結局どっちなんだよ」
「さあな。そこまでは俺にもわからん。まあ危険になったら無茶はするな」
「ああ、もちろんそうさせてもらうよ。こっちもあんたに尽くす義理はないからな」
「それでいい。明日の朝方――三の鐘が鳴る頃にに南門で待っていろ。案内人を寄越すから」
「案内人? あんたは来ないのか?」
「言っただろ。俺は忙しいんだ。なに、案内人の見た目は悪いが悪い奴じゃないと思うから。子供好きのようだしな」
「別に不安なわけじゃねーよ」
「なら寂しいのか?」
「なわけあるか! バーカバーカ!」
ミシェルはイーと舌を出して否定する。
「そうか。なら明日は頼んだぞ」
アッシュはミシェルの頭をくしゃりと撫でまわすと次の目的地へと向かう。




