84.将来有望な若者
「あのっ!これはどう編むんですか?」
「これとこれが重なるようにずらして、そしたら1番左のを間に持ってきてください」
「はいっ!ありがとうございます……」
「紫に合う色は何色がいいですか?」
「男性なら黒や藍、女性なら薄紫にして灰色や水色と合わせるのもいいですね」
「本当だわ!素敵です……」
「……なんだあれ」
孤児院の定期訪問のあと、私だけルトバーン商会に寄る。好きな人や大切な人にプレゼント、そして願掛けという謳い文句をつけ、ウォルターがミサンガ教室を開催し始めた。毎回好評だと聞いたので、見に来たんだけど……。なんじゃあれは。
そこには、我先にと話しかけようとする女の子たちに囲まれ次々と質問されるウォルターの姿があった。そしてそれに照れもせず黙々と教えるウォルター。
「主に子供向けに開催してるから、材料費と安価の参加費なんだけど………ミサンガを作りに来るっていうよりもウォルトに会うための参加費になってるんだよね。だってあの3人、毎回参加して毎回ウォルトに質問してるんだよ?」
出迎えてくれたフレデリックがニヤニヤしながらそう話す。そ、想像以上の人気……。まぁ平民であれだけ将来有望な顔の人、そうそういないわよね。今月13歳になったウォルターに対し、6〜15歳くらいの女の子たちは完全に色めきだっているけど、ウォルターが全くその気がないため、そこからの進展はなさそうだ。
「フレデリックさん!質問したいんですけどいいですか?」
「あ、今行くよー!ごめんねドリー、俺もサポートで一緒にやってるんだ。すぐ戻るから待っててね」
「ええ、待ってるわ」
ミサンガ教室のテーブルに戻るフレデリック、そしてウォルターの姿。私も平民だったら、タイプの違うイケメン二人に教えてもらいたくなるよなぁーなんてしみじみ思う。
すぐ終わると言っていたフレデリックだったけど、次々と女の子たちに囲まれ帰ってこない。心の中に少しモヤモヤとした感情が湧き出る。今までは私の知り合いとしかいなかったフレデリックが、私の知らない女の子といつもの笑顔で会話をしているのを見ると何かが喉につっかかる。
すぐ戻るって言ったのに、そっちの女の子といるほうが楽しいの?
……。
なんで急にそんな言葉が思い浮かんだのか。でも私の心の中を表現するならこれが一番合っていた。あの女の子と話すのが楽しいのかな?すごい笑ってる。
私は貴族だけどあの女の子は平民だから?
考えれば考えるほどモヤモヤして胸が少し締め付けられる。
その答えを見つける前にフレデリックが戻ってきた。
「ごめん!いつもつかまると長くてさ、お待たせ」
「ええ」
「商談室の方に行こうか」
上手くフレデリックの言葉に返すことができない。別に彼が悪いわけではないのに、私の気分で嫌な態度をとってしまった気がして申し訳なく思いながら商談室に進む。
商談室のドアの前に到着した。だけどフレデリックはドアを開けない。
「フレッド?開けないの?」
後ろから声をかける。彼はすぐに振り向いた。
「なにか悩んでるの?」
「えっ……そんなことないわ」
「……そうは見えない」
真っ直ぐな目で私の前に顔を持ってくるフレデリック。目をそらすも、彼の視線はずっと感じた。
「本当になんでもないの。……貴族じゃなければ良かったな、って」
「……なんで?」
横を向いた私の顔の位置に合わせてフレデリックが移動してくる。
あぁ、そんなに問い詰めないでよっ!私だってなんて答えていいかわからなくて悩んでるんだから!!
「私が貴族じゃなかったら、もっとあの子のようにフレッドと壁もなく仲良くなれるのかなと思ったのよ」
恥ずかしい……。自分の思っている言葉を口にするのってなんでこんなにも難しいんだろう。フレデリックはなぜいつも自分の気持ちを正直に伝えることができるのだろう。自分と彼との違いをひしひしと感じる。
「俺はドリーとの間に壁なんてないと思ってるよ」
彼の真っ直ぐで大きな瞳と視線がぶつかる。
「ドリーの方の壁はまだ壊せてなかった?まだ壁があると思ってる?」
悲しそうにそう口にするフレデリック。純粋な彼の言葉に、私はそれと同等の言葉で返せるのか。身分なんて気にしないとはずっと思っていたけど、私は貴族。平民同士で仲良くするのは普通のことなのに、なんでこんなにも羨ましく思ってしまうのか。
私は言葉を絞り出す。
「そんなことないわ。ただ、私と同じくらいの歳の子とフレッドが楽しく話しているのが、その……なんというか、悲しいというか悔しいというか……」
だんだん言ってて恥ずかしくなる。顔が熱くなっていくのを感じ、つい下を見てしまう。言葉が見つからない。こんなにも言いたいことを伝えるのは難しいのか。
すると突然私の両手首をフレデリックが掴んで軽く持ち上げた。顔を上げれば、私よりも身長が高くなったフレデリックと再び目が合う。目線だけ見上げるように彼を覗くと、彼は驚いたのか少し目を見開いている。
「やきもち……妬いてくれてるの?」
「っ……そうよ、私のフレッドが他の女の子と仲良くしてることに妬いたのよ!」
顔が近い。全く目線を外さないフレデリックにテンパってつい逆ギレのような形で開き直ってしまった。
そして間違えた……。
『私のフレッド』
な……!なんという間違え方してるのよ私!!バカなの?!どう考えても誤解しか生まない。『私の』って何?!最低すぎるじゃん!確かに妬いた、……妬いたのは認めるけども!子供みたいな間違え方、いや子供だけどさ!恥ずかしすぎて頭から湯気が出るわ!あーもう嫌!ひねくれてるじゃん私!
「ま、まってこれは誤解ーーー」
「嬉しい」
俯きながらも言い訳をしようと思った私の顔にフレデリックが近づいてくると、私と彼の額が軽くぶつかる。そのままの状態で彼が微笑むのが見えた。
「あの……さっきのは」
「何も言わないで」
鼻と鼻がもう触れそうな位置でフレデリックがそう呟いた。勇気を出して目を上に向けると彼と至近距離で見つめ合ってしまい恥ずかしくて目を伏せる。そんな気持ちを彼はわかってるのかわかってないのか、囁くように話す。
「嬉しいの。間違いだとしてもドリーがそう言葉にしてくれてるだけで。今は何も求めないからさ、そのままでいて」
「そのままで、って求めてるじゃん……」
「あはっ、そうだね。じゃあ求める。……でもこれだけは忘れないで。ドリーが1番だから、それ以外は考えられない」
「……うん」
彼はゆっくりと離れる。それを一瞬名残惜しく感じてしまったが、すぐに気持ちを切り替える。顔が熱いけど何とか手で仰ぎ冷ます。
「じゃあ入ろうか」
「ええ」
今ので心臓が口から出そうなんですけど……。
商談室ではルトバーン商会長と数人の役員が別の仕事をしながら私達を出迎えてくれた。
「ドロレス様、お久しぶりで
す」
「お久しぶりです、お忙しいところすみません」
「いえいえ、冬はまたルームソックスが売れて儲かりましたよ。ドロレス様はうちの商会の神様みたいな方です。他に行かないでくださいね?」
ニコニコしながらも獲物を逃さないという目線を私に向ける。怖いから!私子供だから!!
「作りたいものがあるんですけど、いつもと違ってコストがかかるのと、かなり話し合わないと難しくて。主に椅子や車輪を作るのに適した人とお話をしたいのですが」
そう伝え、図面を差し出す。
「これは何に使うものですか?」
商会長が見たこともないその図に不思議な顔をする。
「【バギー】です」
そう、ベビーカーだ。ただし、首がすわってから乗せられるタイプのバギーベビーカーなので生後6ヶ月〜3歳未満のタイプ。いろんなものがついた豪華な、生後すぐに使えるようなタイプのものは私の能力では無理。そこまで構造がわからない。だからルトバーン商会の知恵を借りて、バギーベビーカーなら作れると思った。
この世界はベビーカーがないことに気がついたし、抱っこ紐は簡易的なものなら布を結んで使っている人がいる。
貴族には向かないかもしれないけど、自分たちで歩いたり買い物をしたりする平民なら、あれば便利だと思ったのだ。
「たしかにこれは難しいですね。折りたたんで閉じられる、体重は20kgまで乗せられるようにする、となると車輪や軸をかなり丈夫なもので作らないとだな」
「ええ。なので専門的な知識が必要なのです」
「あの」
ルトバーン商会長の後ろで手を上げている役員がいる。
「どうした?」
「それ、私が試作を作ってみてもいいですか?」
そう口にした若い男性は、発言を恐れ多く感じながらもやる気に満ち溢れた顔をしている。
「そうか、ザカリーはからくりの仕組みが作れるもんな」
「はい。趣味と仕事両方でやっているので、今見た感じでなんとなく出来る構造が頭に浮かんでます。車輪はかなり頑丈にするために工場と相談します。うちもあと3か月で出産予定なので、完成したらぜひ使いたいです」
まじですか!!ザカリーよ、優秀すぎるのではないか???予想していたよりももしかしたら早く完成するかもしれない。
「じゃあザカリーに任せよう」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
「はい!必ず素晴らしいものにいたしますので試作品の完成次第すぐにご連絡いたします」
さっそくザカリーと細かい話をいくつかして部屋を出た。
うふふ、楽しみ。今までで一番厄介な商品だとは思っていたけど、これならあっという間に出来そう。モレーナにプレゼントしたいな。
部屋を出たとき、懐かしい顔を見つける。
「あ、ルミエ?」
「っ!ドロレス様、……お久しぶりです」
ギルバートの事件以来だ。彼女はルトバーン商会の処分の他に、法の罰として国へ金銭納付を言い渡されていた。
本来なら投獄だが、闇市に流していたことを知らなかったという口利きと、ルトバーン商会が被害を訴えなかったため、大事にはならなかった。商会の処分を受けながら、国にお金を納めている。
今、彼女は下働きとして働いていた。だけどとても生き生きとしていて、新しい人生を歩み始めたのだろう。
頭を下げて立ち去る彼女を見て、私とフレデリックは顔を見合わせる。
「金銭納付完了にはまだまだ辿り着かないけど、彼女は基本優秀だからまた昇格するかもね」
「今度はまともな相手を見つけてほしいわね」
そう思った。そして、願った。
店の外に出て、馬車に到着する。
「しかし、相変わらずとんでもない思いつきをするよなー」
フレデリックが呆れながらそう言った。
「でも、あったら便利なものはどんどん世の中に広まってほしいのよ。ルトバーン商会は天才の集まりだもの」
「……それは否定しないけどね」
笑いながら歩いていると正面玄関にたどり着いた。




