83.重なった奇跡からの幸せ
ワクワク。3月の暖かい日差しが気持ちよく感じるようになったある日。旅行の前日のように楽しみすぎて昨日の夜は眠れなかった。
馬車が到着すると、会いたかった人が出迎えてくれる。
「いらっしゃい、ドロレス」
「モレーナ様、お久しぶりです!」
今日はレイヨン公爵邸へ遊びに来た。アレクサンダー誕生祭で会っているので彼女が回復しているのはわかっていたけど、そのモレーナの腕には去年生まれたオルトが口をパクパクさせながらスヤスヤと寝ている。
かわいい……とんっっっっっっでもなく!かわ!いい!
ほっぺたツンツンしたい!あの小さな手で私の指を握ってほしい!頭を撫でまくりたい!赤ちゃんってなんで寝てるだけであんなに可愛いの?!おかしくない?同じ人間なのに!
「ついさっきまで、大声で泣いてたのよ。ドロレスが来る直前に落ち着いたわ」
「かわいい……可愛すぎて持ち帰りたい……」
「ふふふ、可愛いでしょ?大泣きしようがなんだろうが、愛おしすぎて全く苦にならないのよ!でも絶対渡さないわよ?愛するオルト、あーもう生まれてきてくれてありがとう」
オルトのおでこにキスをするモレーナ。ニコニコが止まらない。それを見る私も自然と笑顔になってしまう。こりゃ相当な箱入り息子になるな……。
部屋に入り、メイドに紅茶を入れてもらいホッと息をつく。モレーナはオルトを抱いたままだ。普通ならベッドに寝かせるか、乳母に渡す。こうやって自分の子供が無事に生まれてきて、自分の腕の中にいることを心から喜んでいるようだ。
数年前までは別世界の話、1年前は自分の命と引き換えに生まれるのだと覚悟していたんだから、いくつもの奇跡が重なって今のこの幸せがあるのだろう。
「ごめんなさい、甘いものを食べに行く約束をしているのに全然行けなくて。この子のことをなるべく自分で見るようにしていたらあまり時間がなくて」
「気にしないでください!今はオルト様との時間を優先してください。あっという間に大きくなりますから、オルト様が歩けるようになってから一緒に行きましょうよ」
この世界ってそういえばアレあるの?見たことないわね……。
「そうね、それも素敵だわ。この子が歩いたり話せるようになるのがとても楽しみなの。オリバーのことを兄と呼ぶのも待ち遠しいのよ」
あれ?そういえばオリバーとの話し合いはしたの?
「あの……オリバー様とレイヨン公爵、なにか話し合いみたいなのはしてました?」
「夫は今まで仕事を早退したり休んでいたりした分、今年に入ってから忙しいのよ。だから、まだ話してないみたい……」
段々と声が小さくなるモレーナ。あぁ、まだだったのか。
「出来るだけ早めに話し合うようにお伝えしてくださいね」
「ええ。頑張るわ」
レイヨン公爵も団長という立場上、ほぼ1年間早退や休みを繰り返した分の仕事が想像以上に増えてしまっていた。それに加えて生まれたばかりの子供。それを乳母ではなく自分で育てようとする妻、すれ違ったままの息子。そりゃレイヨン公爵も疲れているのだろう。
その後はオルトを抱っこさせてもらったり、最近の楽しい話をして、あっという間に帰る時間になった。
とにかくオルトが可愛かった!!泣いてるのに可愛いし、笑ったときの破壊力とんでもなかった。可愛すぎて膝から崩れ落ちそうになったわ。私もいつかこんな日が来るのかな。娘でも息子でも箱入りにしてしまいそう……。
玄関の近くで別れの挨拶をしつつオルトから離れるのを惜しんでいると、ドアが開いた。
「あらオリバー、おかえりなさい」
「……ただ今戻りました」
王宮からの帰りだろうか。優しく微笑みながらモレーナはオリバーに声をかけるが、オリバーは私達がいるのに気づいて目線をそらし、そのまま立ち去ろうとする。
「あ!……オリバー様。少しだけお話したいのですが、よろしいですか?」
無意識に声をかけてしまった。そんなつもりはなかったのに、色々と考えていたらついお節介心が彼を呼び止めてしまったのだ。
「?私はドロレス様と話すことなどないと思いますが?」
彼は純粋な疑問をぶつけてくる。うん、私とオリバーの間では何もない。ただ!色々とあるのよ色々と!
「……ニコル」
「部屋に案内します」
私の言葉にかぶせるように声を出し、許可をもらった。強引?わかってる。でもオリバーにはこれが一番効くと思ったんだもん。なんとも言えない顔をした彼と目が合った。ごめんね。
「それで、話というのは?」
小さい応接室のような部屋へ案内され、お茶を入れてくれたメイドを下がらせてオリバーが口を開いた。
「いくつかあるんですが……。その前に、オルト様はとても可愛らしいですわね。オリバー様もあんなに可愛い弟ができて嬉しいのではないですか?」
「……そうですね。父上とモレーナ様の子供ですから、公爵家の子としてこれから幸せに暮らせると思います」
「オリバー様?あなた様もこの公爵家のご令息ですわ」
とても他人事に言うオリバーに思わず声のトーンを下げて伝える。オリバーは一瞬ピクッと動いたものの、目線は合わない。
「ですが、今の公爵夫人はモレーナ様ですから。私は部外者でしょう」
持っていたティーカップを音もなく置く。彼はそのまま黙り込む。真面目な性格ゆえ、考え込んでしまうとなかなか終わりが見えない。
「オリバー様。今年の私の誕生日会、招待しませんがよろしいですか?」
「え?なぜいきなり……というかなぜですか?前回までは普通に招待していただいたのに」
急な話題の切り替えに、オリバーは頭を上げ私を見た。
「あなた、私の誕生日会に来たらまたニコル様を追いかけ回すでしょう?嫌がってますわよ?だからです」
「っ!それは!……ニコル様があまりにも可憐で花のように美しいからです!素敵な笑みをいつも浮かべて可愛らしいと思っておりますが、……ですがそれだけではないです!ドロレス様の開発された食事も目当てです」
「……」
……それはつまり、ニコルに会うためとスイーツのためだけに来てます、って言ってるようにしか聞こえないんですけど……。私への祝いの気持ちはないんかい!バカ正直すぎるでしょ!
「じゃあニコル様を呼ばないのでオリバー様を招待しますわ」
「それは、その……ほら、ニコル様もきっとドロレス様のことを祝いたいと思っているでしょうし……ニコル様はぜひ、招待しなくてはならないご令嬢であって……だから」
「はぁ……もう少し上手く誤魔化せないのですか?」
「あ……すみません」
あからさまにニコルに来てほしいと言い訳をするオリバーに思わず呆れてため息が出る。ゲームではヒロインと両思い後はクサい台詞を恥ずかしげもなくぶちまけて爆発的に溺愛になるけど、それまではこんなキャラじゃないでしょ。相当ニコルに惚れ込んでいる。
「では条件を出しますわ。それを私の誕生日会で報告してくださいませ。そうしたらオリバー様もニコル様も招待いたします」
「そ、それは私にも可能な内容ですか?」
「もちろんです。簡単なことです。その代わり、他の者には知られないでくださいね」
オリバーに条件を伝える。聞いた途端顔を歪めていた。しかし条件を飲まないとニコルに会えないことを天秤にかけたのか、渋々了解する。他のお茶会ではニコルに会えないのだ。
「ありがとうございます、オリバー様。では私からも1つだけニコル様に関して、お伝えしますわ。誰にも言わないでくれますか?」
「もちろんです!!それは……?」
電源をオンにしたままコンセントを差していきなり動き出した電化製品のようにガバッと立ち上がるオリバー。いやいやさっきの話聞いてた?ニコルは嫌がってるのよ。だからお得というよりもニコルが少しでも嫌な気分にならないための情報なんだけどね。
「見た目を褒められるの、嫌いな女性もいるんですよ。意味はわかりますでしょう?」
「……」
会うたびに彼女の見た目ばかりを褒めていたオリバーは心当たりがあるはずだ。それに気づいた彼は目を泳がせたあと、頭を抱えていた。
「私は……どうすればいいのですか?女性は見た目を褒められることを喜ぶと聞いて……」
迷いのある瞳で私に助けを求めるオリバー。だけどこれ以上は無理。自分のしたことがニコルに全く響いていないことを気づいてほしい。
「私の言えることはここまでです。ご自身でよーくお考えください。私が出した条件は必ず報告してくださいね」
「が、がんばります………」
少しはオリバーの大胆な行動が落ち着けばいいな。
あ……。
ニコルごめん。
帰ってからすぐにニコルへ、私の誕生日会にオリバーを招待することを約束してしまったと手紙に書いて送った。
数日後、『ドロレス様の誕生日会まで毎月ロールケーキを我が家に届けてくださいまし。それで許します』とだけ書いてある手紙が届き、早速3本分のロールケーキをギャレットに作ってもらいケルツェッタ伯爵家に届けてもらった。




