第18話 タヌキの置き物
「異端の鍛冶師。もう逃げ場はないぞ。お前が作ったその『神の理を外れた短剣』を渡し、大人しく火炙りになれ」
商業国家アルカナの裏路地。
たいまつを掲げた数十人の神殿騎士団が、冷たい金属音を響かせながら俺たちを完全に包囲していた。
背後の闘技場の扉からは、「逃げたぞ!」「捕まえろ!」という屈強なコックや警備兵たちの怒号が迫ってきている。
前門の虎(狂信者)、後門の狼(借金取り)。
俺の心臓は、折れた肋骨を内側から叩き割る勢いでバクバクと暴れ回っていた。
「……終わった。俺の異世界ライフ、ここでバッドエンドかよ」
「諦めるなダイチ! 俺たち五人の力を合わせれば、活路は開けるはずだ!」
レオンが大剣を構え(なぜかさっきクロエが折った『覇王の木刀』の片割れを持っている)、モグとザックも震えながら武器を構えた。
そして。
「……マスター。指示を」
俺の前にスッと立ち塞がったのは、先ほど仲間になったばかりの銀髪クール騎士、クロエだ。
彼女は氷のように冷たい瞳で、神殿騎士団を睨みつけている。
「あの白と金の鎧……おそらく、私に『飲むだけで身長が3メートルになる奇跡のプロテイン』を売りつけた詐欺グループの親玉ですね。許しません」
「絶対違うから!! ただのヤバい宗教団体のガチ騎士だから!!」
俺の悲鳴のようなツッコミを無視し、クロエは懐からゴソゴソと『何か』を取り出した。
「私の武器は折れましたが、問題ありません。昨日買ったばかりの、この『持っているだけで大富豪になれる黄金のタヌキの置物』を使います」
「デスマッチの時に言ってた借金の原因(金貨三百枚)!! ってか、なんでそんなデカくて重そうなもん持ち歩いてんだよ!」
クロエの手には、どう見ても純金ではなく『鉛に金メッキを塗っただけ』の、ボウリングの球ほどもある巨大なタヌキの置物が握られていた。
「ええい、狂人どもめ! 構わん、串刺しにして聖火の餌食にしてやれ!」
騎士団長が剣を振り下ろすのと同時に、重武装の騎士たちが一斉に槍を突き出して突進してくる!
「いきます」
クロエは無表情のまま、タヌキの置物の『尻尾』の部分をガシッと握り、プロのハンマー投げ選手のような美しいフォームでその場でクルクルと回転し始めた。
「奥義――『大富豪の鉄槌』」
ブォンッッ!!
「ぐはぁぁぁぁっ!?」
「な、なんだこの理不尽な質量はぁぁっ!?」
遠心力が乗ったメッキのタヌキ(推定重量30キロ)が、騎士団の美しい陣形にクリーンヒットした。
魔法の防壁など、ただの暴力(物理)の前には無力!
タヌキのフルスイングを食らった騎士たちが、ボーリングのピンのように「ストラーイク!」とばかりに次々と路地裏の壁に叩きつけられていく。
「すげぇぇっ! これが金貨三百枚の力!」
「ザック! 感心してないでアレだ! 目潰し!」
「アイアイサー! 闘技場からくすねた『激辛香辛料』だぜ!」
「我が右手に封じられし炎よ! ぽいっ!」
ザックがばら撒いたハバネロパウダーに、モグのチャッカマン火球が引火。
路地裏に『致死量の激辛煙幕』が充満した。
「目がぁぁっ!? 神よ、目がぁぁぁっ!!」
「ゲホッ、ゴホッ! 陣形を立て直せ!!」
涙と鼻水まみれで悶絶する神殿騎士団と、後ろから追いついてきて煙幕に巻き込まれた闘技場の警備兵たち。
現場は完全に阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「よし! 今のうちだ、お前ら走れェェェッ!!」
俺は肋骨を押さえながら、ハバネロ煙幕を突き抜けて大通りへと猛ダッシュした。
レオン、モグ、ザック、そしてタヌキの置物を大事そうに抱えたクロエが後に続く。
「ハァ……ハァ……! どこに逃げるんだダイチ! 街の出口は封鎖されてるはずだぜ!」
「わかってる! なら、街の上に逃げるしかない!」
俺が指差した先。
大通りの奥にある広場に、巨大な『気球』のようなものが係留されていた。
ゴルド商会(昼間に馬車を直してやった商人)の紋章が描かれた、巨大な帆と浮力魔法で空を飛ぶ『大型飛空艇』だ!
ちょうど出航の準備中で、甲板には大量の木箱が積み込まれている最中だった。
「あの船に便乗する! 荷物に紛れ込め!」
「了解だ! いななけ俺の筋肉ゥゥゥ!」
レオンが、どんくさいモグを小脇に抱えて飛空艇のタラップを駆け上がる。
ザックが猿のようにロープをよじ登り、俺とクロエもそれに続いた。
「おい、そこ! 何をしている!」
見張りの船員が気づいて声を上げてきたが、俺たちは甲板に積まれていた『空っぽの巨大な木箱』の中に、五人まとめてスライディングで滑り込み、内側から蓋を閉めた。
「しーっ! 声出すなよ……!」
真っ暗な木箱の中。
五人がすし詰めで息を潜める。俺の顔のすぐ横にはクロエの無表情な顔があり、足元ではレオンの無駄な筋肉が圧迫してきて、肋骨が死ぬほど痛い。
『おい、今の連中なんだ!?』
『いいから早く出航しろ! さっきから街の奥で騒ぎが起きてる! 巻き込まれる前に浮上するぞ!』
『アイアイサー! 係留ロープ切断! 浮力魔法、最大出力!』
船員たちの怒号が聞こえた直後。
フワリ、と。
内臓が浮き上がるような独特の浮遊感が、俺たちの体を包み込んだ。
「……飛んだ。助かったぁぁぁ……!」
木箱の中で、俺は深く安堵の息を吐き出した。
神殿騎士団も、闘技場の借金取りも、空を飛ぶ船までは追ってこれない。俺たちはついに、あのアルカナの街から完全に脱出することに成功したのだ。
「へへっ、大空の旅だぜ! 俺たち奇跡の三連星にふさわしい舞台じゃないか!」
「ボク、高いところ苦手なんだけどぉ……」
「マスター。この船は、どこへ向かっているのでしょうか?」
暗闇の中でクロエがクールな声で尋ねてきた。
「さあな。とりあえず隣国か、遠くの大陸に行ってくれれば御の字だろ。……よし、ちょっと外の様子を見てみるか」
俺は木箱の蓋を少しだけ押し上げ、隙間から外を覗き込んだ。
夜風が吹き込み、眼下には小さくなっていくアルカナの街の灯りが見える。素晴らしい景色だ。
だが。
俺の視界に入ってきたのは、美しい夜景だけではなかった。
甲板に立っていた船員たちが、怯えたような声で叫んでいたのだ。
『船長! 進行方向に巨大な乱気流です! こ、これは……!』
『バカな! なぜこんな所に、魔界へ続く「絶対絶命の嵐」が発生しているんだ!? 面舵いっぱい! 回避しろぉぉっ!』
『ダメです! 舵が効きません! 吸い込まれるゥゥゥッ!!』
「…………は?」
俺が木箱の隙間から進行方向を見ると、そこには。
星空を完全に覆い隠すほどの、禍々しい漆黒の巨大竜巻が、飛空艇を丸呑みにせんと大口を開けて待ち構えていた。
「……おいおいおいおい」
俺の顔から、スーッと血の気が引いていく。
「どうしたダイチ? なんか面白いもんでも見えたか?」
「マスター。私のタヌキが、なぜか震えています」
「タヌキは関係ねぇよ! お前ら、何か掴まれェェェッ!!」
俺が叫んだ次の瞬間。
飛空艇は激しい轟音と共に漆黒の竜巻へと突入し、俺たちの入った木箱は、無重力のアトラクションのように甲板から天空へと高く高く放り出された。
「「「ぎゃあああああああああああああっ!!??」」」
神から逃れ、借金取りから逃れた先で待っていたのは、大空を舞う木箱という名の、地獄への直行便だった。




