第36話「問題児達」
血の道ができる。騎士達が大きな魔物を担いでいるが、地面に爪先がついて引きずった跡だ。
大きな牙と爪が特徴の獣型。顔や皮は虎に酷似しているが、しなやかな体つきは狼に似ていた。聖女の耳にはツルギトラという名前が聞こえた。
剣のような爪から名付けられた分類名という。ジャルネット村近くではこの魔物が主に人間を襲っているという。
肉食が基本ではあるが、美味しいものであればなんでも食べる雑食。
ジャルネット村近辺の地方では氷蜂を使った養蜂が一般的なのだが、その蜜の甘さも好んでいるため、巣を襲うらしい。
口にするとひんやりと美味しい蜜は王族にも愛されているため、騎士が魔物討伐する時の練習台として最適なのである。
その貴重な蜜飴をもぐもぐと食べる人型スライムは、不気味な潜み笑いをこぼす騎士の手元を眺めていた。
水晶玉を小型の箱の中に入れただけのような構造だが、瞳のような水晶が映した風景が紙に投影された。
ただし色だけである。青と緑と、あとは瘴気の黒と紫。子供が描いた落書きに水を落としたような酷さだった。
「ふひひ……成功でござるよ」
「そうか」
色鮮やかな紙を眺めて笑う騎士は目元を濡れた海藻のような緑髪で隠している。隙間から見えるのはギラギラと狂気を孕んだ赤茶色の瞳。
年齢は十六歳といったところで、騎士服の色は黒。魔導騎士団第五隊の若手だと魔導騎士に説明されたが、人型スライムには興味のない情報だった。
冷や汗騎士が遠征隊長であるハナヤに聖女護衛の増員について人伝いに相談したところ、ショウ・コトルヨのような騎士が九人ほど与えられたという。
中には全く仕事にやる気がないものから、本人はバレてないと思っている男装の女騎士など、魔導騎士曰く「問題児ばかり」とのことだ。
そのことにケイジは上等だと笑っていたが、その統率を任された冷や汗騎士は涙目で冷や汗が止まらない様子だった。
「天の女神が俺を見放したんだぁ」
泣き言を大声で吐いているが、人型スライムからすれば全人類同じであることを知っているので、相手にすることはない。
魔道具愛好騎士であるショウは、話を黙って聞いてくれる人型スライムに次々と自己開発品について説明していく。
服を全自動で洗ってくれる筒(ただし布地が引き裂かれる)や、虫の羽音まで記録できる本(ページを開くと爆音で鼓膜を破る勢い)などを嬉しそうに語る。
やはり人型スライムにはどうでもいいので、飴を舐めている間は適当な相槌で誤魔化していく。
近くでは不良騎士と喧嘩する男装女騎士とか、間抜け騎士が老人を背負おうとして膝を曲げた瞬間に転んだりと騒々しい。
嘆きで仕事も真面目にこなしていない冷や汗騎士とは反対に、魔導騎士は揃っている問題児達にご満悦だった。
ハナヤが押しつけてきたということは、彼でも手を持て余すような厄介者であるという証。
強さを確かめるために聖女の前で一対一の演習を行うのが二時間後らしく、一人でも魔導騎士に勝つことができれば望みを叶えるという内容である。
不良騎士はかなり悪いことを企んでいるらしく、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。魔道具愛好騎士も開発費の永遠提供を目論んでいる。
九人を連続で相手するのかと冷や汗騎士が同情したが、十人組み手は基礎だと魔導騎士に告げられていた。
演習に巻き込まれた冷や汗騎士は嫌な予感を覚えていた。魔導騎士の噂は聞いたことはあっても、実力は確かめたことがない。
魔法学校を主席で卒業しているということだが、演習では魔法禁止を手加減のために加えると言われても消えない悪寒。
抵抗しなくなるまで木剣で叩かれ続けた不良騎士が大地の上に転がり、強気な男装女騎士が膝を抱えて泣いている。
自慢の魔道具を揃えた魔道具愛好騎士は壊れた部品を下敷きに沈黙しており、間抜け騎士は演習を始める前に降参した。
九人続けてあっという間に倒されたのを見てしまった冷や汗騎士は、散った騎士達の期待も虚しく五分ほどで倒されてしまう。
息一つ乱していない魔導騎士は、十人の実力を正確に測っていた。
悪くない。荒削りで、無謀や無策な戦い方。それで五人ほどが一分以上も魔導騎士と戦い続けられるのだ。
磨いていけば光る逸材。そのために必要なのは起点となる、推進力のような負けん気だ。
「いい事務職場を紹介してやろうか?」
王宮、神聖、魔導。各三つの騎士団から集まった問題児達。
望まずに入団できるほど、どの騎士団も甘くない。どれだけの問題を抱えて現状に反発していようが、抱えている気持ちは同じだ。
一人前の騎士になる。どれだけ目標が異なろうが、道程は一致している。
それを侮辱された瞬間、ぶわりと膨れ上がったのは圧倒的な怒気である。
大地に倒れていた不良騎士が跳ね起き、膝を抱えていた男装女騎士が顔を上げる。
降参した間抜け騎士でさえ弱気そうな表情で睨み、魔道具愛好騎士も部品一つ逃さないように地面に広げたマントへかき集めていく。
魔導騎士に集まる煮え滾るような怒りの真紅糸。溶岩のように橙色に光り、今にも燃えそうなほどの熱気を表しているようだと、人型スライムはそう捉えた。
「オメェら、目にもの見せてやんぞゴラァっ!!」
真っ先に声を上げたのは不良騎士のヤン・キースだ。今にも喧嘩を売りに行きそうな怒りを、今では敵わないという冷静な思考で抑えつけている。
「同意するのは癪だが、君の言うとおりだ。僕も黙っていたくない!」
一言多いせいで取っ組み合いが始まりかけたが、男装女騎士のレイ・ジンに倣うように間抜け騎士のドージ・ツコネも頷いた。
魔道具愛好騎士のショウ・コトルヨは黙々と組み立て作業を始めており、酔っ払い騎士のサケグ・セイが見世物のように眺めていた。
しかし他四人は怖気ついてしまい、勤務内容を変えてもらうと逃げ出してしまう。
こうして冷や汗騎士は負けん気の強い問題児達をまとめるという、とんでもない難題を抱えることになったのだった。
演習を見ながら、聖女は膝の上に乗せた本を眺めていた。
人型スライム曰く、聖女が書く文字とは異なるらしい。それでも読むのに苦労したことがないので、異世界転移によくある変換補正でも働いたのだろうと気にしない。
それは魔物について書かれており、魔物には分類名と固有名の二つが存在すると書かれていた。
分類名はスライムやツルギトラといったような、特徴から大まかに分類したもののことである。
毒を持っていようが、水の体で無害だろうが、透明な皮膜に大量の水分を持った生命核が丸見えの魔物は、ほぼ全てスライムである。
分類名を与えることで、特徴から弱点が即時に引き出せる利点があるらしい。
固有名は特別な生物に与えられる称号のようなものだ。
過去にはツルギトラの特徴である剣のような牙と爪を持ちながら、体の大きさが民家ほどの魔物が暴れ回って大きな被害を出したらしい。
そのため分類名はツルギトラでありながら、固有名として「ジャンゴ」が付与された。討伐後には正式にツルギトラのジャンゴと呼ばれているのだとか。
先ほど巡回を終えた騎士が持ってきたツルギトラの死体に、避難所にいた者達は喜んでいた。
肉が美味しいだとか、毛皮がこれからの寒さに必要など、笑顔のまま捌いて素材へと形を変えていくのだ。
生き物が、そうでなくなる瞬間。当たり前のことだと理解しつつも、初めて見る光景を受け入れるのには時間がかかりそうである。
理解を深めればマシになるかとも考えたが、やはり生命や倫理について学んでしまっている聖女には切り替えが難しい内容だ。
なにより人型スライムが身近にいるせいで、受け入れるための問題がややこしくなっている。
もしも正体がバレたら――人の形が素材になるのを見てしまうかもしれない。
想像するだけで怖い内容を振り払うように、聖女は自主的な巡回へ向かう不良騎士達の背中を眺める。
魔物を討伐するのが当たり前な彼らが、人型スライムに手を振っている。
「難しいなぁ」
浄化の日程が決定した。大きな仕事が待っている。
目前に迫る緊張を自覚しながら、聖女は人型スライムの心配をするのであった。




