80.どうした?!
レイヨン公爵から特に連絡はなく、社交界パーティーの日が来た。
連絡がないってことは、悪化はしてないってことよね?どんどん回復してみんな忙しく動き回ったりしてるから、たかが公爵家の令嬢になど手紙なんて書いてる暇はないわよね。それならいいんだけど。
王宮に到着し、パーティーが始まる。お兄様とお父様と踊ったあとはいつものメンバーで集まる。そしてまたアレクサンダーにダンスを誘われる……。あぁ……。
「ジュベルラート公爵令嬢ドロレス様、私と踊っていただけますか?」
「……」
膝を折るアレクサンダー。たまには他の人のところに行ってよ……。ヴィオランテではどうかしら?さっきからすごい視線を感じるなあと思って振り向いたらヴィオランテいたし……。怖いんですけど!婚約者になる道から出来るだけ離れたいのよ。
「踊っていただけますよね?」
アレクサンダーの差し出した手はそのまま伸びて、脇にある私の手を掴んだ。そして跪いて手の甲に唇を落とし、上目遣いで私を見上げる。
「あ、はい!え?!」
いっ、今何した!?手……手に……キスされ……た????なんでーー!!?
手の甲にキスをされた瞬間、周りからどよめきが起こる。羨望の声、悲痛な叫び、恍惚な表情をするなど、多くの令嬢から注目の的になってしまった。
さ……さすがにドキドキする……。いくら恋愛感情ないとはいえ、前世で推しだったキャラクターにキ、キスされるなんて……。アレクサンダーはまだ11歳なのに!!マセすぎでしょ!
エスコートをされてダンスホールに向かっているけど、私……顔が真っ赤ではないだろうか?必死で笑顔の仮面を被るものの、顔の熱さにすぐに外れてしまう。
斜め前にいるアレクサンダーの顔は見えない。見えないけど、頬から耳にかけて赤い。え?そんなことしといて自分が恥ずかしくなるんかい!だったらやめてよ!余計に私も恥ずかしくなるじゃん!勘違いされたくないっ!
音楽が流れる。周りのペアもダンスを踊り始めた。
さっきの出来事に驚きを隠し得ないままアレクサンダーとのダンスが始まる。しばらく黙って踊っていたけど、不意にアレクサンダーの方から話しかけてきた。
「再来月の僕の誕生祭、君をダンスに誘う。だから絶対に逃げないでほしい」
真っ直ぐに碧い瞳に見つめられて、思わずたじろぐ。一瞬ダンスのステップを踏み間違えそうになるも、アレクサンダーのサポートで事無きを得る。
「誕生祭では、殿下はダンスを踊らなくても良いのではないですか?」
社交界パーティーと違って、王子たちの誕生祭はダンスは自由だ。踊らなくたって何の問題もない。
「絶対に誘うから。逃げても追いかける。……どこに隠れようとも、見つける」
「それはどういう……」
「君がふさわしいと思っているからだ」
ダンスをしつつもずっと私の目を見つめるアレクサンダー。そんなにも今年の誕生祭でダンスが踊りたいのだろうか。だいぶ誘い方が強引じゃない?ん?それってこの間私が言った『強引』をしてるってこと?それほどまでに私はアレクサンダーの婚約者にならなくちゃいけないの?シナリオ補正強すぎない???
んー……去年は逃げ回っていたし、さすがに公爵令嬢という立場からして踊らないのは家がマイナスイメージになるかしら。政治的な仲でダンスをする人もいるって聞くし。
「他の令嬢とも踊ってくださるのなら、踊りますよ」
「っ!本当か?そ……それならば一番最初に誘うからな。待っていてほしい」
「はい」
他の令嬢と踊るなら私だけ目立たなくて済むしいいよね?ちょっとめんどくさいけど公爵家の人間としてもある程度対応できるようにしなくては……。
アレクサンダーとのダンスが終わると私は休憩室に向かった。相変わらずニコルがここにいる。いるとは思っていたけど。
「ニコル様。いると思って、美味しそうな料理をこっそり持ってきましたわ」
「まあ!ありがとうございます!扇子をどこかに落としてしまったので逃げ込んできましたわ」
城付きのメイドに飲み物をお願いし、二人で食事を楽しむ。
「私、ドロレス様の誕生日会に参加してから舌が肥えてしまいましたわ。王宮の料理でさえ美味しく感じないのです」
「ニコル様……せめてもう少し声を小さく……」
普通の声量で話すニコルに思わず焦る。めっちゃメイドいるし!こっち見てるし!
「早く料理店に行きたいですわ」
「そうそう、バイキングという方法で夕食の時間を始めたのですよ。先に支払って、好きなものを好きなだけ取って食べるという方法なのです。貴族向けではないですが、夕食の時間に行ってみません?」
「面白そうですわね。ドロレス様の食べ物はまだ甘いものしか食べてませんから、お食事もしてみたいですわ!甘いものもありますの?」
大きな瞳をキラッキラにさせて訪ねてくるニコル。あぁもうかわいい!少女漫画の主人公みたい!
「ええもちろんですとも。料理長にも頼んでおきますわ」
二人で時間を潰して、そろそろ終わりの時間かと思い部屋を出る。
するとそこにはオリバーが立っていた。
「あらオリバー様、ごきげんよう」
「あぁ、ドロレス様。こ…………………」
オリバーが止まる。ん?どうした。なぜ止まった?彼は手に持っていたハンカチを落とす。え、ほんとどうしたの?!
「オリバー様?どうかされましたか?」
先程から一点をずっと見続ける彼の視線は私の斜め後ろを見ていた。ふとその視線の先の方で、私の腕が誰かに軽く掴まれる。
ニコルだ。いつものように満面の笑みで遠くを見ていた。
まさか……。
オリバーの視線をたどると、確実にニコルを視界に捉えていた。
「あ……あの、ニコル様……ですよね?」
「ええそうですわ。いつもドロレス様の誕生日会などにいますので初めてではございませんのよ?ではドロレス様、あちらへ行きましょうか?」
「え、あ、はい」
ニコルにさりげなく腕を引っ張られその場を去ろうとするもオリバーがそれを遮るように前に来る。
「そ、その……いつもは扇子で顔を隠していらっしゃったので、お顔を見るのは初めてのようなものです……。とても美しい笑顔で……その顔を見ているだけで私はとても胸が高鳴るのです……。あの……よ、よろしければダンスを……」
「ドロレス様!私ホールに戻りたいですわ。行きましょう?」
「でしたらぜひ私がエスコートを……」
「ドロレス様!」
「はいいいっ!!」
ニコルに引っ張られながらその場を何とか逃げ切る。近くのメイドに頼んで別の部屋を用意してもらいようやく一息ついた。
あ、あれが……いわゆる一目惚れ……。
いや、レベッカのときも一目惚れだったけど、あんなあからさまに……しかもまさかのあのオリバー!
あ!の!オリバーが!真面目騎士一筋のあの彼が!結構グイグイ来る!!信じられない……ゲームでも実物もこんなんじゃなかったけど!
……違う、ヒロインとの両思いが確定してからは、クッサい愛のセリフをガンガン言いまくってた……。
いや!だけど!!今の状況はオリバーの一方通行じゃん!どうした一体?!どんだけニコルに惚れたのよっ!!
ってゆーか、私の誕生日会でもパーティーでもニコルに会ってるでしょ。いつも顔の半分を扇子で隠してたとはいえ、今初めてお会いして一目惚れしました的な反応、ニコルに失礼すぎるでしょうがぁーーー!
「ああいうのはいつものことですわ。扇子を落とした後、休憩室に来る前に二人ほど同じようなことを言われまして、必死で逃げました。だから嫌なのですよ、男性のいるところは……」
「あんなのが毎回だと、そりゃ扇子で顔を隠したくもなるわね……」
一目惚れしましたと言われたら、数回なら嬉しくて舞い上がるかもしれないし、高飛車だったらそれを自分のステータスとして自慢するのかもしれない。ただしニコルはコレを1番嫌がっている。キッツいだろうな……。周りに人がいなかったら何されるかわかったもんじゃないし……。
「次の私の誕生日会はオリバー様には招待状を出さないようにしますわ。だけどアレクサンダー殿下の護衛として来そうなので、ニコル様にも招待状を出さないようにしましょうか?」
「いいえ……。他の方の誕生日会なら欠席しますが、ドロレス様の誕生日会は行きます。そこでしか食べられないものがありますから。大丈夫ですわ、いつものことですから」
食い意地。
「ニコル様がそれでいいのでしたら……。にしてもビックリでしたね」
「ええ。これから学園に行かなければならないのに、先が思いやられますわ。ドロレス様、学園では一緒にいてくださいまし……」
「もちろんよ」
私もアレクサンダーと関わりたくないしね。
ニコルが学園に行ったらとんでもなく大変そう……。
パーティーが終わり、ぞろぞろと出てくる貴族の中にレイヨン公爵を見つけた。向こうも私に気づいたみたいで、手を上げてくれた。
「ドロレス嬢、元気か?」
「ええ。……モレーナ様はその後どうですか?」
【治癒の力】を使っているので確実に大丈夫ではあるものの、その後直接様子を見ていなかったのでずっと不安だった。
「おかげさまで今は歩く練習をしてるぞ。しばらくベッドの上だったからな。食事もまだ少量だが3食食べられるようになったよ。本っっ当に良かった」
モレーナの妊娠発覚時から最近に至るまでレイヨン公爵はどんどんと疲れが溜まっているようだった。だけど今日は久しぶりに血色のいい顔だ。それほどモレーナが順調ということだろう。
「モレーナがドロレス嬢に会いたいと言ってた。色々あって友人がいないもんでな……君が来た日はとても楽しそうにしていたから、また来てくれ」
モレーナの前回の結婚が離縁になったときに、表面上の付き合いだった友人はいなくなってしまった。
「ええもちろんです。まだお子さんのこともあるでしょうから、少し間を空けてから行きますね。またモレーナ様にお手紙を書きます」
私も早く会いたいけど、自分の回復もしつつ赤ちゃんの相手は大変だろう。公爵家だし乳母はいると思うけど、モレーナの性格上やれることは自分でやると言い出しそうだ。
だったらしばらくはやめておこう。年明けくらいに行こうかな。
「オリバーの件だが……もう少し家の中が落ち着いたらちゃんと話すからな」
レイヨン公爵は私に少し近づくと、こっそりと教えてくれた。そして先に去っていく。
正直なところ、レイヨン公爵とモレーナが赤ちゃんの方につきっきりになればなるほどオリバーの心が離れてしまう気がする。だけどレイヨン公爵が落ち着いた気持ちにならなければきっと話を進めることは出来ない。私が介入していい話ではないけど、なんとか無事にわかり合えることを願うしかない。




