後日譚: 遠浅
自分は使用人達にとって、気難しい主人なのだろうと、ソフィアは思う。
常に、口調も態度も横柄にならないように気をつけている。そうそう、労いの言葉も忘れてはいけない。
けれど、どうしても特定の人間を身近に置くことができない。
姉や妹にはお気に入りの侍女がいて、身の回りの世話などは決まった人間がする。それが貴族女性の常識と言ってもいい。
是非とも侍女にと、有力な家臣の娘達がソフィアのもとにやって来るが、三日もすればソフィアの方が耐えきれなくなる。そうして、衣服やアクセサリーの管理を任せるだけになるのだ。
結果、ソフィアは一人で着替えやすい簡素な作りのドレス、自分で整えやすい髪型になってしまい、おおいに母を嘆かせていた。
「悪い癖なのだけれど、つい他人の思考に気持ちが行ってしまうのです」
ソフィアは鏡を見ながら、背後に立つオーウェンに言った。
「そういう質なんだから仕方がないだろ?」
オーウェンは事もなげにそう言う。
彼は目下、ソフィアの髪に紫色のリボンを編み込んでいる最中だ。
「俺が近くにいても疲れるんだったら問題だけどね」
「そんなことはありません」
「よかった。でも疲れるようなら正直に言ってくれよ。今までみたいに、別々に暮らす事もできるんだから」
オーウェンに求婚されてから三月になる。
ソフィアの返事は、もちろん『はい』だった。
ただ、貴族の結婚というのは一筋縄では行かない。
リンドール候爵家には、兄のレオニスという立派な跡継ぎがいる。娘達に求められるのは、政治的に利のある結婚だ。
それなのにオーウェンは、貴公子どころか有力な家臣の子息でさえない。
どういう事だと、ソフィアの目の前で父に詰め寄る親族もいた。
ところが驚いたことに、父親は『あれには勝てない。諦めよ』と豪快に笑い、それ以上何も語らなかった。
そして当のオーウェンは、許されて城館に移り住むと、ソフィアの身の回りの世話を始めた。それはもう忠実な従者のような甲斐甲斐しさで、オーウェンがリンドール候爵家の中枢に入り込むのではと懸念していた親族や家臣達は拍子抜けすることとなった。
「ほら、できた。素敵だろ?」
オーウェンは、満足そうに鏡の中のソフィアに笑いかける。
「どこで髪結いなんて覚えたのですか?」
「色々と伝手があるのさ」
おおかた、母の侍女たちを丸め込んで教えてもらったのだろう。
オーウェンはどこに行っても人とうちとけられるから。
「できれば花嫁衣装の着付けもしてあげたかったのに、それはダメらしい」
ソフィアは吹き出した。
「そんな花婿は聞いたことがありません」
「残念だ。誰よりも早く君の花嫁姿が見たいのに」
「そこは父に譲って下さい」
少し不満げなオーウェンが愛おしい。
「誰よりも早くは無理ですけど、誰よりも近くで見られますよ?」
散々横槍は入ったけれど、明後日、ソフィアは花嫁になる。




