味方 〜side.クリストファー〜
クリストファーのサイドストーリー。(2/2)
僕の瞳の色に近いその緑色をじっと見つめると、レベッカ様は頬を染めて目線をそらす。
「……ええ。叶うのでしたら、貴方様の隣に」
……結局君も同じ。権力を持ちたいってことなのかな。
ということはレベッカ様と婚姻関係になれば、兄上派閥のサンドバル侯爵家と親戚関係になり、第二王子派閥ごと兄上派閥に丸め込もうということか。家同士のいざこざに巻き込まれるってこと?とても面倒な婚姻だな。
僕に相手ができるということは、またしても兄上と比較される立場に立つ。
それなら結婚などせずに一人でいたほうがいい。相手も見つけられない弟より、相手もいて勉強もできる兄のほうが優秀だと思ってくれればいい。
「残念ですけど、僕は結婚するつもりはありません。兄上が国王になってくれることだけが僕の望みです。もし政略結婚があったとしても僕はその人を愛することもしない。どうですか?兄上の方が将来有望ですから、魅力を感じるのではないですか?」
「いいえ全く」
上から目線での物言いに、年上の令嬢であるレベッカ様はきっと頭に血が上って怒りそう……。そう確信していたのにも関わらず、レベッカ様は僕の方に目線を合わせ直して冷静に反論した。
「え、なんでですか?兄上のほうが魅力的ですよ?王妃にもなれるし、兄上の妻として素晴らしい地位にいられるじゃないですか?」
この国の令嬢は、基本的にそこを望む。もちろん王妃は一人しかなれないが、側妃になれる可能性だってある。そもそもその座を望むことが誉れと言われているくらいなので、小さな頃からそうやって育てられているのだ。
だけどレベッカ様は何?兄上に興味ないの?何で?
「私、さきほど言いました。クリストファー殿下と親しくなりたい、と。ただそれだけですわ。あなた様はアレクサンダー殿下を国王にしたい、とお見受けいたします」
は?それほど僕と婚姻関係を結んで、僕たちの派閥を兄上の派閥に取り込みたいの?一体、何なんだ。サンドバル侯爵の家の者は……。
「ですから、婚姻はするつもりがない、と言いましたよね?つまりは婚約者も決めません。そもそも、レベッカ様は僕の考えてることなど理解できないでしょう?何も知りもしないで、知ったような口を聞かないでください」
僕のほうが怒りの沸点に到達しそうだった。兄上を国王にしたいのは確かだ。だけど、そんな簡単に口にしないでほしい。僕がどれだけ狭い居場所に閉じ込められているのか、どれだけの思いでそう決めているのか、レベッカ様にはわからないんだから。
「……貴方様こそ、私のことを知らないのに知ったような口を聞かないでくださいまし」
思わず目を見開いてレベッカ様をじっと見つめてしまった。
僕の言葉で怒り狂うことを想像していたのに、レベッカ様はもはや呆れたような言い方で僕を見返している。他の令嬢なら、顔を青くしたり怒りを顔に出しながら踊りきっていたのに、今は僕より彼女のほうが落ち着いている。僕がステップを踏み外しそうになるほどに驚いた。
ダンスがそろそろ終わる。
想像していたものとは違う反応ばかりで何も言えなくなっていた僕に彼女は最後こう言ってダンスホールから立ち去った。
「貴方様が何と言おうと、私はあなたの味方になります」
11月になり、元々もらっていたレベッカ様の誕生日会の招待状を人差し指と親指で軽く持ちながら見つめる。
「今月か。行くのどうしよう」
あれだけ嫌味を言ったものの、僕が考えていた行動を取らなかったレベッカ様。そうなると何となく僕のほうが気まずい。自分で仕掛けたのにまさかこっち側がこんなに悩むとは……。
そう思っていると、手紙が届いた。
「レベッカ様から?」
「はい。誕生日会の招待状に追記があるとのことで」
やっぱり断りの手紙かな。ホッとする気持ちと、なぜか納得いかない気持ちが入り混じる。手紙を読むと、誕生日会後に少し時間をもらえるか?とのことだった。
なんだろう。何か言われてしまうのか?自分でまいた種なのに、少し心苦しい。どういう顔をしてレベッカ様に会えばいいのか。
「はぁ……」
「珍しいですね、ため息をつくなんて」
長年王宮で仕えている執事が紅茶を入れてくれる。そういえばプリン食べたいな。
「自分で仕掛けたのにうまくいかないことがあって」
「……誰かに対して仕掛けた、ってことですか?ご自身で解決できないのであれば、きっとその人が自ら解決の道を開いてくれますよ。良い意味か、悪い意味かは内容によりますけど」
「良い意味であることを願うしかない」
話を聞くか。どっちにしろ招待をされているわけだし、今更僕から行かないという返事をするのも癪だ。そう思い、招待状と一緒にその手紙を机の中に入れた。
レベッカ様の誕生日会後、小さな部屋に案内された。メイドがお茶を持ってきたあと下がる。ドアの外に護衛はいるものの、部屋の中は二人だけだ。
「話ってなんですか?」
いつもの笑顔でレベッカ様を見る。普段と同じ無表情の彼女は落ち着いたように見える。
「私の前回の発言、覚えていらっしゃいますか?あなたの味方になる、と」
「はい」
確かに彼女はそう言った。真意はわからないが、味方になるということは、侯爵家を裏切るということなのだろうか。それとも、裏では家の立場を考えての行動なのか?
「以前お話したとおり、私はクリストファー殿下と親しくなりたいと思っております。ですが殿下は婚姻をしないと仰られました。正直とても心苦しいです。ですが、それでも。私の願いは同じです。家は全く関係ありません。私個人の願いです」
自分が今心の中で思っていた疑問に返事をされたようで少しびっくりはしたものの、僕への目線をそらすこともなく、ゆっくりと彼女は話していた。
「家とは関係ない?」
「はい。うちは兄がいますので私は家を継ぎません。家のつながりを持つためなので、誰と婚姻を結ぶか私に権限などないと考えていました。ですが、自分の望む方と婚姻をすることに希望を持ってもいいのではないかと次第に思うようになりました。叶いそうにはないですけど」
「……そうですね」
レベッカ様は望む男性と結婚したいってこと?僕は100%政略結婚だから恋愛などするつもりはない。どんな相手だったとしても妻を迎えなくてはならないのだ。そもそも、婚姻する気ないけど。
「クリストファー殿下は、アレクサンダー殿下のことをとても尊敬されておりますよね?アレクサンダー殿下が国王にふさわしいと」
「……ええ」
「ですから、私はあなたの味方になりたいのです。あなたの思う『アレクサンダー殿下を国王にしたい』と言う意見に、絶対的な味方です」
「だったら、普通に侯爵家の第一王子派としていればいいんじゃないですか?」
わざわざ僕の味方でいる必要はない。侯爵家の意見がそもそもそうなんだから。
「私はアレクサンダー殿下に興味はありません。……クリストファー殿下をお慕いしております」
みるみる顔の赤くなるレベッカ様。その照れた顔を見ていると、僕の方も恥ずかしくなって目をそらす。
「ですから家としてではなく、貴方様の一番近くで貴方様の味方をしたいのです。婚姻は諦めますわ。政治的なものはすべて省いて、クリストファー殿下が絶対に信頼を置ける存在になりたいです」
僕の味方……。
政治的な意味合い無しで、そういう風に言ってくれた人は今までいただろうか。いや、いなかった。
でも彼女はどこまで本気なんだ?それがわからない。
「僕、普段から笑顔でいるけど、基本的に性格悪いよ?平気で女性にひどいこと言うよ?」
「それは先月のダンスのときに把握しました」
あれ?僕の性格をわかった上で味方になってくれるの?確かにダンスのときは令嬢たちに酷いことを言ったのは自覚している。でも……それを嫌だとは思わないの?
「僕が残虐非道なことをしても?」
「それが正しい道を進むために必要なら目を瞑ります」
「一緒に死ねと言ったら?」
「一緒なら死にます」
「……レベッカ様だけ死んでほしいと言ったら?」
一番嫌な内容を口にする。普通なら逆上だ。
「……お望みどおりにしますが、それではクリストファー殿下の一番の味方がいなくなってしまうので一人ぼっちになってしまいますわ。それだけが心残りです」
「ぷっ……」
僕の嫌な質問にも普通に答え、むしろ僕を哀れむような言い方……。またしても思いがけない返答だった。
「クリストファー殿下?」
「あはっ、ごめんなさい。予想を上回る返事だったので」
嫌な言い方をしても、それを越えて僕との口上の戦いを挑んでくるレベッカ様。
この人は、もしかしたら本当に僕の心の中にある真の願いの味方になってくれるのかもしれない。そう思うと、心からの笑みが出た。
「僕は、兄上が国王になってほしいと思っているんです。僕の派閥や母上は僕をその地位にしようとしていますが、全く興味がないんです。兄上の傍で兄上を支えたい。だから、そうするために僕は色々と動きたいのです」
「動くとは?」
「【召喚の儀】が成功しないと現国王である父上が生き残る可能性がゼロなので、卒業までに国王としての仕事をやり始めなければいけない。そして婚約者を早めに選ばないといけない。その婚約者に、ドロレス様を推しています」
「ドロレス様を?!」
レベッカ様が驚きに声を上げる。こんな姿は初めて見たかも。
「はい。家格的にも才能的にも性格的にも彼女が適役です。あのような素晴らしい女性、王妃にしなくてどうするんですか?そして、上辺だけの気持ちや、親から言われて兄上に近づく低レベルな令嬢を排除したいのです」
「排除って……本当に極悪非道なことをされるのですか?」
レベッカ様が顔を歪める。彼女の頭の中には拷問でも浮かべているのだろうか。
「あの……想像しているようなことはしませんからね?軽い気持ちで兄上の横に立とうとする令嬢の家を調べて、少しでもボロが出たらそれをつつくだけです」
「……ドロレス様はこれを知っておられますか?クリストファー殿下の企みも、アレクサンダー殿下と婚姻を結んでもらおうとしていることも」
「いいえ知りません。僕が勝手にやってますから」
ドロレス様の考えはわからない。兄上に興味がないことは明白だけど、他の令嬢たちのように王妃になりたいのかな?でもなってほしいな。だって彼女なら兄上も喜ぶだろうし。
「彼女以外にいます?王妃にふさわしい人」
「……それは」
「答えられないですよね?だっていないもん。というわけなので、兄上に邪な気持ちを持っていそうな令嬢の名前を、情報として連絡してください。それだけで僕はとても嬉しいです。さすがに男が入れない空間もありますから」
「それは、……私を味方として認めてくれたということでよろしいですか?」
「はい。特殊な関係ではありますが、あなたを味方として認めます」
少しだけ戸惑う表情を見せるレベッカに肯定をする。それを聞いた彼女は安心した顔をする。
彼女はいつも無表情だ。驚いても、喜んでも、悲しんでも、呆れても、口元は変わらない。目の周りの表情だけで何の気持ちなのかだんだん分かってきた。彼女の表情を色々と発見していくのは楽しそうだ。
僕の味方。
不思議な気持ちだ。




