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身代わり地蔵  作者: 五十嵐。
第二章
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思わぬところで交換条件

「いいよ。正人、どこにも行かなくていい」

 オレ達は、涼子を振り返っていた。

 台所に現れた涼子は、にっこり笑って正人を見る。


「あらら、こんなになっちゃって」

 そしてオレに向けたちょっと皮肉な笑い。息子をコントロールし切れなかった者への嘲笑か。

「今日はママと一緒にいようね」


 涼子の笑みもどこか無理しているのがわかる。少しやつれた感じの顔。寝不足が続いているからだろう。正人はそんな涼子に気づかず、泣いたカラスが笑っていた。

「わあ、ママ。今日、ボクと遊んでくれるの? ほんとに? 絶対だよ」

 正人はミルクをしたたらせながら起き上り、涼子に抱きついていった。


「いいのか」

 涼子が無理をしているとしか思えなかった。オレの失敗の尻拭いをさせているような気分だ。

「いいよ。正人がこんなにぐずったらもう無理なの。後でお義母さんに来てもらうから」

 正人はそれを聞いて、再び顔を曇らせた。

「お祖母ちゃん? ボク、またお祖母ちゃんと遊ぶの? やだ。お祖母ちゃんって、ダメばかり言うんだよ」


 そこで、おふくろと一緒だと思い切り遊べないから嫌なんだと気づく。オレが迎えに行ったときも「正人、だめ。やめなさい」を連発していたことを思い出した。

 オレも当然ダメだと言うが、おふくろは居間からトイレに走る正人に、家の中を走るな、転ぶからと注意していた。ちょっと過剰かもしれない。預かった以上、責任があるのはわかる。しかし、ダメばかり言われていたら、なにも聞いていないかのような正人でさえ、うんざりしていることがわかった。


「ううん、ママが正人と一緒に遊ぶの。お祖母ちゃんには清乃を見ててもらうことにする。でも、あまり長く出られないよ、それでもいい?」

 正人の顔が輝いた。

「大丈夫か、それで」

 心配している。産後の一か月くらいはあまり無理をしない方がいいらしい。

「うん、大丈夫。少しは外に出ないと私もくさっちゃうから」


 そうか、それならいい。たまに正人と外に出て遊ぶのも気分転換になるだろう。

 オレの気が少し軽くなった。

「その代り・・・・・・」

 涼子の意味ありげな表情と言い方にぎょっとした。


 なんだ、その代りって。それは交換条件を持ち出すときにいうセリフだろう。やはり、オレが正人をうまくコントロールできなかったから、涼子が正人の相手をする代わりに・・・・なんだ、なんだろう。


 涼子はそれを言う前に、正人に声をかける。

「正人、お風呂のとこで脱いでて。ママ、着替えを持っていくから」

「うんっわかった」

 正人は何も疑わず、風呂場へ駆けていった。


 二人きりになると涼子が再び、にっこり笑った。しかし、オレにはその笑いが恐ろしく思えた。

「今夜から、三日間、交代してほしいの」

「なっ・・・・・・」

 ぎくりとした。

 交代、それはあのことを示す。

「ね、お願い。ちょっと体を休めたいの。あなたが私の体に入ってくれたら、ゆっくりと寝ているだけでいい。私があなたになって、家のことをするから。正人とも思い切り遊べるし」


 やはりそうだった。男として生まれたオレが、身重の涼子の体に入り、出産を経験することになった、あの体を交換する身代わり地蔵、また、あれを使いたいというのだ。

 また涼子の体に入るのか。


 トラウマのように、さまざまな経験が脳裏に甦る。体験としてはあまりいい記憶はないが、あのおかげで主婦の立場、子供との距離が狭まった。家庭内離婚も解消された。それは認める。

 まあ今度は妊婦ではない。休んでいればいいというのなら、あまり深く考えなくてもいいかもしれない。今度こそ、あの憧れていた主婦のだらだらライフを満喫できるかもしれなかった。


「あなたがいやならいいの。水晶地蔵に頼むから」

 それでも、涼子がオレの体に入ることになる。その状況ならオレは地蔵の中で眠る。そっちでもよかったが、もう出産のようなことにはならないだろうから、と体の交換を承諾した。水晶地蔵にだらだらライフはもったいないだろう。

「じゃ、今日、例の【観の手】駅ガード下へ行ってきてね」


 ああ、また、あの場末の女神ンとこへ行くのか。あのばあさん、何かいいそうだなとため息をつく。

「聞いてるの? 行ってきてよね」

「ああ、わかった。聞いている」


 涼子はオレの乱れた髪をチャチャと直してくれた。

「行ってらっしゃい」

「うん、行ってくる」


 風呂場の脱衣所から正人も顔を出した。

「パパ、行ってらっしゃい」

と調子よく言う。

 現金な奴め。まあ、いい。正人を実家に連れていかないのなら、いつもより早い電車に乗れる。

「じゃあな」


「あ、今日、ゴミの日」

 涼子がオレの背にそう言ってきた。

 わかってる。

 既に玄関先に置いてあるゴミの袋を持って、ドアを閉めた。



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